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「”問題行動”と見なすことが問題」[2018年02月17日(Sat)]

DSCN5442-A.jpg
星野健司「ライダー・トリックスターH」(1996年)
横浜市栄区のいたち川沿いの遊歩道で。

*******

相手への想像力

◆午前中、認知症サポート講座を受講。
先日、地元の医師による講義も勉強になったが、ケアに携わる方たちの話と合わせて理解が深まっただけでなく、人間のふるまいとその背景にあるものへの想像力がいかに欠けていたか教わった。

予防可能なのは脳血管性の認知症(認知症のうち15%)ぐらいで、アルツハイマーやレビ小体型認知症は(合わせて65%ほど)予防できないという。この2タイプだけで3分の2を占める。

◆長寿社会を迎えて未知の領域に我々が向かっていること、その一方で10〜30代の若い世代の死因のトップが自殺であること、といった大局的な視点から、「認知症は脳の糖尿病だ」という医師のことばで糖質中心でなくタンパク質をしっかり摂って骨折や肺炎につながるフレイル( Frailty)=虚弱に陥ることを防ぐ、などの実際的な話もあった。

◆徘徊や妄想=認知症の主な症状、と考えている人が多いが、それは誤解で、記憶障害(食べたことを忘れている)や見当識障害(時間や季節、場所が分からない)、理解・判断力の障害などが実は中核的症状で治りにくいものの、幻覚・妄想や徘徊、暴力的になる、などはそれに至る環境や心理状態によって引き起こされるので、それに留意して対応することで緩和され治る可能性がある症状だ、という話には全く認識が改まった。
妄想や怒りの対象は、実は最も依存している相手だという話もあった。
そのことに気づくためには、相手の内面への想像力を働かせることが欠かせない。
困らせる行動の向こうにあるものへの理解、ということだろう。

講師のKさん曰わく「”問題行動”と見なすことが問題」。
至言である。

◆10日ほど前の朝日新聞朝刊の「折々のことば」を思い出した。

今日も、明日も、明後日も、順調に問題だらけ
    (向谷地〈むかいやち〉悦子)
https://www.asahi.com/articles/DA3S13348197.html




本日です《誰が「日の丸・君が代」を必要としているのか?》 [2018年02月17日(Sat)]

DSCN1624-A.jpg
かながわ「あーすぷらざ」前の造形(2017年5月に撮影)。

◆作者・タイトルとも分からないまま形の面白さに惹かれて撮った一枚。
夕方の集会前に時間があったら確認してこよう。
本郷台から歩いて5分かからない近さの「あーすぷらざ」(地球市民かながわプラザ)。
多文化共生の活動をしている市民や日本在住の海外の人たちの交流の場として知られている。

【集会お知らせ再掲】
《2018年学習交流集会》

誰が「日の丸・君が代」を
必要としているのか?

◆講演「道徳の教科化と教育勅語〜報道の現場から」
 講師:成田洋樹さん(神奈川新聞記者)

◆「日の丸・君が代」問題での県教育委員会への要請についてご報告等を予定しています。

と き:2018年2月17日(土) 14:40〜17:20
ところ:地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)大会議室
   ※根岸線本郷台駅下車徒歩5分

******

『地理V課』(ジオグラフィー・スリー)より第十課
     エリザベス・ビショップ

地図とは何ですか?
地球の表面の全体または一部を表す図。
地図にはどんな方角がありますか?
向かって上が北、下が南、右が東、左が西。
中央から見て島はどの方角にありますか?
北に。
火山はどの方角ですか? 岬は? 湾は? 湖は?
海峡は? 山々は? 地峡は?
東には何がありますか? 西には? 南には? 北には? 北西には? 南西には? 北東には? 南東には?

「エリザベス・ビショップ詩集」小口未散 編・訳
  (土曜美術出版販売、2001年)
2018年 教育の自由を求める学習交流集会[2018年02月15日(Thu)]

DSCN5398.JPG
アオジ。境川に臨む明治学院大グランドわきで。

◆ここには野球場やテニスコートのほかに、サッカーやラグビー、ラクロスの練習に使われているグランドもあって、いま夜間照明を付ける工事が進んでいる。
宿泊施設も備えたグランドだが、照明設置は2019年のラグビー・ワールドカップ(横浜日産スタジアム=横浜国際総合競技場で決勝戦を含む7試合が行われる)に関連して練習場として使う予定でも組まれているのだろうか。

*******

《2018年学習交流集会のお知らせ》

誰が「日の丸・君が代」を
必要としているのか?

 〜人権、道徳、改憲、報道を考える〜


◆神奈川新聞記者・成田洋樹さんの講演
「道徳の教科化と教育勅語〜報道の現場から」があります。

◆鋭い切り口で同紙の代名詞となった論説「時代の正体」の執筆陣の一人です。

◆「日の丸・君が代」問題での県教育委員会への要請についてご報告等を予定しています。
お誘い合わせの上ご参加下さい。

と き:2018年2月17日(土) 14:40〜17:20
ところ:地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)大会議室
   ※根岸線本郷台駅下車徒歩5分
 *資料代:500円です
主催:学校に思想・良心の自由を実現する会
※行き方は会のホームページ
「会場案内図」のページをご参照下さい。

自衛隊ヘリ事故続報[2018年02月14日(Wed)]

アパッチヘリの重大事故・続報

◆2月5日に佐賀県神埼市で海上自衛隊の攻撃型ヘリコプターAH64Dが住宅に墜落し、2名の隊員の命が失われた事故。直前の整備で交換されたばかりの部品(メイン・ローター・ヘッド)は中古品であることが判明した。

★【朝日新聞Web版 2月14日15時過ぎ】
墜落ヘリ部品、直前に中古と交換 防衛省「新品」と説明
https://www.asahi.com/articles/ASL2G32GZL2GUTIL002.html


◆記事によれば、防衛省はこれまで、「新品と交換した」と説明していたそうだ。
メイン・ローター・ヘッドは米ボーイング社製で、日本でライセンス生産をしている富士重工(現スバル)が購入したものだとのこと。
別の同型機で使用して、飛行時間は基準の1750時間以下だったのでそれを他の機に再使用しても整備基準に照らして問題ない、というが、墜落機はこのヘッド自体が破損していたとのことだから、墜落の主因である可能性が高いのではないか。

日経報道では陸自は14日、新品だったとの説明について「(幕僚長の会見後の)調査で別の同型機で使用された整備済みの部品だったことがわかった」と訂正した。
★【日本経済新聞 2月14日19時過ぎ】
墜落ヘリの交換部品は中古品 陸自が説明
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO2689432014022018CC1000/

◆時事通信の記事ではこの部品の修理歴や、墜落機に使用されるまでのいきさつがさらに詳しく報じられている。

問題のヘッドは、陸自配備の同型機で使用されていたが、ヘッドと機体とを接続する部分が摩耗し、振動する不具合が発生。2010年4月に取り外した。製造企業に送って修理を行い、17年8月から事故機が所属する駐屯地で保管していた。

★【時事通信 2月14日22時過ぎ】
墜落ヘリ、交換部品は中古=陸自が説明訂正、修理歴も 陸上自衛隊
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018021401046&g=soc


◆不具合があったヘッドを製造元のボーイング社で修理してもらってから7年以上も経過していることになる。
重要な部品であろうから、修理歴も含め厳重に管理されていただろうと考えたいが、その管理がそもそもどんな内実をもち、基準が妥当かどうか、素人には判断材料が何もないのだから、一から説明する責任は防衛省にあるはずだが、「新品と交換した」というこれまでの説明がウソだったことの責任も問われる事態となったのだから事は重大だ。

◆2月5日の当ブログの記事で、AH64Dヘリ導入に当たっては後継新型機の開発がなされたために当初の導入計画を大幅に(62機予定が13機に)削減する結果になった、いわくつきのヘリだと書いた(後継機開発の情報は日本政府も知っていたのに、一旦決めた購入計画のすみやかな見直しができなかった、という指摘もある)。
 *2月5日記事〔陸自アパッチヘリ墜落・炎上〕
  ⇒http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/761

その結果、日本でライセンス生産を引き受けた富士重工は初期投資分を回収することが全くできなくなった、ということも問題になったはずだ。
そんなわけで、自前のメンテナンス体制が整わないまま問題のヘッドをボーイング社で修理してもらうしかないという事情があったのではないか。
さらには、高い買い物を米側から強いられて、重要な部品の使い回しを余儀なくされていたということがあったのではないか。
そもそも修理が万全になされたか、それを確認・点検する技術力やチェック体制が国内に整っていたかどうか、疑うべきことはいくらでもある。
政府・防衛省としてそれらをきちんと検証し公表することが、犠牲となった隊員および家族への責務のはず。わざわざ韓国に出かけて米韓軍事演習を要請するような内政干渉をやって恥をかくヒマなどないはずだ(アベ首相が2月9日の首脳会談で)。

◆今日の各紙には舞鶴航空基地の哨戒ヘリが飛行中に部品を落下させていた恐れがあるという記事も載った。
ユルんでいるのは果たして部品だけか。

毎日新聞 2月14日 01時16分】
海自舞鶴総監部 ヘリのボルトなど紛失 飛行中に落下か
https://mainichi.jp/articles/20180214/k00/00m/040/233000c


順繰りに[2018年02月13日(Tue)]

成長  石井めぐみ

1年生のときは
見上げていたのに
今はおばあちゃんが
私を見上げている
やってもらったことを
やってあげる番が来たのだ

◆発表当時、作者は茨城県笠間市の中学1年生。
小1から中学までわずか6年の間の意識の変容を驚きをもって表現している。
背丈は逆転しても、祖母と自分の間に扇の要のような変わらぬ基点があって、そこを中心に扇が開いて絵が現れ出たような鮮やかさがある。
成長とは人間関係の成熟であることを教えてくれる。
長田弘・編『202人の子どもたち』(中央公論新社、2010年)より。
(2007年5月14日読売新聞掲載の詩)

長田弘選202人の子どもたち.jpg
装画・挿絵はあべ弘士


深夜のジャンプ、高梨選手のメダルの重さ[2018年02月12日(Mon)]

高梨沙羅選手、堂々の銅メダル

◆韓国と日本との時差はないと聞いた。
平昌のジャンプ台も日本同様2月13日に替わろうとする真夜中、女子ジャンプ(ノーマルヒル)は雪の中、最後の最後に圧巻のドラマがあった。

◆高梨選手の滑り出しから驚いた。
これ以上ない集中した視線で前方を見据えたまま滑り降りて行く。
他の選手を気迫で凌駕したジャンプだった。

だが、その直後、後続の2選手がさらに1メートル、5メートルと飛距離を伸ばして行って驚きの鎮まるヒマがなかったのである。

◆今回のジャンプ競技では、黄緑のレーザー光が雪上に光るしかけとなっていた。先行選手に勝つ目安として選手にも見える光だそうで、前に飛んだライバルを超える飛翔をと、選手の闘志がかき立てられずにはいなかっただろう。
高梨選手のジャンプが続く選手たちの力を引き出したということになる。
誇って良い念願のメダルである。

◆TVで観てさえ「場」の持つ力を続けざまに見せつけられた試合、現場で目の当たりにした人たちの興奮やいかに、と思うが、さて、深夜の凍てつくジャンプ場にどれだけの観客がいたか気になる。
夜間に競技となったのは欧米でのTV視聴の都合を優先したためと聞く。
レーザー光で闘争心をかき立て、テクノロジーが画面を彩る。
お日様の光に逆らうような選手の体調管理の苦労は想像するしかないが、今後ジャンプは夜の競技となるのだろうか?
いくら昼同然に照らし出すとはいえ、人工的な環境で身体能力を最大限に発揮しなければならないのは過酷だ……もっと明かりを!と切に願う老眼の持ち主としては、選手たちに同情を禁じ得ない。

抜けるような青空に白銀がまぶしいオリンピックの記憶があるだけに、今後のことが気になる。


 雪がふっている   林 千里

わたしは雪を見た
わたしはこう思った
雪がわたしを空につれて行く
ように
ふっている

  長田弘・選『202人の子どもたち』中央公論新社、2010年
 *2004〜09年に読売新聞に載ったこどもの詩から。
  この詩は2005年1月28日掲載。
  林千里(ちさと)さんは当時、山口県萩市の小学校2年生。
ということは高梨選手はたぶん同学年。
ジャンプを始めた2004年ころ、この詩と同じように、降る雪が空に連れていってくれる感覚を味わっていたのでは、と想像してみる。

情報操作、ダサ! ウソー! 幇助?[2018年02月11日(Sun)]

◆TVはどのチャンネルを回しても平昌オリンピックだらけだ。
種目も多かろうから番組表の相当部分が関連番組で埋まるのは覚悟していたが、ここまでとは思わなかった。
番組表をTVのデジタルデータで見ることが普通になり、チャンネルごとに1週間分眺められる機能のおかげで、いかにオリンピック漬けになっているか一目瞭然だ。
とりわけNHKの総合とBS1。
ヒドイもんだ。

まともなニュースやドキュメンタリーの時間があらかた消え失せた。

その間にも事件や国同士の緊張が起きているのにちっとも伝えてくれない。
伊計島にオスプレイの一部が落ちた事件(9日)や名護市長選後、秋の沖縄県知事選を控えた県民の苦悩。シリア軍によりイスラエル空軍機が撃墜された事件(10日)などなど、知りたいことは山ほどある。

◆2月9日には森友学園問題で財務省から新たな文書記録が出て来た。
20点、300ページにも及ぶ分量だという。
昨年(2017年)の3月から半年余りもかけて会計検査院が行った調査にも出さずに、検査院が報告書を公表した後に出してきたものである。
検査院幹部は「遺憾だと言わざるを得ない」とコメントしたというが(2月10日、朝日新聞朝刊1面)、「怒り心頭」というのが本音ではないか。
詳細な調査検証をメディアは進めるべきだろう。
「破棄し存在しない」とした佐川宣寿・前理財局長(現・国税庁長官)の国会答弁がウソであることがまたまた明らかになったわけであり、確定申告のこの時期、納税者の怒りは沸点Kに達するだろう。

◆ところで、この森友交渉に関する新文書、財務省が国会に提出したのは9日である。
平昌オリンピックの開会式にぶつけたわけだ。

9日の朝日新聞夕刊では1面の下に「森友孝昭 財務省が新文書」として載せたものの、わずか3段。1面のトップは「NY株下落」の記事。左上に開会式前に始まったフィギュア団体戦の記事とSP首位の宇野昌磨選手の写真に食われた形だ。

翌10日の朝刊ではさすがに1面トップに「森友交渉 新文書20件 財務省公表 検査時は未提出」。左に並んだ五輪開会式の写真がなければ、見出しも分量ももっと大きく載せられただろう。

2つの記事は、見出しは同じくらいの大きさだが、書体を変え、「平昌五輪 開幕」の見出しは横組みにするなど、森友問題を軽視していないことを印象づけるいじましい努力だ。
関連記事も2面と4面に掲載。
頑張ってはみたものの、二兎を追って、政府・官邸の情報操作にしてやられたことは否めない。

見え透いた情報操作を恥ずかしげもなくやってのける。

麻生財務大臣「本件の文書は森友学園との交渉に関して法的な論点について、近畿財務局内で検討を行った法律相談の文書でありまして、いわゆる森友学園との交渉記録ではありません」と言い抜けようとし、「財務省に不利な情報が入っているわけでもない」と開き直りの答弁(9日の衆院予算委員会)。
素直に聞けば、出したのは差し支えないと判断したものばかりで、「不利な情報」で都合が悪いは出すはずがない、が開き直っているように聞こえる。
菅義偉官房長官も「詳細は財務省にお尋ねください」と責任放棄(9日夕の記者会見)。そんなスポークスマンを養ってやる余裕も義務も納税者にあるはずがない。

詰んだ将棋を「イヤ、まだ参っていない」と答弁ペーパーで言いくるめていまだ退陣に至らぬふざけた話である。

◆今日の見出し「情報操作、ダサ! ウソー! 幇助?」、回文にしてみた(右から読んでも左から読んでも同じ)。
「幇助」しているのは官僚や翼賛メディアだ。
その一翼を五輪報道で担わされて早くも疲れたか、11日午後のNHK現地レポート、ペアのアナウンサーはうつむき加減で生彩を欠いていた。

*******

DSCN5427.JPG
枯れた姿のまま存在感のあるカラスウリ。
腹も面の皮も腐りきった人間どもの姿とは大違いだ。



石牟礼道子の出魂[2018年02月10日(Sat)]

DSCN5434.JPG
今朝出会った不思議な形の雲。
円墳か猫の足先のような円の縁がほのかな虹色を帯びて見えた。

*******

石牟礼道子さんが亡くなった。享年90。
『苦海浄土』三部作(第一部「苦海浄土」1969年、第三部「天の魚」1974年、そして第二部の「神々の村」2004年)を完成させての旅立ちである。

池澤夏樹の個人編集による世界文学全集(河出書房新社)には日本の作家の作品としてただ一つこの『苦海浄土』が収められた。それに添えた石牟礼のあとがきを引く――


生死(しょうじ)の奥から――世界文学全集版あとがきにかえて
      石牟礼 道子

わたしの地方では、魂が遊びに出て一向に戻らぬ者のことを「高漂浪(たかざれき)の癖のひっついた」とか「遠漂浪(とおざれき)のひっついた」という。
たとえば、学齢にも達しないほどの幼童が、村の一本道で杖をついた年寄りに逢う。手招きされ、肩に手を置かれて眸をさしのぞかれる。年寄りはうなずいて呟く。
「おお、魂の深か子およのう」
言われた子は、骨張った掌の暖かみとその声音を忘れないだろう。そのような年寄りたちが村々にいた。
幼い頃、わたしも野中道で村の老婆にこう言われた。
「う―ん、この子は……魂のおろついとる。高漂浪するかもしれんねえ」
母はいたく心配した。自分の魂の方がおろおろする人だったからである。ご託宣は的中した。
本作品を手放したあと、わたしはもとの地上に戻りつけなかった気がする。パーキンソンというへんてこな病気と道連れになってしまったからである。足許がふわふわして、五年ばかり着地感がなかった。今日倒れるか明日倒れるかと思う毎日だったが、雲のすき間から足を踏み外したようなぐあいに転倒したのは、去年の七月末だった。
一五〇センチに足りない身長なのに、着地するまでに千仞の谷に落ちていくような時間の重力を感じていた。見ていた人によればバウンドして倒れたそうな。当のわたしは落ちてゆきながら、もう一人のわたしが、鳥だか蝶だかのようなものになって、踵のあたりからひらひら離れていくのを視ていた。
大腿骨頸部が折れた勢いで腰椎の骨を突きさしていたそうだ。相当の激痛だったろうに着地した直後のことは、腕立て伏せができれば起きられるのにと思いながらすぐに諦め、あとは覚えがない。手術のことも、お見舞いに来て下さった方々のこともまるで記憶にない、という不思議を体験した。
人心地つくまでに、えもいわれぬ玄妙な音色を出している千古の森に連れて行かれていた。そこは海辺で、森全体を演奏しているのは海面から来る風であるらしい。指揮しているのは、落ちてゆくわたしから飛び去った鳥だか蝶だかが抱いている、元祖細胞に思えた。
森と風と波の調べは単純な弦楽器のようでもあり、全山の葉っぱたちが一斉にふるえるときは、生類の祖(おや)たちが、名もない神々から産まれる場面のようにも聞こえた。
まるまる三ヶ月ぐらいの記憶喪失と引きかえに、音楽の始源の中で癒されていたのかもしれない。


◆おのが魂のそんなありようは、第二部「神々の村」では次のように誌されている――

自分をこの地に縛りつけ、出郷してはならないと思いきめたときから、私は遊魂状態となっている。そして飛ぶ夢をよくみる。夢の中で飛ぼうと思えば、いつでも、躰のまわりに水の流れ出すような飛翔感が得られるのだったが、若い頃のように、天山山脈の上を飛んでゆくような夢ではなくなって、飛ぼうと思い立つところは、つねに今いる自分の村の、わずかな谷間だったり、樹の上だったりして、地をけって躰が流れ出すとき、地上からの空隙は二十センチぐらいから、丘の上に沿って、三十メートルくらいの高さだった。
(略)
そういうわけで、まわりに流れる時間はつねに、三重ぐらいになって交わり、天と地と中空の世界とがわたしを包んでいるのである。

  (「第二部 神々の村」――第四章 花ぐるま)

◆遊魂は作者だけに起きるのではない。不知火海の海と山の間にたたなずく森羅万象に起きているのであった。第三部「天の魚」の終わり――

ひさしくのぼれなかった家郷の山の上に、ひとりの女性に伴われてわたくしは登っていた。
一面に黄金色の霧がかかりはじめていた。
海岸線にそっている低いなだらかな山々から、光の霧のような秋の草の穂が、しずかに立ちのぼっていた。深い秋が、不知火海の海と空のあいだに燃えながら昏れようとしていた。山々やまるい丘の稜線は、常よりもたおやかに煙り、きらきらと光りながら漂う霧の下に、全山をおおって紅紫色の葛の花が綴れ咲いていた。
花の群落の間に芒(すすき)の穂が波をつくり、その芒のせいで、山々は幾重ものうすものを重ねたように透けてみえる。
動かぬ風が、それでもほんのわずかずつ、海の方へ海の方へと流れているらしかった。海の上の中空へむかっていま山々は、出魂(しゅっこん)しつつあった。
海から立ちのぼる霧とそれは合体し、空は、茫々と広がる霧を高く高くひきあげていた。
落日がそのような深い霧の彼方にともり出す。波の道とも霧の道ともしれぬ、流水形の白い虹が、海のおもてのあたりから、落日にむかって流れていた。魚たちも死者たちも、かの虹の道をのぼってゆくのであろうか。いな、まだこときれぬ死者たちが累々と、地上に匍匐(ほふく)し天を仰いでいた。

 「天の魚」第七章〈供御者たち〉

◆荘厳ともいうべき情景である。だが『苦海浄土』はこれで終わりにしない。
ベッドの、胸の手術の切口がふさがらぬ小道徳市老人の今わの姿を描いた上で次のようにしめくくるのである――

ささくれて割れた帆台のような胸を天に向けたまま、老人の海は濁った血の色に染まる。海は、光ながら漂う霧の下で、そのようなこときれぬものたちの匂いを放つ。
流木のかけらのような掌の輪郭が一瞬浮上し、波打つベッドの上に、金色の夕日が流れた。

大人のための絵本「ロスチャイルドのバイオリン」[2018年02月09日(Fri)]

チェーホフの短編とイリーナ・ザトゥロフスカヤの墨絵による『ロスチャイルドのバイオリン』という絵本がある。
貧しい棺桶屋でバイオリンを弾くヤーコフが、妻を失い人生の意味を考え始める物語。

◆病気持ちの警察署長が、この町でなく治療のために出かけた県庁所在地で亡くなってしまったために、手に入るはずだった棺桶代の十ルーブルを手に入れ損なったヤーコフ。
彼の手帖にはそんな「手に入るはずだったものたち」が書き連ねられて来た。
損失ばかりが書き留められた、いわばルサンチマン手帖。

不運にも妻のマルファがはやり病に罹ってしまう。
医者に満足な手当をしてもらえず二人は帰宅。
ヤーコフは妻のための棺桶を作らねばと、妻の寸法を測り始めた。
仕事を終えて例の手帖に書き込む――《マルファ・イワーノヴナのための棺桶 二ルーブル四十カペイカ》と。これもまた損失として書き留められることが哀しすぎる。

◆臨終の床で妻マルファは幼くして逝ってしまった我が娘のことを口にする。しかしヤーコフはそれすら思い出せないありさまだ。

◆妻を埋葬して帰る道、ヤーコフを救いがたい憂愁が襲う。
あてどなくうろうろして町外れの川に出ると、そこに大きな柳の木が枝を広げていた。
ようやく、金色の巻き毛のわが子の姿、妻とこの木を眺めながら歌をうたった若い日々を思い出す。
大きな川の流れを見ながら、ヤーコフは初めて別な人生がありえたことに気づく。
魚を獲って売上を銀行に預けたり、バイオリンを弾いてお屋敷を回って稼いだり、ガチョウを飼って肉や羽を売って儲けることだってできたかもしれないのだ――

しかし、こうしたこと一切は夢の中でさえ、何もなされなかった。人生はむなしく、何の満足も得られないまま過ぎてしまった。
一つまみのかぎタバコほどの値打ちもなく無駄に終わってしまった。この先は何もなく、振り返ってみても、ぞっとするほど恐ろしい損失の外には何もないのだ。
どうして人間は損したり、何か大事なものをなくしたりせずに、生きていけないのだろうか?


◆いやはや、まったくである。
身につまされるどころではない。
ヤーコフとともに私たちはブツブツ自らに問うことになる――

なぜ人々は、必要とされないことをいつもわざわざ行うのだろうか?
なぜヤーコフは一生、悪態をつき、がみがみ怒鳴り、拳骨を振り上げて飛びかかり、妻を蔑んだのだろうか?
何の必要があって、つい今しがたもユダヤ人を脅し、いやというほど辱めたのだろうか?
人々は、なぜ、
互いに生きる邪魔ばかりし合うのだろうか?
そのためにどれだけ損をすることだろうか!
それはどんなに虚しく恐ろしい人生の損失であることか!
もし憎しみや悪意がなかったなら、
互いにむつみ合えるし、大きな利益を得るだろうに。




チェホフロスチャイルドのVn.jpg
 アントン・P・チェーホフ「ロスチャイルドのバイオリン」
 イリーナ・ザトゥロフスカヤ 絵、児島宏子 訳(未知谷、2005年)
本文も絵もクラフト紙に刷られていてぜいたくな造り。

チェホフロスチャイルドのVn2.jpg
「あとがき」に続く絵。
ヤーコフのバイオリンに耳を傾け、滂沱のなみだを流すロスチャイルド(右)。

絵本を読み返すたびに違う音色を味わうことができる。



狂信的核抑止論者たち[2018年02月08日(Thu)]
1802081204白梅@戸塚大坂台0000.jpg
白梅(横浜市戸塚区大坂台付近)

*******

「合唱」より  石川逸子

〈あのげんばくが
いまは無邪気くらいの
小ささですって
テニヤンから飛行機に積まなくても
ボタン一つ押して
どこへでも飛んでいけるんですって〉


 石川逸子「合唱」の第3連。(詩集『ヒロシマ連禱』所収)
 (*本文は小海永二編『現代の名詩』に拠った。大和書房、1985年)

◆核戦略見直し(NPR)を発表した米トランプ政権(2月2日)。
小型核兵器の開発、非核攻撃への反撃にも核を使用する可能性を明記した。
それを全面的に支持する日本政府。
どちらもまともじゃない。

【ハフィントン・ポスト 2月3日】
トランプ政権、核戦略の見直しを発表 非核攻撃への反撃に核使用も

http://www.huffingtonpost.jp/2018/02/02/nuclear-weapon_a_23351745/


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