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「鳥は/最も激しいことを考えている」[2018年12月11日(Tue)]

DSCN9295.JPG
葉物野菜が真っ直ぐな列をなしてなかなかイイ感じだった。
相鉄線・ゆめが丘駅前で。

*******

直喩のように   北村 太郎

いっぱい屑の詰まった
屑箱をあけたあと
初めてそこへ投げ捨てた紙がたてる
音のように
さわやかな冬の朝

鳥が
悠々と空に舞いながら
ふっと静止するときがある
そのとき
鳥は
最も激しいことを考えているのだ
そのように
風と
風のあいだの冬の林


 「続・北村太郎詩集」(思潮社・現代詩文庫、1994年)

◆鳥が空中で「ふっと静止するとき」鳥は「最も激しいことを考えている」と言う。
自らの肉体の重さと翼の生み出した揚力とがつり合う瞬間、どんな「激しいこと」を鳥たちは考えるのだろう。

よだか(宮沢賢治「よだかの星」)のように絶望して地べたに身をたたきつけようとするのか、それとも「どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって」行くことか。



「黙っていれば、それを恥じる時がやってくる」[2018年12月10日(Mon)]

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横浜市戸塚区東俣野町にある龍長院(曹洞宗)の小滝。

*******

「ウソをついたり、法の支配を攻撃したりしていることに対し、全ての人々の感覚が一定程度、まひしてきている。あるべきことではない」

◆この国の今を憂えたような言葉。
実はアメリカのジェームズ・コミー前FBI長官の発言だ。
2016年の大統領選のロシア疑惑を捜査中にトランプ大統領から解任されたコミー氏が、12月7日、米下院司法委員会の公聴会で証言した。
公聴会は非公開だったが、コミー氏自身の希望もあって発言録が翌8日に公表され、明らかになった。

「無関心でいるのではなく、皆が声を上げていかなければならない。黙っていれば、それを恥じる時がやってくるだろう」と述べたとも伝えられている。

【朝日 12月10日夕刊】 
「大統領のウソに無感覚ではいけない」
https://www.asahi.com/articles/ASLD94DYWLD9UHBI009.html
  *記事全文は会員登録(無料)の上、閲覧ください。

◆翻って日本では、「みなさまの公共放送」が夕方6時の貴重な時間帯を、アベ首相の国会終了記者会見生中継のために明け渡した。
民放のチャンネルに切り替えると街の様子や地方のウマイもの紹介などの話題。会見中継してウソの上塗りに荷担しなかった点では害はない……のか?



高階杞一の詩「私の仕事」「しめる」[2018年12月09日(Sun)]

◆ブラックな技能実習生の実態にフタをしたままの入国管理法「改正」強行採決にピッタリの詩が、高階杞一(たかしなきいち)の詩集『春'ing』(はりんぐ)にあった。


私の仕事   高階 杞一

スリッパを鼻につめていく
という仕事に就いてから二年目になる
右の鼻からつめて
左の鼻から出す
簡単そうに見えるが
なかなか大変な仕事だ
ひっきりなしに運ばれてくるスリッパを
どんどん鼻につめていく
昼休みはたったの三十分
年休もない
毎日
ただつめて
ただつめて
ただつめていく
時折 中でつまって
ぼくは
死にそうになる


◆「私の仕事」という風に、自分のしている事、として書いているので、自嘲であるとも戯画化した己の日常ともとれるが、「スリッパを鼻につめていく/という仕事」を、正直その通りの仕事だと述べて澄ましているような雰囲気の可笑しさに、我々は頰を緩め、次にその頰にヒヤリとしたものが走る。

最後、「ぼくは/死にそうになる」とスパリと書かれると、その通りなのだろう、と受けとめる以外にない。
そうして実は、こちらののど元に鋭利な刃物が突きつけられていると知って凍り付きそうになる。

仮に、この「私/ぼく」を三人称――「彼」とか「クリーデンス」(映画「ファンタスティック・ビースト2」のアイデンテティに苦悩する青年)とか――にすると、詩は告発に変じる。
すなわち、「彼」(やクリーデンス)をこの仕事に縛り付け酷使している者の非道を訴える詩に姿を変える。

しかし、作者はそうした高所からの断罪をやらない。あくまで「私/ぼく」の「仕事」として書く。

「スリッパを鼻につめていく」仕事が何かの比喩なのか・そうでないのか、誰かがそれをやらせているのか・そうではないのか、すべて読む者に委ねている。
平易なようでいて、実はなかなかシンドイ詩である。
この詩が全くそんな素振りも見せないまま、次のような問いを我々に突きつけているように思えるからだ。

――あなたはスリッパを鼻につめていないのか?

◆この詩集の帯にある「しめる」という詩もあげておく。


しめる   高階 杞一

蛇口をしめると 水は とまる
首をしめると 人は 死ぬ

自分で自分の首をしめていくように

静かな夕餉
お父さんガンバッテ
のフタをしめながら
ぼくは
ぼくのしめられる日を想う
その日もたぶん
妻はごはんをよそいぼくの前に置くだろう


*「お父さんガンバッテ」というのは、このセリフで宣伝された栄養ドリンクのことだろう。

◆この詩も「ぼく」の平易な語りのあとで、我々に訊いてくる。

――〈あなたの「しめられる」日は?〉


高階杞一[春'ing].jpg
高階杞一『春'ing』(思潮社、1997年)  ★装画は長新太



木になって[2018年12月08日(Sat)]

DSCN9257.JPG
昨日と同じ花らしいが名前が分からない。たぶん、園芸種。

*******

落葉  高階 杞一

明りを消すと
たくさんの葉が
ぼくの上の方から降ってくる

これは何の比喩だろう

寒い冬の夜

木になって
ぼくは
いつまでも眠れない


『春'ing』(思潮社、1997年)より


◆最終連「木になって」は、「気になって」という想像の芽が寒夜に幹を伸ばし枝を広げて行ったのだろう。
落葉が降りしきると普通の木々は眠りに就くのだろうが、〈木になってしまったぼく〉の頭は冴え返って眠れやしないのだ。
落とした葉が、〈自分の全身から失われた大事な何か〉たちで、もう取り返しがつかないという気分のまま独り立ち尽くしているのだ。


「やめさして連れてけっちゅーの!」―伊達参院議長[2018年12月07日(Fri)]

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◆◇◆◇◆◇◆

1942年2月――
アニエス・アンベール「レジスタンス女性の手記」より


◆ナチス支配下のパリで政治犯として逮捕され収監されたアニエスはその年の暮れ、ようやく「裁判」を受けるためにフレーヌ刑務所に移送される。茶番の「審理」が続く――

――――フレーヌ刑務所にて、 一九四二年二月十二日

今日は口頭弁論の日だった。話は短ければ短いほどいい。しかも、検事いわく、この裁判が始まったのは今を遡ること一月八日であり、一刻も早くけりをつけたいとのこと。弁護士には手短にすませるようにとの厳命が出された。いうまでもなく、検事は弁護士のいうことには耳を傾けてすらおらず、子牛面をした二人の陪席判事に至っては、うとうとしているところしか見たことがない。彼らはお飾りのためにそこにいるのだろう。

ジュール・アンドリューと少し話をした。彼は先の大戦の重度傷痍軍人で、ドイツ人も彼にはとても敬意を払っている。革のコルセットで体を支えているらしいが、介助なしには動くこともできない。彼はベチュヌで天晴れの「働きぶり」を示した。この町で小学校の校長先生をしていたのである。わたしたちは、彼が処刑される可能性について云々し、彼を銃殺するようなまねはさすがにしまいといったところ、彼は人のよさそうな笑みを浮かべてこう答えた。「ああ! 奴らならどんなことだってしますよ!」。そして、その方がいいのだ、自分は完全な麻痺状態に陥りつつあるようだから、と端的に付け加えた。一年に及ぶ拘留の間に、過酷な寒さに曝され、独房でじっとしていなければならなかったことが崇ったのだ。


 (「レジスタンス女性の手記」p.124〜125)

*******

2018年12月7日 参議院本会議より

「やめさして連れてけっちゅーの!」

◆海の幸を大企業に売り渡す漁業法「改正」法案審議をめぐって参院農林水産委の堂故茂委員長の解任決議案が野党から出された。
参院本会議、与党自民党は、発言時間を制限するという言論封殺の禁じ手を今回も強行して自由党の森ゆうこ議員の賛成討論を掣肘しようとした。
時間超過を理由に与党議員が浴びせるヤジにも臆せず発言する森議員に対して、驚いたことに伊達忠一参議院議長は「森くん、発言を禁じます!」「発言を止めなさい!」「森君、降壇をしなさい!/降りなさい」と発言封じの連呼。さらには「やめさして連れてけっちゅーの!」と叫んだ。
この議長命令を受けてであろう、演壇右には10名ほどの衛視が整列して壇上の森議員に迫る構えを見せていた。異様な光景というしかない。

ああ! 奴らならどんなことだってしますよ!


「ややこしい」ことを避ければ人も国も死ぬ[2018年12月06日(Thu)]

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サザンカ

◆◇◆◇◆◇◆

◆水道民営化法案が本日の衆院本会議で可決成立。海外で失敗事例が多い水道事業民営化に道を開く水道法改正について、メディアは不思議なほどにこれを報じなかった。
「コンセッション(官の所有権は維持し運営権を民が担う方式」という考え方を含めて竹中平蔵の提唱に始まるという。
まやかしによって国富を売り飛ばすことを生きがいとする人物。

◆一方で外国人労働者受け入れ拡大に向けた出入国管理法改正案を審議する6日の参議院法務委員会では、有田芳生議員から新たな資料が示された。法務省が作成した、「死亡事案一覧」という内部資料だ。2015年からの3年間で、69人もの外国人技能実習生が亡くなっていた。理由は溺死や凍死、自殺などだ。
唖然とした。戦時下の徴用に等しい劣悪な待遇や労働環境が彼らを死へと追い込んだのではないか。
自殺として記された6人以外にも、「踏切内に進入し電車にはねられた」「殺虫剤を飲んで死亡」など自殺が疑われる例がある。

◆参院法務委員会の横山委員長は、アベ首相の答弁を求める有田議員を完全に無視して、山下法相に答弁を振った。
首相は前の日に「(外遊による)激しい時差の中、明日は法務委員会に2時間出てややこしい質問を受ける」と、国会と国民をナメ切った発言をしていた。

◆選挙権を持たぬ外国人労働者の死は全く意に介さない一方で、票とカネを持つ財界の顔色は気にするがゆえの入管法改正だ。
そうした首相の少しも「ややこし」くない脳中を熟知した横山委員長の議事運営、これもまた分かり易すぎる采配だ。野党議員の質問が「ややこしい」というのは、ジョークでなく首相の本音だった。

【12月6日 毎日】
外国人実習生、3年で69人死亡 6人は自殺 法務省資料で判明
https://mainichi.jp/articles/20181205/mog/00m/010/002000c

【12月6日 FNNニュース】
「自殺」「凍死」実習生69人死亡 採決迫る...首相追及
https://www.fnn.jp/posts/00407132CX

◆◇◆◇◆◇◆

四たびアニエス・アンベール「レジスタンス女性の手記」より

―――シェルシュ=ミデイにて、 一九四一年六月

酷暑の到来とともに、南京虫が耐えがたくなってきた。デクシア*が「フロリダ」と命名したブルーメライン**によれば、独房内は気温が四十五度もあるという。わたしたちがどうやって窒息せずにいられるのか、彼女は訝しがっている。桶の放つ悪臭が凄まじい。体を洗った水や日々の排泄物を入れた容器からどうやって遠ざかればいいというのか。幸運のきわみともいうべきことには、大抵の場合、この桶の蓋がよく閉まらないときている。何人かの女性たちの神経はもはや「もたなく」なっている。ポーランド人のヤドヴィガは、ヒステリーに次ぐヒステリーを起こしている。彼女が犬のように喚き、床の上をあちらこちら転がってテーブルや腰掛けにぶつかる音が聞こえる。夜、沈黙の中だとこれらの音は不吉である。わたしのすぐ近くの房にいる、もうひとりのポーランド人マーリアは、編み物用のウールのかせを窓の留め金にしっかりと結びつけて首を吊った。
  (p.98)
*デクシア…前回の記事の注を参照
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1068
**ブルーメライン…シェルシュ=ミディ刑務所の所長





〈「騒擾」は至るところで起きていた〉[2018年12月05日(Wed)]

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◆◇◆◇◆◇◆

◆「失踪」した外国人技能実習生に関する法務省調査の資料、衆参両院野党の法務委員会議員による手作業の筆写・分析が事実を明るみに引き出した。
役所が資料のコピーを認めないために一つ一つを黙々と書き写した野党議員たちの連帯に「写経共闘」という呼び名も生まれた。
政府は常に国民の目を真実から遠ざけることに汲々としているものだが、議員の調査権限や、公文書が国民の共有すべき財産であることなど、意識の片隅にもないことをまたまた知らされた。

(霞が関のさる庁舎でパブリックコメントを閲覧したことがある。やはり複写は許されず、簡単なメモにとどめて読んで行っても、1時間という制限のもとではわずか100人分しか読めなかった記憶がある。どこに「パブリック」があるというのだろう?)

★【12月3日ハフィントン・ポスト】国の調査では22人、しかし野党調査では1939人。外国人技能実習生の失踪理由
https://www.huffingtonpost.jp/2018/12/03/technical-intern-trainee_a_23607621/

◆閲覧室にこもって資料の筆写を続け、堅忍不抜の「共闘」を進める議員たちのためにエールを送るデモや大集会が湧き起こっても良いはずだ。

これとは対照的に、フランスでは、燃料税値上げに抗議する救急隊の車列までもが国会前に集結し、政府は増税の延期を表明せざるを得なかった。

【12月4日 時事通信】
仏デモ、マクロン氏への不満爆発=庶民結束、政権苦境に
http://news.livedoor.com/article/detail/15690029/

◆黒煙がエッフェル塔を霞ませる光景に、デモやストライキで意思を表出するかの国の歴史の堆積を感じないわけにはいかない。
アニエス・アンベール「レジスタンス女性の手記」にも、獄中で行動を共にする抗う人々の姿がある。

◆ナチスの手に落ちたパリを脱してイギリスに亡命、自由フランス政府を樹てたド・ゴール将軍から、日時を決めて一斉に沈黙しようと呼びかけがあり、刑務所内のレジスタンスたちにも密かに伝えられた。
アニエスが発案した抵抗の試みが刑務所に収容された人々に伝えられ一斉に実行に移される――

――――――シェルシュ=ミディにて、 一九四一年五月十一日
デクシア*が外の世界のニュースを入手した。彼女の友人たちが下着の中に情報を滑り込ませておいたのだろう。十五時から十六時の間、沈黙を守ることをド・ゴール将軍が求めている、と、今日、彼女がわたしたちに知らせた。この通路で時計を持っているのはわたしだけだ。なぜ時計を取り上げられなかったのか、それはいまだに謎なのだが。そういうわけで、仲間たちにはわたしから時間を知らせると申し出た上で、十五時に「出征の歌」を歌ってくれるようシルヴィに頼んでほしいとジャン=ピエール**にいった。そして、一時間の沈黙の後、監獄中で全員が「ラ・マルセイエーズ」を合唱するのだ、いまだかつて誰ひとり聞いたことのないような「ラ・マルセイエーズ」を……。ジャン=ピエールはわたしの考えに賛同し、下の階に伝えた(連絡のための穴があるのではないかとわたしは睨んでいる)。わたしたちの中庭用「電話交換嬢」であるルネが、そこで指令を大声で叫んだ。雑居房の人たち、一階の人たち、そして四階の人たちはひとり残らずこれを聞いた。
十五時、わたしはスプーンでエナメルの盥を三度叩き、熱く粗野な美声でシルヴィが歌い出す。「勝利の女神が歌いながらわれらのために門を開く」
古い革命歌の歌詞にこれほど心を揺さぶられたことはない。締めくくりの言葉…… 「祖国のためにフランス人は死なねばならぬ」に、黙想に伴う完全な静寂が一時間続いた。指令がこれほど厳格に遵守されたことはあるまい! 十六時。わたしは四度盥を叩く。「外の連中」に聞こえるよう、窓という窓がすべて開かれた。
ジャン=ピエールの求めで、わたしたちは最終第六節を歌った。一七九二年に人々がひざまずきながら歌った節である。「神聖なる祖国愛……」
こんなに大勢の人がいるとは思わなかった。この「ラ・マルセイエーズ」は膨れ上がり、なにかしら実体を備えた、手で触れうるものになっていた。やがて、その高さと幅は監獄の壁を凌駕するだろう。きっと壁は破裂し、屋根は吹き飛ぶ。息もできなくなるほどのこの感情の高ぶりは全員に共有されていたとわたしにはいえる。おお、集合的感情の美しさと力強さよ! 沈黙と、それに続く音楽の爆発に驚いた看守たちは、わたしたちを黙らせようとしたが、無駄だった……。しかし、誰を非難すればいいというのか。「騒擾(そうじょう)」は至るところで起きていたのだから! 扉を長靴が蹴る音、叫喚、罵声。歌は止み、静けさが戻った。

(第3章 p.85〜86  シェルシュ=ミディ刑務所)

*デクシア…ラ・ブルドネ伯爵夫人、エリザベート・デクシア。城館をレジスタンスに提供、自らも積極的に活動した。自宅に数人のユダヤ人をかくまっていた。
**ジャン=ピエール…自由フランスの海軍中佐オノレ・デティエンヌ・ドルヴ(1901-1941)。自由フランス政府の密偵としてブルターニュ、パリにネットワークを構築。裏切りによって1941年1月に逮捕され。8月29日、銃殺。目隠しなどを拒否し毅然とした態度は刑執行者にも感銘を与えたという。
  *以上、石橋正孝・訳による同書の訳注による。


独房からの想像力[2018年12月04日(Tue)]

アニエス・アンベール「レジスタンス女性の手記」より

独房の汚れた壁の染みや罅割れの形作る絵を目でなぞるのは楽しい。想像力が欲するものはすべてそこに見つかる。あそこには、紛れもないジャン・カスーの横顔が認められ、もっと向こうでは、湿気の染みが、純然たるアントワーヌ・ブルデル**の作風による調教された豹を見せてくれている……それから、小出しにしか姿を見せてくれない太陽が、数センチ四方の染みとなってゆっくりと進んでいく。時折、上方を影が通り過ぎ、その輪郭が浮き上がる。なかなか正体がわからない。中庭を横切る鳥の影だった。鳥の影とはすてきだ、ことに監獄の暗い壁の上のそれは。
(シェルシュ=ミディにて1941年4月17日)
アニエス・アンベール「レジスタンス女性の手記」第3章、p.78〜79より

◆強靱な精神の、なんとしなやかな想像力だろう!
1m60cm×2m40cmの独房の壁のシミやヒビ割れによって造形されるさまざまな姿。
小窓からわずかに射しこむ光の変化から太陽の動きを目で追う。

上方を通り過ぎる影の正体を知って「すてきだ」と表現する向日的な感受性。
自由を象徴する外の鳥を単にうらやむのでなく、同じことを、閉鎖空間に閉じ込められながらも実現しようとする想像力。

ジャン・カスー…アニエス・アンベールと親しく、当時は美術館学芸員として働いていたが、ヴィシー政権により近代美術館を解職され、アニエスの逮捕(1941年4月15日)後、同年12月に彼もまた逮捕された。戦後は国立近代美術館館長も勤め、作家・美術批評・詩人として活躍した。(1897-1986)

**アントワーヌ・ブルデル…「弓を引くヘラクレス」で知られる彫刻家。(1861-1929)

◆シェルシュ=ミディはアニエス・アンベール(1896-1963)が最初に収容された軍事刑務所である。
反ナチスの地下新聞「レジスタンス」発行により政治犯として逮捕、1945年4月の解放まで、ドイツ各地に抑留を強いられた。
原著は1946年に発表された。

アニエス・アンベール「レジスタンス女性の手記」.jpg
石橋正孝・訳 東洋書林、2012年。


読む権利/話す権利[2018年12月03日(Mon)]

DSCN9258.JPG

*******

ということは、読みたいものを読む権利も、話す権利ももはやこの国にはないということか?

◆まるで今のこの国に向けたようなことばだが、実はナチス支配下のパリでレジスタンスに身を投じた女性、アニエス・アンベール(1896-1963)の手記の一節だ。

1940年8月7日、アニエスは本屋のショーウィンドーで目を留めていたシュテファン・ツヴァイクの新刊『スピノザ』を買いに本屋に駆けつけたのだが――

本は見当たらず、女店主は、売ってはいけなくなってしまったと打ち明ける。食い下がると、実は店の奥にしまわれているという。秘密を守るとわたしに約束させた上で、彼女は一冊譲ってくれることにやっと同意した。どうやら禁書のリストはすでに出来上がっているらしく、それらの書物は処分されるという。

その後に上掲のことばが続く。自由に本を読んだり、自由に話すことすら出来なくなっている社会にあって、アニエスは断固NO!の誓いを胸に刻む。日記は続く――

彼ら〔ドイツ兵〕はわたしたちが考えることも禁止したがっているに違いない……。だがそれだけは彼らにもできはしない。今のところは彼らが強者なのだから、いくらでもわたしたちの良書を裁断すればいい。だが、断じて、断じて、わたしたちの精神をパルプに変えることはできない!

アニエス・アンベール「レジスタンス女性の手記」より (石橋正孝・訳。東洋書林、2012年)

シュテファン・ツヴァイク…伝記文学で知られるオーストリアのユダヤ系作家(1881-1942)。イギリスに亡命、のち移住したブラジルで、欧州やアジアの戦争に絶望して自死する。


ひかる[2018年12月02日(Sun)]

DSCN9267ブリリアント・ピンク・アイスバーグ95豪.JPG
「ブリリアント・ピンク・アイスバーグ」という長い名のバラ。1995オーストラリアで産出の品種とのこと。昨日の「マリア・カラス」とともに、横浜市営地下鉄・下飯田駅北側通路に咲いていた。

*******

ひかる  工藤 直子

わたしは だんだん
わからないことが多くなる

わからないことばかりになり
さらにさらに わからなくなり

ついに
ひかる とは これか と
はじめてのように 知る

花は
こんなに ひかるのか と
思う


『工藤直子詩集 うたにあわせて あいうえお』(岩崎書店、1996年)より

*******

◆年をひろえば多少は世の中のこと、にんげんのことが分かって来て良かりそうなものだけれど、そうではないのだと、この人は言う。

無論、でくのぼうのまま大人になったわけではないから、子どもの頃には全く想像もしなかったいろんなことを知ってはいる。ただしそれは「わかった」こととは違う。
それらの知っていることは、たいていどうでもいいことだ。

電気や薄くなった頭や何かの記念硬貨やお偉方の襟元のバッジが光るのは無論、どうでもいいことに属する。
それに対して「花は/こんなにひかる」と気づくことは、天と地ほどの違いだ。

(そのひかる花は、紛れもなく地上のものであって、同時に天界のものでもある)

これに気づくことは実は全く尋常でない。




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