CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2018年06月 | Main | 2018年08月 »
<< 2018年07月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
安田純平さんの解放を!!![2018年07月31日(Tue)]

安田純平さんの新たな動画がネットに

◆2015年6月下旬にシリア、アレッポ付近で武装勢力に拘束されたと伝えられるフリー・ジャーナリスト、安田純平さんの最新の姿がネット上に公開された。
20秒ほどの短い動画だが、銃を構えた二人の男の前で、オレンジ色の囚人服を着せられた安田さんがカメラに向かって話すことばは思ったよりしっかりしているように聞こえた。
だが、「きょうの日付は2018年7月25日。とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください。」と訴える最後の部分、「助けてください」ということばがかすれていて、胸を突かれる。

◆7月にも昨年末に撮影したと考えられる映像が流れた。
今回も撮影の日を安田さん自身が日本語で語っている。髪やひげはさらに伸びたように見え、憔悴の様子は隠せない。

拘束されて3年以上が過ぎた。この間、解放への努力が日本政府によってなされたか、なされなかったか、国民は何も知らされて来なかった。そのことの当否は今は脇に置く。
邦人の生命を救う日本政府の使命に全力を尽くし、無事に家族のもとへの生還を実現させてほしい。

【テレビ朝日】(2018/07/31 18:53)
オレンジ色の囚人服姿で…安田純平さんか 映像公開
http://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000133025.html?r=rss2

【NHK】(2018年7月31日 19:56)
シリアで不明の安田さん 最新映像か インターネットに投稿
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180731/k10011558171000.html



世界は[2018年07月30日(Mon)]

DSCN7923.JPG
逆コース台風が過ぎたあとのオオマツヨイグサ

昼過ぎには当地も34℃ほどになったが、被災地である倉敷真備町では40.6℃とTVのレポーターが伝えていた。

*******

風に吹かれて高いところにたつと
だれでもしぜんに世界のひろさをかんがえる。


小野十三郎「山頂から」の一節。
『太陽のうた 小野十三郎少年詩集』(理論社、1973年)より。

◆14行からなる詩の全体は五月の山頂から世界を目の当たりにした感奮をことばにしたものだが、高みから俯瞰して猿山のサルのように得意になっているのではない。

詩の冒頭と結尾だけ取り出すと、冒頭2行は――

山にのぼると
海は天まであがってくる。


そうして結びの3行は――

きみは山頂よりも上に
青い大きな弧をえがく
水平線を見たことがあるか。


◆山をも押し包むようにうねりせりあがる海にうながされて、わが体内にたたえられた水も、ふつふつとたぎるようであることに驚いているのだ。



〈わるくないな まるは〉[2018年07月29日(Sun)]

DSCN7864.JPG

斎藤顕治(1933〜)「月の満ち欠け」(2003年)
千代田区一ツ橋、共立講堂前で。

*******

ちきゅうは まるい
くるまは まるい
めだまは まるい
わるくないな まるは


木島始「つむじまがりのかたつむり」の冒頭。
『あわていきもののうた』所収。

昨日の『太陽のうた 小野十三郎少年詩集』とともに神田古書センター5Fの児童書専門店で出会った一冊。
梶山俊夫の木版画も楽しい。

2冊ともリアル書店でなければ一生出会わなかった本たちだ、たぶん。

木島始あわていきもののうた.jpg
木島始・詩/梶山俊夫・絵『あわていきもののうた』(晶文社、1978年)


きみたちのあし音は[2018年07月28日(Sat)]

DSCN7857木村賢太郎七つの餅B1968小学館ビル-A.jpg

木村賢太郎「七つの餅B」(1968年)。
色合いも肌理も異なる石を磨き上げて、起き上がりこぼしかトーテムポールのように積み上げた形が面白い。
神田神保町の小学館ビル前で。

◆台風の直撃が懸念されたが、一橋講堂(学術総合センター)で開かれたOECD/Japanセミナー「OECDからみる日本の教育政策」を聴く(主催:文科省&OECD)。

OECDのPISA(学習到達度調査)ショック以来、世界に伍していくためにカリキュラムから授業法までいかに改善するか必死に取り組んで来た文科省だが、今回はOECDから日本の教育政策に対するレビューが公表されたことをふまえて、その紹介と日本の教育政策の課題や取り組みの現状が基調報告およびテーマ別セッションとして報告された。

◆基調報告の中でアンドレアス・シュライヒャーOECD教育・スキル局長が、日本の教育にあっては批判的思考が弱く、自己規制は強いと特徴をあげたあとに、「日本のように全人格的教育」を行っている国は少ない、と述べたことに注意が向いた。
薫陶とか陶冶ということばがきらいではない民族としてふだん意識しないことの指摘である。

小中での「教科」としての道徳や、高校の新科目「公共」などでの道徳教育強化の動きを意識してのコメントであるかは不明だが、氏が「一歩下がって森の全体を見ることも必要」「教育とは何かを考えることが重要」と述べたのは、部分に拘泥することなく大きなデザインを描出しながら、地に足を着け根源的(ラディカル)に考えることの必要を訴えたものと聴いた。

DSCN7872-A.jpg
基調講演するA.シュライヒャー氏

◆セミナーの終わりに東日本大震災後に取り組まれた「OECD東北スクール」から発展した「地方創生イノベーションスクール」の参加学生二人による報告があった。
国際協働型プロジェクト学習を各地で展開しているものだ。
男子学生の、「未だ高校生だから〇〇できない」ではなく「もう高校生だから●●できる」と考えることが大事だ、ということばは多くの示唆を含む。
たとえば、文科省が進めているコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)。
地域の学校運営への参画を推進するものだが、児童・生徒も参加してもらう、という発想は皆無だ。地域との「協働」という時に子どもたちを蚊帳の外に置く理由は何一つないはずである。
「対話的な学び」と言うときに対話の相手をクラスやグループの子どもたちだけに限る理由も全くない。
今目の前にいるのではない、アジア・アフリカや地球の裏側の人々、あるいは過去や未来の人間たちとの対話もまた可能にするのが教育の力だったのではないか。

*******

未知の世界へ   小野十三郎

その椅子もその机も
きみの生長したからだにはもう小さい。
しかし、きみは、きのう
のりのきいた清潔なYシャツを着用し
よくひびくベルの音とともに
そこに坐った。
外にはまだ
晩夏の灼きつくような陽(ひ)が照っていた。
そのとき、きみの前にあったのは
けちな解答を待つ一枚の紙きれではない。
それは世界だった
心もち首をかしげたきみの
左の親指のさきが軽く
こめかみのあたりにふれたとき
すでに一つの世界が
そこにひらけていた
きみは臆せずそれに立ち向かったか。
そのようにしてきみの仲間は
また他のところで、さらに困難とたたかい
自らきりひらかなければならない世界に直面している

ぼくは思う。
きみも、君の仲間も
ぼくらがいまいるようなところには来ないだろうと
これが人生だ、これが生活だと考えて安心している
そんなところへは、決して!
もっと大きな、激動する世界の真只中へ
きみたちのあし音は
進め。


*小野十三郎「太陽のうた 小野十三郎少年詩集」より(理論社、1973年)
古井戸に耳傾ける[2018年07月27日(Fri)]

古 井 戸   岡崎純

むかし この井戸の底から
ぼくの国の
裏側の国
君の国の女の
塩売りの声が
聞こえたという
それほどに 深い井戸だったというのであろうが
ぼくの国の
ぼくの部落の百姓たちは
野良仕事に疲れると
山裾の
この井戸水を飲みに来て
君の国の女の
その涼しげな塩売りの声に
耳傾けたという
何という親しい話だろう
何と近しい話だろう
ありようもない
むかし むかしの話だが
君の国が黄昏れば
ぼくの国も黄昏れるような話ではないか


◆地球に深い井戸を掘れば地球の裏側に出る、と我々は丸い地球儀を頭の中に置いて考えがちだ。
こっちが昼なら裏側は夜、こっちが朝なら向こうは夕方だと、今では小学校入りたての子どもさえ知っていそうだ。
だが、ほんとうにそうか?
朝である「今・ここ」から裏側の国へ瞬時に行って、確かにたそがれ時かどうか、誰もじかに確かめられないのに、そう決め込んでいいのかい?と詩人は我々の「常識」に揺さぶりをかけたいみたいだ。すると――

――何を言ってるんだ。直接行って確かめなくたってネットや電話で居ながらにして分かる時代じゃないか、と子どもから大人まで一斉に口をとんがらせそうだ。

すると詩人はもう一回だけ問うだろう――もし相手がウソをついてたら?それらしい写真をバックに映しといて「見ての通りこっちは夕方だよ」とごまかすことだって簡単じゃないの?

こう言われた方の口はますますとんがって、問い返すだろう――
――向こうが言ってるのを信じちゃいけないってわけ?

◆ここまで反駁できる人は「君の国が黄昏れば/ぼくの国も黄昏れるような話ではないか」という最後の2行がすんなり呑み込めるだろう。
裏側の国の人の声を信じることがすべての始まり。声に耳を傾ければ裏側の国は何とも近く親しい世界なのであって、「こっちは黄昏よ」と言われれば、その声を聞いたこちらの世界もたちまち黄昏いろに染め上げられてゆくと感じないわけにはいかない。

地球の裏側同士だってそうなのだから、海を隔てた、と言うより水によって直に接しているような隣の国同士ではなおのこと――と、詩人は言いたいようだ――
古井戸を大事にして置けば非常の時に助かるというどころの話ではない、と。


岡崎純(1930-2017)は福井県生まれの詩人。
小海永二・編「精選日本現代詩全集」(ぎょうせい、1982年)に拠った。


人倫において孤立してゆく国[2018年07月26日(Thu)]

◆二の句が継げない。

オウム事件の確定囚への二度目の同時大量死刑執行である。
必然的に、新聞の夕刊1面は他の重要記事のいくつかが隅に追いやられた。

朝日で言えば川端和明・文科省統括官「収賄容疑逮捕事件」であり、「相模原の津久井やまゆり園事件2年」の記事である。

◆23日の記事で、文科省旧本館裏(合同庁舎足もと)にある江戸城外堀の石組みを紹介しながら次のように書いた。

〈現在外堀は埋まっているわけである。
落日の省庁の惨状を象徴するかのごとくである。〉

贈収賄関連を含め不祥事がまだまだ発覚するだろうとの予期があった。
単独の事件がたまたま続いているのではなく、霞が関と永田町全体に毒が回っている状況だと考えて間違いあるまい。

★7月23日記事【41.1℃!!!】
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/932

昨日25日、霞が関合同庁舎7号館の文科省では、中教審「大学入学共通テスト」検討・準備グループの会合があった(文科省第一講堂)。
冒頭、文科省の大学入試担当責任者から東京医科大入試をめぐる謝罪のことばがあったが、その時点で川端統括官の件も伝わっていたかどうか。いずれにせよ、歯切れの悪い釈明は暗雲を追い払うに足りなかったし、文科省トップの責任論も未だ聞こえてこない。
菅官房長官の「林芳正文科相を中心に、信頼回復に向けてしっかりした対応を講じる」というコメント(26日会見で)は、大臣進退への波及をかわす予防線でしかないが、省庁の腐敗が政権の腐敗としっかり連動していることを国民大多数は知っているから説得力はゼロだ。

野田聖子総務相の情報公開請求者情報漏洩問題も同様。
金融庁職員の処分が検討されていると伝えられているが、そもそも情報公開法の所管大臣でありながら、請求者情報を自ら漏らした野田大臣自身の責任はどうなるのか。
国会自体も取り上げるべき案件のはずだ。
閉会中も歳費は支払われている。それはすべて血税だ。
野党は金融庁・総務省の職員に説明を求める場を持った。
しかし本来は与野党別なく国会全体として調査に当たるべき事件のはず。

*******

◆死刑執行に話を戻せば、なぜ同じ月のうちにオウム事件全員への刑執行か、という疑問がわく。
この20日間の中ほどで日本とEUの経済連携協定が締結された(7月17日、東京の首相官邸にトゥスクEU大統領とユンケル委員長が来て署名に臨んだ)。
EUは死刑廃止をEU加盟の条件としているほど、死刑制度否定の意思を明確にし、廃止への取り組みを積極的に進めている。
そのEUトップの来日を挟んで多数の死刑執行をくり返しやってのけたわけである。

◆言い換えれば、日本・EUの経済提携によって全世界のGDPの3分の1近くをカバーする自由貿易圏が誕生した、と誇る提携の中味は経済分野に限るものであって、死刑をめぐる人権問題などの普遍的な価値の共有は全く別であるという頑なな姿勢を日本政府として内外に宣明したのが、オウム確定囚への死刑執行だったわけである。
刑執行は6日および26日、署名日(17日)を挟んでほぼ等間隔で行われた。

人倫にもとる蛮行を、鼻をつまみたくなる律儀さで行う国。

かつて「エコノミック・アニマル」という呼び名をこの国は頂戴していた。
今ならどんな呼び名が待ち受けているのだろう。


*現在、先進国では死刑制度を存置している国の方が少数派である。
アムネスティによれば「2017年末時点で、106カ国がすべての犯罪において死刑を廃止し、142カ国が法律上あるいは事実上、死刑を廃止している。」そうして死刑執行国はわずか23カ国である。
★【アムネスティ 最新の死刑統計(2017)】
https://www.amnesty.or.jp/human-rights/topic/death_penalty/statistics.html



龍神[2018年07月25日(Wed)]

◆朝のひと湿りに加えて夜にも短時間のスコール。
収まった後にジワリと暑熱が息を吹き返す。

集中豪雨に被害に見舞われた岡山県笠岡市に住む詩人・坂本法子の近刊『夕映えのなか』から一編。


龍 神     坂本 法子

熱帯夜になった
首すじにじっとりと汗が出た
大きな音がして窓に近づくと

突然 空から龍が光を噴きながらおりてきた
同時に 大木が真っ二つに裂けた
ピカリ ピカリと光輝く

龍は地面に線を描いて這ってゆく
風呂場へ入りこんだ
尾っぽで 窓をたたいている

わたしはあわてて床の間をみると
「龍神の画」がかかっている
大きな音とともに龍の目がギロリと光った

大粒の雨滴がポツリ ポツリ
急に 大雨が滝のように降ってきた
龍ははげしく 踊り狂い
天井にはりついている

翌朝 田んぼをみると
ぽっかりと大穴があいている
雷が田んぼに落ちたのだ

雷は稲妻・稲光と言われ
稲の豊作をもたらすと言われる
人々は水田に青竹をたてて
しめ縄をはって龍神を祝った


坂本法子夕映えのなか.jpg
坂本法子詩集『夕映えのなか』(砂小屋書房、2018年)

◆岡山はかつて首相・橋本龍太郎の票田であったが、足もとの治山・治水は後回しにしたのであろう。堤防改良の請願は長いあいだ棚ざらしになった。その間も水害はあった。
名前に「龍」の一字を持っていても大地に恵みをもたらす努力を欠いては、人々の敬虔さをもってしても里は荒廃するばかりである。


詩集には「洪水」と題する詩もある。

《濁流がのの字を書いて
いきおいよく うずまきながら
流れてくる ながれてくる

わたしは歩けない
車も通れない
デイサービスの車も来ない
郵便やさんも来ない
子供たちは学校へも行けない


(中略)

向かい側の山のふもと
墓所がくずれそうだ

洪水は「モルダウ」川のように
ゆっくりと この街を通りすぎた》


◆モルダウもしばしば氾濫しプラハの街も泥で覆われて来た。
専門家によるとシルクロードパターンと呼ばれる偏西風の蛇行が、ヨーロッパを襲った熱波を数日後には日本にもたらすのだという。

地球規模で襲ってくる猛威に人間が打てる手は限られている。

カジノ法(IR法)で各地に賭場を開帳するよりは、青竹とシメ縄で画した結界に籠もり、精進潔斎して国民に謝罪すべき人間が余りに多い。


暑さと闘う[2018年07月24日(Tue)]

DSCN7834.JPG

◆今年3つ目の「ポイ捨てNO!」標識を制作。
K社の缶ビールばかり10数本を回収した林に設置してみた。

◆一ト月以上前に2つ目を作った時に、赤い円にする手頃なリサイクル素材が見つからず赤のマジックインクで白いビニルに直接描いたが、これは失敗だった。
天日のもとではわずか一日で褪色したのである。数日放置したら白地に缶が貼り付いただけの意味不明のものに変じていた。
やむなく百均で赤い色画用紙(4つ切)5枚入りを購入。作り直して再び設置した。

◆3作目も色画用紙の残りを使う。
赤い円に切り抜いて、「0-24」の数字を修正用のホワイトテープで書く。
「終日ポイ捨てNO!」の意思表示である。
出来た赤い円を、広げたビニル袋にテープで貼り付けていく。
梱包用の透明な幅広のセロハンテープである。
一気に貼れるので、プラカードなどにフィルム代わりに貼ると雨でもOKになる。
(戦争法NO!の集会やデモで重宝した。)

空き缶もこのテープで貼り付ける。白い地のビニールの裏には不用になった園芸用ポールを短くカットして上辺と下辺に補強材としてある。
地面に差す逆U字形の園芸用ポールに留めるのも幅広テープを採用。粘着力が強いので、おもて面に引きつれが出てしまったのは、ご愛敬ということで。

◆すでに設置した2箇所はポイ捨てが激減した。
自分が捨てた缶(あるいはペットボトル)だ、と気づくためだと思う。
同じ缶・ペットボトルを同じ場所に繰り返して捨ててしまう習慣に変化が生じたのだと想像する。
〈通るルートを変えただけで、別の叢や林に相変わらず同じ缶・同じペットボトルを今日も捨てているかも…〉という想像は楽しくないので、ポイ捨ての習慣そのものが変わったのだと考えて置くことにしたい

◆さて、今回は缶ビールである。ささやかなぜいたくを喫した持ち主の一日の労苦に想像が及ぶ。
(お茶のペットボトルや缶コーヒーでは、そうした想像は働かなかった。)

アパートに帰る道々、海で夏を楽しむ家族連れや恋人たちを横目にハンドルを握っていた我が手の汗を忘れさせる缶の冷たさ。
だが一本カラになる頃には、一日の労働で身内に溜まった火照りを流し込んでいるだけのように感じられて――……。

*******

君にも海は
やはり青いか。
遠くで山は
はるかな街は
照っているか。
澄んでいたか。


金時鐘(キム・シジュン)「影にかげる」の最終部分。
『猪飼野詩集』(岩波文庫、2013年)より。


41.1℃!!![2018年07月23日(Mon)]

DSCN7629.JPG
文科省、会計検査院や金融庁が入っている霞が関の合同庁舎7号館の足もとには、江戸城外堀の遺構が保存されている。
石の中に、工事を請け負った藩の「印」が刻印されている。
この石には矢印形が刻まれていた。

*******

文部科学省の汚職事件、東京地検特捜部は、佐野太(前)文科省・科学技術・学術政策局長を受託収賄で、東京医科大(前)理事長と(前)学長についても贈賄の罪で起訴する見通しとのこと。

今夕のNHKニュースによれば、加点による不正合格だけでなく、前局長の息子が入試直前の歳末にセブ島に旅行した費用も、仲介者である谷口浩司容疑者が役員を勤める会社の経費で賄われていたという。

【NHK NEWS WEB 2018年7月23日】
文科省汚職事件 起訴へ 前局長の息子の旅行 仲介企業が負担か
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180723/k10011545331000.html

◆子らの学費の工面に身を砕く庶民の苦労など無縁の役人が教育行政の責任者であったことに唖然とする。
行政を私物化し社会正義を糞尿にまみれさせた人間たちの増上慢に、天も我慢がならぬのだろう。
本日、41.1℃という猛烈な炎暑が列島を襲った。
下々はただただ「肝焼げる」(東北の言葉で「腹が立つ」)ばかりだ。

DSCN7638.JPG

◆文科省・旧本館の裏手、合同庁舎7号館の足もとに保存されている江戸城外堀の石組み。
現在外堀は埋まっているわけである。
落日の省庁の惨状を象徴するかのごとくである。

右上に監視カメラがあった。
建物内の不正をとらえることかなわず、さて、レンズは何に向けられていたのだろう?

*石組みは地下鉄「虎の門」駅11番出口から地上に出る途中にある。


「みんなまる」だから「まる」でいいのか?[2018年07月22日(Sun)]

DSCN7606.JPG

◆境川の洲に異様に首が太く、しかもねじれたような鳥がいた。
良く見るとカワウのようだ。
しばらく身じろぎもしなかったが仲間がやって来ると威嚇したものの動きは緩慢だった。
恐らく鯉などの大きな魚を呑み込んだところなのだろう。

DSCN7602-A.jpg
  *奥が先ほどのウ。手前2羽とは首の太さが全く違う。

「呑舟の魚は枝流に泳がず」(大人物は俗世間には住まない)ということわざがあるが、ここでは「呑鯉の鵜」なので、息をするのも大儀だというふうに仲間との協調性は完全に放棄していた。

*******

ほんとうはどれ?  堀江菜穂子

いっせいのせ
みんなまる
じゃ まるね

いっせいのせ
みんなばつ ひとりまる
じゃ ばつね

ほんとうにばつでいいの?
ひとりまるがいたじゃない

もしかしたらこっちが
ほんとうかもよ


*昨日と同じく堀江菜穂子『いきていてこそ』より。

◆”民主主義は多数決のことだ”と誤解している議員のみなさまにぜひ味わって欲しい詩だ。


| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
根来珠青
銃剣道 歴史に目をふさぐおぞましさ (03/29) 当ブログ管理人
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/26) 3億円で買える銃と弾
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/25) マキシミリアナ・マリア・コルベ
コルベ神父のこと その2 (06/23)
若き音楽家リュカ・ドウバルグ (06/09)
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml