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ムンクの月光[2019年01月21日(Mon)]

◆今回のムンク展がその全生涯を鳥瞰できるように工夫されていたために幾つか気づくことがあった。

その一つとして月の光がある。
それもシンボリックな意味をこめて若い時代の作品から繰り返し画面に登場する。

古い順にいくつか挙げておく(いずれも「ムンク展」図録より)

190118ムンク[神秘の浜辺](1897年)_0002.jpg
ムンク「神秘の浜辺」 (1897年)
◆木版による作品である。
満月とその光りが海に反射しているように見えるが、水平線近くの盃状の反射が遠近感をもって岸辺に届いてくるという水平方向を表現するのではなく、空中に光る燭台が垂直方向に浮かんでいるように見える。

◆28年後の「生命のダンス」では、人物群の間に分け入るように画面の左上に月とその反射が描き込まれている。

190118ムンク[生命のダンス](1925年)_0003.jpg
「生命のダンス」 (1925年)


◆最晩年(70歳)の油彩「浜辺にいる二人の女」にも、黄色い満月と水面への反射が描き込まれている。若かりし頃に繰り返し制作した同題の版画作品と同じ構図・構成である。

ムンク「浜辺にいる二人の女」(1933-35年).jpg
「浜辺にいる二人の女」(1933-35年)

◆図録解説は月を女性、長く伸びた光の反射を男性性と説明し、全体としての形は十字架を想起させると記す。
神秘的なものの顕現はしばしば水の上に浮かぶものとして示されるから、月からこちらに届く光の方向性よりは輝きを放つものが宙に浮かんで何ごとかを啓示する、ということが暗示的に表現されているのかも知れない。

◆それにしても繰り返し現れるこの月光は、海の上だけに現れるのではない。
下の作品のように、森の木々の向こうに垂直方向の光の帯として描かれたものすらあるのだ。

ムンク「森の吸血鬼」(1916-18年).jpg
「森の吸血鬼」(1916-18年)

◆森の向こうには他の絵と同様に海があるのかも知れないが、月を背にしている女の吸血鬼の肩から腕、手にいたるまで、月光そのものに変じたかのような黄色で描かれている。

◆昨日の「星月夜」(1922-24年)においては、中景に描かれた人物らしきものが、本体も影も青い色で表現されていた。それと吸血鬼の肌を染めた月光とを考え合わせてみるだけでも、さまざまな想像が動き出すように思う。




ふたつの「星月夜」[2019年01月20日(Sun)]

ムンクにも「星月夜」(Starry Night)という題の1枚があった。
ゴッホの有名な「星月夜」よりはやや大きめで縦長の作品。

190118ムンク[星月夜](1922-24年)_0005.jpg
ムンク「星月夜」(1922-24年)120.5×100.5cm(「ムンク展」図録より)

◆オスロ郊外、エーケリーの自宅からの冬景色だそうだ。
右下に青黒く描かれた右横向きの顔はムンクの頭部と見ることができる、と図録解説は述べる。

その頭部の後方、左斜めに湾曲しながら伸びる人の影のようなものが見える。
その影の足元に当たる部分に柱のようなものが二つ立っている、と気づけば、左の柱のようなものからも影が伸び、右の影よりは短く描かれていることが分かる。

してみると二つの影の足元に曲がった釘のように立っている二つの柱は、足の部分がぐにゃりと曲がった人物であるように見えてくる。

影は中景の相当部分を占める畑か庭に積もった雪の上に伸びている。
とすると、「月」は景色を見ている者の右後方から地上を照らしていることになる。

月の位置がゴッホの「星月夜」との大きな違いである。

ゴッホ「星月夜」1889年-B.jpg
ゴッホ「星月夜」(1889年) 73.7×92.1cm
 *1993年の「ニューヨーク近代美術館展」図録より

◆ゴッホの「星月夜」では右上に月が皓々と光っている。
月光と星たちを同じ画面に描いているのである。

丘陵、樹木、家々の窓の灯りなどはどちらの絵にも共通だ。
この絵の、教会を中心とする小さな北欧風の村は想像の産物だという(作品を描いたのはサン=レミの精神病院である)。

◆同じ題による二つの作品の間には33~35年の時間が横たわるものの、ずいぶん近いものを見つめていたのではないか。



ムンク変幻[2019年01月19日(Sat)]

鏡  高野喜久雄

何という かなしいものを
人は 創ったものだろう
その前に立つものは
悉く 己れの前に立ち
その前で問うものは
そのまま 問われるものとなる
しかも なお
その奥処へと進み入るため
人は更に 逆にしりぞかねばならぬとは


 *小海永二・編『現代の名詩』(大和書房、1985年)より

*******

ムンクもまたゴッホ同様に多くの自画像を描いた。
「叫び」シリーズのインパクトが大きいために、メランコリーや精神の危機が強調され固定的に捉えられてきた嫌いがある。今回のムンク展は全生涯にわたり多面から画業を伝えてくれるものだった。

夏のノルウェーの明るさをバックにした、次のような自画像もある。

ムンク[青空を背にした自画像]1908年.jpg
「青空を背にした自画像」1908年

「叫び」ー今回来ていたのは(1910年?)と推定されているものー及びそれと同じ構図による「絶望」(1894年)が並べられた部屋はさすがに大変な人だかりで、立ち止まらないで見るようにスタッフが誘導。照明も落としてあるので壁から離れたところからはよく見えない。
諦めてその先に進むと、人の列が切れたところにほっかりと明るい海辺の景が広がっていた。思いがけない贈り物に出会った気分。

190118ムンク[水浴する岩の上の男たち](1915年)_0004.jpg
「水浴する岩の上の男たち」(1915年)
この軽快さはどうだろう。まるでマチスのような。

◆会場の出口近く、晩年の「庭の林檎の樹」も豊かな色彩を盛った作品。
一本の樹を大きな花束のようにして見る者に差し出してくれた感じだ。
帰りの売店でこの絵はがきを求める人が何人もいた。

190118ムンク[庭の林檎の樹](1932-42年)_0006.jpg
「庭の林檎の樹」(1942年)

エドヴァルド・ムンク(1863-1944)――長生きだったことも初めて知った。
ナチス支配下では「退廃芸術」の烙印を捺されたというが、多彩な作品がオスロの美術館に大切に守られて我々へのありがたい贈り物となった。

*作品写真はいずれも本展「ムンク展――共鳴する魂の叫び」図録(朝日新聞社、2018年)



高見順〈鏡は…〉[2019年01月18日(Fri)]

鏡   高見順

鏡は
内心映したくないと考えてゐるものも
映してゐるのだといふことを
語らない


……というような足元が抜ける恐ろしさを鏡は感じさせるから、鏡の前に立たないことが賢明な生き方だ。
上野・東京都美術館のムンク展でたくさんの自画像を見て、鏡の前の恐ろしさに耐えられる人だけが画家という生き物になれるのだろうと思った。

*高見順の詩は吉野弘『詩のすすめ』(思潮社、2005年)に拠った。



若松英輔「眠れる一冊の本」より[2019年01月17日(Thu)]

DSCN9642白菜の花.JPG
白菜の花

*******

『本を贈る』の掉尾を飾るのは若松英輔「眠れる一冊の本」という文章だ。
批評家として活躍してきた若松は、昨日の記事で触れたように、『見えない涙』『幸福論』という2冊の詩集を同じ装丁家、同じ校正者によって亜紀書房から出している。

若松の「眠れる一冊の本」は「言葉を贈る」というテーマで書かれている。
心に留まったことばをいくつか引いておく。

将来を見据えて人は、幾ばくかの金銭を蓄えようとする。貯蓄があれば、生きる不安が少しは和らぐ、そう信じている。今の日本のような、未来が不確定な社会では貯蓄熱はいっそう高まる。だが、人生の次元では言葉が光になる。自分の人生の行く末を考え、言葉を蓄える人は決して多くない。未来のために金銭を準備するが、言葉をそうしている、という人の話はあまり聞かない。

◆「未来のために言葉を蓄える」よう心がけたことのない身には耳が痛いばかり。
だが、未来の曙光を信じて、言葉を蓄える手間暇を惜しむべきではない。

むろん、貯めこむだけなら何の意味もないことはお金も言葉も同じだろう。何かを動かすでも他の何かに姿を変えるでもよいが、何かを生かすものであるよう。

私たちは、さまざまな言葉から影響を受けている。だが、もっとも強い力をもつのは自分が語る言葉である。発した言葉が他者に届くとは限らない。だが、そんなときでも自分だけは聞いている。人は、自身の言葉から不可避的に影響を受けている。さらにいえば、言葉がその人の世界を作っている。

〈自身の言葉から不可避的に影響を受けている〉とは、増上慢や独断を自らに許すことではなく、その反対に、独断や思い込みからあとうかぎり自由であろうと努めるときに起こる現象だろう。
すなわち、絶えざる自己を更新する営みのことだ。
次の若松の言葉をかみしめたい。

書くとは、思ったことを言葉にすることではない。そのとき私たちはメモしているに過ぎない。真の意味で書くとは、記された言葉に導かれて、未知なる自分に出会うことにほかならない。



校正者の黒い鉛筆[2019年01月16日(Wed)]

◆昨日の『本を贈る』という本で「衍字」という言葉を教えてくれたのは校正家の牟田都子(さとこ)という人。

略歴をみたら、若松英輔の詩集『幸福論』の校正をしたと書いてあって、昨夏出会ったこの詩集をたちまち思い出した。

若松英輔の詩に出会ったのがまさにこの『幸福論』(亜紀書房、2018年)であった。
ブログで取り上げた折に、奥付にも名がある装丁者(名久井直子)については触れたのだが、校正者については全く知らなかった。改めて『幸福論』を取りだして読むと、詩人自身があとがきで校正者・牟田都子について書いていた。

校正は、牟田都子さんが今回も担当してくれている。校正は言葉に磨きをかけ、コトバの余韻を生み出す仕事だが、読者がもし、ここでそれをお感じ下さったなら、そこに校正者の存在を想い出していただければと思う。

◆「今回も」とは、若松の第一詩集『見えない涙』も牟田が校正したことを感謝と信頼の念とともに記しているわけだ。


◆牟田は我々がイメージしているのとは違い、赤鉛筆ではなく黒の鉛筆で校正する、という。その理由を次のように書いている。

なぜ赤鉛筆ではなく鉛筆を使うのかというと、あとで消すことができるからです。
たしかに校正とは、本になる前のゲラ(本になったときと同じ体裁で出力される試し刷り。校正刷りとも)を読んで間違い(誤植)を探す仕事です。ですがひとくちに間違いといってもさまざまな「間違い」があります。
わかりやすい「間違い」の例としては誤字脱字や衍字(えんじ)、ことばの誤用、固有名詞や数字の誤りなどがあります。さらに文章の中に矛盾がないか、意味の通じにくいところはないか、読む人を傷つけたり誤解を招くおそれのある表現はないか――あたかも、手のひらにのせたリンゴに傷はないか、色つやはどうか、形は整っているか、香りは、糖度は、とためつすがめつするように、いくつもの角度からゲラを読みます。
ただ、「これは誤植かな」「ここはこうしたほうがいいんじゃないかな」と思うことがあっても、いきなり赤鉛筆でゲラに書き込むことはしません。疑問や提案はすべて鉛筆で書き込みます。鉛筆は消しゴムで消すことができます。それは編集者と著者が検討して、不要と思えば消してもらってかまわないということなのです。

*牟田都子「縁の下で」;『本を贈る』(三輪舎、2018年)より

◆自分を押し出すこと、プレゼン力を発揮することが小学生にも求められる時代に、その逆を行くような、一歩も二歩も引いて出しゃばらずという流儀だが、校正者として提案を書く場合もあるというのは、校正が著者や編集者と対話をして行くことでもあるからだろう。
対話によって私たちは、深いところに思考の錘を降ろし、遥かな地点まで歩を進めていることがしばしばある。

*******

心耳(しんじ)と心眼    若松英輔
   
大切に思う人が
語り得ないという
沈黙の声を
聞き洩(も)らさないために

心に眼を開け
世の人が
書き得ないというおもいを
文字の深みに
感じとるために

心に 秘密の小部屋を用意せよ
傷ついた者をかくまい
自らが 人生の危機にあるとき
安息のひとときを
持つために

   *詩集『幸福論』より(亜紀書房、2018年)
*******

【関連記事】
若松英輔「夏の花」[2018年8月6日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/947

>聖堂[2018年8月9日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/950

『本を贈る』という贈りもの[2019年01月15日(Tue)]

『本を贈る』という不思議な本

『本を贈る』という面白い本に出会った。
編集者に始まり、装丁家、校正者、印刷、製本、取次、営業、書店員、本屋、批評家まで「本を贈る」をテーマに綴った文章が並ぶ。
中味の文章を書く仕事の人から、出来た本を売る仕事の人まで、本に関わる人々10名の面白い話が並ぶ。

◆肝心の読者がいないではないか、といぶかる向きが居るかもしれない。しかし心配には及ばない。いずれも本に関わる人たちだけに、読んだ本、関わった本の中味について触れた文章も多い。

逆に印刷や製本の職人さんで「本は読まない」と公言してはばからない人物も登場するのがおかしい(しかし自分の仕事には細部にいたるまで持てる技を惜しみなく注ぐ)。

◆校正の話では〈衍字(えんじ)〉という単語に出くわした。「脱字」の反対で、不要な活字が混じったもののこと。「はじめに」などの類いだ。
そうした本の世界の術語に出会う楽しみもあるが、この本の最大の美点は、「もの」としての本をこよなく愛する人たちの仕事への愛情が伝わってくる点だろう。
そして基底に本をつくる人間への信頼が存在することが分かる。


映画のエンドクレジットのようなラストページ

◆読み終えて奥付に目を遣ろうとして手がふと止まる。
奥付の右の頁に、〈印刷〉として印刷会社の名前が記され、その下に「工程管理」「用紙手配」「面付」「点検」「検版」「用紙受入」「断裁」「本文印刷」「付物印刷」「スリップ印刷」「紙積み」「発送」「営業」とそれぞれの仕事を担った人たちの名前が明記されているのだ。
それぞれの仕事内容については文章の中に触れていたり注記されているものが少なくないが、それ以外にもこれだけの担当者がいて仕事が進められたということだ。

◆印刷だけではない。〈製本〉についても同じ。製本担当した会社名の下に、「営業」「生産管理」「荷受」「束(つか)見本」「断裁」「折り」「貼込」「バインダー」「くるみ」「見本」「仕上」「発送」という仕事内容とその担当者の名前が記されている。
これは製本を担当した2社のうち1社の分。製本にはもう1社が関わっていて、「表紙貼」「箔押」の仕事の担当者名が記されている。

そうして、その下に〈校正〉牟田都子〈装丁/装画〉矢萩多聞、〈編集/本文組版〉中岡祐介、とそれぞれの仕事を行った人たちの名前が載っているのである。

牟田都子、矢作多聞のお二人は本編の文章も書いているが、それぞれの専門の腕をこの本のためにふるったということになる。
校正者の名前を記録することも異例である。

最後の〈編集/本文組版〉の中岡祐介氏は本を出した「三輪舎」の代表。編集を担ったのだから『本を贈る』の編者として表紙に名前を刷ってもおかしくはないところだが、実際に文章を書いた10名を共著者としている。

◆いずれにせよ、通常どこにも名前が登場することのない人たちのことを、本の最後にしっかり記した。
映画の最後に数分にわたってスタッフの名前や協力者の名が流れるが、あのエンドクレジットに当たる1頁を収めたこと、これがこの本の大きな特色だ。

彼らの手が直接かかわって出来上がった一冊を手にし、ひもといたのだ、ということを最後に確かめて私たちは本を閉じることになる。まことに豊かな時間を生きたという手応えとともに。

◆装丁家・矢作多聞「女神はあなたを見ている」から気に入った部分を紹介する。

「京都で写真を撮っている人がいるんだけど、ちょうど同い歳だし、会ってみませんか」
晶文社の編集者・斉藤さんに紹介され、吉田亮人(あきひと)さんと出会ったのは四年前のこと。
四条のタイ料理屋で落ち合ったぼくらは、初対面にもかかわらず、一〇年ぶりに再会した友人のように、何時間も飽きることなく話しこんだ。彼はかばんがパンパンになるほど写真を詰めこんできたが、一枚の写真もみせることはなかった。ぼくは装丁家のくせに本づくりの話をほとんどしなかった。ぼくは一〇代で学校を辞めて絵描きになり、吉田さんは小学校の先生を辞め写真家になった。二人には年齢のほかに、「学校という場所からドロツプアウトした」というユニークな共通点があった。
どうして、写真家になったんですか、と聞くと、
「妻に、教師辞めて写真家になったら、と言われて……」
と笑う。有名な写真家の作品を見て衝撃を受けたとか、学生時代からカメラだけが友だちでとか、そういう返答を予想していたばくは面食らった。
しかし、彼は写真の勉強はおろか、カメラさえ持っていなかった。近所に住む「写真に詳しいおじさん」に相談し、街の家電量販店で安いカメラを買った。
撮るものがない。なにを撮ったらいいか悩んでいると、友だちが言った。
「写真家はみんなインドに行くもんだ」
吉田さんはその言葉をそのまま素直に受取り、深い考えもなしにインドヘ行く。
 


★『本を贈る』について三輪舎のホームページ;
http://3rinsha.co.jp/okuru/

★2月に「本を贈る 展 それぞれの仕事にまつわる、ものやこと」というのが開かれるそうだ。
2019年2月1日(金)〜3日(日)@BORN FREE WORKS(鎌倉由比ガ浜)
http://3rinsha.co.jp/3087/

[本を贈る」三輪舎-A.jpg
『本を贈る』(三輪舎、2018年)

成人式で鵜たちも群れ騒ぐ[2019年01月14日(Mon)]

◆朝、鵜の群れに出会った。
一斉に上流に向けて目の前をよぎって飛んで行った。
およそ200mほどさかのぼった辺りで水に降りたと思ったら、川幅いっぱいに波を泡立たせながら下ってきた。周辺にいたサギたちもたまらず飛び上がる。

DSCN9609.JPG

◆鵜が1〜2羽の時にはよく息の長い潜水を繰り返すのだが、それはせずに、集団のまま流れを下って来た。
サギが数羽たむろしていた所までやって来ると、サギたちにアピールするかのようにてんでに水中に頭を突っ込むなどし始める。

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◆だが、リーダーの合図でもあるのか間もなく下流(南方向)にかしらを揃え、次々と飛び立ち始めた。

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◆何とも慌ただしい鵜たちのパフォーマンス、驚いて飛び退く白鷺たちからやや離れたところに青鷺が一羽、超然と佇んでいた。
成人式に羽目をはずす若者を見守る大人の落ち着き、という風情だった。



サイトウキネン、オープニングの名倉淑子さん[2019年01月13日(Sun)]

DSCN9548-A.jpg
冬枯れの田んぼ。これもまた〈湘南のオアシス〉を(勝手に)標榜するこの界隈ならではの景。

*******

◆暮れに録画してあったNHKの「2018クラシックハイライト」を見ていたら、1992年にスタートした「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」のオープニングを飾った「セレモニアル」が含まれていてびっくりした。小澤征爾武満徹に委嘱した曲で、笙は宮田まゆみ。白い衣装で客席の後ろから現れてステージへ。天女が地上に降り立ったかと思わせる(フルートなどの管楽器奏者も客席で演奏していた)。
音楽全体がそのように雲たなびき穂波が風にそよぐ感じがあった。

演奏後、呼ばれて客席から登壇した武満の姿も貴重だが、昨日記事で触れた名ヴァイオリニスト・故 名倉淑子さんの演奏する姿も映っている貴重な記録。
随意の時間に観る録画であっても、観る人間は運命であるかのような強い感銘を受けることがある。それをもたらす何かがその日の演奏には注ぎ込まれていた、ということなのだろう。

*******

諸国の天女    永瀬清子

諸国の天女は漁夫や猟人(かりゅうど)を夫として
いつも忘れ得ず想っている、
底なき天を翔(か)けた日を。

人の世のたつきのあわれないとなみ
やすむひまなきあした夕べに
わが忘れぬ喜びを人は知らない。
井の水を汲めばその中に
天の光がしたたっている
花咲けば花の中に
かの日の天の着物がそよぐ。
雨と風とがささやくあこがれ
我が子に唄えばそらんじて
何を意味するとか思うのだらう。

せめてぬるめる春の波間に
或る日はかずきつ嘆かへば
涙はからき潮にまじり
空ははるかに金のひかり

あゝ遠い山々を過ぎゆく雲に
わが分身の乗りゆく姿
さあれかの水蒸気みどりの方へ
いつの日か去る日もあらば
いかに嘆かんわが人々は

きずなは地にあこがれは空に
うつくしい樹木にみちた岸辺や谷間で
いつか年月のまにまに
冬過ぎ春来て諸国の天女も老いる。
 


 *田中和雄・編『ポケット詩集V』(童話屋、2004年)によった。

《存在の外側に息づいているひかりよ。》[2019年01月12日(Sat)]

DSCN9551-B.jpg

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◆湘南台文化センターで「藤沢にゆかりのある音楽家たち」による〈弦楽とオーボエが奏でるイタリアの旅〉を聴く。

マルチッェロのオーボエ協奏曲は、半円を成して並んだ弦楽合奏の中心からオーボエ(吉井瑞穂)が弦と融け合いながら美しく響いた。

他は生で聴くのは初めてのものばかり。

後半の大曲、チャイコフスキーの弦楽六重奏曲《フィレンツェの思い出》は圧巻だった。
ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2の編成で情熱と諧謔、対話とモノローグ、重唱から大合唱までのすべてがあるような音楽。弦六本で大オーケストラの響きを追究したもののように聞こえた。
昨秋急逝された名ヴァイオリニスト・名倉淑子に代わり第一ヴァイオリンを弾いたのは戸田弥生(藤沢市在住)。地上の人のわざと魂によって限りなく天上へと向かう音楽を私たちに届けてくれた。

アンコールにチェロの安田謙一郎とヴァイオリン・惠藤久美子によるデュオで、グリエールの「子守唄」が天国の名倉さんに捧げられた。ともに音楽を奏で、教わり、受け継ぐ人たちによる忘れがたい夕べとなった。
逝きしものが地にのこした新たないのちのかがやきのようなもの。

*******

誕生   齋藤貢

ひかりは、屈折する。ひかりは、かがみ込むひとの姿をしている。だから、その姿勢で、あなたは、口を開き、肺を開き、胸のなかに。この世の気配を吸い込ませていく。弱々しい息づかいだ。

この世に生まれ出たひとよ。

生まれ出たばかりのあなたは、なんと虚ろな容器(うつわ)であることか。胸を大きく開き、あなたの唇から吐き出される息のあとさき。それは眠るひとの、深い夢のようでもあり、激しいいのちが発火する、未明の火花のようでもある。傍らには、存在の暗い深淵が大きく口を開けていて。それらを、幻影のように引きずりながら。あなたは、この世に生まれ落ちる。

祝祭の音楽が、残酷に、奏でられるだろう。

たとえ、愛情に包まれていても
恩寵のひかりに包まれていても
出生が、ひかりの残酷な痛みを負うものならば
ひととは
存在とは、いったい何なのだろう。

ひかりによって、存在のありかが示されて。
あなたは、ひかりの海に浮かぶ
恩寵の舟に揺られていて。
あなたの、草のような肌には
朝露のしずくが、冷たくひかっている。

存在の外側に息づいているひかりよ。

さぁ、ひかりを纏いなさい。
そして、かけがえのない存在よ。
全身で、そのちいさな産声をあげなさい。
(きよ)らかな火よ。
ちいさないのちが息づいている火花の
あどけなき、肉の苦さよ。

存在の痛みを負いながら、土地の痛みを負いながら
存在とは、堪(こら)えきれない痛みに晒されることなのだから。
誕生は、抑えきれない痛みを伴うものなのだから。

苦しいぞっ。

揺れている。
揺らいでいる。
ひかりのような存在よ。
魂よ。
かすかな、いのちの火よ。

恩寵の、あふれでる残酷な痛みに耐えて。

いのちよ。

不毛な激情の
フォルテッシモを叩け。


*齋藤貢『汝は塵なれば』(思潮社、2013年)より



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