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温度管理中の私達[2019年02月18日(Mon)]

◆壁を作る費用を捻出するために国に非常事態宣言を出すという米国大統領。
海の向こうの話だから本末転倒のおかしさに気づき易いが、海のこちら側でも同様の事態だとは考えないようにしている。他人事とみなす安楽を手放したくないからだ。

日常に非日常がいきなり土足で踏み込んで来る時代だと心のどこかで承知していても、差し迫った脅威はない、と思っておかないことには、呼吸するのもおぼつかなくなる。
杞憂ということばもあるじゃないかと、言い訳ならいくらでも思いつくし。
そんな男どもを尻目に、女性の方が性根を据えている感じがする。
昨日に続いて山崎るり子の詩から、そんな一編を――

居心地   山崎るり子

まるで要塞のようですねと言うので
笑ってしまった
これは食器棚です
それは武器庫ですかと聞くので
一つ一つ教える
これはキッチンバサミ
これはパン切り包丁
これは万能包丁
   万能包丁

スーパーの袋から出し
冷蔵庫に移すと
ここは死なない程度に生かしておく
牢屋のような所ですか
と聞いてくるので
あわてて閉める

そんなにいろいろあやしむのはおよしよ
要塞ならもっとずっと遠くで
私達を囲み
私達は今 ちょうどいいあんばいに
温度管理されているだけなんだから


『山崎るり子詩集』(思潮社現代詩文庫、2007年)より。

ゴミの身ながらさりながら[2019年02月17日(Sun)]

◆フィルム・カメラと10数年前に買った最初のデジタルカメラなどをまとめて引き取ってもらった。合計9台。
交換レンズなども結構あったがカビを生やしてしまい、買い取り額は雀の涙ほど。「クジラの涙ほども泣けた。」と笑いのめそうとしたが、さすがに愛用機との別れは切ない。
一台一台、勇姿をカメラに収め、最後は勢揃いの写真も撮って、しのぶよすがとした。

◆思い切って主力とするデジタルカメラを新規に購入。散歩に初めて携行して撮ったのが下の写真。

DSCN0003.JPG

境川に無残にも捨てられたプラゴミの袋だ。

回収するには岸から距離がある。
冬のこととて、雨で流れて行く日はなかなかなか来ないだろう(2キロ下流に、ゴミを捕らえるネットが設置されているので大雨が来れば、流れ下ってそこで食い止められるのだが)。

◆今朝の朝日新聞、1・2面を使って海洋を汚染するプラスチックゴミの記事があった。
インドネシア・バリ島のマンタが生息する海の現状を伝えている。
地元政府は非常事態宣言を出して2025年までに70%のゴミ削減を目指すというが、担当大臣のコメントは「目標達成は可能だが、そう簡単ではない」。
弱気を克服して「簡単ではないが、十分可能な目標だ」と前向きに取り組んでほしいものだ。

◆記事には、海のゴミが環境中に残り続ける期間が表で示してあった。それによると、

タバコの吸い殻=1.5〜10年、レジ袋=1~20年というのは序の口で、
ペットボトルやおむつは450年(!)、釣り糸は600年(!!)という。

◆環境保全に頭を悩ましているのは湘南海岸も例外ではなく、先日藤沢市役所を訪れたら、「かながわ海岸美化財団」のキャンペーンがロビーに展示されていた。10年ほど前に、境川遊水地センターに展示していたこの財団の組パネルを借りて来て勤務校で展示したことがある。

DSCN9946_0000-A.JPG
吸い殻たち

DSCN9944_0000-a.JPG
大小さまざまなプラスチック製品


中にはこんなものまである。
DSCN9945_0000-a.JPG

プラ製品のほとんどが川から流れ下ってきたものだ。

DSCN9942_0000-A.JPG

◆会場にこんなメッセージカードが置いてあった。
至言である。

190214神奈川海岸美化財団ハガキ.jpg

*******

「焼却炉」より   山崎るり子

ええ 焼却炉のことは時々考えます
袋の口を結んだ人も
そのうち行くでしょう 箱に入れられて
そして形を変えて
空で出会う
「来ましたね」
待っていたものたちはそう言って
ゆっくりと一緒に 歩き出す


◆『山崎るり子詩集』(思潮社現代詩文庫、2007年)より「焼却炉」の結び。
この世に在ったゴミも人間も、果ては一緒だ、と大胆に言い切る詩。
行き着く先が空(そら)だ、という所に救いを残してある詩を、一部だけつまみ食いしてゴミの話題に配しては作者に失礼なのだけれど。

冒頭のゴミ袋、明日もあそこに白々と転がっているに違いないと思うにつけ、何とかせねばなァと、夜半過ぎても思案しているのだ。今夜はきっと夢に出てくる。



今日、あなたは空を見上げましたか[2019年02月16日(Sat)]

DSCN0012.JPG
欅(けやき)のシルエットが美しい季節だ。

*******

◆子どもたちの受難は県内でも相次いで報告されている。
32歳の父親が生後3ヶ月の長男に(横浜市)、大和市では小一の男児に養親男性(28歳)が暴行を加えていたと報じられた(2月16日の朝日新聞地方版)。

こうした不幸な事件を引き起こした若い親たちの生育歴に負の連鎖を読み取ろうとする人も少なくないだろうが、それより気になるのは、彼らの中学・高校時代だ。
思うに任せないことが狭い人間関係の中にもあると知り、だが解決の喜びも味わい、スプリングボードとなる体験があったかどうか。
苦いことも含めた仲間たちとの出会いや別れ、年長者からの気になる一言があったかどうか。
へこんだ時のアドバイスに限らない。
たとえば次のような質問を宿題として与えられることが、生きることの節目節目で繰り返し目覚めを促すことだってあり得るのではないか、誰でも。


最初の質問    長田弘

今日、あなたは空を見上げましたか。空は遠かったですか、近かったですか。雲はどんなかたちをしていましたか。風はどんな匂いがしましたか。あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。「ありがとう」という言葉を、今日、あなたは口にしましたか。

窓の向こう、道の向こうに、何が見えますか。 雨の雫(しずく)をいっぱい溜(た)めたクモの巣を見たことがありますか。樫(かし)の木の下で、あるいは欅(けやき)の木の下で、立ちどまったことがありますか。街路樹の木の名を知っていますか。樹木を友人だと考えたことがありますか。

このまえ、川を見つめたのはいつでしたか。砂のうえに坐(すわ)ったのは、草のうえに坐ったのはいつでしたか。「うつくしい」と、あなたがためらわず言えるものは何ですか。好きな花を七つ、あげられますか。あなたにとって「わたしたち」というのは、誰ですか。

夜明け前に啼(な)きかわす鳥の声を聴いたことがありますか。ゆっくりと暮れてゆく西の空に祈ったことがありますか。何歳のときのじぶんが好きですか。上手に歳(とし)をとることができるとおもいますか。世界という言葉で、まずおもいえがく風景はどんな風景ですか。

いまあなたがいる場所で、耳を澄ますと、何が聴こえますか。沈黙はどんな音がしますか。じっと目をつぶる。すると、何が見えてきますか。問いと答えと、いまあなたにとって必要なのはどっちですか。これだけはしないと、心に決めていることがありますか。

いちばんしたいことは何ですか。人生の材料は何だとおもいますか。あなたにとって、あるいはあなたの知らない人びと、あなたを知らない人びとにとって、幸福って何だとおもいますか。時代は言葉をないがしろにしている――あなたは言葉を信じていますか。


『長田弘詩集』(ハルキ文庫 角川春樹事務所、2003年)の巻頭に載っている。
中学の教科書にも載っているそうだ。

長田弘詩集ハルキ文庫.jpg


うち続く破壊[2019年02月15日(Fri)]

◆子どもたちの受難がやまない。
断片的に伝えられる家族の姿の点描から推し量るに、その母もまた被害者である。
傷つけた父親やそれを黙認した者もまた、職場や社会やそれまでの暮らしにおいて、より大きな悪に立ち向かう力を育むよりは、抗するすべを持たない者を支配することを慰藉とする生き方になずんで来なかったか。

そうして、弱さの根源に想像力を働かせることなく、非道への憤りを呑み込んで、自分は違うからとうそぶいて、壊れるままに放置して来なかったか、私らは。


あふれる光を   大洲秋登(おおすあきと)

あおい空を
こわさないで

ガラスびんを
たたきつけるように

つぶらな目から
かがやきを消さないで

しずかな湖に
石をなげこむように

みんなの夢を
ふみつぶさないで

ぶどうを ひとつぶ ひとつぶ
つぶしていくように

家から
おいださないで

手をちぎらないで
足をもぎとらないで

山から木を
畑からみどりを
川から水を

人から
ことばを

とりあげないで

なにもかも
ふきとってしまうように

原子のキノコ雲を
はやさないで

そして
空にかかげよ

あふれる光を
こどもたちに

すべての
生きるものたちに


*大洲秋登詩集『あおくかがやいて』(かど創房、2004年)より


「湘南フィルハーモニー管弦楽団」第39回コンサートまぢか[2019年02月14日(Thu)]

190217湘南フィルハーモニーO_0001.jpg

湘南フィルハーモニー管弦楽団の演奏会が間近だ。
1977年にCAGとして発足して以来、39回目を数える。
認定NPO法人として、地域に音楽を届ける活動も活発だ。

会場は改修を終えた茅ヶ崎市民文化会館。
ソリスト3人の豪華メンバーによるベートーヴェンのトリプルコンチェルトを含むプログラムだ。


湘南フィルハーモニー管弦楽団 第39回コンサート

日時 2019年2月17日(日)
会場 茅ヶ崎市民文化会館
開場 12:45 
開演 13:30 

《指揮》 鈴木竜哉
《ソリスト》 
 ピアノ 清水紀子
 ヴァイオリン 清水謙二
 チェロ ルドヴィート・カンタ
 
《曲目》 
モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」序曲
ベートーヴェン ピアノ、ヴァイオリン、チェロとオーケストラのための協奏曲
ベート−ヴェン 交響曲第5番「運命」  

同フィルのホームページは
http://shonanphil.web.fc2.com/

190217湘南フィルハーモニーO_0002.jpg

*******

本番    アーサー・ビナード

ゼンマイがうずまきの
若葉をだしはじめると
丘は開演まえの
オーケストラボックスに

綿毛をかすかにふるわせて
ヴァヴァ……ゼォゼォゼォー
身の張りをおのおの
調律しながらのびる

全員がひらけばいよいよ
風に弾かれて演奏
でもこの会場に早めに
きていた客は思いだす――
音合わせのほの暗い
さだまらない音色を

本番はあのとき
もうはじまっていた


『詩の風景 アーサービナード詩集 ゴミの日』(理論社、2008年)より




合言葉〈ノーパサラン=彼らを通すな〉[2019年02月13日(Wed)]

DSCN9817-a.jpg
渋谷にはこんな「ハチ公」もいる。渋谷駅西北の路傍で。

*******

◆国会・官邸では茶色に腐った言の葉たちがベチャベチャと吐き出されて、国民の視界を塞いでいる。

◆〈その1〉
桜田義孝・五輪担当大臣、競泳の池江璃花子選手の白血病公表に対して「がっかりしている」「盛り上がり若干、下火にならないか心配」などと述べた。
さすがに撤回したものの、五輪憲章読んだこともない、とも公言。無知無恥に国民輿論のを。

◆〈その2〉
菅官房長官の記者会見で東京新聞・望月記者に対する上村秀紀・官邸報道室長による妨害が続く。
「質問は簡潔に御願いしまーす」「質問に入ってください」「まとめ御願いしまーす」を執拗に連呼する異様。時に数秒おきに繰り返す。
記者の質問に耳傾ける風もない菅義偉官房長官は、イラッとした表情で、進行役の上村室長に介入せよと合図を送る。
ニベもない回答で我々の知りたいことに答えようとしないスポークスマンの姿は依怙地なほどだ。

こうしたやりとりが1年以上も続いている異常さにも驚く。
「個別の案件には答えられない」「本人に聞いて下さい」「ご指摘は当たらない」などのスガ語法が他の議員・官員たちの舌をも冒して病は重い。

菅氏の指示を受けた四時の報道監視・質問拒絶。民主主義という死児のために半旗を。

◆〈その3〉
2月12日の衆院予算委員会、奥野総一郎議員の「(記者の質問に制限を加えるのは)民主主義国家としてあってはいけない」との指摘に対して、菅官房長官は「取材じゃないと思いますよ?『決めうち』ですよ」と語気を荒げて反発した。これまた異様な反応だ。

異常な空気が囲繞する官邸の主は速やかに政権委譲を。

*******


合言葉(シボレート) パウル・ツェラン(中村朝子・訳)

ぼくの石たちとともに、
格子の後ろで
激しくないて流されたものたちとともに、

かれらは ぼくを引きずって行った、
市場の真ん中へ、
あそこへ、
そこでは ぼくがどんな誓いも立てなかった
あの旗が広げられている。

フルート、
夜の二重のフルートよ――
思い出せ
ヴィーンとマドリッドの
暗い双子の赤を。

お前の旗を半旗にして掲げよ、
思い出のために。
半旗にして
今日 そして永久に。

心よ――
お前の素性をここでも明かせ、
ここで、市場の真ん中で。
叫べ、あの合言葉を、
故郷の異郷にとどけと、
「二月、通すな(ノーパサラン)」と。

一角獣よ――
お前は石たちに通じている、
お前は水たちに通じている、
おいで、
ぼくはお前を
エストゥレマドゥーラの
あの声たちのもとへ連れて行こう。


『敷居から敷居へ』(1955年)所収。
*中村朝子・訳『改訂新版 パウル・ツェラン全詩集』第1巻(青土社、2012年)に拠った。
下の「ひとつに」も同詩集より。

◆合言葉「ノーパサラン(通すな)」は1936~39年のスペイン内乱において反動派に対する合言葉となった。もともとは第一次世界大戦の激戦地ヴェルダンでフランス兵士たちが用いた合言葉。
日本でも2015年の安保法制国会で若者たちによって政府の暴走を押しとどめる合言葉となった。

◆ツェランは「ひとつに」という詩においてもこの合言葉「通すな(ノーパサラン)」を掲げている。その第一連――

二月十三日。心の口の中で、
目覚めた合言葉。お前と一緒に、
パリの
民衆。通すな。

 
「ひとつに」より(『誰でもない者の薔薇』所収。1963年)


2月13日という日付けは、1934年のヴィーンのゼネストおよび1945年のドレスデン爆撃を想起させる、と研究者は言う。



千の口の災禍[2019年02月12日(Tue)]

DSCN9860.JPG

俣野橋より見えた雲の切れ間から地上を照らす光の束。
この直前、真っ直ぐ垂直に降り注いで見えた瞬間があったのだが、とらえ損ねた。雲の動きが速いためだったろう。この後は垂直線から30度ほどの傾きになった。
刻々と世界は変化しているのだと納得させられる。

*******

◆衆議院の予算委員会、消費税引き上げを機にキャッシュレス決済のポイント還元を導入する政府の考えに対して野党党首が反対意見をぶつけ、町の商店主が訴えている懸念・不安を3つ指摘した。

1.キャッシュレス決済に対応できなくなる商店が出てくる。
2.カード会社に支払う手数料が必要になる。


当然の不安である。設備投資にも資金が要る。地道な商いが続けられるか、個々の経営者だけでなく商店街全体にとっても心配は尽きないだろう。

3つ目の心配は次のようなものだった。

3.キャッシュレスになると商品が売れても現金がすぐに入ってこなくなる。

これを聞いて時計が半世紀以上も昔に戻った感じがした。

高度成長期以前の農民たちの嘆きと一緒であることにびっくりしたのだ。

秋の実りの決済が済んでようやく自由に使える現金が拝める農家から見れば、月々決まった給料を手にする「月給取り」はうらやましがられたものだ。
産業構造の変化で兼業農家が増え、生産現場や土木工事などへの出稼ぎ農民も増えた。
消費社会において、現金の魅力に抗うことはできなかったのである。

今また現金が手もとにない不安に直面する。
実質賃金が下がるばかりの給料取りもまた同じである。

政治家はもっとスーパーに足を運んでみるといい。消費税引き上げで消費の冷え込みを心配する前に庶民はとっくに耐乏生活に入っている。

キャッシュレスやポイント、イージス、トランプ、カジノと、日本人が弱いカタカナを舌先で転がして国民を欺く政治はまっぴら御免だ。

*******

あなたはぼくの     柴田三吉

千の手で衆生を救う仏がある
苦しみの池を干し
凡夫、悪党もらさず掬い上げるなんて
あまりに大袈裟な発願だから
あからさまな像をみるたび
その力みように
ぼくは苦笑を禁じることができない

千の口のわざ
と呼ばれる手合いもこの世にはあって
そのときことばは禍となって世界をかけ巡り
貧者の舌は家々の
暗い戸口の裏に押しやられるだろう
だからぼくは千の手も
口も
千の耳さえ欲しない

ありきたりな道具一式かかえ
ふし穴の目でぼくは
逆さの世界像を結んでいる
夜更けて
知の嬌正術を施しにやってくるひとよ
あなたはぼくの
夢の師匠だ


日本現代詩文庫「柴田三吉詩集」(土曜美術社出版販売、1996年)

◆「千の口」とは即ち「舌」のことだが、口舌の徒ばかりの政府がもたらす人心の荒廃にまさる災禍はあるまい。



パウル・ツェランの雪の景[2019年02月11日(Mon)]

DSCN9888.JPG
一昨日の雪。積もることはなかった。
今日も降るかと言われていたが、雲は薄く、降る気配は全くなかった。

心遣りにパウル・ツェランの詩を一編――

*******

帰郷    パウル・ツェラン

降雪、ますます霏々として、
鳩の色をして、昨日のように、
降雪、まるでお前が、今もまだ眠っているかのように。

遠くまで横たえられた白。
その上をずっと、果てしなく、
消え去ったものの橇の跡。

その下に、かくまわれて、
湧き上る、
目にこんなにも痛いものが、
丘また丘、
目に見えぬまま。

どの上にも、
自身の今日のなかへ連れ戻されて、
物いわぬもののなかへ滑り落ちたひとりの「私」――
木でできた、一本の杭。

あそこで――ひとつの感情が、
氷の風に吹き寄せられて、
それが、その鳩の、その雪の
色をした旗布を取りつける。


*1959年の詩集『言葉の格子』の中の1編。
中村朝子・訳「改訂新版 パウル・ツェラン全詩集T」(青土社、2012年)に拠った。

◆4連目、「自身の今日のなかへ連れ戻されて」とは、故郷に帰って来ても、かつての自分にはもう戻れないことを確認するほかないことを言う。
パウル・ツェラン(1920-70)の両親は1942年に強制収容所で死亡。彼もまた強制労働に従事させられた。

◆最終連、「あそこで――ひとつの感情が、/氷の風に吹き寄せられて、」という詩句は佐藤春夫の次の詩に似ている。

別離  佐藤春夫

人と別るる一瞬の
思ひつめたる風景は
松の梢のてつぺんに
海一寸(いっすん)に青みたり
(け)なば消(け)ぬべき一抹の
海の雲より洩るやらむ
焦点とほきわが耳は
人の嗚咽を空に聞く


◆特に、前半の感情移入された「風景」が「松の梢のてつぺんに」一寸の海として青く凝縮されて在る、という表現。
感情が風景の中を彷徨し、かつ求めて得られぬ苦悶の末に一点に凝集して行く点が共通している。

しかし、こみあげる感情や纏綿とした抒情の気分は、ツェランの詩にはない。
佐藤春夫の詩にある声(視覚が聴覚に転じることによるクライマックスの表現)もない。

代わりにあるのは、雪というよりは氷として感覚されている痛みだ。
寒気による痛みはやがて無感覚状態をもたらす。
結果、「その鳩の、その雪の/色をした旗布」と表現される「旗布」は、黒い弔旗が反転して「白布」と感覚されているようだ。


堀文子の多彩な世界[2019年02月10日(Sun)]

◆堀文子が半世紀余りを暮らした大磯の駅前に、彼女の筆による「湘南発祥の地」の碑が立っていることは2年ほど前に紹介した。

大磯をあるく(1) 2017年2月27日の記事】
http://blog.canpan.info/poepoesongs/daily/201702/27
別のアングルからの碑の姿を載せておく。

DSCN9861湘南発祥の地碑-A.JPG

*******

『別冊太陽 100歳記念 堀文子 群れない、慣れない、頼らない』には、大磯に移り住んだ頃の作品や、童画・装丁など若い頃の作品はもとより、イタリア・トスカーナでの暮らしから生まれた作品、南米やヒマラヤへの旅から生まれたものなど、恐ろしく多様に変幻した作品を収めている。

晩年という言い方で括るにはまだ早い、もっと時間が与えられていたならば、いよいよ豊饒な作品が我々を驚かしただろうと思わせる。

たとえば、抽象的な作品(青山の普通のアパートをアトリエとしていたころ)――

堀文子「地底の風景」1963年.jpg
〈地底の顔〉1963年

いわゆる「花の時代」に先駆けて、木や草が精気を汲み上げている地中はるかなところに息づいているものを透視したような玄妙な世界だ。

科学者になりたかったという堀の手にかかれば、顕微鏡で観た極微の世界も生命賛歌として表現される。

堀文子「極微の宇宙に生きるものたちU」2002.jpg
〈極微の宇宙に生きるものたちU〉2002年

堀の言葉が載っていた。

微生物やくらげの不滅の生命に触れたことが、
私の終わりへの不安を救ってくれた。
 



最も驚かされたのは次の作品。

堀文子「崩壊」2008年.jpg
〈崩壊〉2008年

金属やコンクリートが切断され、飛び散り、溶けかかったような小さな丸い形のものは身動きの取れない人間たちの顔のようにも見える。

幼児の関東大震災の記憶を原体験として持ち、「在るものはなくなる。」ということを心に刻みつけた堀。

しかし、その日、庭の泰山木の幹を大きな青いカマキリがゆっくりゆっくりと登る姿に鮮烈な印象を受けた、とも記す(「ホルトの木の下で」~〈生いたち〉p.29)。

震災の恐怖をも忘れるほどの、生命の神秘に心をとよもす体験であったのだろう。

そうした眼と心にとっては、脳の血管までもがクラクラするような不思議に輝く。
90歳を過ぎて次のような作品も生まれた。

ニューロンは考える2010年.jpg
〈ニューロンは考える〉2010年

下の最近作の一つも、冬枯れを照らす光が見る者を内側からあたためてくれるのである。
遍照の世界に我々を招く。

堀文子「落日の図 冬枯れの林を落ちる太陽」2015年.jpg
〈落日の図 冬枯れの林を落ちる太陽〉2015年

*作品はすべて『別冊太陽 100歳記念 堀文子 群れない、慣れない、頼らない』(平凡社、2018年)より。
作り手たちの画家への愛情が伝わってくる一冊だ。
 撮影:大屋孝雄、宮島径
 編集:竹内清乃、和田絹子、林理映子



堀文子と二・二六事件[2019年02月10日(Sun)]

堀文子の自伝『ホルトの木の下で』に、1936年、二・二六事件に遭遇した体験が生々しく記されている。

東京府立第五高女(現・都立富士高校)の卒業試験当日のことであった。
千代田区平河町の自宅から都電で登校しようとした雪の朝、街の到る所にバリケードが張られ、拳銃を持った兵隊が家々の角に立っている姿を目撃する。
ともかくもまだ動いていた電車で登校し、試験を受けていると、急に中止の命令が出た――

麹町方面に住む人たちと連れ立って学校を出ましたが、帰りの電車は四谷見附で止まっていて、そこから先は入れない。それでも何とか四谷から歩いて帰りました。
麹町三丁目まで来ると、今朝方に見た道路を塞ぐバリケードは数が増え、銃剣を付けた兵隊が三十メートル置きくらいに立ち、道行く人を止めて尋問している物々しさです。その頃は、すでに軍人の横暴が巷でささやかれていましたし、自分が尋問されたときは、文句を言おうと思っていました。父の教育もあり、軍の行動に対して私も憤慨していたのです。今思うと無謀というか、恐いもの知らずの娘でした。
私が近づくと、
「何処に行く!」と銃剣を喉に付きつけられた。今しがたまで何か言ってやろうと思っていたのに、その途端、恐怖で腰が抜けそうになりました。
「そこの先を曲がった家の者です。」
と言うだけが精一杯で、武器の前では何も言えなくなる情けなさを、身体で知った瞬間でした。
「行け!」
と道を開けられ、ようやくの思いで家に帰り着くと、
「まあ、無事によく帰ってきましたね!」
と母が抱きつくばかりに喜びました。
私の弟は決起した軍人の一部が立てこもっている山王ホテルの傍の府立一中へ通っていたので、帰ってくる途中に市民が殺されているのを見たというのです。筵がかけられ、そこから人の足が見えていたと。兵隊に歯向かった市民が殺されたのだろうという話でした。
街の噂では、
「この兵隊たちは高橋是清を殺した人たちらしい。」
と言っていたそうですが、国家は事件を秘密にしていましたし、むろん報道もされていなかったので、一般市民たちは本当のことなど何も知らされていなかったのです。私の家の一角、議事堂周辺五百メートルぐらいの中の出来事でしたから、おそらく全国の人はその騒ぎすら全く知らなかったでしょう。私自身も何もわからないまま、その大動乱の渦中に巻き込まれていたのです。


◆この後の父・竹雄と文子の取った行動は思い切ったものだ。
父は中央大で西洋史(ロシア史)を教える学者であったが、退去命令に背いて事件を写真に撮る決断をする。

そのうち、決起した将校やその部下の兵士たちは、天皇に背いたというので賊軍にされて追いやられ、家の周りの守りは官軍に変わりました。そして官軍の兵隊が、家々をまわり、『女子供は即刻退去せよ』との命令を出しました。状況がよく摑めないながら、私の勘は歴史的大事件が起きているらしいことを察知したのです。
父は日頃から、噂ではなく自分の日で見たことを信じなさいと言っていました。その父が、退去命令を無視して、この事件の実体を写真に撮っておくと言い出したのです。父だけを残しては行けないので、私も家に残りました。そんな大事件が起きているなら、私も歴史に立ち会ってこの目で見なくては…… 
と。


銃撃の弾がどこから飛んで来るかわからないため、身体をできるだけ伏せて、畳の塹壕の中に息をつめて潜んでいました。たとえ一人になっても生きるんだと覚悟した、あの切迫した瞬間を忘れません。
そのときでした。私の家の庭を、塀や裏木戸を壊して銃剣を付けた軍隊が進んでいくのを見たのです。表通りを避け、私の家と隣の家との境の塀を壊して進む軍隊を目の当りにして、ぞっとしました。非常時のときの秘密裏の抜け道が計画されていたに違いないと思ったからです。家の敷地内を何百人もの軍隊が粛々と進んでいきました。もう声も出ないほどの恐ろしさで、息をつめて見つめていたのを、今もまざまざと思い出します。
やがて「兵に告ぐ」という重々しい声が鳴り響き、
「一切の武器を捨てて出て来い―」
と叫ぶ声が聞こえてきた。反乱軍が白いはちまきをして、白旗を掲げて出てくるのを、父はもの影に隠れて写真に何枚も撮っていました。よく見つかってフィルムを取り上げられたり、脅されたりしなかったものです。その生々しいたくさんの写真をあとで見ましたので、そのときの情景はよく憶えているのです。


◆まるで、ハンナ・アーレント(1906-75)とその母のようではないか。

アーレントの母マルタは、1919年、スパルタクス団の蜂起に呼応してケーニヒスベルクでデモが起こった時、娘ハンナとともに街に出て「よく見ておきなさい! これは歴史的瞬間ですよ!」と、自分の目で視るよう促したという。

堀文子「ホルトノ木の下で」新装版_0001.jpg
堀文子「ホルトの木の下で」(新装版。幻戯書房、2011年。初版は2007年。)


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