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見えない首輪[2019年06月30日(Sun)]

DSCN0128.JPG
カサブランカ。この時期あちこちで見かける。
我が家は新聞屋さんからいただいた。

*******

首輪のこと

◆今朝の散歩中、相棒の首輪がすっぽ抜けた。
飼い主と異なり、ひそかにダイエットにいそしんでいたのだろう。

先代のワンコ(ビーグルと柴のハイブリッドだった)はこうした場合、どこまでも遠くへ逃亡する癖があって手こずらせたが、今の相棒はこちらが首輪を付け直すまでじっと動かない。
多少の当惑を漂わせながらも、こちらの近づくのを待っている。

ウイやつではあるが、従順すぎるのは気にかかる。
(ただし、時どき違法タックルのように後ろから飛びついてくることはある。)

◆G20の機会を利用した日米会談、公開された冒頭で記者団がトランプ大統領に質問しようとした折に、日本政府の外務省職員が「退室願います。サンキュー」と遮ったそうだ。トランプ氏は答えようとしたものの、アベ首相は手を振り、記者に退室を促したという(28日毎日新聞Web版ほか)。
日米安保条約をめぐる質問がぶつけられるはずのところだろうに、よほどアベ君にとってマズイ話が水面下でやりとりされているか、原稿を用意してもちゃんと読んでくれない首相にサジを投げたスタッフがいて、気の利いたコメントを自前で放つ才が首相にない以上、幕を閉めるしかなかった、というところか。
前者ならば、忠義の家来の務めとして余計な質問をシャットアウトしたということだろうし、後者ならば、扮飾原稿の仕事に嫌気が差して、主・取り巻きを恐慌状態にしたスタッフが1人ぐらいひょっとして現れたのかも、と想像したくなるのだが、そんなことはない…か?

◆「急に思いついた」トランプ氏と求めに応じて見せた金正恩氏の板門店会談、報道陣はテンヤワンヤだった様子がカメラの動きで伝わってきた。
トランプ氏は自分専用のTVカメラには愛想を振りまくものの、大半の取材陣はボディガードに阻まれて良いアングルをキープできない。
境界線間近にいたのが米朝双方の広報担当で、彼らはいい位置取りを確保されていたのだろうと推測するが、何、どの取材陣もボディガードたち同様、見えぬ首輪を付けられているのだし、それを東京のスタジオから報じるわが「公共放送」の解説陣の襟元にも同様見えぬ首輪が付いているようだった。
それぞれ仕える主は異なれど、リードを握っているのが国民でないことは間違いない。



耳澄ます[2019年06月29日(Sat)]

DSCN1153.JPG
ナミテントウムシonヤブカラシ。
金平糖の上にそっとボタンを置いたような。

*******


聴く力   茨木のり子

ひとのこころの湖水
その深浅に
立ちどまり耳澄ます
ということがない

風の音に驚いたり
鳥の声に惚(ほう)けたり
ひとり耳そばだてる
そんなしぐさからも遠ざかるばかり

小鳥の会話がわかったせいで
古い樹木の難儀を救い
きれいな娘の病気まで直した民話
「聴耳頭巾(ききみずきん)」を持っていた うからやから

その末裔(すえ)は我がことのみに無我夢中
舌ばかりほの赤くくるくると空転し
どう言いくるめようか
どう圧倒してやろうか

だが
どうして言葉たり得よう
他のものを じっと
受けとめる力がなければ


*田中和雄・編『ポケット詩集』(童話屋、1998年)より

人権を使いこなすには[2019年06月28日(Fri)]

◆かながわ県民センターでふと手にした小冊子。
『たいせつな宝物 〜第23回人権メッセージ展から〜』という、神奈川県人権啓発推進会議発行のものだ。

2018年末に横浜クイーンズスクエアで開かれた人権メッセージ展に寄せられた、さまざまな分野の人たちからのメッセージが収められている。
いくつか紹介。

190628メッセージ上野新倉_0001.jpg
今春の東大卒業式でのスピーチが反響を呼んだ、社会学者・上野千鶴子さんのメッセージ。

190628メッセージ上野新倉_0002.jpg
エミリー・ディキンソンを紹介して来た英文学者・新倉俊一(にいくらとしかず)さん。

◆同展、今回はドイツからのメッセージとしてドイツで活躍中の日独の音楽家や作業療法士ほか多様な分野の人たちの声を紹介している。

そのひとりデュッセルドルフの学習教室で教えているフックス・真理子という方のメッセージ――

ドイツの大学で教育学を学び直そうと、入学して驚いた。
日本の教員養成とはまったく様子が違う。
ゼミは、どうしたら、民主主義社会が実現できるのか、という議論から始まるのだ。
そう、今あるこのドイツの社会を形作っているのが教育。

その目標は三つ。
1.自分のことは自分で決める。
2.みんなで一緒に決める。
3.社会の中で弱い立場の人も、もれなく参加できるようにする。

ここに人権の源がある。そこで一番大切なのは、たとえみんながイエスと言っても、自分はノーと言えるような児童・生徒を育てること。
かくして、私の公文の教室では、毎日、ドイツのこどもたちや、 ドイツに住んでいる40か国以上の移民のこどもたちと、対話を通して、どんなプリントを学習するか、攻防戦が繰り広げられることになる!
人権はその使い方を練習しなければ、将来きちんとそれを使いこなせない。しんどいけれど、がんばる「くもんのせんせい」である。


◆ドイツを拠点に活躍しているピアニスト・河村尚子(ひさこ)さんは、移民受け入れの歴史が長く、現在、国論を二分しながらも難民への門戸を開いているドイツの様子を伝えている。

32年前に父親の仕事の関係でドイツに渡り、幼児の頃からドイツ人と暮らすのが当たり前となっている私の日常。第2次世界大戦後からイタリア、ギリシャ、トルコ、旧ソヴィエトなどから労働者、移民を受け入れているドイツにはドイツ語を第1母国語として暮らさない人が大変多い。最近は中近東やアフリカから難民が増える様子を観て、ドイツの情景も変わり果てたなあ、と感じる。
でも、それを感じているのも変化を遂げ続けるドイツを30年前から観察しているアジア人1人。自分自身が勝手に思い込んでいる「ドイツ」に勝手に溶け込み、そんな毎日に勝手に慣れて、自分自身が外人であるという事すら忘れさせてくれるこの国に大感謝。
大抵のコーロッパの国が難民を受け入れる事を批難、そして拒絶する現在。ドイツ国民の意見がまっ二つに分かれ、暴動事件も相次ぐ中、無理をしてでも難民を受け入れようとするドイツの政治に脱帽。
何年間暮らしても「ドイツ語、上手に話せますね」と言われるけど、やはりこの国が大好きな自分に気付く。
国境関係なく、ひとりひとりが周りに思いやり、助け合い、平和に自由に暮らせることが人権だと感じる。


◆冊子『たいせつな宝物』には人権問題に関わって奮闘している人たちや、そうした場を利用している人たちからのメッセージも載っている。

そのひとつ、NPO法人・在日外国人教育生活相談センター・信愛塾のメッセージを。
横浜市中区、中華街の一角に1978年誕生した信愛塾は、日本に滞在する外国人の子どもたちの学びの場、生活相談の場として様々な活動を展開しているという。
寄せられたメッセージには、家族へのありがとうが綴られている。

人権メッセージNPO信愛塾.jpg


サミットとジャンケン[2019年06月27日(Thu)]

DSCN0179アメリカノウゼンカズラに揚羽.JPG
アメリカノウゼンカズラにとまったアゲハ

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◆大阪でのG20、テレビがしきりに「最高レベルの警備」というフレーズを繰り返す。
耳タコになりかかったら、ふと「最高レベルの警備が最低レベルの首脳たちを守る」という文句が口をついて出た(あなたのことではないから責めないで)。

そもそも最高レベルのレベルって何よ、と重ねて毒づきたい気分。疲れてるなオレたち。

昨日の深夜、まるで関係ない我が地元の空を、脅すように横須賀方向に飛んで行った飛行機がある。

*******


だれも いそがない村   岸田衿子(えりこ)

あの丸木橋をわたると
だれもいそがない 村がある
まめのつるに まめのはな
そのままで そのままで
かげぼうしになる 村のはなし

 北の大臣と南の酋長が
 一日おきに けんかするって
 ほんとですか

あの丸木橋をわたると
だれもいそがない 村がある
あおい木の実に やすむかぜ
じゃんけんしてる こどもたち
そのままで そのままで
かげぼうしになる 村のはなし

 西でトラックが 東でかもつせんが
 一日三かい しょうとつするって
 ほんとですか

  
*『あかるい日の歌』(青土社、1979年)所収。
 川崎洋・選『いのちのうた』(岩崎書店、1997年)によった。

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◆もめそうな案件もたいがいジャンケンで片を付けるもんだ、子どもなら。

かぐわしい あしぶみ[2019年06月26日(Wed)]

DSCN0182ヤブカンゾウ.JPG
田んぼのほとりにヤブカンゾウ。
緑にオレンジが映える。

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花びらが……リルケ

花びらがみな心をあわせて
風のなかに幾歩かの
目にみえないかぐわしい
あしぶみを踏む。
 


★山崎栄治・訳『薔薇』]Zの第2連。

◆ドイツ語の詩人であるリルケがヴァレリーの促しによって、母語ではないフランス語によって書いたという詩集。
薔薇への讃歌なのだが、これを山野の花たちに捧げてはならない、というきまりなど、ないだろう。

*『世界名詩集9 リルケ 時禱集 薔薇』(平凡社、1967年)によった。



「たすけてください」の衝撃[2019年06月25日(Tue)]

◆カワセミの姿を見かけることが多い。
水中の小魚をとらえる瞬間の写真を市民の写真展で目にする機会も多いが、ただの散歩者に水しぶきの上がった決定的瞬間が撮れるはずもない。

口にくわえた獲物を呑み込むまでしばし苦闘する様子に遭遇した。
体の向きを変えながら呑み込むまでの数枚の写真を。

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「たすけてください」の衝撃

◆24日のNHK総合のドキュメンタリー「ノーナレ」は外国人技能実習生を取り上げた。
「ノーナレ」とは、ノー・ナレーションの略らしく、動画の音声は入っているが、ナレーションによる説明をかぶせず、映像と同時収録の音声およびその字幕だけを放送する、というスタイル。

ナレーションには制作者の問題意識が反映するだろうから、それを前面に出さないのは素材自体に語らせようということなのだろう。

◆「画面の向こうから」と題する今回はベトナム人技能実習生の携帯による自己紹介の動画に始まり、同様の環境で働いている者たちの訴え、働いている場所を映し出して、低賃金で長時間労働を強いられている実態に迫って行った。

タオル縫製の工場が取り上げられていたことから、どこの会社かと憶測が飛び交い、「風評被害」だ、NHK側の釈明だとネット上で波紋が拡がっているようだが、「技能実習生」の問題をこの時期に取り上げたことの意義は大きい。

◆2017年に発足した外国人技能実習機構がチェック・是正指導の働きをしていないという指摘もある。
同機構のトップページを見ると、最上段のバーに英語・中文・タガログ語など各国語が用意されているが、そこから困り事の扉を開ける流れにはなっておらず、総論的な説明から始まる。
「まずここへ電話を!」と誘導するのはトップページ左上の「母国語相談」だが、最上段の言語バーにあったモンゴル語は「母国語相談」のメニューには無い。困難に直面している人がどこに相談すれば良いか一目で分かる作りにはなっていないのである。

〈外国人技能実習機構〉ホームページ(トップページ)
https://www.otit.go.jp/

◆かねて問題が指摘され続けてきた技能実習制度だが、当事者の「たすけてください」の叫びは衝撃だ。


渋谷・人魚姫→吉井勇→湘南の海へ[2019年06月24日(Mon)]

DSCN1069佐藤忠良「マーメイド」渋谷西武A館-2.jpg

◆過日、渋谷・西武デパートA館前で、佐藤忠良による「人魚姫・マーメイド」の彫刻とようやく対面した。
今年始めにB館前で遭遇した同じく忠良の「牧羊神・パン」と対をなす作品である。
そちらは国木田独歩をしのぶ文学碑であったが、こちらも與謝野晶子・鉄幹の『明星』を記念する文学碑である。

これにも伊藤整の文章が台座に刻まれていた。

明治三四年 詩人與謝野鉄幹は妻晶子とともに新居をこの地の西南に営み雑誌明星を刊行した
のちその雑誌から石川啄木 北原白秋 高村光太郎 吉井勇などが出た
        伊藤整


DSCN1073.JPG

ぶじ対面できたのは良いとして、駅に向かうのにまたまた迷ってしまった。
いつ来ても渋谷は迷路のようだ。

◆碑文の末尾に名を刻まれた歌人吉井勇、その処女歌集『酒ほがひ』(明治43年刊)の連作〈夏のおもひで〉は、湘南の川・海・空を舞台に、ひと夏の恋をみずみずしく歌う。


夏は来ぬ相模の海の南風(なんぷう)にわが瞳燃ゆわがこころ燃ゆ

君がため瀟湘湖南の少女(をとめ)らはわれと遊ばずなりにけるかな

滑川(なめりがは)いくたび君の手を取りて夜半(やはん)の水を渡りけるとぞ

鎌倉のうら山づたひ君とゆく山百合の花月草の花

君見ゆる貝細工屋の招牌(かんばん)をすこしうごかし海の風吹く

伊豆も見ゆ伊豆の山火も稀に見ゆ伊豆はも恋し吾妹子(わぎもこ)のごと

滑川越すとき君は天の川白しと云ひて仰ぎ見しかな



*滑川は鎌倉市内を流れ相模灘に注ぐ川。
*第5首の貝細工は今もかわらぬ江ノ島の土産である。
★中公文庫『吉井勇全歌集』(2016年)によった。


◆◇◆

★関連記事:【渋谷→独歩→ツルゲーネフ「あいびき」の少女】(2019年1月25日)
http://blog.canpan.info/poepoesongs/daily/201901/25




〈せめては、あらゆる非道に、目を光らせ…〉[2019年06月23日(Sun)]

DSCN1134.JPG
イヌタデ

*******

◆6月23日のTBSサンデー・モーニングの「風をよむ」のテーマは〈不都合な事実〉
現政権の隠蔽・改竄体質に迫っていた。
最初に挙げた実例は、先週12日(水)の、金融庁および厚労省の担当者を招いて行われた、野党合同ヒアリングでの発言だった。

厚労省・伊澤知法年金課長「最近、われわれ『非正規』という風に言うな、と大臣からも言われている。要するに、“フルタイムで働いていらっしゃらないような方々”……」

「いらっしゃらない」などと、敬語をこうした文脈で使うせいもあって、体じゅうに発疹ができそうな発言だった。「病膏肓に入る(やまい こうこうに いる)」=なすすべなし、という感じ。

★2019/6/23 風をよむ「不都合な真実」
https://note.mu/tbsnews_sunday/n/n5bcf787f0d6e


******

◆日本人が日本語によって、世界に向けてどんな寄与ができるか、木島始が書いている。木島は英訳による日本の近現代詩の発信も続けて来た詩人。その苦い経験に立った発言、口当たり良くはない。
だいぶ前のエッセイゆえ、現今の政治のことばに当てはめようとすると生ぬるいだろうけれど、経済上も縮みつつある国、という認識に立つなら、成しうる国際貢献について示唆するところ多い。


いま転回点にきて   木島始

有史いらい(と大きく書きだそうとしてみるものの知識がそんなにあるわけではない)、わたしたちの島の人間が、外に向かって、言葉で聞き耳を立てさせたことは、まずないのではあるまいか(近年にいたるまで、日本語は通じないものと決まっていたんだから)。商談がうまいわけでもあるまい。売ろうとする商品、それも発明したというよりは、加工改良した実物が、じっさいのところものを言ってきたのだろう。
世界中に日本製商品を溢れさせるという奇蹟に近いことをやってのけたのだから、精神的にもかなりの役割を果たせるのではないかと、えらく期待する向きもある。たしかにひとつの転回点にさしかかっているようで、さまざまな反省をせまられているのは、まちがいあるまい。
だが、どんな役割をどんな言葉で?
祖先崇拝と自然信仰の生きつづける原始神道が、まだ命脈を保っていると、考えざるをえず、これからだってずるずる続きそうで、そんなまま世界への役割をみずから買って出る?
かつてわたしは、〈やまとことば舌先三寸海に消え〉と自嘲の句をものしたことがある。
そうだ、過去のたったひとつの言語文化での例外は、haikuだ。だいたいどこの国へいっても、たぶんhaikuは知られている。いや、作られてさえいる。C・O・Dその他の辞書で〈日本の詩の模倣〉とあけすけに書いている。李御寧氏のいうように、〈縮み志向〉は、極限まで進む。そして、たぶんhaikuだけが、これまでのところ、言語文化での普通名詞化するほどの外の世界への寄与だったのだろう。
この切りつめ切りつめをする言語習練が、軍事大国化する道をくいとめえないことは明らかだ。
せめては、あらゆる非道に、目を光らせうるようになる?


*下線部、原文は傍点。
色字強調は引用者。
日本現代詩文庫『[新]木島始詩集』(土曜美術社出版販売、2000年)より


誰が敵を必要としているのか[2019年06月22日(Sat)]

DSCN0168.JPG
日差しをさえぎってくれる葉陰もやがて途切れる、その先へ歩み出るには相当に勇気の要る季節。

*******

敵によせる    木島始

殺し殺される敵を
本当に見るのは難(むずか)しい
戦争ではのぼせすぎるし
平和では仮面(かめん)が厚(あつ)

どうやら敵というのは
味方(みかた)集めに必要らしい
憎々(にくにく)しげであればまさに
標的(ひょうてき)には適しているが

あまりに厚化粧(あつげしょう)すぎるので
血のかよった肌(はだ)から遠い
もし見つけられるものなら
人類の敵を描きあげたいぜ

なぜならその敵を亡(ほろ)ぼす
最後の瞬間までぼくは
(あふ)れる生きがい抱きしめて
眼をさまし眠れるからな

しかし敵といわれたものの
正体はことごとく幻(まぼろし)の影
どれも恐ろしいみみっちさ
いのちを賭(か)けるに値いせん

これほど隠(かく)れおおせる
敵というのはあっぱれか
初めからいなかったのか
ただ鏡の中のじぶんじしんか

いやいると言いはる人は
かたちにして示してくれ
殺し殺される敵を
本当に見るのは難(むずか)しい


日本現代詩文庫『[新]木島始詩集』(土曜美術社出版販売、2000年)より

◆トランプ米大統領、イランへの攻撃開始10分前に中止を決めた、とツイッター。
あまりに軽い言葉が重い命を弄ぶ。
これに掣肘を加えることはおろか口を挟む意志も放棄した極東の属国・日本も、同様に軽いオツムの為政者が牛耳る。
「今度の参議院選挙で審議すらしない政党を選ぶか審議する政党を選ぶか決めてほしい」と言いたい放題の首相(21日の日テレNEWS24)こそは、110日以上も予算委員会を開かず審議拒否を続けている張本人ではないか。憲法にのっとった野党の開催要求を無視する御仁が「改憲の議論を」などと、どの口が言う。
倦むことなく彼らの虚言・妄言を垂れ流すメディアの罪は重い。



「だがやさしく/しずかに」[2019年06月22日(Sat)]

DSCN1142.JPG
テントウムシの片羽を運ぶアリ。
トンボの羽を運ぶアリも見かけたことがある。一体何に使うのだろう。
時々ヨットの帆を操作しているように見えるので、「艤装」ならぬ「蟻装」というダジャレを弄びたくなるのだが、行動にもっともらしい目的があるハズと考えるのは人間の悪いクセで、オットット…と言いながらセーリングを楽しんでいるのかも知れない。「戯装」というわけである。
そのようにして生涯を終える、というのもあり、かも知れない、どんな生きものであれ。

*******


墓   石原吉郎

かぎりなく
はこびつづけてきた
位置のようなものを
ふかい吐息のように
そこへおろした
石が 当然
置かれねばならぬ
      空と花と
おしころす声で
だがやさしく
しずかに
といわれたまま
位置は そこへ
やすらぎつづけた


詩集『水準原点』所収。
『続・石原吉郎詩集』(思潮社・現代詩文庫、1994年)によった。

◆死とは、「位置」が、とある場所に「やすらぎつづけ」ること、と表現する。
「位置」とは、何ものかを基準・原点として、それとの相対的な関係を測り、数字やことば、時に誰かの解読を待つ記号によって表したものだ。「墓」はその即物的な表象である。
運び続けて来た生涯の果てのその先もなお、「つづけ」るのである。
「だがやさしく/しずかに」という声が音楽のように空と地上とから聞こえてくる。
それは《基準たる者の声》に他ならず、その声からの「位置」を、なおも測りつづけるのである。



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