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アンソロジー『列島詩人集』[2018年04月30日(Mon)]

日本のはて  許南麒

一九三九年の秋から
今日まで
二十から三十六までの
もっとも大切な歳月をすりへらして
いまやっと
ここ 北九州の
海辺にたどりついた
北海道にも行き
四国にも行き
柏崎にも犬吠岬にも
石廊崎にも安房白浜にも行き
東京にも大阪にも名古屋にも神戸にも
行っては見たんだが
しかし それらの地は
やはり わたしの探し求める地ではなかった
いま ここ
北九州芦屋から北東へ一里の地点
遠見鼻の岩に立ち
ほうほうと寄せては返す
暗い空と鉛色の海を見ていると
やっと着くべきところに来着いたという
安堵で目がしらがうるみそうだ
随分と遠くを探し随分と方々を歩いて来たものだ
わたしの探していたもの
わたしのたどりつきたいところが
海一つへだてたここ
朝鮮が一番近いところだったという
そのことさえも
気づかずに歩きまわった

いま ここ
玄界灘を前にした海辺の岩に立ち
岩にぶっつかり
岩を洗って返す水しぶきを見ても
何だか その滴の一つ一つが
他所のものでない
わたしのふるさとのもの
わたしの朝鮮の
岸を洗って来たもののような気がしてならない
――おーい と
声を限りに叫んでいると
誰かが海の向こうで
かすかに答えてくれるような気がする
ああ ここだな
わたしが永い間探し求めた
日本のはてというのは――
日本が ここで終り
その遠くの海の向うに
わたしのふるさとが始まるという
その地点は――

 木島始・編『列島詩人集』(土曜美術社出版販売、1997年)所収

◆青年期をすりへらすようにして続けた日本の果てへの旅とは、故里を探し求める旅。
1918年生まれの作者が三十六歳になるまで=1955年頃まで、ということになる。

海の向こうにそれは確かに在り、呼べば必ず答えてくれるという確信だけが彼を支えて来たようだ。

「故里の山が/河が/朝鮮の土が」歌う「夜中の歌声」(同じく『列島詩人集』中の許南麒の詩)を求めて柏崎、犬吠岬……と列島の突端を歩きまわる姿は、故国を目指して北海道をさまよった中国の人「りゅうりぇんれん」の物語を思い出させる。

茨木のり子「りゅうりぇんれんの物語」(3)[2017年2月19日]
 出たところはまたしても海!
 釧路に近い海だった
 三人は呆れて立つ
 日本が島なのはほんとうに本当らしい
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/427


◆アンソロジー『列島詩人集』に収めた詩は、詩誌「列島」(1952〜55)からの採録ではない。それらは復刻版「列島」で読むことができるから除き、「列島」の同人・会員・編集委員や、作品を寄せた人々の、1997年までの全詩作品集から選び出したものだと、編者・木島始は記す。大変な力業である。
敗戦後の日本語による詩作品の、教科書などにはほとんど載らない大事な作品群がここに収められた。
加害を含めた戦争体験と敗戦後を生きた人々の生の軌跡を知ることができる。
そこから了解されるのは、戦後の国語教科書が取り上げた詩作品は(金子光晴や茨木のり子、石垣りんなどを除いて)大戦期からの数十年について大きな欠落がある、という事実である。

列島詩人集.jpg

「人間だって売っていい」と考える人々[2018年04月29日(Sun)]

DSCN4530.JPG
大磯の吉田茂邸の書棚に並ぶ、息子の吉田健一(1972-77)の著作集。英文学者としてシェイクスピアの「ソネット」翻訳などがある。

*******

商品論   許南麒

金を取つて
売ることのできるものは
すべて 商品である、
そして 商業は 立派な行為である、
それが靴であろうが
洋服であろうが、
はたまた 家であろうが、
田畑であろうが、
売ることさえできれば
別に文句はないのである、
すべて 神様の名において許される、
それが
商品であるかないかということが
商科大学の講義の中で
認められようが、どうしようが
そんなことはどうでもいいのである、
牛や豚が売れるからには
人間だつて売つていい筈であり、
山林田畑が売れるからには
国土全部だつて売れない筈はないのである、
だから 蒋介石氏が
台湾抵当に お金を借りようとも
だから ドクトル李が
南鮮六道格安譲渡広告を出そうとも、
そして白タビ吉田氏が
できることなら
八千万つけたままで この国
競売に出そうとするのも
みんな差し支えない筈である、
新聞によると
ありもしない品物を売つて
どろんをきめる 醜い人士もいるという、
そんなのに比べると
蒋氏、李氏、吉田氏のこの行為は
なかなか立派である。


 木島始編『列島詩人集』(土曜美術出版販売、1997年)
許南麒(ホ・ナムギ、きょ・なんき 1918-88)…朝鮮・慶南生まれ。詩誌「列島」の創刊号編集委員。

蒋介石(1887-1975)…孫文の後継者として国民党政府を率い抗日戦を遂行し、第二次大戦終結後、中華民国総統。しかし国共内戦に敗れて台湾に退いた。

ドクトル李李承晩(り・しょうばん、イ・スンマン 1875-1965)は、大韓民国の初代大統領(在任1948年-60年)。米プリンストン大で博士号(哲学)を取り、朝鮮人初の博士号取得者となった。朝鮮戦争時には停戦に反対し、半島統一にこだわった。

白タビ吉田氏吉田茂(1878-1967)。1948〜54年に首相を務めた。51年サンフランシスコ講和条約に調印。白足袋、葉巻がトレードマークだった。

「列島」「荒地」とともに戦後詩を牽引した詩誌だ(1952〜55年まで12号を出した)。1997年に大部のアンソロジー『列島詩人集』をまとめた木島始によれば、敗戦時に20歳前後の人間を匕首のように脅かしていたものは二つ――一つは徴兵、すなわち死の予想を孕んだ国家による訓練集団への加入義務。もう一つは飢え、つまり食う術をなくした果てに襲ってくる餓死の予想。
そうしてこの二つが消滅したかと見える戦後社会にも、再び新たな精神への脅かし、精神の飢えや渇えが立ち現れる中で、「列島」に集まった詩人たちの多くは、組織・集団と個人の矛盾のただなかに引き裂かれる自己をつきつめていったと書く。

◆許南麒のこの詩、権力者たちのやっていることが、結局は国を商品として売り飛ばすことに他ならないと痛烈に皮肉っている。
詐欺師が扱うのはありもしない品物だったりするが、権力者が売りさばくのは実在する国土であり現に生きている人間なのである。だから詐欺師より「なかなか 立派である。」と持ち上げておいて唐辛子入りの団子を喰らわせるのだ。

無論、詐欺師より「立派」な権力者は現下も跋扈していて、ゴールデンウィーク中も商いに忙しい。

DSCN4535吉田茂邸白タビのオブジェ.jpg
同じく大磯の吉田茂邸に置かれた「足袋」のオブジェ。



色のひとつ足らぬ虹を[2018年04月28日(Sat)]

DSCN6581.JPG
早くもハスの花が咲いていた。藤沢市白旗の遊水地で。

*******

商 人   谷川 雁

おれは大地の商人になろう
きのこを売ろう あくまでにがい茶を
色のひとつ足らぬ虹を

夕暮れにむずがゆくなる草を
わびしいたてがみを ひずめの青を
蜘蛛の巣を そいつらみんなで

狂つた麦を買おう
古びておゝきな共和国をひとつ
それがおれの不幸の全部なら

つめたい時間を荷造りしろ
ひかりは桝にいれるのだ

さて おれの帳面は森にある
岩陰にらんぼうな数字が死んでいて

なんとまあ下界いちめんの贋金は
この真昼にも錆びやすいことだ

   詩集『大地の商人』(1954年)所収

三木卓はこの詩について次のように書いている。

詩人としての自己決定をしてみせた詩といっていいだろうが、「色のひとつ足りない虹を売ろう」などという言い方には泣かせるものがある。この詩は新しい世界を自分たちのものとする気持で書かれているのに、売るものも買うものもみんな欠陥だらけのしろものなのだ。欠陥のないものでこの世界を構築し直すことなんかできない、といっているのだと思う。そうしてそう思いながら今見直せば、気になるのは〈おれの帳面は森にある 岩陰にらんぼうな数学が死んでいて〉という二行である。
(三木卓「わが青春の詩人たち」(岩波書店、2002年)p.177)

◆「色のひとつ足りない虹」ということばが読む者を一気に摑んで離さない。
ここに「泣かせるものがある」と感じる三木卓には、戦後を生きる志操と発する言葉との間に余分なものを紛れ込ませない谷川の生き方への共感と畏敬がある。

大地にあるものはことごとく「欠陥」だらけだが、それらによって「狂った麦」を買い「おゝきな共和国」を買うのだという。「麦」は大地に根を張り何万倍にも殖えてゆくもの、ということだろう。それが「狂った麦」である、というのは世間的な価値観とは無縁で、損得など全く分別の外にあるからだ。

この「商人」は純粋にものとものの交換をなりわいとする者であって、もうけを我がものにするようなことは決してしない。収奪して私腹を肥やすだけの者たちは下界に数え切れないほどいるが、かれらがせっせと貯めこんでいるのは、昼の光を浴びても少しも輝くことのない「贋金」に過ぎないのだと。

*******

★関連記事
柳美里と谷川雁 2017年11月20日】
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/687


境界を越えよ[2018年04月27日(Fri)]

DSCN6693.JPG
 緋扇というバラだそうだ(1981年、日本作出、と説明あり)。
 横浜市営地下鉄の伊勢佐木長者町駅前広場で。

*******

◆板門店で歴史的な対話がなされた日だが、名古屋地裁は、授業料無償化が適用除外された愛知朝鮮中高級学校の卒業生10名が国に対して損害賠償を求めた訴訟で請求を棄却する判決を出した。

同校の趙京煥(チョウ・ギョンファン)校長のことば――
「きょうは南北首脳会談という良い知らせがあった。首脳らは軍事境界線を越えたのに、我々は無償化のラインを越えられなかった」

【毎日新聞 4月27日】朝鮮学校 無償化棄却「生き方否定された」
https://mainichi.jp/articles/20180428/k00/00m/040/172000c

◆在日の人々が置かれた地位の歴史的事情および、日本が国際社会に示して来た人権保障の基本姿勢に照らして、民族学校も無償化の対象とすべきことは言うまでもない。
日本政府は、子どもたちの学ぶ権利に関して国際人権規約を遵守する義務を負うが、これを履行する意志を示す国内法として教育基本法第3条1項「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」を掲げている。
すなわち日本政府として「すべて国民」が教育における国籍要件ではなく、「すべての人間」の基本的人権として教育を受ける権利を保障する姿勢であることを内外に表明しているわけである。文科省が進めて来た方向(長らく「教育無償化」を保留していたことを民主党政権時に改めたことなど)がそれ以外を示すものではないことも明らかである。いっときの政治的圧力によって教育行政が歪められてはならない。

*******

眼を閉じてゆく   尹 東柱(ユン ドンジュ)

太陽を慕う子どもたちよ
星を愛する子どもたちよ
夜が深まったので
眼を閉じてお行き。

持っている種子(たね)を
撒きながらお行き。
つま先に石があたったら
つぶっていた眼をカッとあけなさい。
            (1941.5.31)

★☆★☆★☆★

新たな道     尹 東柱

川を渡って 森へ
峠を越えて 村へ

昨日も行き 今日も行く
私の道 新たな道

たんぽぽが咲き かささぎが翔び
娘が通り 風が起き

私の道はいつでも新たな道
今日も…… 明日も……

川を渡って 森へ
峠を越えて 村へ
      (1938.5.10)

尹東柱『空と風と星と詩』金時鐘・訳 岩波文庫、2012年)より

*当ブログ参考記事……
詩人・尹東柱 没後70年[2015年2月16日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/105
尹東柱〈星をうたう心で〉[2016年10月21日]
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/363



「世界の果てから/戦争の火が消えるまで」[2018年04月26日(Thu)]

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横浜スタジアム前、クスノキの若葉

*******

かながわ安保法制違憲訴訟第6回口頭弁論

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◆かながわ安保法制違憲訴訟の第6回口頭弁論が横浜地裁101号法廷で開かれた。
今回から横浜地裁は入口で手荷物検査が導入され、傍聴の長い列が出来た。
こうした光景が当たり前の風景になる社会はやはり健全ではない。

◆法廷では、弁護団から新安保法制の違憲性およびその背景、この法制が国家と社会にもたらす影響について陳述があった。特に裁判長に対して、「あなたの判断は今生きているこの世界だけでなく、次の世代にも大きく影響する」ものであることを強く訴えた。

◆原告としてイラクへの医療支援を行うNPOなどで活躍しているNさんが陳述した。
一緒に仕事をしてきたヨルダン人やシリア、イラク、パレスチナの人々が一様に言ってくれたのは「日本はよい国だ」ということ。戦後の復興だけでなく、戦争をしないことを約束しそれを実行してきたからだ。武器を持たない支援が現地での日本人の取り組みを円滑に進める下地となってきた。
しかし、安保法制によって今後日本人の安全が脅かされることに強い懸念が語られた。
特にNさんは、2015年1月の後藤健二さんの事件、2016年7月のバングラデシュでの日本人援助関係者7人が犠牲となった事件に言及した。日本人への見方が明らかに変わってきたことを象徴する悲劇であったと言わねばならない。
Nさんの「平和憲法を護ってきた日本の立場は、平和の構築にあたって決して非現実的な在り方ではなかった」という言葉はこれまでの活動に裏打ちされた確信であることが伝わってきた。


報告集会は満杯

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◆報告集会では弁護団から全国の違憲訴訟の情勢が報告された。現在7254名の原告が各地裁で闘っているところであるという。
また、現職自衛官が安保法制違憲の判断を求めた裁判、一審で門前払いであったのを控訴審では原告自衛官に訴えの利益有りと判示した件(1月31日、東京高裁)は、国が上告したため最高裁で争われることも伝えられた。
*当ブログの関連記事
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/756
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/758


◆集会の最後に、集会に欠かさず車いすで参加される男性の詩が朗読された。
ご本人のOKをいただいたので、紹介する。

日本国憲法  まえだ豊

日本国憲法
七二年ほど前うぶ声を上げた日本憲法
古いと言われるけど
ちっとも古くはないよ
民主・平和・中立・自由という
画期的なことを掲げてる日本国憲法
そして戦争は二度しない武器は持たない
とはっきり9条で示してる

キナ臭い今日の世界情勢から見ても
より一層新鮮に写るのではないのか
9条が灯台の灯になり世界の果てから
紛争の火花が消えるまで
日本国憲法の魂である9条を通して
しっかり見続けるんだ
国民から愛される日本国憲法だから


まえださんは横浜詩人会議で作品を発表して来られた詩人である。
下記のサイトから他の詩群を読むことができると教わった。

《京浜詩派》
http://keihinsiha.blog.fc2.com/blog-category-19.html


右に行くのも左に行くのも僕の自由である[2018年04月25日(Wed)]

DSCN6271-a高橋清開かれた宇宙1990.jpg
高橋清「開かれた宇宙」(1990年)町田市立国際版画美術館にて

*******
あす
かながわ安保法制違憲訴訟、第6回口頭弁論

憲法違反の安保法制を廃止し平和をもとめる

4月26日(木)横浜地裁
集合:10:00に日本大通側入口前に

★傍聴抽選は10:30
★開廷は11:00です

*横浜地裁でも所持品検査を行うことになりました。

◆報告集会があります。
横浜YWCA
(横浜市中区山下町225。横浜スタジアム南、徒歩2分)
11:45〜12:45

*詳細は「安保法制訴訟かながわの会」のサイトで(全国の動きへのリンクもあります)。
https://www.anpoikenkanagawa.com/


*******

道   黒田三郎

それは美しい伯母様の家へ行く道であった
それは木いちごの実る森へ行く道であった
それは夕暮ひそかに電話をかけに行く道であった
崩れ落ちた町のなかに
道だけが昔ながらに残っている

いそがしげに過ぎてゆく見知らぬひとびとよ
それぞれがそれぞれの中に違った心をもって
それぞれの行先に消えてゆくなかに
僕は一個の荷物のように置き去られて
僕は僕に与えられた自由を思い出す

右に行くのも左に行くのも今は僕の自由である
戦い敗れた故国に帰り
すべてのものの失われたなかに
いたずらに昔ながらに残っている道に立ち
今さら僕は思う
右に行くのも左に行くのも僕の自由である


1946~48年にかけて書いた詩を収めた詩集『時代の囚人』より
『黒田三郎著作集1 全詩集』(思潮社、1989年)に拠った。

*******

◆黒田三郎のこの詩に小室等が曲を付け歌っている。
2014.9.4の日比谷野音でのスピーチと歌がYoutubeにアップされている。

【スピーチ】⇒https://www.youtube.com/watch?v=iuYt8hTYUmI
【歌】⇒https://www.youtube.com/watch?v=GNPouHb_LLI



打倒するには「開く」こと[2018年04月24日(Tue)]

DSCN6542陶山定人「みぎわ」1984-A.jpg

陶山定人(すやまさだと)の「みぎわ」(1984年)。
藤沢市役所の旧「新庁舎」前に立つ。かつての本庁舎の後に出来たので「新庁舎」と呼ばれてきたが、本庁舎は最近全面的に建て替えられたので、旧「新庁舎」(閉鎖中)という言い方にならざるを得ない。

陶山定人(1926-2009)は広島県福山市生まれで相模原を拠点に活躍した彫刻家。
県内各所に作品があるようだ。

*******

窓を開いて    黒田三郎

先に帰ってユリの面倒みてね
きょうは
わたしが
デモにゆくわ

とも稼ぎの妻が言う
買い物と
つくろいものと
家族のエゴイズムのなかで
暮らして来た
妻が

亭主関白を押しのけて
出て行った彼女のことを
八時半になれば
寝床に入るユリに
どう話してやればよい

隊列と
歌声と
シュプレッヒコール
「キシオタオセ」の嵐のなかに
いま彼女はいる

窓を開いて
家族の内側に鎖ざされた窓を
ひろく外に開いて
父と娘とふたり
真暗な夜空に向う


『もっと高く』(思潮社、1964年)に収録。

◆60年安保で岸政権退陣を求める市民のうねりが詩に刻まれている。

子守を言いつかった父親と、暮らしの澱を濯ぐようにデモに向かった妻と。

父と幼い娘は窓の外へと目を凝らす。
そこにわずかでも曙光を見出すにはその窓を外へと開かねばならない。
その行為をなぞるように、心もまた開かれていく。

◆詩集『もっと高く』には、「赤い鳥」が歌った「紙風船」の詩も入っている。

*ここでは『黒田三郎著作集1 全詩集』(思潮社、1989年)に拠った。



わんさといる小利口[2018年04月24日(Tue)]

DSCF0003-A.jpg
ケヤキの若葉


馬 鹿    黒田三郎

オリンピック馬鹿なんてのがいる
外国選手がゲリラに殺傷されようが
どうしようが
無反応
自分の出場がどうなるかしか
念頭にない
いろんな馬鹿がいるが
このごろでは詩人馬鹿なんてのもわんさいる

ほんとは
僕は
自分が馬鹿だから
馬鹿が好きなのだ
馬や鹿のように無口で
ときにはいなないたり
ときにはとびはねたり
馬鹿というのはそんなのがいい
弁舌さわやかで抜け目のない人間の反対

ところが
いろんな馬鹿がいるというのに
僕の好きな馬鹿はいない
どれもこれも小馬鹿
どれもこれも小利口
適度に馬鹿で
適度に利口な奴ばかり
ぐんと桁違いに
馬鹿な奴がいないものか

  *『黒田三郎著作集T 全詩集』(思潮社、1989年)によった。

◆黒田三郎(1919-1980)晩年の詩集『死後の世界』(昭森社、1979年)に入っている詩。
オリンピック選手がゲリラに殺傷された事件とは、1972年9月、ミュンヘンオリンピック選手村が占拠され、11名のアスリートが犠牲となった事件のことだ。

◆平昌冬季五輪スケートで活躍した羽生結弦高木菜那・美帆姉妹が各々の地元でパレードに臨んだ(22日)。
彼らについては多くの報道がなされ、それぞれの人となりに感銘を受けることが一再ならずあった。
現代の選手たちは、磨き抜いた競技力だけでなく、インタビューや競技以外の振る舞いにおいてもその人らしいことばやメッセージを発する力に秀でているようだ。決してスタッフの指南によるものではあるまい。
世界の各地で多くのライバルや異なる文化にもまれる中で獲得して来たものだろうと想像する。

この詩が揶揄する「オリンピック馬鹿」は現代の多くのアスリートたちには当てはまるまい。
むしろそれは、1964年TOKYOの夢よもう一度、と旗さえ振れば人が後に付いてくると信じる今日びのビジョン無き政治屋たちにこそふさわしい。
彼らは選手の人気にあやかろうとして小利口に立ち回る。

◆ミュンヘンオリンピック事件の原因であったイスラエルとパレスチナの問題は今に続いている。

アベ首相は2015年1月、イスラエルにおいて「ISILと闘う周辺各国に総額で2億ドルの支援」と無思慮な約束を公表したが、これが後藤健二氏生還の願いを断ち切ってしまったことは記憶に新しい。気前のいい所を見せようとして場所・状況を考慮しなかった。
無分別の極みであった。

今回の擦り寄り訪米でも、「自分の見端(みば)がどうなるかしか念頭にない」首相の姿だけであった。国会開会中の、内政大混乱のただ中で、証人喚問に応じるべき人々を伴って、しかもゴルフ。手に入れたのは拉致問題を取り上げる口約束だけという不首尾。

貿易面で2タテも3タテも喰らって、「ぐんと桁違いに」失敗した外交と言うべきだろう。
今回も武器購入を押しつけられるのではという観測もあったが、果たしてどうだったのか。

藤の花も今年は早い[2018年04月22日(Sun)]

DSCN6555.JPG
◆藤沢の白旗神社の藤の花が見ごろを迎えていた。
「弁慶藤」という名だそうで、花房が豊かに長い。

藤棚の前に文化二年(1805年)と刻んだ芭蕉の句碑がある。

DSCN6550.JPG

草臥(くたぶれ)て宿かる比(ころ)や藤の花

『笈の小文(おいのこぶみ)』の旅、貞享五(1688)年、現在の天理市辺を旅した折の句である。

◆白旗神社は義経を祀るところから「弁慶」の名を冠した藤を取り合わせたということなのだろうと思いながら社務所前を通ったら、「義経藤」というのも咲いていた。
こちらは短い花房で、しかも色白である。
義経に白髪の取り合わせは、白髪の翁から白馬を授かって三厩から蝦夷地に渡ったという義経伝説にちなむのだろうか。

平家物語で白髪といえば老将・斎藤実盛が鬢髭を黒く染めて奮戦した話なども思い合わされる。
何にせよ連日の夏日だ。

DSCN6562.JPG

いつかは同じ空気が 入れかわる[2018年04月21日(Sat)]

北朝鮮がICBM発射停止と核実験施設廃止を発表した日に

DSCN6548.JPG

◆藤沢市の新庁舎に行った帰り、もとの庁舎の前を通った。
玄関前のモニュメント、広島平和公園から分けてもらった「平和の灯」は灯り続けている。
このままここに存続するのか、新庁舎の方に移設するのか。
碑文を転載して置く。

藤沢市核兵器廃絶平和都市宣言に込められた核兵器廃絶と恒久平和の実現に向けた強い願いを市民の皆様とともに未来に継承していくため、藤沢市民の平和のシンボルとして広島平和記念公園の「平和の灯」から採火し平和の誓いの火として灯し続けます。
    2011年(平成23年)10月1日
                  藤沢市


*******

空 気  まど・みちお

ぼくの 胸の中に
いま 入ってきたのは
いままで ママの胸の中にいた空気
そしてぼくが 今吐いた空気は
もう パパの胸の中に 入っていく

同じ家に 住んでおれば
いや 同じ国に住んでおれば
いやいや 同じ地球に住んでおれば
いつかは
同じ空気が 入れかわるのだ
ありとあらゆる 生き物の胸の中を

きのう 庭のアリの胸の中にいた空気が
いま 妹の胸の中に 入っていく
空気はびっくりぎょうてんしているか?
なんの 同じ空気が ついこの間は
南氷洋の
クジラの胸の中にいたのだ

5月
ぼくの心が いま
すきとおりそうに 清々しいのは
見わたす青葉たちの 吐く空気が
ぼくらに入り
ぼくらを内側から
緑にそめあげてくれているのだ

一つの体を めぐる
血の せせらぎのように
胸から 胸へ
一つの地球をめぐる 空気のせせらぎ!
それは うたっているのか
忘れないで 忘れないで…と
すべての生き物が兄弟であることを…と

*水内喜久雄・編著『子どもたちに伝えたい戦争と平和の詩』(たんぽぽ出版、2010年)より



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