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宮崎進氏逝く[2018年05月21日(Mon)]

宮崎進氏逝く

宮崎進[五月の空]2002A.jpg
宮崎進「五月の空」2002年(321×247cm。麻布・綿布・胡粉・合板ほか)
「宮崎進展 よろこびの歌を唄いたい」図録より。撮影・安斎重男


◆美術家・宮崎進(しん・すすむ)氏が亡くなった。享年96。

シベリア抑留の体験を1990年頃から公表し、抑留中でも入手しやすかった麻布袋(ドンゴロス)を素材にした作品で知られる。

応召したのは1942年、東京美術学校を繰り上げ卒業しての入隊であった。
1945年の敗戦は満州で迎え、バム鉄道(バイカル・アムール幹線鉄道)建設のためのコムソモリスク収容所を皮切りに各地の収容所を転々とした。
絵描きの腕を重用された結果、同胞よりさらに1年遅れて1949年にようやく帰国した。

◆つい先日、横浜美術館コレクション展(企画展の「ヌード」とともに6月24日まで同時展覧中)で、彼の作品を二つ見て来たばかりだった。

一つは麻布袋で造形した頭部に石膏を流し、鉄板の上に載せた「沈黙」(2001年)。

宮崎進「沈黙」2001横浜美術館-A.jpg

これは2002年に同じ横浜美術館で《宮崎進展 よろこびの歌を唄いたい》が開かれた時に対面している。上の写真はその時の図録表紙を飾ったもの(安斎重男撮影)。

1メートル余りの大きさのこの作品には、原型と呼ぶべき同じ題の小さな石膏像があった。

宮崎進「沈黙」1960頃-A.jpg
「沈黙」1960年ころ(撮影・安斎重男)。石膏に油絵具と蜜蝋。

◆2002年の展覧会では新たに制作された大きな立体作品があちこちに展示され、迫力があった。
当時、80歳。噴出するようなエネルギーに圧倒された。

◆シベリア抑留を体験した画家というと、同じ山口県の香月泰男(1911-74)がおり、宮崎と親交もあったのだが、作品の印象はずいぶん違う。
10以上年上である香月の「シベリア・シリーズ」に促されるように思いつつも、宮崎自身にとってのシベリア抑留が形を成して行くには相応の時間が必要だったように思える。

宮崎進の美校での専攻は油画であった。「壁(忘れえぬ人)」など鎮魂の思いをこめた作品には頭部のみが描かれている。彼らと対話し忘れまいと誓うのだ。

宮崎進[壁](忘れえぬ人)1993年.jpg
「壁(忘れえぬ人)」1993年(263×206cm)

しかしそれ以上にトルソー(胴体の彫像)が多いことに気づく。悼むことのあとに向かうのは、やせさらばえた体があたたかみを回復して生きて行く時間と、その肉体が確かに存在している空間を表現することであっただろう。

冒頭の「沈黙」が白い石膏をまぶされて地上に在る様は、ジャガイモが豊饒な実りをもたらす、その最初の一個ではないのか、と思えてくる。
この「沈黙」する子どもは、発現と成長を約束された眠りの中にいま在るのだ。

*******

◆宮崎進は1974年以降、鎌倉にアトリエを移して制作を続けた。
そのころの油絵から一枚。

宮崎進[ランドスケープ]1974-76-A.jpg
「ランドスケープ」(1974-76)
 『宮崎進画集 1953-1986』より(求龍堂、1986年)

*******

★参考記事【香月泰男のシベリア】[2016年12月31日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/398

「夏は来ぬ」の季節感[2018年05月20日(Sun)]
DSCN7155ウツギ(卯の花)−A.JPG
◆卯の花(ウツギ=空木)。
「夏は来ぬ」佐佐木信綱の詩に小山作之助が曲を付けた唱歌)の最初に出てくる。この季節の花である。まじまじと初めて見た。

◆名を知るのみで実物を知らぬものがこの世界には何とたくさんあることか。

先日、この「夏は来ぬ」を5番まで歌う機会があって、その4番で「(おうち=センダン)」に出くわした。普通はせいぜい3番までだからまず出会わない。
その4番の歌詞は次の通りである。

楝(おうち)ちる 川べの宿の
門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して
夕月すずしき 夏は来(き)ぬ


◆クイナも境川で初めて見た。

クイナの名は、大江健三郎の文章で、子息・大江光さんが子供のころ、鳥の鳴き声を聴いて「これはクイナです」と初めて言葉を発したというエピソードを読んで刻み付けられた名前である。
言葉の遅かった光さんが、くり返し聴いてきた野鳥のレコード、そのナレーションの調子で初めて言葉を発したのだった。
ヘレン・ケラーの「water」同様に、我々もその場に立ち会ったかのような強い印象を残す場面である。

◆「夏は来ぬ」の五番は以下の通り。

五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
早苗植えわたす 夏は来ぬ

◆「蛍」は3番にも出てくる。
文語体で「五月(さつき)」が旧暦では卯月(四月)に続く夏の真ん中の月と承知していても、もう蛍の季節なの?と、北国生まれの人には違和感があるだろう。
雪国生まれの自分などにとっては、蛍は完全に夏休みのもの(7〜8月)であって、捕らえて来た蛍を蚊帳の中に放し、その明滅を眺めながら眠りに落ちたものだった。

だが、関東南部であるここ境川あたりでは、田植えは6月初め(今年の暦では6月1日は旧暦の4月18日)、蛙の大合唱が夜の田んぼに響きわたる季節を迎えて、6月中〜下旬(今年の旧暦で言うと五月初めから中旬に当たる)が蛍の季節である。
歌詞にあるとおり、「五月やみ…五月雨(さみだれ=梅雨時の雨)」のころの闇夜にともる蛍火というわけである。

◆佐佐木信綱(1872-1963)は三重県鈴鹿に生まれ、10歳で上京した。
教育唱歌であるこの歌は関東あたりまでの季節感に即して書いたと言えるだろう。

◆2006年の教育基本法の目標に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」(第二条の五)が盛られたことによって、学校等で唱歌を歌わせる動きが強まっているが、唱歌に歌われた季節感一つとっても全国どこにも当てはまるとは言えない。

自分の住む地域の風土や季節感が歌と合致しないことから生じる違和感を抱えたままでいるのは居心地の悪いものである。
地方出身者が生まれ故郷に否定的な感情を育ててしまうことも現にあった。
固有の季節感を唱歌の方に合わせて修正・変形するような顛倒に陥るケースもあったはずである。

◆上の「教育基本法」の条文で言えば、「我が国と郷土」はひとくくりにされて、その中に実在する土地土地の違いは捨象されがちである。
条文はこのあとに「他国・国際社会」をもって来ているために「我が国と郷土」は一体のものとして、「他国」や「国際社会」に対峙する心構えとして愛国心を持つよう育てるのが当然であるという方向になだれ込みやすい。
(*「愛国心」という語をナマでは用いずに同じ効果を意図したのが「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」という「国家と郷土」を意図的に溶接した表現である。今年度、幼稚園からスタートした改定「学習指導要領」には、強迫的なものに取り憑かれたごとくにこの文言が倦むことなく繰り返されている。)

少なくとも愛国心を優先させる人々は、「我が国と郷土」との間に夾雑物や不純物が混じってはまかりならぬ、と考えているようである。
だが、蛍ひとつとってみても季節に対する感覚は全国一律ではない。当然すぎる話なのだが。

心底、いやですよ[2018年05月19日(Sat)]

DSCN7148ハハコグサ-A.JPG
ハハコグサ。オギョウ・ゴギョウとも。春の七草の一つ。食するのは葉の方だそう。

*******

山田太一『月日の残像』で教わった志ん生のことば――

「人間てえ奴は、表でもってものに転んで、向うずねをぶっつけて痛てえと思うけれども、それが二時間くらい前に、これから痛い思いをするてえことが分ってたら、その間がとてもいやですよ」
(『志ん生芸談』より、青木一雄との対談)

◆アベ政権下の行き着く先に我々が経験する痛苦は、すでに分かっているだけでなく、そこに至るまでの間も、「とてもいや」どころの話でない。
咽喉の奥まで画鋲が詰め込まれていて、取っても取っても果てしがなく、ヒリヒリ焼けつくような痛さを味わい続けている、この10数年。

……心底、いやですよ。


山田太一「月日の残像」.jpg
山田太一『月日の残像』(新潮文庫、2016年。単行本2013年。初出は2009年5月の季刊「考える人」)
*志ん生のことばは「本の話」冒頭にある。


ポイ捨て気にせず里山を満喫したい[2018年05月18日(Fri)]

「STOP!ポイ捨て」の効果を見守り中

◆夏日が続く中、地元、西俣野・御嶽神社わきをのぼる道は、爽涼の風を味わえる場所だ。
先日など、キツツキが樹をつつく音が聞こえて来た。

◆残念なのはペットボトルや空き缶ポイ捨ての集中エリアになっていたことで、昨秋のクリーン・デイで一掃したはずが、4月末に通ったら再び溜まっていた。集めてみたらおよそ100本以上。
これまで手をこまぬいていたわけではなく、写真のようなプレートや立て看板がいくつも設置されている。

DSCN6890.JPG

法に触れることを明示した大きな横断幕も貼ってあるが、効果は薄かったようだ。

DSCN6887.JPG

高い金網のフェンスを設置した部分はさすがに溜まっていないが、それでも弁当ガラが入ったレジ袋が金網の向こう側に落ちていたりすると、回収するのは殆ど不可能である。柵が巡らされるとそれに挑戦したくなるのが人間の性質の一つなのかも知れないとすら考えてしまう。

300メートル足らずの道に看板の類いがすでに10ケほど置かれており、道を上り切った辺りに「防犯カメラ作動中」の警告もある。だが効果はほとんどないようだ。

いろいろ考えて手作りしたのが下の表示。

DSCN6882-A.jpg

◆上から下りた場合に最初の急カーブの辺り、車で下る途中に捨てるのだろうと推定された。
かなりの数のペットボトルが人の背丈を超す崖の向こう、道から10メートルの余もあるヤブの中にまで転がっていたことから、空のペットボトルを飛ばす熟練の技の持ち主であることも想像された。

シンプルにアピールするのがベストだ。
車からはっきり見える色と形はと考えて、結局、駐車禁止のデザインとなった。

◆道で回収した真っ赤なビニルシートが役に立った。これを標識の形に切り抜いて白いビニル袋に接着剤で貼った。その上に、回収したペットボトルの一つ(判で押したように同じメーカーの同じ飲料だった)を梱包テープで貼り付けて立体的な標識にした。
他には花壇用のポールを再利用。

失敗したのは、赤い部分のシートをオモテ・ウラ逆に貼ってしまったこと。接着剤を塗ってから気づいたので後の祭り。ナナメの部分、右から左下へタスキがけとなってしまった。
(道路標識の方は、下の様に左から右下へのタスキがけだ)
DSCN6888.JPG

◆設置して2週間、同じ銘柄のペットボトル・ポイ捨ては幸い一個だけである。
効果なきにしもあらずというところ。
むろん、効き目がどこまで続くか分からない。
どんなことに対しても慣れずにおかない、というのも人の性ではある。
それに加えて、先述したように、困難があればそれに挑戦したくなるのも人間である。
その点ではこちらも人後に落ちない(つもりだが)。

小さく細く折れる枝[2018年05月16日(Wed)]

DSCN6705ハルジョオン-A.jpg
ハルジョオン

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折れることについて  鄭 浩承(チョン・ホスン)

木枝が風にぽきぽきと折れるのは
木枝をくわえて行き、巣を作る鳥たちのためだ
もしも木枝が折れず、そのまま木枝として残るならば
鳥たちは何をもって巣を作るのか
もしも私が折れずに、ずっと生き残りを願うなら
誰が私を愛することができるのか

今日も街に、とても小さく細い木枝が折れて転がるのは
鳥たちがその木枝をくわえていき
巣をつくるようにするためだ
もしも木枝が、小さく細く折れずに
ただ大きく太く折れるなら
どうやって幼い鳥たちが嘴で木枝をくわえて行き
空高く巣をつくることができるだろうか
もしも私が折れずに、ずっと生き残りを願うなら
誰が私を人間の家を建てるのに用いるだろうか


*鄭浩承「詩選集 ソウルのイエス」より(韓成禮・訳)本多企画、2008年


底がない[2018年05月15日(Tue)]

DSCN6712カキドオシ(垣通し).JPG
カキドオシ(垣通し)。

*******

底について  鄭浩承(チョン・ホスン)

底までいってみた人たちは言う
結局、底は見えないと
底は見えないが
そのまま底まで歩いていくのだと
底まで歩いていけばこそ
また帰ってくることができるのだと

底を踏んで
屈強に立ち上がった人たちも言う
これ以上、底に足が届かないのだと
足が届かなくても
そのまま底を踏んで立ち上がるのだと

底の底までいってから
帰ってきた人たちも言う
これ以上、底はないと
底がないから見えるのだと
見えないから見えるのだと
そのまま踏んで立ち上がるのだと


鄭浩承詩選集「ソウルのイエス」(韓成禮・訳)(本多企画、2008年)




受動的無節操の罪[2018年05月14日(Mon)]

DSCN6960.JPG
ポピー

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◆ピアニストのスヴャトスラフ・リヒテル(1915-1997)はヤマハのピアノを愛用した。
その理由を述べたリヒテルの言葉を引きながら音楽評論家・吉田秀和(1913-2012)が記した考察が興味深い。

(=リヒテル)はヤマハ・ピアノを愛用した理由として、こうも言っている。
「なぜ私がヤマハを選んだか、それはヤマハがパッシヴな楽器だからだ。私の考えるとおりの音を出してくれる。普通、ピアニストはフォルテを重視して響くピアノが良いと思っているけれど、そうじゃなくて大事なのはピアニッシモだ。ヤマハは受動的だから私の欲する音を出してくれる。心の感度をそのまま伝えてくれるんだよ」
これこそ日本人の「日本性」の根源にある大事なものを言い当てた言葉だと思う。変幻自在、臨機応変の応対ぶり。柔道の受け身もこれに通じるものではないだろうか。これが良いときは創造的活動につながり、悪いときは無性格、無節操の体制順応となる

吉田秀和「素顔のリヒテル」(『たとえ世界が不条理だったとしても 新・音楽展望2000-2004』所収、朝日新聞社、2005年)
*下線は引用者。

◆上の文章が新聞に載ったのは2003年の秋。ブッシュ(子)のアメリカがイラクに侵攻してフセイン体制を崩壊させ、日本の小泉政権もイラク特措法を成立させて自衛隊のイラク派兵を決めた時期である。
この間、小泉首相は靖国神社参拝をくり返してアジア諸国の反発を招いていた。
歴史への顧慮がない点で無節操であり、ヴィジョンを持たないまま、あられもないアメリカ追随路線を加速させることとなった。パッシヴな日本性が悪い方に発揮されて現在に至っている。
「自衛隊の活動地域が非戦闘地域」という詭弁は現アベ政権に継承されて倒錯した理屈を乱発、支離滅裂の度合いは極点に達している。首相以下、閣僚、官僚こぞって脱輪しているために、有能で良心的な人間がまともな軌道に戻そうと奮闘しても焼け石に水、という状態だ。

「嵐が過ぎ去るのを/待つのはよくない」[2018年05月13日(Sun)]

DSCN6470.JPG
キジ。 春、境川周辺で何羽か見かける。

*******

 嵐   鄭浩承(チョン・ホスン)

嵐が過ぎ去るのを
待つのはよくない

嵐を恐れて
嵐を眺めるのはもっとよくない

自ら嵐となって
髪を振りみだし空を揺るがす
あの一本の木を見よ

自ら嵐となって
嵐の中を飛ぶ
あの一羽の鳥を見よ

ヤマナラシの木の葉のあいだに
嵐の吹きすさぶ夜が長くなろうとも

嵐が過ぎ去るのを
待つのはよくない

嵐の過ぎ去った野に咲いた
一輪の花のなるのを
待つのはもっとよくない

 *鄭浩承詩選集「ソウルのイエス」韓成禮(ハン・ソンレ)・訳(本多企画、2008)

◆鄭浩承は1950年、韓国・大邱(テグ)生まれの詩人。

鄭浩承「ソウルのイエス」.jpg 


「夜明けの青いまどろみ」[2018年05月12日(Sat)]

DSCN6728ツルニチニチソウC.jpg
 ツルニチニチソウ(蔓日日草)

*******

「湯ぶねの中の 童謡の死」  谷 敬

水が間断なくあふれ
ながれに沿って光線がすべっていき
熱い母体をひたしながら湯気をあげているあたり
さっきから白いタイルにしぶきをあげて
声が生まれおちようとしている
対流する倦怠にふかく射しこんでいく夢のように
湯けむりを切り裂いてとびたっていく
バネをもつ短い童謡の一節

それは単純にくり返されている
たったひとつの覚えたばかりの小鳥の名前
とどまるところを知らぬシャボン玉のように
世界をかわいい泡だらけにしている
ここ 東京下町の
六月の夜の 銭湯
やっと誕生を過ぎた子どもがひとり
さっきから湯ぶねのふちで 歌いっぱなしだ
よくたわめられたふたつの小節しかない
バネのような童謡
アンポ と呼び
すぐさま ハンタイ と返してくる
はねまわるふたつの発音の
朝のクレヨンのようなリズムの
際限のない音のくり返し

その歌はいっせいに裸の視線を浴びている
足もとでよじって捨てている男もいる
父親は恥じらい
シャボンばかりをかきたてている
ときどき 指導者のようにあわてふためき
サンセイ と水をまぜている
伴奏のように 子どもの口もとに
注意深くまぜ合わす
知らなかった街角から 公衆浴場へ
汲み上げてきた突拍子もない童謡に
たじたじとなって弁解している

よく泡だっていた金曜の街路を
太った五指にひらめかせている中年男
ダンボールにつめた指先をとりもどすため
湯気をかきまぜている瘠せた背骨
濡らすだけ濡らして 今日の始末をつけようとしている少年
似かよった一日の垢を
湯ぶねに浮かせて眠る人たち
裸になっていながら
裸の発音を知らない たくさんの男たち
遅れがちにゆらゆらつづく履歴書のような
湯ぶねにタオルをひろげ
残り少ない時間を広げる
汗ばんだ壁板に軽い散弾がはじけていく
裸の視線と
桶に伏せられた政治をつぎつぎ裏がえしていく
プラスチック製の 二小節の弾丸

(ひとつの始まり)
上気した青年が 笑って声を受けとめる
(ひとつの終わり)
老人は不機嫌に湯をかぶっている
(すべての終わりだ)
はるばる抱えてきた国家が もうメチャクチャだ
湯気をへだてた父親を するどくなじっている
(ひとつの始まり)
若者は街路へ出ようとおもう
塀沿いに声をおしあげていく あの隊列
坂の上まできらめく夏の日
(ひとつの終わり)
堅牢な荷造りや海をこえていく契約書の溺死
(ほんとうに始まりそう)
いまわしい昨日から
息づく曲線へ
夜明けの青いまどろみのほうへ分けていく
熱い肉体のような
連帯の始まり

年老いた父親たちの内部には
旗を振っていた日本が うず高く積まれている
それらの非難の手が とうとう
子どもの声を眠らせてしまった
重い湯ぶねの中で
花輪のように抱かれた子どもの頰に
やがて野を突っ走る直線を感じている 心配そうな父親たち
アンポと呼び ハンタイと返すほかない
散弾を浴びた 裸の人たち
肉体の恥じらいから 生活の恥じらいへ
国の終りから
政治の季節の ひとつの歌の始め

いくらこすっても祖国の地肌をもたぬ青年の肉体を
にがにがしい父親たちからより分けていった
純粋な ふたつの小節
湯ぶねにせめぐとがった波立ちのへりで
生れおちた声をつなげていく者たちよ
熱い母体をさがし そこから歩きはじめていく
バネをもつ童謡を 陽ざしの中に支え
湯あがりの風吹く丘へ
おびただしいワイシャツの旗風の中へ
童謡の痛さを捧げていく
数少ない人たち

思想の恥じらいをとりもどしていく
ひとにぎりの人の手のひらと釣り合っている
ひとつの 純粋すぎる童謡の死

 『谷 敬 詩集』(土曜美術出版販売、2003年)

◆詩人・谷敬(たにけい 1932-2000)の名は、三木卓の回想記「わが青春の詩人たち」(岩波書店、2002年)で知った。

東京浅草に生まれ、1945年3月10日の東京大空襲に遭い、高校時代に肺結核に罹り長い闘病生活の中で俳句と詩を書き始めた人。
詩人としての活躍と父が営んだ玩具卸業とを並行して続けた。
(74年にはオイルショックの影響もあって玩具卸業の倒産という辛酸もなめている。「契約書の溺死」といった表現に実際に経験したであろう苦労が表現されている)

◆詩にある「アンポ/ハンタイ」は60年安保反対のコールである。
銭湯で幼児のこの「童謡」が繰り返し公衆浴場に響く。
客たちがその声に目を向ける。父親は頑是無いわが子の「歌」にときどきあわてふためくようにして「サンセイ」と混ぜ合わせる。

だが、幼子が繰り返す二小節の「童謡」は、伏せた湯桶の下に閉じ込めて人々が見ないようにしていた「政治」を一人ひとりに意識させずにいない。
(ひとつの始まり)と(ひとつの終わり)は、人それぞれのプラス反応とマイナス反応を表す。
意識させられて不機嫌な老人や、はるばる外地から生還したのに国の混乱・瓦解を改めて突きつけられたようで老親をなじっている息子……。
だが街のデモに加わろうと光の方に目を向ける若者の昂揚した気分ははっきりと連帯のうねりを予告している。その予感ゆえに「アンポ/ハンタイ」のコールは散弾(プラスチック製のおもちゃだ)となって銭湯の人々を撃つ。

「いくらこすっても祖国に地肌をもたぬ青年の肉体」とは、親たちのように素朴に「祖国」を信じそれに身命を捧げることはない新しい世代が登場していることを言うのだろう。同時に、かつて植民地として従属させられながら戦後は強権を持って国籍を奪われた人々をも含む。

「アンポ/ハンタイ」という「童謡の死」とは、無邪気な子ども時代が終わり、自立した大人に成長することを言う。
ではさて、その1960年から58年後のいま、私一個として、夜明けの青いまどろみから覚醒し、おとなになったと言えるだろうか?

駅頭で「改憲NO!」の署名を御願いするなかで老若さまざまな人たちの声も聞くことが出来た一日が、次への「ひとつの始まり」たりえたか、振り返ることになった。

「大量破壊兵器」と安易に言うなかれ[2018年05月11日(Fri)]

DSCN6899.JPG
 俣野の葱坊主

「大量破壊兵器」というフレーズの大量使用に注意

◆首相や外務省から「大量破壊兵器」という言葉が繰り返しアナウンスされている。

▲5月9日の日中韓首脳会談冒頭のアベ首相発言
「北朝鮮によるすべての大量破壊兵器やあらゆる弾道ミサイル計画の完全、検証可能かつ不可逆的な方法での廃棄に向けた取り組みを進めていくべきだ。」

▲4月18日 日米共同宣言(官邸ホームページから)
日米両国は国際社会とともに、北朝鮮に対して核兵器を始めとした大量破壊兵器及びあらゆる弾道ミサイルの完全、検証可能、かつ不可逆的な方法での廃棄を求めていく。


◆ほぼ同じ文言が繰り返されている。
そのたびにマスコミが垂れ流す。
反復の効果は、真偽の検証を怠ったまま、脅威が実在すると大衆に信じ込ませることだ。

◆2003年、G.W.ブッシュのアメリカが「大量破壊兵器」を口実にイラク攻撃を始めたことを忘れてはいけない。
のちにそれが誤情報に基づくものであったことを認めざるを得なかったが、奪われた命は二度とよみがえらない。
誤りを認めた米英に対して、日本政府はイラク戦争の検証を怠ったまま集団的自衛権行使を可能にする戦争法制に突き進んだ。

「廃棄した/存在しない」として来た自衛隊のイラク日報の一部が出現する事態に至って少しは慎重な言い方にシフトするかと思ったが、「大量破壊兵器」を便利な符牒として使うクセが抜けない。
「悪魔の辞典」のA.ビアスなら〈大量破壊兵器…戦争を始めたい人間にとって最小のコストで最大の効果を発揮する最終兵器〉と字引に追補するところだ。

大量 無差別 あるいは道連れはごめんだ

 *谷敬詩集「崖の話T」の(4)より(土曜美術出版販売、新・日本現代詩文庫、2003年)



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