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嵐――彼等は踊る[2018年05月31日(Thu)]

DSCN7200工藤健「愛の変容」-A.jpg
工藤健「愛の変容」(1982年) 横浜みなとみらい地区にて

*******

嵐   吉田 一穂


森。
彼女にひそむ無言。

夜を行く裸形の群。
彼等は踊る。

魚。
愚かなる野の祭り。


『羅甸薔薇 ROSAE LATINAE』(山雅房、1950年6月1日発行)に拠った。
(「定本 吉田一穂詩集」と副題がある第五詩集。時に吉田一穂52歳。) 

あらゆる人がそのまま大切にされる[2018年05月30日(Wed)]

『子どもの人権をまもるために』という論集を読んだ。
子どもたちにかかわるそれぞれの現場からの具体的なヒントと創意あふれる提言が満載である。
「障害を持つ子どもへの暴力を防ぐために」と題する熊谷晋一郎氏の論考、学校における「指導死」について親の立場から活動してきた大貫隆志氏、政と官の力がぶつかる現場を知る立場から「道徳の教科化」がはらむ問題に警鐘と打開策を説く前川喜平氏など、それぞれに示唆に富む論考であった。

ふたつの言葉を紹介する(引用は青の太字部分)。

〔1〕内藤朝雄(社会学)〈学校の全体主義〉

「全体主義を受肉し輝かせる学校」などの挑発的な表現で、学校が社会を再び全体主義化させる組織として機能することに鋭い批判を浴びせる。
勉強であれ、行事や部活動であれ、態度や意欲が評価の対象となる仕組みの中では、「らしさ」や「すなお」であることが尊ばれ、連帯責任が当然視される。これでは個々の市民的自由は沈黙を強いられるばかりである。

全体主義の核心部は単なる独裁ではない。それは個に対する全体の圧倒的優位である。圧倒的優位は個に対する余儀ない浸透性(貫通性)の深さによって現実のものとなる。全体主義と単なる独裁を区分する基準は、一人ひとりの人間存在を変更する集合的イベントヘの動員が、日常生活をおおいつくす度合いである。全体主義はひとびとのこころや感情や態度の「すなお」さを際限なく気にする。全体主義は人間を魂の底からつくりかえ続け、そのプロセスのなかから、個を超えた高次の集合的生命として起動するからだ。


〔2〕南和行(弁護士)〈LGBT 多様な性を誰も教えてくれない〉

多様性の尊重を目指すことは果てがない。しかし果てないからこそ夢がある。今、光があたらないことでも、いつかは光があたり、そして最後は誰もがいつも光があたり同じように大切にされる日が来る。子どもには自分のことを知り、そして社会のことを知り、世界の真実を知る権利がある。世の中が多様であることは真実だ。あらゆる人がそのまま大切にされるということを、子どもたちに伝えることこそが、全ての子どもたちへの人権保障だ。


木村草太・編『子どもの人権をまもるために』より(晶文社、2018年)
子どもの人権を守るために.jpg

若者を食いものにするな[2018年05月29日(Tue)]

DSCN7168ゼニアオイ.JPG
ゼニアオイ(銭葵)

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18歳を成人とする民法改正案が29日、衆議院を通過した。
経済的徴兵制を含め徴兵制復活への地ならしでは、と危惧する声がある。

現実的な懸念は保護者の同意なしでローンやクレジットカードの契約が結べるようになることだ。若者を食いものにする商法は舌なめずりをしていることだろう。
飲酒・喫煙やギャンブルはこれまで通り20歳未満禁止を維持したものの、主権者教育に続いて消費者教育の必要が高まるのは必定。しかし現場の教員にその余力があるかどうか。

◆「危険タックル」事件で日本大学アメフト部の選手たちが声明を公表した。
「大人たち」の煮え切らない弁解と対照的ではあった。
関東学連の処断も出たが、連日ワイドショーで大きく取り上げる話題ではない。

この間、財務省文書と同日(5月25日)をねらって南スーダン派遣自衛隊の新たな日報が発表された。
同じ日、NHKは内部文書と取材に基づいて、2016年7月、ジュバでの戦闘で自衛隊の宿営地でも「25発の弾頭、施設に弾痕等9か所の被害を確認」したことを突き止めた。
「安保法制」の定める要件すら全く充たさない「戦闘」の事実。
隠蔽・ウソ・ゴマカシで犠牲になるのはここでも若い世代なのだ。

★【NHKニュースWEB 5月25日】
南スーダンPKO 戦闘渦中の宿営地 詳細が内部文書で明らかに
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180525/k10011452931000.html

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教育   鎮西貴信

教えないでも育つが
育てば教えられている
身体(からだ)に染み込んで言葉にできないことも
明日ではなく今日行く
自分だけではない

『いろいろ愁(うれい)』
土曜美術出版販売、2017年

「慙愧に堪えない」この11年[2018年05月28日(Mon)]

DSCN7247.JPG
LEDを用いたものだろう、新型の信号機。格段に薄くコンパクトになった印象だ。
藤沢市石川の辺りで。

*******

慙愧   おだ じろう

彼はその直後
「慙愧に堪えない*」と 言った

 「慚愧」「慙愧」=自分の言動を反省して
 恥ずかしく思うこと。「懺悔」とも。

嘗てなかった現職閣僚の自殺についての
首相の発言
ふと わが耳を疑った
「それは本意か」

死を選んだ閣僚は
自らの進退と所属する政権存在の
根幹に係わる質問の矢を浴び続け
「法に基づいて適切に処理……」と
痴呆の答弁

説明責任を放棄して自死した男を
閣僚に任命した首相自身が
その責めの重さを一命に代えて贖うか

「《慙愧》に堪えない」
この 言葉一つ虚ろに吐いて口を拭い
閣僚の首を挿げ替えただけの
この国の首相とは?

噛み締めるべきは
その彼を首相で有らしめた
われらの《慙愧》こそ
  *二〇〇七年、安倍首相は松岡農水相の自殺について「慙愧に堪えない」といった。


『おだじろう全詩集 Fall&Rise』より。土曜美術出版販売、2016年)

◆「ナントカ還元水」や事務所費・光熱費などの不明朗な収支報告を追及された松岡利勝農水相が議員会館で自死したのが奇しくも11年前の5月28日だった。
現職閣僚の死について、安倍首相(第一次)が述べたコメントの「慙愧に堪えない」が誤用として話題になった。
当時の報道を読むと、その場にいた記者たちが表現のおかしさを指摘したり、真意を質したりすることのなかったこと自体も話題になっている。

十年の余もトンデモ日本語になぶられて来た結果が、底の抜けたようなこの国の姿、ということになろうか。
それは、臍をかむ思いである国民が、恥じ入る風もない「彼」に冷笑や嘲笑を浴びせられ続けて来た11年でもある。


ふざけた「加計学園」コメント[2018年05月27日(Sun)]

DSCN7259.JPG
境川沿いのアジサイが見ごろを迎えた。

*******

◆加計孝太郎理事長とアベ首相の面会をなかったことにしたいためだろう。加計学園がコメントを発表した。

★【朝日新聞2018年5月26日21時07分】
加計学園がコメント発表 「誤った情報を与えた」
学校法人「加計(かけ)学園」は26日、愛媛県今治市への獣医学部新設をめぐり、2015年2月に加計孝太郎理事長が安倍晋三首相と面会したと記した県の文書についてコメントを発表した。当時の担当者に記憶の範囲で確認したとし、「実際にはなかった総理と理事長の面会を引き合いに出し、県と市に誤った情報を与えてしまったように思うとの事でした」としている。
https://www.asahi.com/articles/ASL5V5HD9L5VPTIL00J.html


◆「記憶の範囲で確認出来たこと」という意味不明のゴマカシ語法を教育機関が臆面もなく使う。読まされる側が恥ずかしくなるほどだ。「記憶の範囲」という言いぐさは、田中角栄時代のロッキード事件証人喚問における小佐野賢治の「記憶にございません」が淵源だろう(1976年)。
今回の加計疑惑でも柳瀬唯夫・元秘書官らが同様の表現で言い抜けようとした。

◆公表されたコメントの正味6行足らずの説明文にも唖然とする。

当時の担当者」→誰なんだ?
実際にはなかった総理と理事長の面会」→「なかった」証拠は?
引き合いに出し」→こういう文脈では使えない。「ウソをついて」の言い換えと見当がつく。
県と市に誤った情報を与えてしまった」→ふつうは「ダマした」と言う。
〜ように」+「思う」+「との事でした」→アイマイ語法の3連発。

◆コメントの結びも学園の基本姿勢を雄弁に物語っている。

《なお、学生たちの平穏な教育環境を確保することが大学の責務と考えますので、夢と希望に満ちあふれて、勉学に励んでいる在学生を、どうぞ温かく見守っていただきますようお願い申し上げます。》

ウソとゴマカシを棚上げにし、若い学生たちを楯にして我が身を護ろうという姿勢、戦時中の国の指導者たちの姿にウリ二つである。
「かたり」と「たかり」の「腹心の友」の証人喚問が必要だ。


李禹煥の詩 その2[2018年05月26日(Sat)]

◆李禹煥(リ・ウーハン)には「私」と「世界」との関係を歌った次の詩がある。

山と私   李禹煥

私は山を見る
山は私を見る

いつしか山に私を見
私に山が膨らむ

そこにある山と
私が見た山が
同じでないように

ここにいる私と
山が見た私も
ズレているに違いない

しかし私と山は
互いに見ることの
空間のなかにいる

空間の幅のなかで
私と山は交わり
拒み合いながら
更に私になり
更に山になる

いつしか山は山に帰り
私は私に帰る

山は私を見ない
私は山を見ない


◆垂直方向と水平方向に加えて、山と私の間にある奥行きが表現されている。
彼の平面作品においても立体作品と同じように、見る者がその世界の中に入って歩きまわることになる――そうした事情が詩によってはっきり分かる。
それは作者の想念を追体験することであると同時に、私たちと作者とが「交わり/拒み合いながら/更に私にな」ることでもある。

◆李禹煥は「散歩a」という詩で「散歩に出ると僕は盲目になる」「頭は見えない空を飛ぶ」「想念の羽で飛ぶ空は内面空間なのでそこに目はいらない。」とも書いている。

その目が開いたときに「はじめて世界と出会う」
想念から認識へと歩み出るのだ。

そのとき世界はどのように見えるのか。
詩集『立ちどまって』の最後に置かれた次の詩が、これ以上ない簡明さで顕現している。

山と海

私は見た
山が海になり
海が山になるのを

その時
私は静かに
目を閉じていた

目を開くと
山は山になり
海は海になり

◆想念の世界では「山が海になり/海が山になる」。
そのあとに見開いた目には、山はいよいよ山として、海はますます海として立ち現れてくる、ということだろう。

*香川県直島に「李禹煥美術館」が出来ていると知った。
http://benesse-artsite.jp/art/lee-ufan.html



李禹煥の詩[2018年05月25日(Fri)]

◆「もの」派の美術家、李禹煥(リ・ウーハン 1936〜)に詩集『立ちどまって』があることに気づいた。


山頂 b  李禹煥

山頂に立ったら
両手を前に差し出せ

やがて空が降ってきたら
抱えて山を下りよ


◆山頂に立つためには垂直方向への運動を持続させねばならない。
上へ上へと体を運んで山頂に立ったら、次に為すべきは両手を前に差し出すことだ、という。
水平方向への動きである。

二つが交差するところに「空が降って」くる。
それはこの世界を手にすることである。
山頂に立った自分は、自分でありながら、自分ではないものについて知った自分である。
世界によって結節点を刻印された自分と言ってもいい。

手にしたものを大事に抱えて山を下りる、とは、下降して再び地べたに立ったとき、手にしたものを水平方向に伝えるためである。
すなわち下降の動きと水平の動きが地上でクロスするところに自分は降り立って人々に伝えることを行う。表現という行為の一つの在りようである。


◆この詩にはヴァリエーションがある。

山頂 a  

山頂に立ったら
両手を伸ばして待ちなさい

やがて空から風が来たら
吹き上げられて登りなさい


◆ここでは垂直方向の力と水平方向の力とによって風が生まれ、上へ上へと吹き上げる力となること、その力に依りながらさらに上方へ登ってゆくように、と促している。

鉄板の上に石が置かれた立体作品であったり、白いカンバスにグレーの四角形が浮かぶ(あるいは沈む)平面であったりする、一見静的な李禹煥の作品からエネルギーの放射を感じる不思議を解く鍵が、詩の中にあるように思う。

★参考記事
【鎌倉近代美術館 その1】[2016年1月25日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/244


李禹煥「立ちどまって」.jpg
李禹煥『立ちどまって』(書肆山田、2001年)

  
長谷川仁「プランクトン」[2018年05月24日(Thu)]

DSCN7237-B長谷川仁プランクトン.jpg

◆横浜美術館から北方向に歩いたらこんなモニュメントに出会った。
長谷川仁(1972年生まれ)の「プランクトン」(2011年)。
次のような作者のメッセージが添えられていた。

《地球上の酸素の半分は植物プランクトンが作っています。
とても小さなプランクトンがすべての生き物を支えている、とても大きな存在なのです。》

◆これに先駆けて、横浜みなとみらい地区の工事用仮囲を用いた2009年の「小さなプランクトン、大きな地球、中くらいの人間」と題するプロジェクトもあったようだ。
その「プランクトン」のプランが上の写真のように成長を遂げたことになる。

作者の関連サイト:
★「小さなプランクトン、大きな地球、中くらいの人間」
http://hasejin.com/works/plankton.html

★長谷川氏のこれまでの取り組みについては下記のサイトを。
http://hasejin.com/works

◆どれも環境とそれにつながる土地の人たちとの対話から生まれたもの。
作家の個性の烙印を押すやり方でなく、そこに在るものに耳を傾け目を凝らすところから立ち上がるものを形にする仕事であるように見える。
結果として、子どもたちと制作するプロジェクトでは、土地土地で異なる素材を選ぶことから始まって、プロセスもそれぞれであり、できあがった作品も同じ人間が携わったとは思えないほどさまざまであるのが面白い。



「ホントの事を云って下さい」[2018年05月23日(Wed)]

DSCN7158ナヨクサフジ-A.jpg
ナヨクサフジ。マメ科だ。川べりに咲いている。

*******

心の底では  永瀬清子

みんな心の底では思っている
「ホントの事を云って下さい」
「ホントの胸を聴いて下さい」
けれど世の中はちがっているので
その願望は花の芯のように隠し抱いているのです

きのう心からのお慶びに行ったら
受取をくれた
受取がなければ損をする人ばかり
証明がなければ安心ならぬ人ばかり

街にはあんなにお中元が山のように
でもあれらは義理と思惑が咲いているのだ
いまありあまるすごい金額が
右手から左手へのようにたやすく移っても
心だけは十分の一も届かない
魚をくれと云えば蛇を
笛をおくれば骨
蓮が咲いたと見にいけば破れ靴が浮いている
ホントの心を送っても
途中のトンネルでみな燃えてしまうのです


『(続) 永瀬清子詩集』(思潮社、1982年)より


宮崎進《自分は何をする存在なのか》[2018年05月23日(Wed)]

DSCN7241クレマチス.JPG
クレマチス(横浜美術館からの帰路、横浜みなとみらい地区で)

◆2002年「宮崎進 展」に寄せた宮崎進(1922.2.15ー2018.5.16)のことば

物心つく頃から日本は戦争だった。中国で敗戦、シベリア抑留と極限を生きた私には、埋められない喪失感や心に広がる寂寥をどうしようもなく、ただただ夢中で絵を描いた。そこには、「自分は何をする存在なのか」問い続け、そうしないではおれない何かが私を今日まで駆り立て仕事をさせてきたように思う。
作品は私そのものである。これまで生きてきたすべてから映し出されたものとして、私自身の存在を示すものでありたい。
何もかもが大きく変わろうとしている今、作品を陳べて多くの人の目に触れる感慨は特別である。揺れ動いたこの時代を生きて求め続けたものは一体何だったのか。あらためてものを創ることの可能性と無限な未来、そのよろこびやあり方について考えられればと思うものである。
*「宮崎進 展 よろこびの歌を唄いたい」図録より(横浜美術館、2002年)

宮崎進ラーゲリの壁(1988).jpg
宮崎進「ラーゲリの壁(コムソモリスク第3分所)」
 1988年(182×229cm) *ラーゲリ…強制収容所

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