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柳美里と谷川雁[2017年11月20日(Mon)]

DSCN4775-A.jpg
 寒さも日の光も竹林を縫うように静かにわたる。

*******

柳美里「JR上野駅公園口」を読んで、主人公カズのような「存在しない者」たちの掌や足の痕跡を、粘土板に刻みつけて、この世界に存在する者として表現する作者、というイメージを思い浮かべた。
★11月18日の記事『JR上野駅公園口』の語り手http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/685

◆その上で同じ著者の随想「言葉は静かに眠る」(新潮文庫、2004年。単行本は2001年)を読んでいたら「最後の煙草」という一篇に出会った。
詩人・谷川雁を追悼したものである(「文藝」1995年夏季号に掲載)。

1993年の秋に谷川雁に初めて会ったときのことが書かれている。
四谷のBARにたまたま来ていた詩人に、「文藝」の編集者が引き合わせてくれ、しどろもどろに挨拶したあと、煙草をぱっぱっと喫って慌てて顔のまわりに煙を張りめぐらしたことなどが綴られている。
谷川にドラマと小説の違いを端的に指摘されて、柳は戯曲や詩が文学の本流だと再確認して意を強くする。会話から谷川が肺がんを患っていることを知る。

谷川の口から、デパートの子ども服売り場を歩くのが好きだ、などとプライベートの話題も出た後に、谷川が柳に煙草を一本、所望した。

その場面から最後までを下に転記する。

大丈夫なのだろうか、と躊躇(ためら)っているとOさんが自分の煙草を差し出した。
「最後の煙草を誰にもらうかは重要だ」氏はその煙草を受け取らずに悪戯っぽい笑みを唇に漂わせた。
「メンソールですけどいいですか」私は氏に煙草を渡し、火をつけた。
その火に横顔が照らされた。治らない病を負っているひとには見えなかった。凛として、なお柔和な居ずまいだった。
煙草を旨そうに喫い終えると、氏は傍らに置いてあった中折帽をかぶって立ちあがり、くたびれた靴を履いた。
背筋をぴんと伸ばした立ち姿で、谷川雁氏は去った。

遅れてきた読者として、私は詩書をひらいて、読む。

まだ低く訴えている
彼の肉体は苦しい栄光に
もうほとんど透きとおっていた
午前三時迫りくる「あれ」のために
世界は闇のなかで粧(よそお)うた
銀河は高貴な声のように遠く
夜は若かった
香油の時は一滴々々彼の額にそそいでいた
血のうせた指を彼はそっと折ってみた
星たちは秘かな関係(かかわり)を断った
霧のつめたさが拳につたわるだけであった
  谷川雁「ゲッセマネの夜」


◆詩はイエス・キリストがゲッセマネで捕縛される直前を描く。
詩の中の「彼」の孤独に「JR上野駅公園口」のカズの孤独が重なる。

谷川雁の「ゲッセマネの夜」は4つの連から成る。柳が谷川の死を悼みつつ書き写したのはその2連目である。

◆上に続く3番目の連を書き写しておく。
この世界から存在しない者にされようとする者を悼み(傷み)つつ、言葉によって在らしめようとする人の「苦痛」は、描かれる者の苦痛と重ならずにはいない。

泥土のような観念がめざめた
このうえもなく暗い形象に
ほんのすこし罅(ひび)が入った
肉を破ろうとして新しい歯は
さらに深く苦痛を埋めねばならなかった

柳美里言葉は静かに踊る.jpg



クリーン・デイの収穫[2017年11月19日(Sun)]

DSCN4760ヒヨドリジョウゴ−A.jpg
ヒヨドリジョウゴ(鵯上戸)という蔓性の植物。鮮やかな赤味を帯びたオレンジ色だ。

◆地元のクリーン・デイに参加。
20人ほどで二手に分かれて1キロ余りの道のゴミ拾いである。
ふだん余り通らない林の中の道を登って行くことにしたら、中腹で結構な数のペットボトルに遭遇した。

◆2m以上ある切り岸の上に散乱している様子で、投げ上げたのかと思ったが、シダにつかまって登ってみると、道を下りてくる途中で捨てたのであろう、ヤブの中にいくつもいくつも転がっていた。
クリーン・デイは例年の行事でコースも決まっているから、この一年の間に捨てられたボトルということになる。
一人だったら途方に暮れるところだが、同志がいるので心丈夫。手の届く限りのものは拾い切った。
10数メートル四方のエリアに70リットル袋で5〜6袋ほど、同じ銘柄のお茶のボトルが大半だった。

◆同じ人が倦むことなく同じ場所に、ポイ捨てというよりも、力を込めて投げ棄て続けて来た、と見える。
習い性となったというべきか、不撓不屈の粘り強さというか。

DSCN4772.JPG
奮闘した跡を確かめるべく同じ道を帰った。
シダの生えた崖のあたり、さっぱりした感じに見える。

DSCN4771-A.jpg
木洩れ日が林の道の擁壁を浮かび上がらせて何ごとかを啓示するかのようだった。

『JR上野駅公園口』の語り手[2017年11月18日(Sat)]

DSCN4716モミジバフウ国立博物館-A.jpg
モミジバフウ(紅葉葉楓)。上野の国立博物館本館前にて。

*******

柳美里『JR上野駅公園口』の主人公カズの耳に、上野恩賜公園でのホームレス仲間シゲさんの死が聞こえて来た。
その時の彼のつぶやき――

死ねば、死んだ人と再会できるものと思っていた。遠く離れた人を、近くで見ることができたり、いつでも触れたり感じたりすることができると思っていた。死ねば、何かが解るのだと思っていた。その瞬間、生きている意味や死んでいく意味が見えるのだと思っていた、霧が晴れるようにはっきりと――。


「生きている意味や死んでいく意味」が解らないまま、果てしなく永い中有(ちゅうう)を漂流している主人公。その在りようは、続く部分で次のように語られる。

でも、気が付くと、この公園に戻っていた。どこにも行き着かず、何も解らず、無数の疑問が競り合ったままの自分を残して、生の外側から、存在する可能性を失った者として、それでも絶え間なく考え、絶え間なく感じて――。
(河出文庫版、103ページ。以下、ページ数は文庫版のもの)

この世に生まれたときから「存在する可能性を失った者」であるはずはないのに、「絶え間なく考え、絶え間なく感じて」しまう者は「無数の疑問が競り合ったまま」生きるために、存念に苦しみ続ける人間である。
手際よく見せられる解決策や、悟りすました顔を持ち合わせない人間、すなわち、むき出しの魂を水に浮かべて風に翻弄され続ける人だ。そのために「存在しない者」のように扱われ続ける人だ。そうした魂のつぶやきが水の中から泡のように立ち昇ってくると絶えず感じる作者が、小説の終わり、3.11の津波に呑み込まれるカズの孫娘と二匹の犬の死をカズに目撃させるのは必然だったろう。

彼らの死を目の当たりにしながらカズはしかし、「抱き締めることも、髪や頰を撫でることも、名前を呼ぶことも、声を上げて泣くことも、涙を流すことも」できない(165ページ)。
小説の冒頭ですでに「終わりはあっても、終わらない。」/「でも、終わった」(8ページ2行目、13行目)と書いてある通りに、小説全体は、中有に浮かぶカズの魂が語っているものであるからだ。
作者の仕事はそれを代弁する巫女のように物語ることだ。
その作業は実は、あまたの「存在しない者」たちの掌や足の痕跡を、良く練り込んだ粘土板に刻みつけて、確かに世にあらしめようとする営みだ。
それを読む私たちは、作者とともに彼らの存在を認め、泡のようなそのつぶやきに耳傾けることになる。
じわりと魂が揺さぶられるのはそのためだろう。
つぶやきは増幅され、我々は水の中で全身がその波動にくるまれるような。

他ジャンルの表現者たちにもその波を受けとめた人たちがいることだろう。
願わくは、この作品を芝居なり映画なりの形で世にあらしめる特操の人が現れますように。



柳美里「JR上野駅公園口」を手に上野公園を歩く[2017年11月17日(Fri)]

DSCN4737城山みなみ「とびたさ」2017-A.jpg
城山みなみ「とびたさ」2017年
◆上野公園、「芸術の散歩道」と名づけられた東京藝大・旧奏楽堂前の道沿いに、作品が何点か置いてあった。
その中で、季節と場所とにいちばんふさわしそうな作品。
作者は神奈川県立横浜平沼高校から東京藝大に進み、現在は大学院で鋳金を学んでいる由。

*******

◆金曜の午後、運慶展に向かう道すがら、柳美里の小説「JR上野駅公園口」に出てくるいくつかの場所を訪ねてみた。

その一つが摺鉢山だ。すりばちを伏せたような形だから、というが、もともとは古墳だそうである。

DSCN4645上野公園摺鉢山−A.jpg

ここで小休止。
下からチェロの音色が聞こえて来て、芸術の杜・上野を堪能する。

DSCN4647PereJovanov-A.jpg

東京都のヘブン・アーティストに認定されているペレ・ヨヴァノフ(Pere Jovanov)という方だった。(YouTubeにいくつか演奏がアップされている。)
シューベルトのセレナードなどおなじみの小品のほか、初めて聞く曲もあって耳福を味わう。映画で聞いたことのあるメロディがあった。題名を思いだそうとするが出て来ず、もどかしいこと限りなし。

*******

◆柳美里の「JR上野駅公園口」の主人公は、福島県相馬郡・八沢村(現・相馬市)出身のホームレスだ。
1964年前の東京オリンピックの土木工事で働き、以後、生涯のほとんどを出稼ぎで暮らした。

小説でホームレス仲間のシゲちゃんが由来を教えてくれた上野の大仏というのが出てくる。
訪ねて見るとなかなかアルカイックなおもざしである。

DSCN4678上野大仏−A.jpg

不忍池まで足を伸ばしたら葦船を作っている人たちがいた。19日に不忍池に浮かべる予定だとのこと。
プロジェクトを進めているのは石川仁さんという探検家で、葦船航海士としてこれまで世界の海を葦船で渡ってきた人。2019年には葦船による太平洋横断を目指すそうだ。

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手前につり下げてあるのが完成模型。

◆不忍池まで足を運んだのは、弁天堂の手前にある「利行碑」をもう一度見たかったからだ。
放浪の画家・長谷川利行没後、その死を惜しむ人びとが建てたものである。

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「利行碑」の文字は画家・熊谷守一の筆になる。

その右には有島生馬の筆で利行の短歌二首が刻まれている。

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人知れず朽ちも果つべき身一つの
  いまがいとほし涙拭わず

己が身の影もとどめず水すまし
  河の流れを光りてすべる


*******

◆小説「JR上野駅公園口」の主人公は現天皇と同じ1938年生まれ。息子が生まれたのは現皇太子と同じ1960年2月23日で、幼名浩宮にちなんで「浩一」と名づけた。
しかし息子は若くして自死し、妻・節子(昭和天皇の母・貞明皇后の旧名と同じ)にも先立たれてしまう。

◆浩一の通夜の夜、真珠のように真っ白な満月の光の中に舞う山桜の花びらを見ながら浜に出た主人公を次のように描く――

波音が高くなった。
暗闇の中に一人で立っていた。
光は照らすのではない。
照らすものを見つけるだけだ。
そして、自分が光に見つけられることはない。
ずっと、暗闇のままだ――。


柳美里JR上野駅公園口.jpg
河出文庫版(2017年)の表紙。浜通りの寒風を思わせるような、冬枯れの野が雪におおわれた景である。
(原著の単行本は2014年。)



訂正+続報「高校生平和大使の演説中止」[2017年11月16日(Thu)]

《続報・訂正》

◆昨日の記事で、国連軍縮会議での日本の高校生平和大使の演説が中止になった件、西日本新聞および東京新聞で続報があった。
◆昨日の西日本新聞・東京新聞とも、どの国と断定はしていなかったのを、今年8月の演説中止のニュースを読んだ時の印象から早計に米国だろうと即断してしまった。
限られた情報から断定的にものを言うことは誤読を拡散することであり謹んでお詫びします。


【西日本新聞2017年11月16日夕刊】
平和大使演説、圧力は中国 日本の被害強調嫌う? 政府、他国の同調恐れ見送り
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/373857/
2014年以降、毎年8月のジュネーブ軍縮会議で核兵器廃絶を世界に訴えてきた日本の高校生平和大使の演説が今年は見送られた問題で、高校生にスピーチをさせないよう日本政府に圧力をかけていた国は中国だったことが16日、複数の政府関係者への取材で分かった。日本が第2次大戦の被害を強調することを嫌う中国側の思惑があるとみられる。
政府関係者や本紙が情報公開請求で入手した外務省の公電によると、今年2〜5月、昼食会などの場で、中国側が日本側に「スピーチをやめていただけないか」などと要請。「高校生を政府代表団に1日だけ含めるのは問題がある」などと指摘した。
日本側は、被爆体験の継承を訴えて理解を求めたが、中国の軍縮大使が「会議規則違反の異議申し立てもあり得る」と反論した。中国側の主張に同調する国が出てくることへの懸念から、日本政府も見送りに応じたという。
高校生平和大使は例年、日本政府が1日だけ政府代表団に登録する形で、軍縮会議本会議場でスピーチを認められてきたが、核兵器禁止条約が採択された翌月の今年はスピーチが見送られた。本紙の情報公開請求で、ある国の軍縮大使が圧力をかけていたことが判明したが、文書の国名は黒塗りされていた。

 *11月16日14時12分 (更新 11月16日 17時21分) 記事(同日夕刊)

◆東京新聞もほぼ同内容の「共同」配信を載せている。
高校生平和演説に中国圧力 8月の軍縮会議で見送り
2017年11月16日 19時39分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017111601001559.html


◆ただ、改めて考えると、西日本新聞が入手した外務省公電がなぜ国名をスミ塗りしていたのか、疑問が湧く。
臆断は当方のミスであり、このささやかなブログが波紋の震源地になることなどありそうにないものの、不完全な情報開示が憶測を呼べば、外交上の障害や国内の不穏な空気を招来することがないとは言えまい。かつて日清戦争後の三国干渉に対して、ケシカランといきり立ったこの国の歴史を思い出しておくことは無意味ではないだろう。

◆高校生の演説をやめるよう圧力をかけた「核保有国」とは中国のことである、という情報は政府関係者からのリークであるのかないのか、ハッキリしない。
そもそも開示した公電になぜスミ塗りしたのか、理由は判らない。
西日本新聞の記事では日本側は「被爆体験の継承」を訴えて相手の理解を求めた、とある。
しかし高校生たちの演説は自国の被害のみを訴えるものであったはずがない。
彼らが毎年取り組んで国連に届けている署名用紙には次のように書いてある。

わたしたちは、戦争も核兵器もない「平和な世界の実現」を求めます。
わたしたちは、一日も早い核兵器の廃絶を求めます。
わたしたちは、世界中の人たちが平和な生活ができるよう求めます。
わたしたちは、戦争のない平和な世界の実現へ向けて、国連の一層の努力を求めます。

◆もし日本の外交担当者が「被爆体験の継承」を強調することで相手を説得しようとしたのであれば、高校生たちの意欲と願いを正しく評価して生かそうとしたとは言えないだろう。
「唯一の被曝国」という特別な体験を、人類普遍の平和実現の願いに昇華させた説得術を駆使して、反対者の尊厳に敬意を伝えつつ懸念を払拭するのが外交官たちの腕の見せ所だったはずだ。

DSCN3304雄弁-大.jpg
ブールデル「雄弁-大」箱根彫刻の森


対米隷属の果てを危ぶむ[2017年11月15日(Wed)]

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宮本隆「母の像」
靖国神社の偕行文庫の前にある。1974年に遺族会が建立したもの。
宮本隆(1917-2014)は岡山県高梁市出身の彫刻家。

*******

首相不在中もJアラートであおるあおる

◆昨日14日に藤沢市の防災無線はJアラートの試験放送を流した(緊急時のエリアメールは無し)。オカシイという批判の声も上がらぬだろうと見下して、首相不在にもかかわらず全国実施を強行。宇都宮市などは小中学校で避難訓練も行ったようだ。
国会で加計学園疑惑が追及されるタイミングを狙ったとしか思われない(与野党の質問時間配分問題のために審議は15日にズレ込んだが。しかしそれとて、野党の反対のおかげで時日を浪費した、と言い訳するための仕掛け。不安をあおって国民の注意をそらし、時間切れでウヤムヤにする。姑息なること底知らずだ)。


自国の若者の意思を否定してアメリカの都合を最優先する被爆国

◆今年8月の国連軍縮会議で日本の高校生平和大使の演説が見送られるという事件があった。
当初、核兵器禁止条約に後ろ向きな日本政府およびその意向を受けた高見沢将林・国連軍縮大使(元防衛官僚)による圧力ではないかという観測があった。

しかし14日の西日本新聞の報道で、日本政府がそう動いたのには、「ある核保有国」から日本政府に高校生にスピーチさせないよう圧力がかかっていたためだったという驚くべき事実が明らかになった。
西日本新聞が情報開示で入手した外務省公電によって、その核保有国の軍縮大使が「自分は高校生に本会議場から出て行くよう求めることもできる」が、「無垢な高校生を困惑させることはしたくないので思いとどまった」とおためごかしの脅しをかけた上で、「今後は手続き規則違反として異議を申し立て、ブロックする」と高見沢軍縮大使に迫り、高校生平和大使の発言をやめさせるよう再三働きかけたという。こうした要請を受けて外務省は見送りを決めたというのである。

【西日本新聞、17年11月14日】
平和大使演説阻止へ圧力 外務省公電で判明 「高校生に退出要求もできる」 核保有国?が日本に
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/373258/

◆この「核保有国」がアメリカを指すことは間違いなかろう。

イヤハヤである。
日本政府として反論したが国際世論を味方にできなかったというならまだしも、そうした努力もしないまま自国の若い主権者の発言を諦めさせたのだから、どこの国の軍縮大使・外務官僚なのか、あなた(たち)は?

◆一方でそのアメリカの上院外交委員会では、トランプ氏に「核のボタン」を委ねるのは危険だと憂慮する声が相次いで表明されている。
浅慮のツイートと同じ感覚で核のボタンが押され、ミサイルが飛び交う第三次世界大戦が現実のものになった時、その矢面に立たされる国の一つが日本であることは確かだ。

【毎日新聞 17年11月15日】
米上院外交委 トランプ氏に「核のボタン」危険…憂慮の声
https://mainichi.jp/articles/20171116/k00/00m/030/042000c


*******

長いガウンのやうなオーバーをひらめかして
ほそい足首をかろやかにはこんでゆく娘たちよ
その鰭をふつて
魚のやうに街の角を過ぎる娘たちよ
あのながさきやひろしまの話を
いつも忘れずにゐたいと私が願つたら
それはいぢわるだらうか
自分が光に撃たれたことも知らずに
人々をみとりしてゐた女学生は
ある朝抜けてゆく自分の髪の毛に気づいて
「櫛を下さい、看護婦さん、櫛を下さい」とうはごとを云ひながら亡くなつたのだ。
装ほふ髪の毛一本もなくなつて
みるみる命のとけてゆくきはを
自分でみつめていつた可愛想な女学生たち
それをとりとめることも出来ない無力にいつも哭かれて
私の心はいぢわるになつたのだらうか、
彼女らは溶けて私の中に入つたらしい。
沢山の襞や曲線に装ほはれて
寒い風の中もやんはりと街にひるがへつてゆく娘さんたちよ
おそろしいあの光はこの世からなくなつたのではないのです
一寸かくされてゐるだけなのですと云つたらいぢわるだらうか。
けれどそれは本当のこと。
そして貴女がたのあまりの華やかさを見るたびにあの娘たちは蒼く身を起こすのです
そして「櫛を下さい、櫛を」と云ふのです。

  永瀬清子「自然詩集」より(二)(詩集『春になればうぐいすと同じに』所収。思潮社、1995年)

*現代詩において大事な人永瀬清子(1906-95)は、岡山県赤磐郡豊田村(現赤磐市)出身。生家が保存され、詩人の名を冠した賞のほかさまざまな活動が手作りで進められているようだ。

★NPO法人永瀬清子生家保存会
https://www.nagasekiyoko-hozonkai.jp/


「自由」に合う靴は[2017年11月14日(Tue)]

DSCN3299ブールデル「自由ー大」1918-22.jpg
ブールデル「自由ー大」 (1918-22。箱根彫刻の森)

私の足に 
  永瀬清子


私の足に合う靴はない。
私にぴつたりする靴は
星の間にでも懸つているだろう。
私は第一靴と云うものを好かないのだ。
足の形につくつて足にはめると云うことは
全く俗なことではないか。
それに奴隷的なことでさえある。
私はもつと軽くもつと翼のあるものがいい。
もつと水気があつて、もつとたんわりしたものを選ぶ。
そんな風に人々はちつとも考えないのか。
ひさし髪と云うものがあつた時もあつた。
長い裾をひきずらなくては
恥かしくて歩けない時もあつた
夜、星のすべすべした中に靴をさがす。
靴型星座をたずねあぐんで、
私のもすそはその時東の暁け方にふれる。
けれども夜があけて私は草の上に立つている。
私の蹠(あなうら)は大方の靴よりも美しい。
そしてこの蹠はいつも飢えているのだ。
そしていつも砂礫に血を流すのだ。

 
◆写真の彫刻はブールデルがアルゼンチン政府の依頼で第一次世界大戦中に制作したもの。箱根彫刻の森美術館のエントランスを抜けて直ぐの見晴らしのいい場所に建つ4像の一つ、「自由」である(他の3体は「勝利」「力」「雄弁」)。

この像の力強く踏みしめられた両足を見ているうちに、永瀬の詩が女神像の語ることばとして全く違和感がないことに気づいた。
「自由」を足型にはめることはそもそもできない。
そして「自由」が「自由」自身であるためには、どれほどの血を流すことか。

****

同じ写真の下肢部分のみ載せておく。

DSCN3299ブールデル「自由」部分.jpg

*詩は江國香織が編んだアンソロジー「活発な暗闇」から。いそっぷ社、2003年。


ロベール・デスノスの抵抗の詩[2017年11月13日(Mon)]

ロベール・デスノスの詩とナチス

◆若くして詩人として活躍していたロベール・デスノス(Robert Desnos 1900-45)。
デスノスがゲシュタポに逮捕されたのは1944年2月22日であった。
収容所を転々と連れ回された果てに、45年6月4日、テレジンで詩人は無念の死を遂げた。
没後デスノスの詩作品が人びとに届けられるには、ユキ夫人の尽力があった。

Youki&Desnos.jpg
ユキ夫人とデスノス
(写真は「ユキの世界」と題する下記サイトより
http://www.apophtegme.com/ARTS/DESNOS/youki01.htm)

 *ユキ・デノス=フジタ(1903-1964)はデノスを知る前、画家・藤田嗣治の妻であった人。「ユキ(Youki)」とは藤田が付けた名であるという。ユキとデノスが相愛の仲となったことが、パリ画壇の寵児であった藤田に帰国を決意させる理由ともなった。

デスノスの抵抗の詩 

◆ナチスに抵抗したデスノスの詩を壺齋散人氏の訳で紹介する。
壺齋散人の訳詞群は下記サイトから
http://poesie.hix05.com/Desnos/desnos.index.html

戦争を憎んでいたこの心が   ロベール・デスノス

戦争を憎んでいたこの心が 闘いを前にして高鳴っている
潮のリズムや季節のリズム 時の流れにしか共振したことのないこの心が
たぎる血が血管を満たし 火薬と憎しみではちきれそうになり
耳鳴りがする程に脳みそを音で満たし
音は外へと広がって町や野原を覆い尽くす
鐘の音が反乱と戦争に向け人々を鼓舞するように

巨大な音がこだまを響かせながらやってくる
それは何百万という心臓の音がフランス中から集まってくる音だ
これらの音が一つの目的に向かって高鳴っている
それは波が岸壁にうち当って立てる音のようだ
その音は何百万という脳髄に一つの合図を伝える
ヒットラーに立ち向かえ ナチスを打倒せよ!

戦争を憎み 季節のリズムにしか共振しなかったのに
たった一つの言葉がこの心を怒りに目覚めさせた 自由という言葉だ
何百万というフランス人が立ち上がり 夜明けを待ちうけている
戦争を憎んでいたこの心が 自由のためにときめいているのだ 
季節と潮のリズム そして時の流れに共振するかのように

   壺齋散人 訳


◆テレジン収容所で亡くなる直前にユキ夫人のために書いたとされるのは次の詩である。

最後の歌

僕はこんなにも君を夢見ながら
こんなにも歩き回り
こんなにもおしゃべりをし
こんなにも君の面影を追ったために

僕に残されたのは君だけになった

僕はもはやただの幻にすぎないけれど
普通の幻より百倍も幻らしい幻となって
君の輝かしい人生の中に何度も甦ることだろう

   壺齋散人 訳

ロベール・デスノスという詩人[2017年11月12日(Sun)]

DSCN3429ジュリアーノ・ヴァンジ「偉大なる物語」-A.jpg
ジュリアーノ・ヴァンジ (1931〜)「偉大なる物語」(2004年。箱根彫刻の森)

*******

他人の奴隷になることを拒んだ詩人

◆「はじめてであう世界の名詩」という、若い世代への詩の贈り物シリーズがある。
そのフランス編でロベール・デスノスという詩人に出会った。

失題  
   ロベール・デスノス

そのドアをノックしてごらん
開かない。

そのドアをノックしてごらん
返事がない。

そのドアをぶち破ってごらん
かまわん 気にするな。

そのドアを蹴破って
中へはいり込んでしまったら
わが家だということさ。

恋路も 人生も 健康も
こうしてわがものにするんだな。

(堀口大学・訳。 桜井信夫・編著「はじめてであう世界の名詩 フランスの名詩」より。あすなろ書房、1994年。)
*デスノスの略伝はこの本、および壺齋散人(後述)のブログに拠った。

ロベール・デスノス(1900年7月4日-1945年6月4日)は第二次世界大戦に動員されたのちドイツ占領下のパリに戻って表向きナチスに従わねばならない新聞社の一員として働きながら地下組織のレジスタンス運動に加わり抵抗の詩を書いた。
しかし、1944年ナチスの秘密警察ゲシュタポにとらえられる。アウシュヴィッツなど各地の収容所を転々とさせられたのち、チフスと衰弱のためにチェコのテレジン(テレ−ジエンシュタット)収容所で死去した。
テレジン収容所は45年5月にソ連軍によって解放されたものの、デスノスは十分な治療を受けることもかなわぬまま、6月3日に息を引き取ったという。

壺齋散人という方がデスノスの生涯と彼の詩を、深い愛情をこめて紹介している。
http://poesie.hix05.com/Desnos/desnos.index.html
その中に、デスノスが亡くなる直前に書いた詩がある。


テレ−ジエンシュタット収容所
  ロベール・デスノス 

今宵僕が歌うのは戦うことではなく
日々を大事にすることさ
生きることの楽しさや
友達と呑むワインのうまさ
愛や
ともし火や
夏のせせらぎ
食事のたびのパンと肉
道端を歩みつつ口ずさむルフランの調べ
安らかで苦悩を知らぬ
眠りのこと
別の空を見る自由
そして尊厳の感覚と
他人の奴隷になることを拒む勇気だ

 (壺齋散人・訳)

◆「別の空を見る自由」――塀や檻の中にいるのではないのに、空を見上げる自由を私は進んで捨てていないか?
そして、奴隷なんかじゃないと、愚かにも信じ込んでいないか?


エアコン買い換えで眠れない……[2017年11月11日(Sat)]

DSCN3381ヘンリー・ムーア1983-4[母と子]-A.jpg
ヘンリー・ムーア「母と子」 (1983-84)。箱根彫刻の森で。

*******

いろいろ買い換えの必要に迫られる

◆居間のエアコンに寿命が来たようで、やむなく電気屋に出かけた。
朝刊の折り込み広告に載っていたチラシで目玉商品に目標を定めて出かけたつもりが、掃除の手間が省ける機能に引き寄せられて、同じメーカーではあるが、「福沢諭吉」がさらに2.5人分必要な機種になってしまった。

◆機種を決めた後になって、現在の2口コンセントでない専用コンセントにしなければダメで、新しい回線を引っ張る必要が浮上した。取り付ける前に現場を見てもらい工事見積もりをする一手間が加わってややこしい。
段取りを決めてもらうあいだ、椅子に腰を下ろして店内に貼り出した暖房コストの比較表を見て驚いた。
エアコンによる暖房が一番安いというのである。
ついで石油ファンヒーター、そして電気ストーブ(セラミックを含む)という順だったか。
石油ファンヒーターはエアコンの倍のコストだと書いてあった。

◆今年は未だ灯油を買いに行っていないが、朝夕さすがに寒い日もあって、エアコンを暖房で動かすことになる。ただ、原発がすべて停止し、火力発電をしている東電を使っている現状では、贅沢をしている後ろめたさがあった。
石油ファンヒーターは立ち上がりで勝るし、エコモードに移ってからは点いているかどうか判らないほど静穏で省エネ化が進んでいる。何となく一番暖房効果が高く経済的であるように思い込んでいた。ところが実際は電気を使ったエアコンの方が低コストだとは。

電力会社は石油や天然ガスで発電しているわけだから、各戸で油を消費する代わりに元締めがまとめて化石燃料を使った方がムダが少ないと言う理屈になるのだろうか。

ただしこれはコスト面の話に過ぎず、環境への負荷となると別の考え方をしなければならない――と考えていると眠れなくなりそうだ……。

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私たち 生まれたその日から
眠ることをけいこしてきました。
それでも上手には眠れないことがあります。

石垣りん「おやすみなさい」より

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