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映ろう=移ろう・光[2017年12月21日(Thu)]

DSCN4939伊藤體ケ「光の舞」1980年.jpg
伊藤體ケ「光の舞」1980年
小田急・町田駅からJRの町田駅に向かうペデストリアンデッキ(高架広場とでもいうのか、車道の上に架かった広場状の通路)にある。

◆動く彫刻で知られる伊藤體ケ(1939〜)の作品は箱根彫刻の森でもおなじみだ。
ステンレスの曲線が回転する。朝夕では回転の向きが逆になるそうだ。
小一時間この前にたたずんで反射する光が上下し、また移ろうのを楽しむのがいいのだろう。
横目に見つつ急ぎ足で通り過ぎてしまうのはもったいない。
老若男女いずれでも待ち合わせ時間の手持ちぶさたをスマホでつぶしたりしないで、放心したように愛でるのがふさわしい。
自分ができなかった味わい方を人に説く資格はないけれど。

*******

空  星野博

じっくりと空を眺めたのはいつだろう?
ゆっくりと雲を目で追ったのはいつだろう?
くっきりとかかる虹に喜んだのはいつだろう?
はっきりと流れ星を見つけ願いを送ったのはいつだろう?

星野博詩集「ロードショー」(コールサック社、2017年)より

「空」という、(5+7+7+5)行から成る詩の最初の連のみを引いた。


生きること=「垂直であろうとすること」[2017年12月19日(Tue)]

DSCN4925.JPG
俣野橋から

*******

垂直であろうとする  田中清光

 アルベルト・ジャコメッティに

垂直であろうとするものの
影が
地のうえに伸びる
樹木の影
人の影
陽をあびて
涸れる草
門はいまも
歩きだそうとしている

えのころぐさが
古代の実をつけて
現在の風に吹かれている
土に横たわるものは
永遠の脈を
聴いている
塔も
耳を欹(そばだ)てているようにみえるが

石の方が耳はよい
バルトークよりも
立つ樹木
立つ人
最後の死のために
仆れまいとするものたち
仆れれば灰
大地の元素に呑みこまれる
垂直であろうとするものたち
盲いても
聾となっても

   「田中清光詩集」(思潮社、現代詩文庫、1998年)

◆ジャコメッティ(1901-66)の針金のように上に伸びる彫刻群に触発された詩。もと、1985年の詩集「花の錬金術」の一篇だ。
「垂直であろうとするもの」とはジャコメッティによって命を吹き込まれたあの彫刻たちを指すが、あの細い姿は、大小さまざまな大きさの作品たちだが、いずれも垂直であろうとしてあの姿になっているととらえている。

ジャコメッティ背の高い人物(1949年。ニューヨーク近代美術館蔵)−A.jpg
A.ジャコメッティ「背の高い人物」(1949年。ニューヨーク近代美術館蔵。93年、上野での同館展図録より)

◆「垂直であろうとするもの」は運動し続けているのであの姿になっている。
高いところを目指しているのか、仆(たお)れまいとして精魂を傾けるためにあの形になるのか分からないものの、静的な安定を実現しているのではなく動態の相をとらえたもの、ということになる。

◆この詩で「垂直であろうとするもの」と対比されているのは、「土に横たわるもの」。たとえば「」だ。
「石」は横たわりながら「永遠の脈を聴いている」。そして「塔」より「石」の方が耳は良いという。ここで「塔」というのは「垂直であろうとするもの」の暗喩、あるいは「垂直であろうとするもの」が作り出すものの象徴だ。
◆も一つ付け加えてバルトークよりも石の方が「耳はよい」とも言っている。
ハンガリーの土から生まれた音楽に耳を傾けた作曲家ベラ・バルトーク(1881-1945)よりも、である。とすると、せめて我々凡人は地に横たわる石にならうことを目指さなければならない。

◆ところが我々人間は、生きている間は地べたに仆れまいとするほかない者たちであるから、生きて在る限りは「永遠の脈」を聴くことから遠ざけられる宿命にある存在に過ぎない。であるにもかかわらず「石」の耳に近づいて「永遠の脈」に耳を欹てて生きるほかないのだ、と詩人は言う――たとい「盲いても」「聾となっても」()というのだから、生きることというのは苛烈である。

信州に生まれ、山を愛する田中清光(1931〜)には次のような詩もある。

底から

ふぶきによりそう耳
そばだてる耳
地の底のまたその底から聴こえているのは
地球の暗い歯ぎしりだ

(詩画集「黒の世界」私家版、1990年)




あるはずがないと[2017年12月18日(Mon)]

転歌  安水稔和

そんなことがあるはずがない。
そうおもっている人もいる。
あるはずがないとおもいたくない。
そうおもっている人もいる。

空にのぼればいい。
そうおもっている人もいるらしい。
いっそ海に落ちれば
そうおもっている人もいるらしい。

むこうから来た人に
声をかけたくなる。
ここはどこですか。
わたしたちは。

黙って目を閉じて
歩いている人がいる。
この街で。

安水稔和(やすみずとしかず)詩集「記憶の目印」
編集工房ノア、2013年


◆神戸生まれの安水稔和(1931〜)は阪神淡路大震災を詩に表現し続けて来た。
3.11に際して「せめぎあう水の声/水底を漂い歩く人の声」という気仙沼にまつわる詩句を含む「声」など、「記憶の目印」と題する詩篇もある。
上掲の「転歌」は1976年に発表された詩だが、天変地異に遭うよりはるか昔、少年の日の戦災の記憶を今もありありと目撃している。
その記憶が消え去らない以上、「ここはどこですか。/わたしたちは。」と街ゆく人に尋ね続けるしかない。たといその人が崩壊と敗亡を認めることを恐れ、目を閉じている人であろうとも。

安水稔和記憶の目印.jpg



彼らは引き金をひくために生まれてきたのではない[2017年12月17日(Sun)]

人間のつくったもの   星野博

人間は数限りなく
ものを発明してつくってきた
それらは生活にたくさんの恩恵を与えてきた
そしてひとたび戦争が始まると
それらのほとんどが見事に使いこなされた
ライト兄弟は空を飛ぶという魅惑的な経験がしたくて
飛行機をつくった
決して他の国に爆弾を落とすためではない
自動車は遠くの場所に手早く移動するためにつくられた
武器や兵士の輸送のためではない
通信機器は人と離れても触れ合いたいからつくられた
攻撃命令をくだすためではない
船は波に乗って陸地にたどり着きたいからつくられた
魚雷を発射するためではない
人間の胎内から生まれ出た人間そのものも
戦争の道具として使いこなされた
強制的に召集されて
縁もゆかりもない外国に連れていかれて
死を迎えた無数の人間たち
彼らは本当は他のものをつくりだすはずだった
道具や機械をつくったり
畑で作物をつくったり
もてなしの料理をつくったり
恋文をしたためたり
音楽を奏でたり
握手をして友情を生み出したり
やがてはわが子や孫をその腕に抱くはずだつた
彼らは引き金をひくために生まれてきたのではない
やがて戦争が終わって
もう三度と繰り返さないとの決意をもってつくられた
平和を維持するためのきまり 憲法
それも年数が過ぎゆくうちに
新しい解釈や意味合いを付け加えられて
別物にされてしまうのか
人間としてなにをつくりだすのか
ひとりひとりに委ねられている いま
 
詩集「線の彼方」(コールサック社、2015年)より

星野博氏は1963年生まれの方。
詩集が出たのは2015年。原爆投下から70年の5月に詩人は長崎・広島を訪ねた。
詩集の後半にある「慰霊の地へ」という詩は、初めて訪れた長崎の平和祈念像から始まる。
中に次の1行があった。

像の前で中学生達が歌う「大地讃頌」に聞き入っている

ページを繰るとコルベ神父のアウシュビッツを訪ねた「記憶の香る場所」という詩が続いている。
長崎訪問からは一月後である。長く念願していた旅のようだ。

何年も前から ずっと予想していた
もしアウシュビッツを訪ねることがあるとしたら
きっと思い雲に覆われた 雨の日になるだろうと
本当にその通りの 細かい雨の降る日になった


◆詩集の奥付を見ると発行日は2015年9月28日とある。
戦争法(安保法制)審議から強行可決へとなだれ込む日々、この先に待ち受けているものと過去とをつなげることばを探して紡がれたことばたち。
最初に掲げた「人間のつくったもの」を含めてこれらの詩群は詩集「線の彼方へ」の後半に《U 見えない線》という標題でまとめられている。

その詩群の最初にある「見えない線」という詩題は、この地球に人間たちが勝手に引いた線=国境のことを表している。渡り鳥や魚たちは国境を越えて往き来しているのに、人間だけがこの「見えない線」に行く手を阻まれ、絡め取られ、線を挟んでこちらとあちらとがニラミ合い、時にこの線を越えようとして命を落とす。

◆この詩集が世に出てから2年の間にも「見えない線」を越える多くの難民がいる。
他方でこの国の憲法には無理無体な解釈や法律が強引に結わえられがんじがらめにされつつある。
気息奄々のさまは秋ころまでは見えにくかっただろうけれど、寒気襲来と同時にようやく誰の目にもとらえられるようになった。

星野博「線の彼方」.jpg


大西連氏「生活保護基準の引き下げはやめてほしい」[2017年12月15日(Fri)]

◆NPO・自立生活サポートセンター「もやい」の理事長・大西連氏が「生活保護基準の引き下げはやめてほしい」と訴えている。
全く正論である。冒頭部分を紹介する。

生活保護基準の引き下げはやめてほしい

みなさんは、自分の生活費を来月から1割減らさなければならなくなったら、どうするでしょうか。
月収25万円の人にとっては2万5千円。月収15万円の人にとっては1万5千円。月収50万円の人にとっては5万円のカットになります。
もちろん、それぞれの負担感は違うでしょうが、ちょっと遊びに行くのを控えたり、節約したり、貯金をやめたり。
当然ですが、所得が低ければ低いほど、減らしてはいけないものを減らさなければならなくなります。
食事を減らしたり、エアコンの使用を控えたり、そもそも不要な外出をやめたり……。
この1割カットをもし、政府に強いられるとしたら、あなたはどう思いますか?
自分で働いて稼いだお金だから政府が関与するべきではない? 年金は自分が払ったものだから削減されるべきではない? では、生活保護はどうですか?
生活保護なら1割カットをしてもかまわないのでしょうか。

いま、日本で最も生活が苦しい人たちの生活水準を最大で1割程度カットしようという議論が佳境に入っています。そもそもがギリギリの水準で生活している人の生活費をカットするというのは、正直、かなり厳しいことですし、僕は反対しています。
以下にいろいろ書くのですが、言いたいことは一つだけ。

生活保護基準の引き下げはやめてほしい。そして、低所得者の生活水準をあげるための方策をとってほしい。


大西連「生活保護基準の引き下げはやめてほしい」
https://news.yahoo.co.jp/byline/ohnishiren/20171215-00079311/


◆この中で大西氏はいくつかのケースを例示している。都市部の2例を下に引いて置く。

▼都市部の母子世帯 (子2人) (40代親+中学生+小学生)の場合は、現行基準が155250円のところ、展開方法(1)だと145710円、展開方法(2)だと144240円となり、こちらはどちらも1万円以上の減額。

▼同様に都市部の高齢単身世帯 (65歳)に関しては、現行基準で79790円のところ、展開方法(1)では73190円、展開方法(2)だと74370円とこちらも減額。


*「報告書原案」の2つの算出法による試算。

◆問題の一つに、基準見直しに生活保護を受けていない低所得世帯を比較対象としていることがある。
これについては先週、当ブログでも短く触れた。
★当ブログ12月8日の「生活保護引き下げは許されない」の項
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/705

◆現在の低成長社会では、報告原案の考え方に立つ限り、生活保護の給付額はひたすら減額へと向かうことになる。しかも前回(2013年)も平均6.5%もの引き下げを行っており、今回最大13%以上という試算(都市部の40代夫婦に小・中2人の子どもが居る世帯の例)もある引き下げが実施されれば、わずか10年の間にどれだけ削ることになるのか。空恐ろしい話ではないか。

◆生活保護基準の引き下げに連動する影響についても大西氏は言及する。

生活保護基準の引き下げは、厚労省以外の施策にも大きくその影響があると言われています。代表的なものでは就学援助住民税等の非課税基準介護保険の減免基準などなど。

子どもの貧困問題が深刻化する中で2013年に「子どもの貧困対策基本法」が制定されたにも関わらず、子どもがいる世帯ほど減額が大きい結果になり、同法の理念に逆行していると大西氏は指摘している。

*******

ユニセフも日本の子どもの貧困を憂慮

◆NHKニュースによれば来日中のユニセフ事務局長が日本の子どもたちの貧困率の高さに懸念を表明したという。

★【NHKニュース12月14日】
ユニセフ事務局長 日本の子どもの貧困率に懸念

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171214/k10011258011000.html
ユニセフ(国連児童基金)のアンソニー・レーク事務局長の懸念は、日本の子どもの貧困率が先進国でも高い水準にあることに向けられている。
国連は〈世界の持続可能な開発目標「SDGs」〉を掲げて、あらゆる貧困の解消を目指しているが、日本の子どもの貧困率が先進国の中でも高い水準にあり、「日本のおよそ16%の子どもが深刻な貧困状態にある。SDGsの下で、とりわけ豊かな社会において子どもが飢えや格差に苦しむことがあってはならない」と懸念を示したという。

◆ユニセフと言えば、TV等で途上国の子どもたちへの支援を呼びかけている。敗戦後、復興に必死だった過去の自分たちを、現在のアジア・アフリカの途上国の子らの姿に重ねて見る人はいないだろうと思っていたら、何と、今再び心配される状況に転じてしまったということか。暗然とせざるを得ない。

◆生活保護であれ、教育を受けることであれ、憲法が一人一人に保障した権利を実現させることだ。低い水準に合わせて切り下げを進め、人間を底知れない闇の底に押し込めるやりかたが許されるはずがない。

*******

◆厚生労働省の「社会保障審議会生活保護基準部会資料」は下記からダウンロードできる。

「社会保障審議会生活保護基準部会資料」
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000187903.html

厚労省幹部は「科学的、客観的検証を貫いた」と強調している(朝日新聞12月15日朝刊)というが、低みを目指して帳尻を合わせるひたすらな情熱は精緻な冷たさと言いたく代物で慄然とする。

生活保護世帯も低所得世帯もともに引き上げて豊かさを目指そうとは考えないのか?

◆改めて「資料」を読むと、実は現行の水準均衡方式については、
一般世帯の消費水準が低下すると、それにあわせて変動する方式であり、それに伴い基準の低下が起こりうるものである。
という記述もあって改善が必要との認識を含んでいる。

◆また、以下のような記述もある。

一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることから、これ以上下回ってはならないという水準の設定についても考える必要がある。
(下線は引用者)

「絶対的な水準」という強い表現に危機意識がこめられている、と解したいが、「〜について」と、付け足しの「も」をくっ付けて腰砕けになっている。

憲法第25条の「健康で文化的な最低限度の生活」のうち、「最低限度」ということばに拘泥してその第2項にある「国は〜社会福祉、社会保障…の向上及び増進に努めなければならない」という定めを忘れているのではないか。福祉政策はまさしく国の責務として低下や削減でなく向上を目指さなければならない以上、低所得世帯も生活保護世帯も等しく引き上げることを忘れていてはならない。福祉が国から国民への「恩沢」であるかのような発想がどこかにありはしないか。

憲法第25条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。




普天間小への米軍ヘリ落下物[2017年12月14日(Thu)]

◆沖縄・普天間小を米軍ヘリの窓が襲った事件、日本政府の緊張感の無さと米軍に対する弱腰が際立つ。
この事故を最初に知ったのは12月13日のNHKのFMラジオ正午のニュースだった。
菅官房長官のコメント(13日午前記者会見)の所から聞いた。
「学校関係者のみならず、沖縄県民の方々に不安を与えるものであり、あってはならない」という、言い方に切実さは毛筋ほどもなかったので、また交通事故か何かか、ともかく命の大事には至らなかったのだろう、と思ったのが実際だ。
「関係自治体に通知するなど適切に対応して」という型どおりの口調には何ら切実さが無かった。
ところが続けて聴いていると子どもたちのいるグラウンドに物が落ちた、という話だ。
(その後、落ちた物が跳ね返ってかケガを負ったらしいという話も聞こえて来た。)

続いて小野寺防衛大臣だったかのコメントのアナウンサーによる読み上げ。
「同型機の飛行を自粛するよう在日米軍に要請する」という内容だった。
ふざけるな!である。「自粛」ではないだろう。
「抗議し、即時飛行中止を申し入れる」のが最低ラインのはず。
一体これは、どこの国の政府なんだ?

その後は他愛もない、ニュースとも言えないような話題に移ってしまった(なので、それがどんな内容だったか、もう思い出せない)。

◆ラジオのスイッチを切って、聴いたばかりのニュースを振り返ると、政府のコメントが二つ(一つは官房長官の声の録音、もう一つはコメント読み上げ)伝えられているが、現地の声を伝えていない。
そのために一向に緊迫感がないのだった。ラジオを聴いた人は全く同じように感じたのではないか。大したことはない事故(官房長官は「事案」という、この数年、すっかり胡散臭さにまみれた用語を「敢えて」使っていた。重要なことを隠したいときに政府要人がしばしば使うようになったが、そもそも「案」とは木の上にものを置くことで、木の机のこと、借りて「考える」の意味に用いる。【例】原案とか案配。いずれにせよ切実さは乏しい。話者の冷淡さを物語るかさもなくば空トボケて嘲笑っているのだ)。
かくして「大事でないこと」→「よくある、珍しくないこと」→「いちいち目くじらを立てるほどではないこと」――という印象が振りまかれて、「忘れても構わないこと」「気にするのは変な人」という見方に移っていくのは造作もないことだ。

*その後、夜9時のTVのニュースではさすがに現地の声を複数取り上げていた。
しかし、少なくとも最初期の報じ方は、NHKが誰のためにニュースを伝えようとしているか、はっきりしていた。
視聴者である国民のためでなく、政府のための広報組織なのだった。
勝手に「公共放送」を標榜してはいけない。
(そう言えば高校・社会科の必修新科目「公共」も「国家=政府」の同義語になりそうな危うさをはらんだままだった。)

事故を起こしたCH53へりはこの10月に本島北部、東村に落ちて炎上した機種だ。2004年の同じく普天間基地に接する沖縄国際大学に墜落したのも同じ。

◆それ以上にこれまでの数々の米軍機の落下物・墜落による事故の数々を忘れてどうするのだ。
1950年の燃料タンク落下による女児圧死、65年のトレーラー落下による女子小学生圧死、その前年59年には宮森小学校への戦闘機墜落・炎上による17名にも及ぶ犠牲者があった。
これ以上何をガマンしろというのか。

*******

DSCN4887.JPG
鎌倉市大船の鹿島神社で。
龍には逆鱗(げきりん)というものがあるのだった。


コツコツ「物」になる[2017年12月14日(Thu)]

DSCN4878.JPG

 油   田村驤

枯れ草の細い道を歩いて行くと
「物」をつくっている仕事場にたどりつく
むろん
「物」は人が作るのだが その人も
「物」にならなければ「物」はうまれない
人が「物」になる仕事場には
どんな秘密がかくされているか


◆10連からなる詩の冒頭の連。
ここの「物」とは油絵のことを指すようだ。
画家のアトリエを訪ねて、画家が絵を描く姿を見る。
画家の仕事を「物」を作ることだと言う、これは半分くらい分かる。
しかしそれを作る人も「物」にならなければ「物」はうまれない、というのは簡単に分かることではない。

後の連に次のような詩句もある。

「物」が「物」を作る
無私とはこういうことかと ぼくは観察するよりほかはない
「私」を滅却するのには若干時間がかかる
時間といったって
二千年の 二百年の 二十年の
時間がかかる


◆「無私」というと「己をむなしくする」ことか、と考えたくなる。
そう言い換えてもいいだろうが、日本人の専売特許のアレだなと決めつけるのは早計で、そうした先入観のままでいたら了見が狭いと言うべきだろう。何しろ二千年という時間がかかる、と言っている。
「無私」を実現してめでたく「物」となった人間はこれまで地球のあちこちにいたし、今も居ると考えた方が良い(神話を混ぜて二千六百年と誇大に言いたくなる見栄や尊大さは無論ワキに置いた上で)。

ある「物」が生まれてそこに在る、ということは、これを押しのけない限り、他の「物」が同じ場所に位置を占めることは出来ない状態であることを意味する。

人が「物」になる、というのも同じことだ。
その人を押しのけない限り他の誰かがその位置を占めることはできない。
従って「無私」とは「私」が無いのではなくて、確かに居るのだが、その存在を認める者は敬意をもってその仕事を飽かず見ている(あるいは「聴いたり」「触れたり」時に「食べたり」している)ほかない状態だということだ。無論、「無個性」などではない。

詩にはこのあとに音楽家も登場する。

「物」の仕事場の階上に
音という「物」にとりつかれた若い女性がいたから
「音」も「物」ですね とたずねたら
「はい」

そこから詩人は、己がなりわいとする詩が「物」になっているか、ながめ直すことになる、という詩なのだが、「物」にならなければ「物」はうまれないという1行がいかにも「物」然として、そこに存在したので、その周りを回りながら考えてみた。芸術に限らない話である。

田村驤1999(函).jpg
田村驤齊刻W『1999』集英社 1998年。
函入りの詩集で、写真は函の方。


  
佐藤忠良の「コツコツ」[2017年12月12日(Tue)]

DSCN8297.JPG
佐藤忠良「少女」(部分。1981年制作)

◆横浜駅の東口のポルタ入り口にある。
銘板に作者のメッセージがある。

この作品は私の孫娘・未菜(10才)をモデルに制作したものです。
横浜の新しい玄関(ポルタ)にふさわしく“すこやかさ”と“爽やかさ”を願ってこの作品のモチーフとしました。  昭和56年6月10日
          佐藤忠良


◆元NHKアナウンサーの山根基世さんの朗読講座のチラシが図書館にあった。
手もとのエッセイ集「『ことば』ほどおいしいものはない」(講談社、2003年)を開いたら「コツコツ」という一篇があり、20代のころから佐藤忠良のアトリエにしばしば訪ねていたことが書いてあった。
舟越保武らとともに具象彫刻を代表する彫刻家の制作の様子とその生き方が、飾らない筆で綴られている。
折に触れてアトリエを訪ねたもう一つの理由は、佐藤の内弟子・笹戸千津子に会える楽しみもあったそうだ。
彼女は佐藤が創立に関わった東京造形大の1期生で、山根と同年生まれで同じ山口出身とのこと。
佐藤の代表作「帽子」のモデルはこの笹戸であるという。

さて佐藤忠良の日常とは――

芸術家というのは、出勤時間にしばられることもなく、気の向いたときだけ自由に仕事をするのだろうとうらやましく思っていた。だが、忠良さんの日常生活を覗(のぞ)いて驚嘆(きょうたん)した。朝八時ごろから夕方七時すぎまで、外での用事がないかぎり、必ず毎日アトリエでデッサンするか、粘土をいじるかしておられる。これが、私がお会いするずっと前から、おそらく彫刻をはじめられた最初から今日にいたるまでの「佐藤忠良の生き方」なのである。
彫刻家を目指す学生からよく聞かれるそうだ。「彫刻が上手(うま)くなるコツは何ですか」と。先生の答えは決まっている。「コツコツやることです」


◆佐藤の職人的な生き方に示唆を与えたのは作曲家・伊福部昭の一言だったかも知れない。
2004年の伊福部昭が文化功労者に選ばれたことを祝うオーケストラ・ニッポニカの演奏会プログラムに、佐藤は次のような思い出を書いているからである。

伊福部昭というと、私に少年時代からずっと抜け切らずに心に深く残されてしまった彼の言葉がある。
二人で雑談していたときに彼が「運は寝て待て」ではなくて「練って待て…」なのだそうですと語り聞かせてくれたことであった。
その頃は「ああ、そうか…」程度の響きで耳にしてしまっていたことが、彫刻に身を入れ制作年令を重ねながら、作品がなかなかこちらの思う形になってはくれないということを思い知らされながら、あのときの伊福部昭少年の言葉が今だに私の中を過って消え去らずにいるのである。

(「ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ」より。
 ⇒http://d.hatena.ne.jp/nipponica-vla3/20101218/1292636624

*佐藤忠良(1912-2011)は宮城県生まれだが、幼くして父を亡くし、母のふるさと北海道・夕張で育った。後のゴジラの作曲家・伊福部昭(1914-2006)に出会うことになるのは旧制札幌第二中学(現北海道札幌西高等学校)においてであった。

DSCN3013佐藤忠良ミーマアーB.jpg
佐藤忠良「ミーマア」(1984年 平塚市美術館)

*平塚市美術館には表通りに「緑」と題する若い女性像もある。

*******

山根基世「『ことば』ほどおいしいものはない」.jpg
山根基世「『ことば』ほどおいしいものはない」(講談社、2003年)




平和賞2女性のスピーチ[2017年12月11日(Mon)]

DSCN4885不動明王大船鹿島神社.JPG
大船、鹿島神社参道脇の不動明王

*******

核廃絶へのさらなる一歩

◆10日ノーベル平和賞の二人の女性による受賞スピーチは魂のこもったものだった。

受賞した国際NGO「ICAN」(核兵器廃絶国際キャンペーン)の事務局長、ベアトリス・フィンさんのことばから――

草の根の努力の頂点として今年、これまで仮説だったものが現実へと前進しました。核兵器という大量破壊兵器を違法化する国連条約が、122カ国の賛成で採択されたのです。
核兵器禁止条約は、この世界的な危機の時にあって、未来への道筋を示しています。それは、暗い時代における一筋の光です。
さらに、それは私たちに選択を示しています。――
二つの終わりのどちらをとるかという選択です。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。
前者の選択を信じることは、愚かなことではありません。核を持つ国が武装解除できると考えることは、非理性的なことではありません。恐怖や破壊よりも生命を信じることは、理想主義的なことではありません。それは、必要なことなのです。
私たち全員が、この選択を迫られています。そして私は、すべての国に、核兵器禁止条約に参加することを求めます。

米国よ、恐怖よりも自由を選びなさい。
ロシアよ、破壊よりも軍備撤廃を選びなさい。
イギリスよ、圧政よりも法の支配を選びなさい。
フランスよ、テロの恐怖よりも人権を選びなさい。
中国よ、非理性よりも理性を選びなさい。
インドよ、無分別よりも分別を選びなさい。
パキスタンよ、ハルマゲドンよりも論理を選びなさい。
イスラエルよ、抹殺よりも良識を選びなさい。
北朝鮮よ、荒廃よりも知恵を選びなさい。
核兵器の傘の下に守られていると信じている国々に問います。あなたたちは、自国の破壊と、自らの名の下で他国を破壊することの共犯者となるのですか。
すべての国に呼びかけます。私たちの終わりではなく、核兵器の終わりを選びなさい!
この選択こそ、核兵器禁止条約が投げかけているものです。

*講演全文は⇒http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/10/nobel-peace-prize_a_23303032/?utm_hp_ref=jp-homepage

◆続いてスピーチに臨んだのは広島の被爆者でカナダ在住のサーロー節子さんだった。

私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々と連帯しています。長く忘れられてきた、ムルロア、エッケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と。その土地と海を放射線により汚染され、その体を実験に供され、その文化を永遠に混乱させられた人々と。
私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。核兵器と人類は共存できない、と。
今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。

広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、息を引き取り、苦しみから解放されました。
私にとって彼は、世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。

世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。
私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。今、私たちの光は核兵器禁止条約です。この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」
今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。


★サーロー節子さんの講演全文は
http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/10/nobel_a_23303036/?utm_hp_ref=jp-homepage


ことばが人を動かす

◆授賞式に合わせて、NHKは今年8月に放送したドキュメンタリーを再放送した(BS)。
《明日世界が終わるとしても「核なき世界へ ことばを探す サーロー節子」》

印象的なエピソードがいくつもあった。
ニューヨークの高校での講演で一人のアジア系の女生徒が質問した。
「日本によって殺された罪のないアジアの人たちがたくさんいる。貴女の受けた被害とどちらがより深刻だと思うか?」
鋭い質問だったが、サーローさんは誠実に受けとめて答える。
「命を失うことに違いなどありません。中国も日本も朝鮮も、殺される命に変わりは無いんです。」「広島・長崎について私が語るとき大切だと思うことは、日本は被害者であり加害者でもあるという意識です。どちらが悪いという問題ではないんです。殺戮そのものが悪なんです。」

そのあとの場面が深い印象を残すものだった。
質問した女生徒が終了後、涙をこぼしながら近づいて来たのだ。
「動揺させてしまった?」とサーローさんが声をかけると女生徒は首を横に振って「きちんと答えてくれてありがとう」と気持ちを伝えた。
そのあと、二人が顔を間近に寄せて話し込む姿が感動的だった。

◆もう一つ、カナダ政府高官の対応が日本政府の核兵器禁止条約にひたすら後ろ向きの姿勢と対照的だった。
安全保障を担う陸軍出身の外務政務官がサーローさんと会ってくれることになった。
日本同様アメリカの核の傘のもとにあるカナダ政府の一員として言葉を慎重に選びながらも、コメントは明確だ。「核兵器の使用は非論理的だ。多くの人命を奪う。」と共有できる基本認識は示した。
具体的な行動の約束には至らなかったが、会談の最後にサーローさんに「何かアドバイスはありますか?」と問われた政務官は「いいえ、私こそアドバイスを受けるべきです。」とことばを返した。
会談終了後の取材に対しても、サーローさんの取り組みを評価する、と敬意をこめてコメントした。譲歩も言質を与えることもしないが、対談した相手に真摯に向き合い、話すことができて良かったと心に一刻み残すものがある。大人の態度というべきだろう。


都教委「グローバル人材」育成の矛盾[2017年12月10日(Sun)]
◆【お詫び】下記東京都教育庁のリンク先URLに誤記があり、アクセスできない状態でした。謹んでお詫び申し上げます。
*12月11日16:30に追記訂正いたしました。

★「東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)」(素案)に関する意見募集
[リンク先]⇒http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/06.html


DSCN4869クロガネモチ-A.JPG
クロガネモチ(鎌倉市大船で)

*******

「日本人の自覚と誇り」にとらわれていては
「グローバル人材」は育たない


◆東京都教育委員会は「東京グローバル人材育成計画'20(Tokyo Global STAGE '20)」策定の素案(以下、「素案」)を公表し12月11日までパブリックコメント(パブコメ)を募集している。
目的は「東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年に向けて、グローバル人材育成の目標やその目標を達成するための手段を示すため」なのだと言う。
何が問題なのか、教育ジャーナリスト・永野厚男氏の記事を転載する。

"日本人の自覚と誇り"と"愛国心"で、「グローバル人材育成」?
〜傍聴者ら都教委宛パブコメを提起
    教育ジャーナリスト・永野厚男

東京都教育委員会は2017年11月9日の定例会で、「東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年に向けて、グローバル人材育成の目標やその目標を達成するための手段を示す」とし、『東京グローバル人材育成計画'20(Tokyo Global STAGE '20)』策定の素案を公表した。
素案は、⑴使える英語力の育成、⑵豊かな国際感覚の醸成、⑶日本人としての自覚と誇りの涵養、を柱とする。
素案は20年まで3年間、「ファーストステージ」の「育成すべき具体的な能力」に、⑶を明記。そして「グローバル化が進む中……まず、子供たち自身が、日本や東京のよさを十分に理解する必要がある。そのためには……日本人であることの自覚や……国を愛し、誇りに思う心を育むことが重要」と謳(うた)う。
素案の「体系図」は、本来は⑵がメインのはずの「『世界ともだちプロジェクト』による交流」等、6つもの事業で⑶を育成すると明示した。
都教委は16年2月12日の定例会に出した、『都立高校改革推進計画・新実施計画案』の骨子に対する意見募集結果で、「都立学校には日本国籍以外の生徒も多数在籍。彼らは『グローバル人材の育成』の対象から外されているのか。もし含まれるのなら、『日本人云々』の表現は、彼らへの配慮が足りない」という趣旨の意見があったと報告。
しかしこの時、都教委は「学習指導要領にもあるとおり、グローバル人材の育成に当たっては、我が国の生活様式や歴史、伝統文化などに関する認識を深め、これを尊重する態度を育成することも重要な要素の一つ」などと弁解し、「日本人云々」という表現を一切変更せず、『新実施計画』にそのまま明記してしまった。
都教委は11月9日、ホームページでパブリックコメント募集を開始(締切は12月11日)。
元教職員を含む傍聴者らは、「グローバルだからこそ国境をなくそうとか、天皇には戦争責任があると、主体的に考える児童・生徒も少なからずいる。憲法第19〜21条の保障する、一人ひとりの思想・良心・信教・表現の自由を、教育行政の勝手な政策により侵害させないためにも、"日本人云々"や"愛国心"を削除するよう、皆でパブコメを寄せよう」と呼びかけている。


*******

★東京都教育庁の意見募集要項(2017年11月9日発表)

「東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)」(素案)に関する意見募集
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/06.html

【素案概要】は:
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/documents/06_01.pdf

【素案前半(表紙・はじめに〜第1章p.9)】
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/documents/06_02.pdf

【素案後半(第2章。p.10〜45)】
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/11/09/documents/06_03.pdf


★意見の送り先は;
都教委指導企画課・国際教育推進担当
 
電子メールは⇒「global_ikusei@section.metro.tokyo.jp」に、FAXは(03)5388−1733まで。
◆件名を「『東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)』(素案)に対する意見」と明記。
◆氏名・住所の記載は任意。
ただし、意見送付者の属性は
下記から選択して明示。
{ア 小学生 イ 中学生 ウ 高校生 エ 未就学児の保護者 オ 小学生の保護者
 カ 中学生の保護者 キ 高校生の保護者  ク 学校関係者 ケ その他(個人・団体)}
◆意見が、「東京グローバル人材育成計画 '20(Tokyo Global STAGE '20)」(素案)のどの部分に関するものかが分かるよう、関係する頁数を最初に記入の上、意見を書く(「はじめに」はページ数がないので「はじめに」と記した上で意見を書く)。

*******

素案には何が欠けているか

「グローバル」とは逆方向の国家主義と愛国心強調

3つの柱の一つに「日本人としての自覚と誇りの涵養」が掲げられている。
(「はじめに」、p.6,7,32およびp.39に「日本人としてのアイデンティティ」)
「日本人として」を強調することは現に学校に通っている日本国籍以外の児童・生徒たちの学習意欲をそぐだけでなく、日本国籍を有する子どもたちに無用な優越意識を育てる結果、異なる文化・価値観を軽視し否定する結果になりかねない。
多文化共生の視点から「国際社会に生きる人間として」「地球市民として」などのグローバルを名乗るに相応しい表現に改めるべきだろう。

2020年オリンピック・パラリンピックの主催者としての自覚は?

◆2006年教育基本法に基づいて学習指導要領も教科書も愛国心のバイアスがかかった内容に変質した中で、オリンピック・パラリンピックを主催する東京都がグローバル人材教育で独自色を出したいならば、むしろ愛国心重視の弊害をなくすことを目指すのが本来のはずだ。
その観点から眺めれば2016年度から小中高校生に配付した都教委作成の『五輪学習読本』は「表彰式では国旗・国歌を使う」という記述を残したままである。
教育出版等の道徳教科書でも同様の記述があることが問題点として指摘された通り、IOC(国際オリンピック委貝会)は1980年に、国旗・国歌使用は五輪の理念に反するため「選手団の旗と歌(曲)を用いる」と五輪憲章を改正した。それを尊重する必要がある。
ポールに上がるのは国旗でありその時に流れる音楽が国歌である、という発想は1964年当時ならいざ知らず、現代には通用しない思い込みに過ぎない。
ホスト役として頭の中味を更新して臨まなければならない。

英語一辺倒頭はオーバーヒートする

◆「素案」が掲げる事業内容はひたすら英語、英語、英語、だ。
「はじめに」に書いてあるように、今回の『東京グローバル人材育成計画'20(Tokyo Global STAGE '20)』策定の母体が「東京都英語教育戦略会議」であることからして当然の結果であったが、英語以外はほとんど刺身のツマ以下の扱い。20 コ並べた計画の一番最後に「英語以外の外国語学習の充実」というのが申しわけなさそうに付いているだけなのである(「素案」10ページ)。

◆たとえば中国やモンゴル出身の子がいて、その子やその保護者から言葉や暮らし方、食べ物を教えてもらうという授業が体験できれば子どもたちの学びは一気に活性化するだろう。
すでにそうした取り組みをしている学校も少なくないはずだ。

グローバル人材=英語力。これまた、牢固たる思い込みに他ならない。
都教委はよほど英語コンプレックスに悩んで来た人たちばかりで組織されているように見える。

すでに目の前に存在するグローバル真っ只中を生きている人々とその子どもたちから学ぶのが最も近道なのだ。
言語を意思疎通の道具としてしか理解できない狭小な頭にはとても地球が収まるハズもない。

◆もう一つ、言語を操る人間の頭は相当熱を帯びる。
尻をたたかれて脳を駆使し続けるといずれオーバーヒートを起こす。
一つの事に狂奔しがちな日本人の特性に照らして、ひたすら英語、英語では早晩ロクな結果にならないのが見えている。


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