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2018年、ペットボトル・空き缶等回収報告[2018年12月31日(Mon)]

DSCN9439チンゲンサイ?.JPG
薹(とう)が立ったチンゲンサイの花――と思う。
今年知った花の名、例年に同じく微々たるもので2018年も終わりを迎えた。

◆大晦日恒例の散歩がてらのペットボトル等回収、2018年分を集計した。
ペットボトル1075本、空き缶1039本、ビン87本の計=2201本ナリ。
2年連続の2千本超えである。一日平均では6本。

◆今年、意を強くすることがあった。
同様に境川を周遊しながらポイ捨てゴミの収集にいそしむ方が現れたのである。
明大グランド横の土手、ベンチと金網の間がすっかりキレイになったのはひとえにその方のご奉仕による。感謝の念でいっぱいである。

2019年、さらなる同好の士が現れんことをこいねがう。

*******

水の星   茨木 のり子

宇宙の漆黒の闇のなかを
ひっそりまわる水の星
まわりには仲間もなく親戚もなく
まるで孤独な星なんだ

生まれてこのかた
なにに一番驚いたかと言えば
水一滴もこぼさずに廻る地球を
外からパチリと写した一枚の写真

こういうところに棲んでいましたか
これを見なかった昔のひととは
線引きできるほどの意識の差が出てくる筈なのに
みんなわりあいぼんやりとしている

太陽からの距離がほどほどで
それで水がたっぷりと渦まくのであるらしい
中は火の玉だっていうのに
ありえない不思議 蒼い星

すさまじい洪水の記憶が残り
ノアの箱舟の伝説が生まれたのだろうけれど
善良な者たちだけが選ばれて積まれた船であったのに
子子孫孫のていたらくを見れば この言い伝えもいたって怪しい

軌道を逸れることもなく いまだ死の星にもならず
いのちの豊饒を抱えながら
どこかさびしげな 水の星
極小の一分子でもある人間が ゆえなくさびしいのもあたりまえで

あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう


詩集『椅りかからず』に収載。
ここではちくま文庫『茨木のり子集 言の葉 3』に拠った。

ジャコメッリの不思議さ[2018年12月30日(Sun)]

◆2018年最後の日曜日。大晦日を前にスーパーは今日も商品の一斉入れ替えに大わらわだった。

◆1960年代の初め、マリオ・ジャコメッリは神学校を日曜日ごとに訪れ、若い神学生たちの姿を撮影し続けた。

Mジャコメッリ「私は自分の顔を愛撫する手がない」(1962-63)_0014-A.jpg
 マリオ・ジャコメッリ『私は自分の顔を愛撫する手がない』 (1962-63)より。

◆上の一枚は、雪の上を神学生たちがジロトンドという、手をつなぐ遊びに興じているさまを神学校の屋上から撮ったものという。
歓声が聞こえてくるようなリズム感のある写真だ。

撮影が日曜日であったのは、印刷の仕事を生業としていたためで、ジャコメッリは次のように語っている。

撮影を行う唯一の日である日曜日はこんな具合です。朝起きてカプチーノを飲みに出かけ――そうするのは日曜日だけです――日曜日の道具を準備します。農民と同じで、日曜日は特別な日なんです。暦に日曜日しかなければ、日曜日は日曜日でなく他と変わらない一日です。一方の私は心を込めて日曜日を過ごします。ひげを剃り、いつもと同じお菓子を食べ、いつも同じカプチーノを飲むのです。反復は苦手ですが、日曜ごとにそのすべてをこなします……。というのも、反復ではないんですね。わたしにとっては連続する一つのこと。内側から生きる限り、反復は存在しません。
それから車に乗り込み、エンジンをかけ、車の気の赴くままに走ります。

あそこに行けば写真が撮れるなんて場所はありませんから、わたし自身はどこに行けばいいのか分かりません。
わたしは何かを見出す必要のある人間です。そして見出すには、寝ていてはならず、行動しなければなりません!
なので、車が行きたがっている場所を感じ取り、好きに進ませます。
ひとが「探している、求めている」と言うのには賛同しませんね。わたしは何も求めていませんし、大切なのはただ一つ、つまり探すのではなく見出すこと。
この二つは別物ですよ。同じことを言った人は大勢いるでしょうが、自分がそれを言うことに価値があると思います。


 (1993年1月の対話より)
M.ジャコメッリ『わが生涯のすべて』より。
(シモーナ・グエッラ[編]和田忠彦+石田聖子[訳]。白水社、2014年ーp.184~185)

◆「探すのではなく見出すこと」とは、画家や彫刻家のみならず哲学者や科学者の言葉であっても不思議でない。
だが次のようにも言っている。

わたしは芸術については一切話をしません。
(略)
写真が芸術だなんて言ったことは一度もありませんよ。芸術を引き合いにだすことは一切しませんし、それよりも観念をもつという言い方のほうが好きなんです。
(略)
わたしは写真家ですらなく、何一つやってないんですよ。わたしは、たまに何かを思いつく一人の人間です。


(同書、p.200)

◆それにしても、以下のような写真はどうだろう。

Mジャコメッリ「夜が心を洗い流す」(1994-95)_0006-A.jpg
「夜が心を洗い流す」(1994-95)


あるいは

Mジャコメッリ「自然について知っていること」(1954-2000)_0015-A.jpg
「自然について知っていること」(1954-2000)
この作品など、複数の線と面の重なりや折れ曲がりが、奥行きと深度をもって迫ってくる。
一つの定点で撮ったのではなく、異なる高さからの撮像を組み合わせたのではないかと思えるほどだ。
こちらにいる自分は、遥か向こうを遠望しつつ、今やスキー選手さながらに滑降の姿勢でいるかのように感じさせる。手前の傾斜を滑り降りて跳ぶべく体を前掲させつつあるように感じさせるのである。
不思議な一枚である。



ジャコメッリ――老いと死について[2018年12月29日(Sat)]

DSCN9447トベラ.JPG
トベラという常緑低木。白い花だった記憶があるが、白い球状の実の時期は見逃した。
その後3つに裂けたようで、赤い種が盛んにこぼれていた。
トベラとは「扉」のなまりで、節分に扉に挿み鬼除けとするのだとか。

*******

マリオ・ジョコメッリの写真には30代にホスピスで撮ったものを含め、老いたるものを見つめた作品で構成した〈死が訪れ、おまえの目を奪うだろう〉という連作がある。老いと死は生涯のテーマであったようだ。
2000年のインタビューから、老いと死について――

わたしたちは生きながら生を紡いでいきますが、老いに関しても同様です。わたしはこれまでに死を七十五年間生きてきました。というのも、生きれば生きるほど、死を生きることになるからです。生きながら、生が死をもって終わりを迎えることや、それを避けようがないということを知っています。

考えてみれば――ひとは物事を深く考えませんね――存在するもののなかでもっとも偉大なものですよ。リアルで強力で、身近で同時に優しくて、まるで昼と夜、海と幸福をひとまとめにしたようなものです

だから、老いは地球上に存在するうちもっとも偉大なのです。こんな馬鹿げた説教をするひとなんて他にはいないでしょうが、よく考えれば本当のことですよ。誰にも否定できない。そんなことをするのは愚かな証拠です。

もちろん、老いは怖いですよ。死は一瞬ですし。生を享けた限り、死ななければならないことは当たり前のこととしてわかっています。一方、老いの苦しみは持続します……。
 


マリオ・ジャコメッリ『わが生涯のすべて』(シモーナ・グエッラ[編]和田忠彦+石田聖子[訳]。白水社、2014年。p.78~79)
*赤字強調は引用者。
*編者のシモーナ・グエッラはジャコメッリの姪とのこと。写真アーカイヴコンサルタントとして活躍中の由。

Mジャコメッリ[死が訪れて君の眼に取って代わるだろう]1954-84_0010.jpg
『死が訪れ、おまえの目を奪うだろう』(1954-84)より



マリオ・ジャコメッリ「わが生涯のすべて」より[2018年12月28日(Fri)]

◆写真家マリオ・ジャコメッリ(1925-2000)の最晩年に行われたインタビューに基づく『わが生涯のすべて』から

*初期の写真を評価してくれたジュゼッペ・カヴァッリとの友情について――
教養豊かなカヴァッリはジャコメッリが訪ねて行くと、決まってバッハを弾いて聞かせてくれた――

わたしときたら、バッハが自転車選手なのか漁師なのかも知らずにいたんですから!それでもカヴァッリはバッハを弾いて、「どう思う?」って尋ねてくるんです。無知丸出しで、こう返したのを覚えています。「さあ……退屈ですけど。全部同じじゃないですか!」
次の日曜にもカヴァッリを訪ねて行くと――こういうことがあったのは決まって日曜日でしたから――またバッハを弾いて、「好きか」って訊いてくるんです。こう答えてやりました。「音楽となると、からきしですから……よくわかりませんが、今のって有名な曲なんですか? でも……何が何やらまったくわかりませんね!」
その次の日曜日にも聴かせてくれました。「この曲、好きになってきました……前に聴いたときより良く聞こえますよ!」いつもと同じ曲だったんですがね。さらにその次のときには、自分のほうからお願いする始末でした。「あの曲、少しでいいから弾いてくれませんか」って。どうしてこうなったかって?全然理解できなかったからですよ!
理解しようのないことが、染みの上の吸取紙みたいにしているしかないことが、あると思っています。染みは机の上にあって、紙は中性、無垢。紙を上に置いて持ち上げると、染みの跡がつきますが、染みは机の上にもそのまま残りますよね……。要するに、カヴァッリは、この染みみたいにいつも変わらずそこにいて、わたしのほうが吸取紙みたいにして何かを学び取ったんです!


シモーナ・グエッラ編『わが生涯のすべて マリオ・ジャコメッリ』和田忠彦+石田聖子・訳、白水社、2014年。p.38-39)

Mジャコメッリ[スカンノ(1957-59)]_0001-A.jpg
マリオ・ジャコメッリ「スカンノ」(1957-59年)

★関連記事
辺見庸「わたしとマリオ・ジャコメッリ」 [2018年12月16日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/1079


石原吉郎「降誕」[2018年12月27日(Thu)]

DSCN9436.JPG
今日の夕映え。束の間の変幻に心を開けといざなう。

*******

降誕    石原 吉郎

ひとつのことばのなかに
われらが立ちつくすとき
ことばは不意に
われらのなかへ立ちつくすだろう
ひとつの出来事に
われらがかかわるとき
出来事はふいに
そのかかわりを超えるだろう
ひとつのことばが
出来事であるとき
ことばはあきらかな
時刻となるだろう
われらはその時刻により
せつなく待たれている


 *1962年12月「信濃町教会会報」に発表されたもの
 『続・石原吉郎詩集』の〈未刊行詩篇〉より(思潮社・現代詩文庫、1994年)

◆前回、前々回の詩「神話」とは対極にある一編。クリスチャンであった石原として信仰をモチーフとした詩だが、信仰への導き・媒介もその核心も、そこから人間が生み出して来たさまざまな精華も、「ことば」でないものはない。

◆ひるがえって、官房長官の記者会見、今日もまた木で鼻をくくったような答弁を繰り返した。
中島敦「山月記」の表現を借りれば「一日の中に数時間は人語を操(あやつ)れれば紋切り型のフレーズを誦(そら)んずることも出来るが、しかし複雑な思考にはとうてい堪え得ない」状態と見える。

言葉への信頼が全くないことを痛感する。
それはそのまま人間への信頼がないことを意味するだろう。

 
石原吉郎「神話」――その射程[2018年12月26日(Wed)]

DSCN9434冬の虹-A.JPG

雲の切れ間に、ごくごく小さな虹がかかっていた。
中天の風にそよぐ幡(ばん:大寺の柱に垂らした鮮やかな旗)のように。

*******

◆昨日の石原吉郎の詩「神話」について、最後に〈己が己の主体であると言える時間が奪われている以上(=「晩年」と呼べるような未来への期待も、継承する者を持つ夢も奪われている以上)、時間の上に在る者ではなく、時間そのものであらねばならない、と述べているようだ。〉と書いた。

そのことと詩の「神話」という題名の関係について半歩だけ考えを進めたので、そのことを書いておく。

◆「時間の上に在る者」とは、何年何月何日に生まれ、そして何年何月何日に死んだ、と記録される者のことだ。始まりと終わりが画然とした有限の生涯であるにせよ、とにもかくにもこの世に実在したことを少なからぬ人の記憶にとどめられ、いくつかの役所の記録にも姓名とともに記録される者のことである。
始点と終点がはっきりしていることこそが、その「者」が確かに存在している(存在していた)ことの証明となる、と言っても良い。

◆ところが「時間そのもの」はそうではない。始まりも終わりも定かでない、「者」と呼ぶことさえできない茫洋とした「何か」。
むしろその何かの中で(あるいはその上において)「者」が存在したり「事」が生起したりしている「何か」。
それでは余りにとりとめがないので便宜上これを刻んで暦にしたり一日の中にも細かな刻みを設けたりする。

石原吉郎の表現でいえば「水と汀(みぎわ)の平然たるくりかえし」こそが、そうした便宜的な刻みを設けない状態の「時間」のありようである。

『荘子』のいう〈混沌〉のような状態(擬人化しているが「者」というよりは「状態」といったほうが正確だろう)。従って「在ること」(在ったということ)を証拠立てることもそれを記録することもできない。その中に(もしくはその上に)居た者を「見た」と証言できる者が生きて居る間はかろうじてその実在を信じさせることができようけれど、証人がこの世から退場すれば、もはや確かめることはできない。「神話」と表現するほかないわけである。

端的に言って「いつ自分の最期があるのか」知ることを許されていない者が、その状態を肯んじることが出来ないのなら、「みずから朝でなければならぬ」=朝の光が照らしても己の姿は存在しないという事態になってしまう前に、われわれは時間そのものであらねばならない、ということである。
すなわち、この詩における「われわれ」は、「神話」となること、「神話」としてまつりあげられることを、全存在を賭けて拒否しているわけである。

◆われわれの最期をコントロールできるとうぬぼれる者が「時間」を支配しようと欲し(たとえば元号制定)、法理に基づく憲法論を神学論争だと貶め、史実と神話の境界をあいまいにして精神論に逃げ込む――1974年の詩集『禮節』に収められたこの詩の射程は、新元号を秘されたまま2019年とのみ印刷するほかなかったカレンダーが届く2018年現在の歳末にまで少なくとも届いているようだ。



石原吉郎「神話」――沈黙する時間[2018年12月25日(Tue)]

DSCN9327.JPG

横浜ランドマークプラザのツリーの根元

*******

◆昨日24日の夜8時近く、スーパーに行ったら、それまでアイスクリームだのワインだのが並んでいたコーナーに蒲鉾や伊達巻き、ナルトなどが次々と並べられていくところだった。
数の子は数日前から並んでいたが、明らかに占有面積を拡張して並べ終わったようす。
向かいの鮮魚コーナーにも酢蛸が並んで行き、黄VS鮮紅の色合戦の趣を呈してゆく。

クリスマス用の買い物に駆け込んでくる客も居ないわけではない時間帯だが、明朝の開店にはすっかり年越し・正月用の商品でオープンする段取りが店を挙げて進行中なのであった。

年の瀬へのあわただしさが殆ど商魂の演出であることは承知ながら、数日の内にごった返してくるのも分かっているので、未だ値札を付け終わらない紅白の蒲鉾などを買っておくことにした。
栗きんとんなどは未だ並んでいない。
黒豆は小ぶりのパック2ヶセットがあった。カゴに入れる。
えーっと、他には……雑煮に入れるブリや三つ葉はギリギリ大晦日に買うこととして……と頭はすっかりお店のペースに順応していった。

◆明けて25日、車のエンジンを点けるとナビが朝のご挨拶をしてくれる。
「メリー・クリスマス!今日は12月25日です。」
――年越しモードになっていた我が身がグイと引き戻された感じ。
(昨日も開口一番「メリー・クリスマス!」だった。なるほど、ナビはそのように設定してあるのか!と発見した気にさせられる。)

いわば、日々を生きているはずの己に主体的な時間など初めから与えられていない感じ、とでも言おうか。


神話    石原 吉郎

 まことにその朝には継承というものがなかった。一代かぎりであったといってよい。なぜなら朝につづく午後も 午後につらなる夕暮れもついになかったからだ。朝はそこでなんのきっかけもなく 単独に朝であった。われらはいっせいに目をさまし そしてなにもすることはなかった。よりしずかな海とさらにしずかな岸のあいだ 逃亡する勇気をもつものはすべて逃亡したのちのあざやかな静寂のなかで われらは無雑作にただ挨拶をかわした。そのときの挨拶は たとえば二枚の貝が閉じるさまといかなちがいがあったか。挨拶へこめるいかなるねがいももたず 合唱のさまに声をあわせたのち われらはさらに沈黙した。乾草をたばね 引鉄(ひきてつ)をおろし その姿勢のまま ただ切りおとされるときを待つばかりであった。もし切りおとされなければ 朝はただ朝であるしかなかったろう。まさにわれらはそれをねがった。朝がその凡庸において朝であることを。そののちついに来るものがなければ われらはもはや植物でありえたのだ。いずれにせよ朝が朝であることのまえに われらみずから朝でなければならぬ。われらはひたすらに晩年を待つことなく 次代を約束されなかった。われらは呼吸(いき)をとめ次の倦怠を待った。水と汀(みぎわ)の平然たるくりかえしが ついにかかわりなく神話へ熟すときを。

『続・石原吉郎詩集』(思潮社・現代詩文庫、1994年)

◆「乾草をたばね/切りおとされるときを待つばかりであった」とは押切りで乾草を切るように処刑の時を待つ、という意味であろうか。

石原自身の8年におよぶシベリアでの抑留生活を思えば、「朝がその凡庸において朝である」とは、自分の自由になる時間が与えられていない虜囚の状態を表現しているのだろう。

「いずれにせよ朝が朝であることのまえに われらみずから朝でなければならぬ」とは、己が己の主体であると言える時間が奪われている以上(=「晩年」と呼べるような未来への期待も、継承する者を持つ夢も奪われている以上)、時間の上に在る者ではなく、時間そのものであらねばならない、と述べているようだ。



冬至――ヒヨドリ――迦陵頻伽[2018年12月24日(Mon)]

DSCN9429.JPG
ヒヨドリ。

北村太郎「冬至」という詩にヒヨドリが出てくるのを知って、12月に入ってからヒヨドリを撮るチャンスをうかがっていたが、蒲団のぬくみの中でグズグズしている内に冬至も過ぎてしまった。

来年までこの詩を取って置くのはもったいないので、ようやく写真が撮れたのをしおに紹介しておく。

*******

冬至  北村 太郎

ずいぶん近いところからヒヨドリを見た
窓からベッドに
斜めに日が照り、また翳り
ふたたび射したかとおもうと
たちまち亡霊のように消えてしまう
じつにさびしい昼だった
気がつくと
ガラス戸のすぐ先に
ヒヨドリは枝にとまっているのだった
コーヒー豆みたいな
ネズミモチの実をついばんでいる
ひとつ食べては
首を
あやつり人形のように四方に動かす
ときどき
尾を上げて糞(ふん)をした
おお この一年
秋から冬へ
さらに新しい冬へ
なんとヒヨドリの声をいとおしんできたことか

目ざめると
裏の竹やぶでたくさんのヒヨドリが鳴いていた
ネコの喃語より
ずっと甘美なさえずりだった
そうかとおもうと
いとどこの世のものならぬ澄んだ一声を残して
一直線に
夏の雨空に消えたこともあった
そのヒヨドリをいま見ている
羽は暗い青
目尻から下へ茶色の隈どりがあって
精悍ではあるが
邪悪な感じもあってまことに意外だった
いつのまにか
かわいい鳥の幻想ができていたのだ
いまの家に引っ越してきてから
彼らに起こされることはなくなったが
ときおり
寒林で聞こえるヒヨドリの声にうっとりしたものだった
そのヒヨドリがそこにいて
枝を揺らせながら
ネズミモチの実を突っついている
不意に
窪地のむこうの
ほとんど葉の落ちたケヤキで別の一羽が啼いた
こちらが首を伸ばして答えた
声が
冷えた窪地の上の空に鋭く響きあう
ピーチカチャカチャー
くちばしを開くヒヨドリの
口のなかを初めて見た
うす気味わるくなるほどの
赤だった

その日はずいぶん早くから物音が絶えた
闇のなかで迦陵頻伽(かりょうびんが)といってみる


 *迦陵頻伽…仏教で雪山または極楽にいるという鳥。妙なる鳴き声を持つとされ、仏の音声の形容ともする。人頭・鳥身で描かれることが多い。

 『続・北村太郎詩集』(思潮社、現代詩文庫、1994年)による

◆詩中の「寒林」という言葉には、冬枯れの林、という意味の他に屍を葬る所、という意味もある。ヒヨドリの声を「いとどこの世のものならぬ」と表現しているのには、そうした意味も含んでいるのだろう。

ヒヨドリに限らず、鳥や蝶など飛ぶものたちには、この世とあの世を往き来するイメージがある。
舞楽の迦陵頻、それと対で舞われる胡蝶の舞もそのイメージを舞によって表現しているのであろう。

石原吉郎の「方向」[2018年12月23日(Sun)]

DSCN9352-a.jpg
六会日大前駅のイルミネーション。
今年はちょっぴりぜいたくな輝きを放っている。
先日の夕方、駅に降り立つと、地元の方たちのゴスペルの歌声に出会った。
伴奏も若い人たちの生演奏。ちょっぴりどころでなく、もったいないほどの贈りものだった。

*******

方向   石原 吉郎

 方向があるということは新しい風景のなかに即座に旧い風景を見いだすということだ 新しい位置に即座に古い位置が復活するということだ ゆえに方向をもつということは かつて定められた方向に いまもなお定められていることであり 彷徨のただなかにあって つねに方向を規定されていることであり 混迷のただなかにあって およそ逸脱を拒まれていることであり 確とした出発点がないにもかかわらず 方向のみが厳として存在することであり 道は制約されているにもかかわらず 目標はついに与えられぬことであり 道を示すものと 示されるものがついに姿を消し 方向のみがそのあとにのこることである

 それは あてどもなく確実であり ついに終わりに到らぬことであり つきぬけるものをついにもたぬことであり つきぬけることもなくすでに通過することであり 背後はなくて 側面があり 側面はなくて 前方があり くりかえすことなく おなじ過程をたどりつづけることであり 無人の円環を完璧に閉じることによって さいごの問いを圏外へゆだねることである


『続・石原吉郎詩集』(思潮社・現代詩文庫、1994年)

◆タイトルのとおり、運動体の、ある方向へと動く軌跡と、そのものが後に残す軌跡を表現する(あるいはその反対に、軌跡を残すというよりは、運動が起こす風によって方向が明示されたという紛れもない事実のみを読む者に刻みつけて、姿を消し去る)。

◆その運動は「道を示すものと 示されるもの」とが引き合う力によって必要なエネルギーを生み出している。
そうして「道を示すもの」の姿・外貌は「(道を)示されるもの」の眼には見えているが、その外側にいるものたちには見えない。ただ、常に対を成すものと引き合い、反発・離反し、また強く引き合うその動きによって「道を示すもの」が実在し、常に「示されるもの」とともに動いていることははっきりと分かる。

◆この運動は天体の動きに似ている。もっと身近な例でいうなら、すぐれたフィギュア・スケーターやダンサーの回転しジャンプする運動に似ている。

〈あてどもなく←→確実であり〉、〈背後←→側面〉、〈くりかえすことなく←→おなじ過程をたどりつづける〉という風に、すべてが対立・矛盾をはらみながら引き合い、反発して動き続ける。

◆詩の結び、「無人の円環を完璧に閉じることによって さいごの問いを圏外へゆだねる」とは、運動を目撃した人々に問いを投げかけ、彼らに見物の座から立ち上がって次の主体になるようバトンを託すことである。
つまり、この運動は、行為が示した方向へと他者を「うながす」、終わりなき問いかけそのものにほかならない。
問うことであとに続く者たちを立ち上がらせ・突き動かし、姿を消し去ってなおも生き続けるもののことである。


〈心にはたくさんのドアが――〉E.ディキンソン[2018年12月22日(Sat)]

DSCN9339-A.jpg
バルーン・アートによるサンタクロース。
湘南台駅地下コンコースにあるイルミネーションのステージに置かれていた。

*******


心にはたくさんのドアがあります――
       エミリー・ディキンソン


心にはたくさんのドアがあります――
わたしにできるのはノックだけ――
「お入り」とやさしくいってもらえないかと
懸命に耳をすませて――
拒絶にあっても悲しみはいたしません、
わたしには糧(かて)なのです
どこかに、至高の方の、
いらっしゃることが――


原題'The Heart has many Doors――'(1883年頃)
 *亀井俊介・編「対訳 ディキンソン詩集」(岩波文庫、1998年)によった

◆「心」は「至高の方」(Supremacy)の心か、あるいはこの世界を越えた「もう一つの世界」の心か、いずれにせよ〈なにか偉大なる者の心、であろう〉――と編者は注記しているが、それは「我が心」であっても全く差し支えあるまい。内心の声に耳傾けようとする者はすでに自身が己を超えた者に真っ直ぐにつながっていることを知っているのだから。
ドアが開いた時にそれは確信に変わるが、たといドアが開かぬままだったとしても、その人は祈り求めることをやめないであろうから。



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