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言葉なぞ ない 日本なぞ ない[2019年07月31日(Wed)]

DSCN1334.JPG
ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)が歩道にまで伸びて来た。
10月頃にはブドウのような濃い紫色の実になる。

*******

◆先週のボルトン米大統領補佐官来日で、米政府は日本政府に対して、在日米軍駐留経費を現状の5倍に増やすよう要請したとの報道があった(朝日新聞の、ワシントン取材に基づく31日朝刊の記事)。
菅義偉官房長官は31日の会見でこれを否定したが、信じる人はいないだろう。
消費税アップ分がそのまま米軍のための経費として、あるいは海外への自衛隊派遣経費として吸い上げられて行く。


***

規律の異邦人   金時鐘

君らに 表情はない。
君らに 感傷はない。
君らに 血はない。
君らに もちろん 涙などない。

君らは 動く。
ただ 動く。
機械のような 強引さで
ただ やりとおす。
その 正確さ。
その 忠実さ。
その いでたちの 似つかしさ。
その おもわくの あじけなさ。

君の目は 俺と同じ色。
俺の周囲の 君の同胞たちと
まったく 同じ 黒い色。
その目を 君は
怒らせている。
その目を 君は
くもらせている。
農村出の 君が
長屋育ちの 君が
わびしい 漁村の
磯のにおいを 知っている君が
むくんだ その手を ねじあげたんだ。
炎天下に座り通しの その瘠せた腰を 蹴上げたんだ。
高くない 背ぼねを
あかくない 髪の毛を
長くない むこう脛を

かきむしったよ。
ふりまわしたよ。
追い散らしたよ。

第三ゲートから
砂川町を 引き揚げる 君らに
言葉なぞ ない。
日本なぞ ない。
白く塗りかえた 米軍トラックの 天蓋の中で
ただ小刻みに 息をついているだけだ。

洗いたての 肌着に
ねっとり汗をにじませて
余分なものを ぬぐえるはずのない 君らが
黙って しょっぱい汗をふいている。
黙って 制服と規律の間を走っている。



◆1955年9月18日『国際新聞』に発表。
米軍の要請を受けた立川基地の拡張計画に、砂川町が町ぐるみで反対行動に立ち上がった年である。

◆詩は、反対する人々同様に、機動隊員たちもまた農村や漁村をふるさとに持ち貧しさを知る者たちであるはずなのに、制服に身を包み命令に従うことによって言葉なぞ持たない者になってしまった、と書く。 
命令は、規律に基づく行動のみを要求し、言葉によって応答することは求めない。
ゆえに、自ら発することばを奪われた彼らは、ふるさとからも母国からも離れてしまう、そう言っているようだ。

*『金時鐘コレクションT』(藤原書店、2018年)によった。




傾いた緯度の骨[2019年07月30日(Tue)]

DSCN1331.JPG
オニユリ。

*******


日日の深みで(1) より  金時鐘(キム シジョン)

おしやられ
おしこめられ
ずれこむ日日だけが
今日であるものにとって
今日ほど明日をもたない日日もない。
昨日がそのまま今日であるので
はやくも今日は
傾いた緯度の骨で
明日なのである。
だから彼には
昨日すらない。
明日もなく
昨日もなく
あるのはただ
(な)れあった日日の今日だけである。
 


『猪飼野詩集』より「日日の深みで(1)」の第1連(岩波文庫、2013年)

◆忙しさの中でも手帳の予定表をたしかめたり、出納簿を節目ごとに作る人間ならそれらを踏み台にして少しだけ未来の方を眺めやることもできようが、その日暮らしの人間は、主体を取り戻す時間が寸刻も与えられていない。
時間は少しも彼の自由にはならない。「傾いた緯度」の鉄のような骨(=自分の外部で厳然として運行する時間)が我が背中をグリグリと容赦なく押してくる、その痛みをこらえながら痛みの原因の方を見据えようとする時に目の片隅を影がよぎるのを視る。その時だけ痛みを感じない刹那があるが、それは未来を望見したことを意味しない。
だが、そうした疎外の中に在っても、痛みの原因の方(過去)を見据えようとし続けることは、可能であるばかりでなく、人としてなさねばならないという痛覚として感じられる。ゆえに意識は目覚めたまま、昨日や明日という区切りで安んずることがない。

*朝日新聞朝刊に〈語る 人生の贈りもの 金時鐘〉が連載中だ。

ふるさとのかまりコ[2019年07月29日(Mon)]

DSCN1313.JPG
これもヒマワリ。

*******

◆風呂のスノコを新調した。
今回は奮発してヒノキ製である(暑いので最寄りのDIY店に行ったらそれしかなかった)。これまでの杉板のものより重いので、板一枚分カットした。
古いのは相応に黒カビなどの汚れがひどいので、思案したが、「モノは3たび転生して役目を果たすべし」という信条が牢固としてあるので、再生して本棚に作り直すことにした。

◆先代および先々代のスノコはゴミステーションや本箱に変身を遂げ、今も現役で活躍中だ。
今回は前作の本箱の改良版として天板を付け、3段のものを制作することに決定した。

電気鉋(かんな)で板の表面を削り、組み立てにも元のクギを使う。ステンレス製なので全く問題ない(真鍮クギだと黒ずんでしまっていることが多い)。抜いたときの曲がりを直して使うわけだが、頭の丸いクギなので打ち込みにくい。板も鉋をかけたぶんヤセているので慎重にトンカチを使う。

本が向こうにズリ落ちないための背もたれの板を背面に打ち付けて、本棚全体の強度も確保する。これには床のフローリングを貼り直したときの端材を使った。
組み立て後、トノコを塗り、乾いてから拭い落とし、紙やすりで表面を調えてからニスも塗ることにした。
所要3日間・実働6時間ほど・経費ゼロで、出来上がりがこちら――

DSCN1342.JPG

◆折しも田舎から荷物が届いた。
開けるとお菓子に珈琲、本に音楽CDetc.…津軽の香り満載である。
津軽のことばでは「匂い」のことを「かまり」というが、まさに「津軽のかまりコ」が満載の品々に感謝である。

試みに出来たての棚に数点並べて見たらなかなか良い。

DSCN1349_A.JPG

◆上段は五所川原で活躍中の音楽ユニット〈サエラ〉のCD「デュエット」・「蒼いホタル」、シンガーソングライター〈atom〉の「青春の街〜弘前」などを収めたオリジナル曲CD「春夏秋冬」。
中段は津軽弁川柳ゑハガキや弘前・成田専蔵珈琲店のドリップ珈琲など。
下段は伊那かっぺい『津軽弁・違(ちが)る弁!』と『葛西善蔵 生誕130年特別展』図録(青森県近代文学館、2017年)である。

*葛西善蔵の墓は弘前市新寺町の徳増寺にあり、雪を踏み分けて友と墓参りに行ったことを思い出した。その向かいの遍照寺に下宿していた1971年初めだったか、津軽書房版の葛西善蔵全集が出た1974年頃であったか、記憶の方も霏々と降る雪の彼方に遠ざかってしまっているが。


英新首相の植民地主義[2019年07月28日(Sun)]

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いつの間にかヒマワリが咲き揃い、盛りを過ぎてゴッホ風になったものも。

*******


◆イギリスの新首相、ボリス・ジョンソン氏について、BBC News JAPANが簡潔な紹介ビデオを作り、公開している(2019/7/26アップ)。

https://twitter.com/bbcnewsjapan/status/1154737381158850560

◆ジャーナリズムとはこのようなものかと、寸鉄人を刺す批評精神が見る者の政治意識を刺激する。こうした放送に適時接していれば、人物を見る目が養われ、主権者として1票を行使する意欲も湧くだろうと思わずにいられない。
 
ジョンソン氏の発言がこれまで物議を醸してきたこともきちんと指摘して一例を示している。

2002年、アフリカと植民地主義についてジョンソン氏いわく――
「問題はかつて我々が支配していたことではなく、我々がもう支配していないことだ」

歴史を否定し、かつての植民地の人々に対する宗主国意識むき出しのトンデモ発言だろう。

ひるがえって、日本の政権および与党にも、朝鮮半島の人々に対して同様の言葉をつぶやく輩が蝟集しているのではないか。


吉本興業と政権の癒着ーわれらが棒立ちになるとき[2019年07月28日(Sun)]

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葉裏を見せながら台風の通過をしのぐクヌギの大樹。

*******


死角  石原吉郎

隠蔽するものの皆無なとき
すべては平等に死角となる
隠蔽ということの一切の欠如において
われらは平等にそして人間として
はじめて棒立ちとなるのだ

 
『続・石原吉郎詩集』(思潮社・現代詩文庫、1994年)

***

吉本興業問題

◆〈吉本興業会長が政府会議欠席〉という報道があった。

【時事通信 2019/7/26】
吉本興業会長が政府会議欠席=「スケジュール上の都合」


◆吉本興業の大崎洋会長が26日の知的財産戦略本部(本部長はアベ首相)の有識者会議を欠席した、というニュースだが、同会議は日本の魅力を発信する「クールジャパン戦略」を審議するものだという。
記事は、委員の一人が、所属タレントとの間に契約書を交わしていない吉本興業について「こういう実態を改めないとクールジャパンも何もあったものではない。全然クールではない」と述べたと伝えているが、契約問題に矮小化すると問題の本質が隠蔽される。

◆大崎会長は6月に発足した普天間基地の跡地利用を検討する有識者懇談会のメンバーでもある。
沖縄をめぐって吉本興業は今年4月にNTTとの共同事業として教育コンテンツを動画配信する会社を立ち上げ教育プラットフォームの拠点とすることを発表、官民ファンド「クールジャパン機構」から順次最大で100億円の出資が予定されていることも公表されている。

教育会社になることを宣言した吉本興業と、これを露骨に利用するアベ政権。
政権との癒着、利権構造の中で吉本興業問題をとらえることが必要なはずである。

「隠蔽するものの皆無なとき/われらは平等にそして人間として/…棒立ちになるのだ」
という石原吉郎の予言めいた詩句に慄然とする。


★参考Litera記事
カンニング竹山が指摘した吉本の「行政ビジネス」問題
https://lite-ra.com/2019/07/post-4863_3.html

吉本御用メディアが誘導する「悪いのは宮迫」「話がずれてる」論に騙されるな!吉本こそが嘘と事実隠蔽の元凶だより
https://lite-ra.com/2019/07/post-4863.html


最首悟氏から植松聖被告への返信[2019年07月26日(Fri)]

DSCN1285ヤブラン.JPG
ヤブラン。
やがて黒い実を付ける。

*******

最首悟氏から植松聖被告への返信


◆神奈川新聞に<序列をこえた社会に向けて>と題する記事がある。
やまゆり園事件の被告・植松聖被告の手紙に対する最首悟氏の返信で、随時掲載されて来た。
最首氏自身、重度の障害を持つ娘を持つ親としてメッセージを発し続けて来た。
https://www.kanaloco.jp/article/entry-33738.html

7月25日に掲載された返信では、優生思想に立つ主張に対して「社会の現状に対するプロテスト、抗議でないとはいえません。世迷い言として無視するわけにはいきません。」と受けとめようとしつつ、次のように述べている。

ではわたしはどうか。本当のところ、わからないのです。そしてわからないからわかりたい、でも一つわかるといくつもわからないことが増えているのに気づく。すると、しまいにはわからないことだらけに成りはしないか。そうです。人にはどんなにしても、決してわからないことがある。そのことが腑に落ちると、人は穏やかなやさしさに包まれるのではないか。

そうして、そのように自問を深めていく営みを「問学」と名づけている。
「学問」をひっくり返したことばだが、氏の言葉から伺えるのは、わからないものに問いかける「問学」は対象を分かろうとする営みであると同時に、その働きかけを重ねることで、問いを発する人間自身が変容する、そのことに信を置く生き方なのだろうということだ。

一方、優生学であれ何学であれ、「確立したらテコでも動くことはない」と宣言しているような硬直したあり方はその対極にある。

だが、対極にある者も、自ら問うことで変容していく人間のことばを手紙で読んでいくならば、おのずから変容していくはずではないか?
問う行為は応答(=投げたボールが返されてくること)を待っているのであり、黙殺や放棄をしない限り、ボールを受けた感触が返球に反映されずにはいない、と思える。



やまゆり園事件から3年[2019年07月25日(Thu)]

DSCN1293マツバギク.JPG
マツバギク。
梅雨明けを待っていたかのように蟬が鳴き始めた(24日)。

*******

津久井やまゆり園事件から3年

◆26日で相模原市の津久井やまゆり園事件から3年となる。
横浜拘置支所に勾留中の植松被告の「障害者は周りを不幸にする」という考えは現在も変わらぬようだ。

◆22日、相模大野にあるホールで神奈川県などの主催する追悼式があった。
報道によれば黒岩知事は「寒い冬のラーメンを楽しみにしていたあなた」「小学生と二人三脚をがんばったあなた」と犠牲者それぞれのエピソードを読み上げたという(7/23朝日新聞朝刊)。
一人ひとりが名前で呼んでもらえないのも3年前と変わらない。

家族にとってはあの日までその名で呼び、あの日以後もその名で呼び、記憶し続ける名前。その名前で呼ばれることがない、というのは、家族といきさつを知る人々の中にしか存在することを許されないことを意味しないか?事件への対応のうち、最も腑に落ちないことである。

◆扱い方が変わらないのは我々の意識もまた変わっていないことを意味している。
今夕のNHK首都圏ニュースは障害者への差別や偏見に関する世論調査の結果を報じた。

【7月25日 NHK NEWS WEB 障害者差別「社会に」が8割近く
https://www3.nhk.or.jp/lnews/shutoken/20190725/1000033201.html

◆質問の1つは〈今の日本の社会に障害のある人への差別や偏見があると思うか〉で、これに対する回答は、
A「かなりある」=18%、
B「ある程度ある」=60%、
C「あまりない」=15%、
D「まったくない」=2%
以上から、「ある」と答えた人が77%にのぼった、としている。
*(18+60=78)であるのを記事で「77」としているのは小数点以下を含めた合計の数字だろう。
「1」のズレについて説明しないまま伝えたのはいかがなものかと思うが、ニュースの見出し〈障害者差別「社会に」が8割近く〉は確かにその通り、ということではある。

だが、この見出しから視聴者が受ける印象はどうだろう。

◆第一印象は大いなる脱力感とでもいうべき感じだった。
「8割」という数字を押し出して目に焼き付けさせる無慈悲さと言い換えたらいいだろうか。
報じ方の残酷さ、と言っても良い。

◆その理由を考えてみた。
設問は、社会に差別があると感じるか、というもので、回答者の意識を問うている。
あなたはそのことを課題として認識していますか、という含意がある問いだと言っても良い。
ところが、記事の見出しは”社会の大多数は「差別」の存在を容認している”かのような印象を与えるのである。
「8割近く」という数字が圧力のように作用している。

しかし、冷静に考えれば、これは容認派や現状肯定派の数字なのではなく、社会に障害者への差別・偏見があることを見つめ、課題だととらえている人々が8割近くもいる、ということを示しているのである。
ならば、別な見出しでなければいけない。

◆2つ目の質問は〈自分自身に障害のある人への差別や偏見があると思うか〉というもので、回答は、
a「かなりある」=3%
b「ある程度ある」=22%
c「あまりない」=46%
d「まったくない」=22%
障害者への差別や偏見が「ある」と答えた人は25%だった、と述べている。

問いは、自分自身をどうとらえているかを訊いているに過ぎない。
一般に、障害者への差別や偏見を公然と言動に示す人は数の上で多いとは思われない。
aやbと答えた人はむしろ自分を振り返る内省力をそなえた人というべきだろう。

一方、cやdに答えた人の中には差別・偏見は絶対にすべきでないと強い信念を有する人から、ふだん特に意識したことがないという人まで幅がありそうだ。
7割近くを占めるcやdの人々の中に、障害者への差別解消に後ろ向きの力となってしまう人たちが一定数いるだろうと想像する。また、イジメ同様に、差別はそれを行う人間には自覚されていないことも多いだろう。しかし、その問題は別途考えるべきことだ。

いずれにしても、この問いも自分の意識を問うもので、障害の当事者およびその家族が社会の中で出くわす差別とは直接関わらない。

◆この記事、見出しに脱力感を覚えたのは、報じる側に現状容認の気分があるためのようだ。

データから希望の芽を見出すには、アンケートに回答する人間の意識を想像し、かつ障害者とその家族の立場に立って手がかりを探し求める必要がある。

記事では2人の専門家のコメントを伝えている。
希望を求めてやまない志が取材者にあれば、コメントの引き出し方と伝え方に、なお工夫がありえたはずだ。

いきものの受難[2019年07月24日(Wed)]

DSCN1303-A.jpg
ショウリョウバッタ(精霊飛蝗)。イネの茎か枯草のような色。
動かなければ存在に気づかない。

*******

いきものの受難

◆昨夕、車で帰宅、交差点を曲がれば我が家という時に、前方中央に灰色の動物が横たわっていた。車が数台、交差点に入らずに停まっている。
その先の路肩に停まっていた車から若い男性が降りて来て、その動物に近づき、布で包むようにして拾い上げるのが見えた。

こちらは交差点を曲がり終えた所で車を停めた。
青年を見ると小動物を捧げ持ったまま、交差点の周りを途方に暮れた様子で歩きまわっていたが、信号が変わってこちらへ渡って来たのでクラクションを鳴らした。野生動物のなきがらは市の環境事業所が回収してくれる。5時少し前なのでうまくいったら今日中に来てくれるかも知れないと思ったのだ。

降りていって青年の手もとを見ると、灰色のフサフサした毛並み、リスのようである。
もう、いけなくなっていた。

青年が気づいた時には、先行の車に轢かれた直後だったようで、身をくねらしてもがいていたそうだ。
「また轢かれたら助からないと思って……けど、もう、だめですね…」と青年が言う。
事切れた感じを掌に覚えたのであろう。

こころやさしい青年の手の中で息を引き取ったことを、せめてもの慰めと思うほかない。

交差点は地元の名刹・花応院(曹洞宗)の入り口である。案内の大きな看板が信号わきに立っている。その足もとになきがらを置いてもらった。

道元の「正法眼蔵」では「(死を)いとふことなかれ、(生を)ねがふことなかれ。」と説いているようだ。「生も死もその時どきの在りようなのだから、ただそれに向き合うことを専一にせよ」ということなのだろう。だが、凡夫にできることはウロウロおろおろすることのほか何もないのである。



ボルトン補佐官、白昼堂々の「営業」[2019年07月23日(Tue)]

DSCN1290クロバネツリアブ.JPG
クロバネツリアブ(黒翅吊虻)onヤブガラシ。

◆アブの仲間だろうと見当付けて検索してみたらようやく判明。
「吊り」という呼び名は、ホバリング(空中で停止)するためらしい。
三角翼の姿もステルス戦闘機に似ている、というより、人間の方がアブを真似た殺傷兵器をこしらえ1機当たり百数十億円で売りつけるというあこぎな商売を続けているわけだ。
虫たちの堅気の暮らしをこそ見習うべきだろうに。

*******

◆参院選のほとぼりもさめぬ22日、強硬な外交姿勢で知られるボルトン米大統領補佐官谷内国家安全保障局長、岩屋防衛相、河野外相と相次いで会談したとの記事。
イランに対抗する「有志連合」への日本の参加要請について具体的な話がなされたとみられている。

選挙戦の間はこれが争点化することを徹底的に避けたアベ政権が、「有志連合」への参加・協力、新安保法制を拡大解釈した自衛隊の海外派遣、それを絡めた9条改憲へと突き進む動きが歴々と目の前にある(なのに報道は、ひねもす茫漠・茫茫のまま恥じるところがない。タレントの闇営業問題にかまけている場合ではあるまい。それを報じるなら、吉本興業の教育界進出や、「万博」関連タイアップ事業等々をじっくり掘り下げるべきだろう)。

平和構築のための70年余の営々たる苦心をあっさり放棄し、国家衰亡の道をひた走っているとしか思えない。

【7月23日 Litera 記事】
安倍政権が参院選後にまた手のひら返し!
ひた隠しにしてきた“ホルムズ海峡への自衛隊派兵”を事実上決定

https://lite-ra.com/2019/07/post-4841.html


翼を使うとき[2019年07月22日(Mon)]

◆深夜、風を入れようと窓を開けたら、フクロウの鳴き声が聞こえて来た。
おそらく二百メートルほど離れた林のあたり。
ここに住み着いてだいぶ経つけれど、初めて聞いた。

いろいろ棲息している。

*******


飛ぶ  吉野弘

空飛ぶ鳥の姿に
私達は、どれほど空飛ぶ人間を夢見てきたことか
飛ぶ鳥の姿に
私達は、どれほど人間を重ね合わせてきたことか。
背に羽をつけた天使やキューピッド
あの姿を思い浮かべるだけでもそれがわかる。

多分――と私は思う
人間は空飛ぶ夢を永く永く見続けたため
いつしか、心に翼を具え、時にはそれを使うのだ。
理想をひたすら追っているとき
自分の能力の限界に挑んでいるとき
一つの愛に身を焦がしているとき
人間は、或る空を飛んでいるのだ――と。

生涯のうち、一度でも二度でも
私はあのとき、翼を使ったと
思い出す喜びが、あなたにもありますように。


小池昌代・編『吉野弘詩集』(岩波文庫、2019年)より



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