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〈在られる〉われわれ[2018年11月20日(Tue)]

◆昨日の記事で引いた11/16講演での辺見庸の言葉――

皆さんは(=我々は)「在る」んじゃなくて、「在られる」んじゃないか?

この〈在られる〉を、小説『月』では以下の文脈において用いている。

『月』9、きーちゃんのモノローグだ。

のっぺらぼうみたいに顔のないものどもが、みなドブンドブンと海になげこまれ、藻屑になることになっているといっても、まだだれも夜の海になげこまれてはいない。まだ殺されてもいない。これまでのところは。まだ。すなわち未然である。いわば。ミゼン。まだそうならないこと。起きそうなことが、まだ起こらないこと。未然にふせぐ、というのはウソだね。まだそうなってはいないが、早晩そうなることの途上に、そうなるとうすうす感じつつも、そうなることをさっぱりふせごうとしないまま、あたしやおれやわたし(たち)はいる。森のフクロテナガザルのような声をだしながら。あたしやわたし(たち)は、在ることを未然にふせがれなかったけっかとして、たしかに在る。在りはする。そのような在りかたは、在るというのではなくてですね、どうでしょうか、在られるということではないのかしらん。あたしはといえば、じぶんが在られないこと、在られなくなることを、こころのどこかでまっている。望んでいるのかもしれない。まっていてもまっていなくても、望んでも望まなくても、そうなることはそうなるのだろうけれども。また声がする。「ああーっ」「あはーっ」「あっちゃっちゃちゃーっ」

  (『月』9 闇はひきつづき未然/木造幽霊船にて/在るじゃなくて在られるじゃないのかな/ヘレナモルフォになりたいな p.81)
*下線部分、原文は傍点。

◆〈あたしやわたし(たち)〉は、在ることを未然に防がれなかった結果として「在る」、そのような在り方。遅かれ早かれ夜の海に投げ込まれ、殺されることがすでに決まっている在り方、ということだ。

小説がやまゆり園の事件を契機としていることは事実だが、小説はすでに起きたことをなぞっているわけでは全くない。
作者自身、講演で「作品としての『月』は事件と本質的には関係ない」と、念を押した。
また、「小説『月』の本文においては〈障がい者〉ということばは使わなかった」(「帯」の文を除く)、と言った。
また、「人間を〈健常〉と〈障がい〉の2項で考えることはとんでもない、と思っている」ということも述べた。

それらをふまえて〈皆さんは(=我々は)「在る」んじゃなくて、「在られる」んじゃないか?〉という氏の問いかけを反芻するなら、「ドブンドブンと/夜の海に/なげこまれる」ことを「うすうす感じつつも、そうなることをさっぱりふせごうとしないまま/いる」のは我々自身ではないのか? 
辺見氏の問いは、そんな我々の姿を闇の中から月明かりの下に出して見せたことになる。

*******

◆11月16日の辺見庸講演から

中島敦の文章を校友会誌に載ったものまで繰り返しすみからすみまで読んだ。すごい作家だと思った。中島敦には存在論がある。同時代の流れ、太平洋戦争のうねりに染まらなかった殆ど唯一の人ではなかったか。短い言葉で奈落の口を開けてみる、ということができた人。
『山月記』はえらい難しい。子どもが読むものではない。


さらにもう一人、梶井基次郎を挙げた。

梶井の『檸檬』、あれは俗な言葉で言うとヤバい小説。
人の一生に暗い光源を当てる。
趨暗性(暗いところに赴いていく性向)がある。


◆そうした話のあと、「梶井の時代は自由な言語空間があった。」と述べ、それに比し現代の言語空間は〈シュリンク―shrink〉だと表現した。
荷物やコインをビニールでギュッとくるむことをシュリンクというようだ。全く身動きがとれず、生きものが全身シュリンクされたら窒息死に到るのは必定だろう。

『月』はストレスフルだった。
「辺見さん、この表現でいいんですか?」とナーバスに編集者が言う。「これは”ママ”で通しますか?」と訊かれる(注:人名や表現の仕方を原稿のママで行くか、との確認)
一つには校正者もこの本の成り立ちの中では2年前のあの事件がある、と(意識の中で)思うんでしょう。

空手の組み手のような空しいやりとり、ささやきが僕の中にもある。


*タブーや摩擦など、ハレーションを回避するために表現を差し替えた方が無難ではないか、というやりとりが編集者や校正者だけでなく作者自身にもつきまとった、ということだ。


〈なくてもよかったろうに……〉辺見庸『月』2より[2018年11月19日(Mon)]

辺見庸『月』 2より

◆きーちゃんのモノローグ

おもう。わたしはなにから生まれてきたのだろう。なにから? 答えはある。なんかいも自問してきたから。以前、さとくんも、ベッドのはしにすわり、わたしをたぶんまっすぐにみおろして、目をそむけずに、問うでもなくつぶやいたものだ。ため息まじりに。「まったくね……あんたは、なんなんだい? いったい、なにから生まれてきたんだい? なんのために? ひとからかい? まさか……」
よい質問だ。さとくんはつづけた。「しんじらんない。あんた、なにしに生まれてきたんだよ……なくてもよかったろうに……」
そのとき、あたしは澄んでいた。なにか、背筋に快感をおぼえた。やった、とおもった。さとくんいがいのだれが、わたしにじかに、こんなことを問うだろう。こんなにもきほんてきなことを。むきだしの、ぶしつけな、きほん。〈あたしはなにか。なにから生まれたか。なんのために。なにをしに生まれてきたか。なぜここにこうして在るのか〉――。


(略)

なにから生まれたか。そんなこと、きかれたのははじめてだった。なくてもよかったろうに。失礼だとはおもわない。でも、ふつう、だれもそんなことをたずねたり、いったりしないものだ。〈なにから生まれたか〉――そのとき、わたしにはちょっとした答えがないわけではなかった。わたしはそれをいおうとした。  

*『月』2
わたしの〈無慾顔貌〉について/〈わたしはなにか。なにから生まれたか。なんのために。なにをしに生まれてきたか。なぜここにこうして在るのか〉よりp.23〜24。

*******

◆11月16日の辺見庸講演より

〈なぜ在るのか。なくてもよかったろうに。〉これを繰り返し考えながら書いていた。
果たしてこれはネガティヴで反社会的であるか、そこまで引き返してみようと思った。

***

「在る」ことには「意味」はない。
「在ってしまう」――口語的に言えば「在っちゃう」のだと。
皆さんは(=我々は)「在る」んじゃなくて、「在られる」んじゃないか?
 



辺見庸『月』―〈在る〉を問う[2018年11月18日(Sun)]

『月』1より「きーちゃん」のモノローグ

わたし(たち)を、しごと(学術研究、医療、宗教、清掃、介助その他)いがいのひつようと動機でみたがるひとは、ごくまれである。おおかたのひとは、わたしをほんとうはみたがらない。とおもう。視界にいれたがらない。視界にはいる回数を、可能なら、なるたけへらしたいとおもわれている。であろう。できればいっしょうみずにすめばいいと、おもわれている。みるがわにだって、かっとうがある。みるのをいとうきもちと、そうであってはいけないというきもち。みるのをいとうのをさとられたくないきもち……。嫌悪と反嫌悪。さすがにそう公言はされないけれども、からだや体液に触れることも内心、忌まれているかもしれない。わかる。わかります。わかりますとも。わたし(たち)はいっぱんに〈わからない存在〉と括られたりするけれども、それぞれ、なにかしらわかっていることもないではない。この園には、そんなひとが、わたしだけではなく、たくさんいる。渾身のユーモアをもって、いってみようか。わたし(たち)はだんじて、ぜつめつ危惧種ではない。スマトラオランウータンのように、ぜつめつを危惧されてはいない。ちっとも。むしろぜつめつを期待されているかもしれない。ともあれ、わたしはここに、在る。いる。
 (p.9)

◆11月16日の辺見庸講演より

〈『月』をなぜ小説として書いたか〉について

TVやノンフィクションにはできないこと――死者をして語らしめることができない。沈黙する者に語らしめることはできない。
植物には意識がないのかどうか。意識がないとみなされているものには本当に意識がないのか?
 

*******

◆ベッドの上に横たわって介護を受ける立場の「きーちゃん」のことば、「みるがわにだってかっとうがある」は、当然、「見られる」ものたちが抱えている葛藤を示してもいる。
であるから、この段の「みる」は「みられる」に悉く反転させて置き直すことができる(オセロの駒のように)。すなわち「みられるのをいとうきもちとそうであってはいけないというきもち」「みられるのをいとうのをさとられたくないきもち」というように。

これらは、主体と客体の境はアイマイなものだとか、彼我の違いは相対的なものだ、とかいうような閑文字をもてあそんでいるのではあるまい。

〈絶滅を…期待されている〉のが自分ではない、と果たして確信をもって言い切れるか、あなたは?
そう問いを突きつけている。

死者をして語らしめようとするこの小説は、読む者ののど元で〈「生きてる」と思っているあなたは本当に「生きてる」のか? 絶滅を期待されているのではないか〉と、審問しているのだと思う。


辺見庸「月」1プロローグより[2018年11月17日(Sat)]

辺見庸「月」1より

わたしは、いた。あたしは、いる。まだ。いる。在る。そのことにちょっとだけ気おちする。ほんのちょっとだけ。たいがい馴れている。どんなことにだって、馴れる。ほんとうだ、たいしたことじゃない。たいしたことなんかない。

(1 プロローグ 夢/マスカットグリーンの膜/わたしはなぜここにいるのか/絶滅危惧種でもないのに)p.5

◆ベッドの上で、見えず動けず、ことばを発することも表情で訴えることもできない「きーちゃん」が、しかし、思っていることだ。

続く6頁にも次のように語られる。

わたしはまだいる。在る。つづいている。なぜ、在るのか。どうしてなくなっていないのだろう。さっき在った煙のように、どうしていま消えていないのか。ふっ。たいしたことではない。在ったものが、ひきつづき、まだ在るだけのことだ。


◆11月16日の講演で辺見庸氏は「月」について次のように語った。

この小説でやりたかったことはオントロジー(存在論)。
「在る」ということは何なんだ。
「在る」ことのゼロ地点に立つこと。

それと反対の「無い」とはどういうことか?
「在る」のは「無い」よりいい、と一般に考えがちだが、本当にそうなのか?
「在る」というのは本当に良いことなのか?
「生きている」ことは本当に良いことなのか?
 


◆冒頭、「きーちゃん」のことばは、生きて在る者のことばだ。
〈まだ。いる。在る。〉の「まだ」がその証明だ。
だが、「きーちゃん」には同時に死への願望がある。
〈まだ…在る。そのことにちょっとだけ気おちする。〉

◆だが、小説のラストから、この冒頭にもう一度戻って読むならば、この最初の「きーちゃん」はこの世界の住人として語っているのだろうか? という疑問に襲われる。

ついで、我々もここの住人なのか?と問いをぶつけないわけにはいかなくなる。


辺見庸『月』の装丁と作者の自署・落款まで[2018年11月16日(Fri)]

『月』刊行に合わせて行われた辺見庸氏の講演を聴く(八重洲ブックセンター)。
講演の内容については別途触れると思うが、本としての『月』を手にした感想を先に書いておく。

帯の赤い「月」の字(井上有一・書)が、2016年7月26日の津久井やまゆり園事件の人々の鮮血の表現であることは近刊予告のカラー画像で分かっていたことだ。

◆実際手にしてみると、印象が修正される。
「月」の字は、韓紅花(からくれない)というのか深紅(こきくれない)というのか、小豆色まで行かないがやや紫を帯びながら黒を含んでいるようにも見える。

辺見庸「月」帯カバー本体_0001.jpg

◆もっと予想と違ったのは「月」の字を刷った帯の紙の質だ。
ツルツルしていない、小説本文の色に近い白い紙。
(この本に使われている本文の用紙は、多くの本で使われる黄色味を帯びたいわゆる書籍用紙、ではない。通例の本の用紙よりは白さがまさっている。帯は、それと同じ白さで本文より厚めの帯紙。)

◆また、この帯は普通の本に巻いてあるものの倍以上の幅がある。異様と言っていい。
しぶきをあげた「月」の字を刷るためにこの幅を必要としたわけである。

それだけの幅を帯に与えたために、この本を手に取ったときの感触と視覚的な印象を考慮して、紙の質で生々しさを抑えようとしたと思える。

そうして、赤い「月」の上にかぶせた黒い活字がさらに抑制を利かす。

「あなた、
 ひとですか?」
「ひとのこころ、
 ありますか?」


◆帯を取り去るとグレイのカバーに一変して、黒々と、のたうつような「月」の字が現れる。

惨劇のあとの無明世界を表現するかのようだ。

辺見庸「月」帯カバー本体_0002.jpg

◆カバーを外すと小説本体の表紙が現れるが、その色は灰青色というのか、利休鼠と銀鼠色の中間ぐらいの色。

辺見庸「月」帯カバー本体_0003.jpg

薄明に向かう頃おいを暗示しているのかも知れない。

帯→カバー→本体表紙へと色が変わって行くのは、事件当日、夜中過ぎからの時間の経過を暗示しているようであり、同時に事件が与えた衝撃が我々に飛び散り、我々の内側に浸潤し、沈潜を経て何かが浮かび上がってくるまでを表しているようでもある。

◆さて、表紙を開けると見返し(表紙を開けた時の表紙裏と中扉の1枚手前の紙)に驚かされる。黒なのであった。それもノッペリした黒ではなく、黒の中に何かが闇の中に溶け込んでいて蠢いているような。

そうしてその黒の上に銀色で書かれた著者自筆の「月」一字。そしてその下に朱色で著者の落款が捺されているのであった。


辺見庸『月』[2018年11月15日(Thu)]

DSCN9032.JPG
ムラサキツユクサ。花期はとっくに終わったと思うのだが朝日の良く当たる石垣の根方に咲いていた。

*******

はじまる  石原 吉郎

重大なものが終るとき
さらに重大なものが
はじまることに
私はほとんどうかつであった
生の終りがそのままに
死のはじまりであることに
死もまた持続する
過程であることに
死もまた未来をもつことに


  詩集〈足利〉より  『続・石原吉郎詩集』(思潮社現代詩文庫、1994年)

◆昨日の同じ詩集のすぐ次に載っていた「はじまる」という詩を、たとえれば力士が土俵にまく塩のようにして辺見庸『月』を読んだ。

主人公は「きーちゃん」という園の入所者。ベッドの上にひとつの〈かたまり〉として存在し続けている、性別・年齢不明のひと。

小説の終わり、まっ赤に濡れた「さとくん」が近づいてくる。たちどまって月を見た「さとくん」。そのことばを聞く「きーちゃん」。
そこから未来をはじめることができるか?――読んだ者は問われている。

読み終え閉じられてなお我々の生きている「いま」がビクンビクンとのたうっている小説。

*******

◆第18(150頁)のきーちゃんの独白――

あたしはなくてもいい、ないほうがよいと内心おもわれている、ひとつのかたまりだ。セイタカワダチソウにからまる、つまらないビニール紐やかわいた痰以下の存在だ。そんなことは知っている。きーちゃんと呼ばれ、ぱーちゃんと一括して総称されることに、もうとっくになれている。名は体をあらわす、だ。ふふふ。文句をいってもはじまらない。ただ、あたし(たち)には(にも)イシキかイシキのようなもの、そしてムイシキがある。だれにイシキがあり、だれにイシキがないか、そんなことはわからない。ビニール紐に十中八九イシキはないだろうけれど、セイタカアワダチソウがほんとうにムイシキかどうかなんて、きめつけることはできない。イシキが上等でムイシキが下等とだんていするのもおかしい。地球という巨大なムイシキは下等か上等か――くだらない設問だ。
あたし(たち)は、さしあたり、在る。当面、在る。なんのためかは知らねども、まず在る。ご迷惑かも知らねども、在るのです。在っちゃう。

   辺見庸『月』(角川書店、2018年10月)
   *初出は「本の旅人」2017年11月号〜2018年8月号

DSCN9066.JPG

パン・水、石、風と空をすこしずつ[2018年11月14日(Wed)]

◆夕刊にさる社会学者が愛猫の話を書いていた。

「飼い主によって溺愛され、快適な住居と食事を終生与えられている」と記す。
一方的な思い込みに辟易する。

「私たちは自分の人生にうんざりし、絶望し、お終(しま)いにしたくなるときがしばしばある」とも書いていた。人間と違って、猫にそのようなことはないと言いたいようだ。
これもまた決めつけに過ぎないと思う。
猫だって己の生にうんざりしたり絶望したりすることはあるだろうに。

このような文章を書く神経が理解できない。そうしてそれを「文芸・批評」欄に色刷りで載せる編集者の神経も理解できない。

*******

風   石原 吉郎

男はいった
パンをすこし と
すなわちパンは与えられた
男はいった
水をすこし と
水はそれゆえ与えられた
さらにいった
石をすこし と
石は噛まずに
のみくだされた
そのあとで男はいったのだ
風と空をすこしずつ と


*******

◆上の詩の「男」を、くだんの社会学者の「猫」に置き換えたらおかしいだろうか?
生きものとしてパンと水で生存を確保したのちに、栄養になるどころか胃や内蔵を傷めずにはいない石を呑み下し、しかるのちに風と空を全身で味わおうと願い、その望みを神に伝える「男」。
同様に世界を味わい尽くそうとする不敵な、あるいは敬虔な「猫」がいたって何の不思議もない。


★「風」は詩集『足利』所収。『続・石原吉郎詩集』(思潮社現代詩文庫、1994年)によった。


〈口に出して語られない限り〉[2018年11月13日(Tue)]

寺山修司ガルシア・ロルカの死生観について書いていた(「黙示録のスペイン――ロルカ」)。

ガルシア・ロルカは二度死んだ詩人であった。
一度目は、彼自身の詩の中で死に、二度目は、スペインの内乱で、フランコ軍に処刑されて死んだ。彼の死んだ一九三六年に生まれた私は、いつからか彼の創り出した死の世界にひきこまれ、彼が開けておいたバルコニーから、夜ごとせせらぎのきこえるグラナダの町へと誘いこまれて行くのであった。

 ぼくが死んでも
 バルコニーは開けておいておくれ

と、ロルカは書いていた。


(略)

生と死のあいだには、バルコニーのドア位の仕切りしか存在していない、というのがロルカの死生観であり、しかも信じられないことに、ロルカは「生と死は対立関係ではなく、場所が違っているだけのこと」だと、考えていたのだった。

◆こうした記述に目が留まったのは辺見庸『月』が頭の半ばを占めているからだ(その実、読まぬまま16日を迎えそうな心配さえある)。
従って、ここから先は小説『月』とはカスリもしないどころか、全く関係ないことがらとして、『月』を読む手前の足踏みでしかなく、寺山の小文からの引用は、逡巡している間の埋め草に過ぎない)。

グラナダの月夜に、酒場にぼんやり坐っていたりすると、生の高揚のために死が基底にあるというのではなく、死と生が同じ高みにあって、ときどき風の向きによって、すべての人が死んでいたり、すべての人が生き返ったりするのが、よくわかるのだった。

お月さまが死んでる、死んでいる
だけど
春にはよみがえる


◆このくだりをここに引く理由も、辺見庸の小説とは〈月〉という一文字が共通だという以上のものは無い。

「風の向きによって/死んでいたり/生き返ったりする」ような生や死とは、棒の先に貼り付けた紙の裏表が生の顔と死の顔に描き分けられていて、それをひっくり返して演じられる影絵芝居か人形芝居の見物人のように「生」と「死」を観照しているだけのことで、当時者性は乏しい。

続けて寺山は、ル・クレジオとスペインを旅した折のやりとりを記す。

私は、ル・クレジオに、「生が終わってから死が始まるのではないと思うよ」と言った。「死は、生きているものの作り出した虚構にすぎないのだから、生が終わったら死も終ってしまうのだと思う」と。
だが、それでは死は生に従属してしまうことになり、生きている者によって操作されることになってしまうことになるのではないだろうか、とル・クレジオは言った。
たしかに、「死は一日のうちにもやって来て去り――やってくる」のだということが、スペインにいるとよくわかった。それはフランコ圧政への暗喩などではなく、もっとなまなましい土の記憶のようなものなのであった。
 


ル・クレジオが返して寄越した疑問は、寺山がロルカのことばをなぞりながら述べた感想が傍観者のようであることに向けられている。
「死は生に従属し、生きている者が死を操作している――それで君は平気なのか?」とたたみかけて質したかったのではあるまいか?

「なまなましい土の記憶」と言いながら、スペインの土と寺山の棲む国の土とは別物として片付けている。
しかし「ふたつの死」という着想を得て、ようやく寺山は扉のノブに手をかけることになる――「死を言葉にすることの意味」について考える場へと足を踏み出すために。

私は、ロルカの詩の中のスペインと、観光旅行案内地図の中のスペインとのあいだにいて、考えない訳にはいかなかった。死は、もしかしたら、一切の言語化の中にひそんでいるのかも知れないのだと私は思った。
なぜなら、口に出して語られない限り、「そのものは死んでいない」ことになるのだからである。


◆最後の一文は、「なぜなら」と理由を述べる言い方で前の文を承けているのだが、この接続詞は正確でないと思う。「死は言語化の中にひそんでいる」と、「口に出して語られない限り、『そのものは死んでいない』」、この二つは同じ事柄の言い換え=同語反復であるからだ。
「言い換えれば」もしくは「つまり」でつなぐのがスジだろう。

◆だが、こうしたあげつらいは大して意味がない。
それより、寺山の文章が逢着した、〈この世には生と死があるのではなく、死ともう一つの死があるのだということ〉、及び〈口に出して語られない限り、「そのものは死んでいない」〉という考えは、扉の向こうに足を踏み入れるためのドアの鍵であり、それを手にした以上、もはや傍観者のままでいることはできなくなる、ということを意味する。
「そのものは死んでいない」という言葉はこの場合、「未だ生きている」ことを意味しないだろうけれど、では「死ぬことができないでいる」ということであるのか、あるいは「生きた、と言うことすらできない」ということなのか、あるいは、それらと全く違う別の意味を持っているのか、明らかでない。

〈口に出して語られたもの〉に耳傾け、眼で視ることが必要になる。

*「黙示録のスペイン――ロルカ」は寺山修司エッセイ集『私という謎』に入っている(講談社文芸文庫、2002年)。


堀田善衛「暗黒の詠唱と合唱」より[2018年11月12日(Mon)]

辺見庸『月』に対置しうる一編の詩を、と探していて出会った堀田善衞の作品がある。
「暗黒の詠唱と合唱」と題する17の部分から成る長編詩。
その冒頭2連を引く。


「暗黒の詠唱と合唱」より  堀田 善衞

  詠唱

夜――
――私が背後に聞き入るもの
孤独から死へ低まってゆく
冷たい溶岩の流れ 氷河のやうに
ついそこの戸口のところまで黒く光つて押し寄せて来てゐるもの
町々が粉砕され
赤黒い血も子供もその悲惨も
何百万の死者も堤防にはなりえなかつたもの
夜の深まるにつれて一層黒々と力をまし
木を倒し湖を埋め獣を追ひ家を潰しその破片をのせたまま
われらのすべてを呑み込まん勢ひで鈍く近迫して来てゐるもの
名もない黒い 私が背後に聞き入るもの

  合唱

聞け! われらの歌を音楽を
われらの歌 ただ単音の
アーアーアーアーアー
無窮電音のやうなこの歌を
われらの歌は耳を圧する黒いものの近迫に押し出され息詰まるその果てに
アーアーアーアーアーと叫び
われらの頭蓋の後ろについた眼を蒙らまし恐怖を殺ろし
夜の暗闇に一筋の稲妻でも生まうとして叫び出る……
一声のアー呑み込まれても
一声のアー新に歌ひ出る
一声は一声に重なり永遠につらなるこのアー
アーアーアーアーアー……



◆1949年の秋に発表されたこの詩に戦争の濃い影が落ちているのは当然のことだが、敗戦を上海で迎えた堀田善衞は、敗戦後2年余りを現地に留め置かれて中国国民党の対日政策のための雑誌編集や翻訳の仕事を受け持たされたという。小説「時間」(南京事件を扱った)などの小説の視点の定め方には、この詩に言う〈われらの頭蓋の後ろについた眼を蒙(く)らま〉されまいという一念がこめられているだろう。

◆詩の各部は「詠唱/合唱」のほか、それを俯瞰する位置から語る「声」とで構成されている。「声」は「自ら歌ふものは他の合唱(うた)を聞きえず……」などと批評の言を吐き、詠唱する「私」が暗黒の溶岩流に呑み込まれるのを予告するかのようである。

しかし「私」は、抗うように促す「合唱」に励まされるようにして溶岩流をさかのぼり、その源泉へと向かう意思を宣言する。

  合唱

刃向へ 刃向へ……
せめて刃向へ……


  詠唱

私は愛する
私が生まれたことを
私が生まれたとき
楽園の地獄の暗黒の洞窟の祭壇の番人がつけた生命の条(すぢ) 傷
私はこの条(すぢ) 傷を愛する
この条(すぢ)をたどつて
生誕の死の洞窟の奥底へ
生誕に回(かへ)り死にかへり
暗黒の表が溶岩流の流れ出る光源へ

        (第14連)

◆「源に回(かへ)り死にかへり」とは誕生以前に回帰するという意味だろう。それは「死」の状態に戻ることに等しいように見えるが、実は同じではない。その「死」の地点から再び生き始めることが「私」によって意欲されているからだ。

〈回生〉、それは単に生をリピートすることではない。そこまでの「生」の記憶を携えて「死にかへる」こと⇒「生誕に回(かへ)る」ことである。

続く連で合唱が〈……稲妻の追憶よ〉と歌うのは、そのことを示している。

◆辺見庸の「月」においても「記憶/追憶」は重要な鍵であるようだ。
そのように小説「月」に堀田善衞の「暗黒の詠唱と合唱」を対置させてみると、二つの作品は、読む者を真ん中に置いて引き合いながら周回する二つの月であるように思われてきた。

 *『堀田善衞詩集 一九四二〜一九六六』(集英社、1999年)によった。



辺見庸『月』と井上有一の〈月〉[2018年11月12日(Mon)]

◆不覚にも眠ってしまった。
辺見庸『月』が本として成り、市の図書館に入ったばかりのそれを手にした日に、相棒とテもなく眠りに落ちてしまっていた。

◆小説『月』に出会ったのは角川の『本と旅人』の去年の12月号。すでに連載2回目に入っていた。〈さとくん〉の名を見出し、やまゆり園事件に衝き動かされて小説が書き始められたと知って、身震いが来た。

◆1年が経ち、辺見氏のブログで、カバーに採用されたしぶきを上げた「月」の一字を見たとき、井上有一の書だ、と気づいて再び身震いが来た。

◆実際に一冊の本となった今、井上有一の書は、それ以外あり得ない選択だった。
(装丁:鈴木成一デザイン室)

帯の鮮紅の衝撃があり、ついで帯を取り払うとネガが反転するようにモノクロームの姿に一変することを目撃すると、一瞬であると同時に、足元から湿った砂が崩れてどこまで続くか分からないような時間の感覚があるだろう。
(「だろう」と想像するほかないのは、鮮紅がしぶきを上げている帯の方は外された姿で図書館に配架されていたから。これは丸ごと手にすべき本だ。)

★2018年10月3日の記事〈D懇談 ◎『月』カバー最終調整その他〉
http://yo-hemmi.net/archives/201810-1.html


◆連載中『本と旅人』を購読しながら読み通すことはできなかった。
通読した人はどう読んだだろう。
一冊になったところで読んだ人は何を思って生きて行くだろう。
どちらも読んでまた読み直しつつある人はどんな言葉を吐くだろう。

訊いてみたいが、訊く余力も答える余力もお互いにあるかどうか。

◆今週16日には氏の講演がある(八重洲ブックセンター)。
その日まで「平地人を戦慄せしめよ」(柳田国男『遠野物語』序)という言葉をつぶやき続けているだろうという気がする。

文字も小説も〈存念が跳ね上がり、のたうつ書〉。

◆小説が描くやまゆり園事件の相模原市津久井、井上有一が書と格闘した湘南の地、この2ヵ所を三角形の二つの頂点として線で結び、残る一つの頂点を大口病院(横浜市神奈川区)に置くならば、やまゆり園事件後に世をどよめかしたもうひとつの事件の地・座間もその三角形の中に含まれてしまう。

暗合を意味あり気に喋々するつもりはないが、これらの事件のいずれもが、この三角形とその周辺を生活圏として来た若者たちによって引き起こされたことを考えずに済ますことはできないだろう。

この地の空気や水や飯を体内に取り込んで来た者として、たたみかけるように凄惨な事件を次々突きつけられて、小説『月』へのとば口から動けないままこの一年思っているのは、そういうことだ。

『月』のある1頁を盗み見するように読みかけて、閉じる。
やっぱり、そこに居るじゃないか、己が。

むろん、この三角形で画した土地に縁もゆかりもない人、ここに棲息する人間と直に相渉らない人が『月』を読んでも、同じように感じるだろう。つまり『月』の中には今の日本人も地球の向こう側の人間も描かれていると思うのだが、本のそこここでまず見出すのは、己自身の幾つもの分身だ。

◆その塩辛い苦さに耐えるために、〈月〉の書を遺した書家・井上有一が茅ヶ崎や寒川の小学校や中学校で教鞭をとった人間でもあることを思い出しておく。
どのような声の人であったかは知らないのだが、(写真で見る限り)丸太のような大筆を抱えた金剛力士のような体軀の井上が、教師として子どもたちの前に立つ人間であったことを思い出して置く。

井上有一を知っているにせよ知らないにせよ、その後輩たちは今も各地の教場で子どもたちのために奮闘しているだろうから、彼らもこの本を手にして読み、戦慄することを願う。

辺見庸『月』の帯とカバーからはみ出しながらしぶきを上げている「月」が照り返すものに眼を凝らし、おののき、月を再びにらむ勁さを育てて夜明けをたぐり寄せられるよう願う。



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