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若い人に教わること多し(2)[2017年09月30日(Sat)]

中教審総会傍聴席の若き主権者

◆衆議院解散強行された9月28日、文部科学省では午前10時から正午まで中央教育審議会の総会が開かれた。
10時半頃に林芳正大臣も顔を出したが挨拶を述べたのち退席した。
総会には初の顔見世であるにもかかわらず、あわただしいことだった。大臣不在の間は宮川典子大臣政務官が会議に臨んではいたものの、せっかく目の前に用意されたタブレットや紙の資料に目を落とすようすもなく、ただただ茫洋と座っていた。
解散後のあれこれに考えを巡らしている風もなかった。
宮川政務官もまた会議終了を待つことなく、臨時国会で解散の詔書を聴くだけのために席を立った。

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左から宮川大臣政務官、林文科大臣、北川禎介中教審会長、小川正人中教審副会長
(2017年9月28日、文科省第二講堂:旧庁舎6Fにて)

◆この日の傍聴席には、高校生と思われる女子がしっかりメモを取りながら委員たちの発言に耳を傾けていた。
傍聴席の最前列にいたので、はじめ記者か文科省の新人職員かと思ったが、足もとに置かれた鞄から高校生だろうと推定された。背筋を伸ばして前方を注視している姿は清々しいものだった。
中教審の諸会議を傍聴して来たこの1年半余で初めて見る光景だ。

学校の授業はどうしたのだろう、などと後から気になったが、つまらぬ心配かも知れない。
主権者が自分やそれに続く世代の未来を左右する審議をつぶさに見て識見を鍛える。授業も会議もその材料を手にする機会としては同等だ。

何より、報道や会議録からはつかめない発言のニュアンスで真実味があるかどうかわかる。喋喋(ちょうちょう)滔滔(とうとう)と弁じ立てても、見せかけだけか本気であるかは見分けられるものだ。

◆チェックを受けるのは委員だけではない。
〇〇官や△△長という肩書きで顔を並べた御歴々も、表情や振る舞いによって正体を見抜かれたはずだ。若き主権者の鋭敏な感受性と視力を侮ってはならない。
「後生(こうせい)(おそ)るべし」(論語・子罕篇)とは、その意味であろう。

★【10月1日補記】
◆若い世代の真剣な傍聴に刺激を受けたか、教育情報サイト「教育新聞」に、この日の資料の一部「第3期教育振興基本計画の策定について(概要)」がその日のうちにアップされた。通例、文科省サイトに数日後にはアップされるものではあるが、それに先んじて【速報】として読めるようにしたもの。
その意気や良しだが、惜しむらくは冒頭2頁が欠落していた。「諮問の概要」と「計画策定に向けた基本的な考え方(概要)」だ。
審議経過をフォローしてきている人ならともかく、初めて接する読者にはすべて提示した方が親切だ。正確な情報を速やかに提供して主権者の知る権利に応える、それがメディアの使命であろうから。

【教育新聞9/28】
第3期教育振興基本計画の審議経過など報告 中教審総会
https://www.kyobun.co.jp/news/20170928_08/
【教育新聞9/28速報】
第3期教育振興基本計画 経過報告出される
https://www.kyobun.co.jp/news/20170928_02/



若い人に教わること多し(1)[2017年09月29日(Fri)]
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唐辛子(境川沿いの菜園で)

*******

若い世代に教わる

◆地元の方と立ち話をしていたら、下校途中の小学生が声をかけてくれた。
「どうかされましたか?」と落ち着いた口調で訊かれたので、思わず背筋が伸びた。
「いろいろ教えていただいているんです。」と答えると、続いて「何かできることがありますか?」とことばを次いだ。ますます驚いて、「いや、大丈夫です。」と答えながら、感じ入った。

高学年と思われる女の子だったが、立ち入りすぎない適度な間(時間的にも空間的にも)を保ちながら、短いことばをこちらにかけて、自然に向き合わせる対話に移って行ったからだ。

今どき、知らない人には用心するように学校でも家でも教えられているのが普通だろうに、どうしてこんなにみごとなやりとりが自然にできるのだろう、と我が身を振り返った。
その年頃の自分と言えば全く一語も発することができないか、相手の都合も構わずしゃべり倒すかのいずれかだっただろう。会話・対話の能力ゼロであった(馬齢を重ねた今も大差ない)。

◆地元の方も同じように感じ入ったようすで、小学生に「おうちはどちら?」と尋ねた。
聴くと、その直前にお話を伺った地元農家のお孫さんのようだ。未だ消えやらぬその方の面ざしを思い浮かべてみたら、この少女にスッと重なった。

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オシロイバナ(畠中の道で)



臭いものにフタ解散[2017年09月28日(Thu)]

臭いものを隠すための私利私略解散

◆野党が憲法にのっとって請求した臨時国会を3ヶ月以上もほったらかしにしたうえ、解散を宣告するためだけに召集し、総選挙に突入することになった。
アベ首相は国民の鼻面を引き回す悪行を繰り返したことをもって歴史に名を残すことになるのか。

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◆国会前の抗議集会は海外メディアの取材陣も多く、帰宅してTVをつけると、日本の混乱を口々に伝える海外TV局のニュースキャスターたちの姿がいくつも映っていた。

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◆雨もおさまった今日2017年9月28日の昼過ぎ、議員会館に面した国会議事堂ウラに貸切バスが停まり、小学生たちが歩道に整列していた。国会見学に来た子どもたちだった。
政治の狂躁、若き主権者たちの目にはどのように映っただろうか。

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私たちは戦争を許さない 9・28市民大集会[2017年09月27日(Wed)]

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天王森泉公園前の田んぼのかかしコンクール、優秀賞はケア施設のみなさんが制作した浦島太郎。
立派な鯛が釣れた。
選挙戦前にすでに各地を行脚したかのような日焼けした精悍な表情だが、「無所属から出馬」という話はたぶん、ない。

*******

◆衆議院解散をめぐって憲法と解散権が議論されている。
アベ首相は臨時国会冒頭で解散を行い、議員たちに説明し審議する手順は踏まない方針だという。
いやしくも国民の代表として各院に席を得ている議員たちを軽んじ貶めるやり方ではないか。

木村草太氏(憲法学)が解散をする場合には内閣が衆院で解散の理由を説明し、それについての国会審議を行う、と法律で定める方法を提唱しているという(9/27朝日新聞)。
「不当な解散でないかどうかを議員が吟味でき、その議論が有権者の判断材料にもなる。内閣が持つ権限とは、公共の利益を実現するために主権者から負託されたものであり、与党のために使っていいものではない。解散権もその一つだ」――正論だ。
ならば、それも改憲で、と「加憲」論者や「加憲」政党が便乗しそうな提案だが、その必要はない。法律をこさえるだけで良い。そのために脳みそはある。

*******

憲法9条を変えるな!安倍内閣退陣9・28臨時国会開会日行動
と き 9月28日(木)12時〜
ところ 衆議院議員会館前を中心に

*******

◆太平洋をはさんで失態・疑惑への批判をかわすために半島の緊張を煽るばかりの日米「同盟」。
(ただし国民の一人として「同盟」を承認した覚えは一度もなく、また、対米従属を強いられている現実に照らして「同盟」という言い方は不適切と思う。)

明日、東京地裁で安保法制違憲訴訟(国賠訴訟)の口頭弁論がある。
さらに夕方、「私たちは戦争を許さない」市民大集会が行われる。
午後には雨も収まる見込みなのでぜひ参加を。

詳細は総がかり行動の下記ページから
http://sogakari.com/?page_id=67

安保法制違憲訴訟(国賠訴訟)第5回期日
と き 9月28日(木)15時開廷
     *傍聴抽選は14時30分
ところ 東京地裁 (霞が関駅A1出口から歩1分)


私たちは戦争を許さない
 ― 安保法制の憲法違反を訴える
 9.28市民大集会

と き 9月28日(木)18時30分〜
ところ 日本教育会館
神保町下車(都営新宿線・東京メトロ半蔵門線A1出口から歩3分、都営三田線神保町A1出口から歩5分)

主催:安保法制違憲訴訟の会
協賛:戦争させない。9条壊すな!総がかり行動実行委員会

安保法制を許さない集会ビラ表20170928A.jpg

横浜米軍機墜落事故から40年[2017年09月27日(Wed)]

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サルビア(日大・生物資源科学部の農園付近で)

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忘れてはならない土志田和枝さん母子のこと

◆1977年9月27日に横浜市緑区荏田町(現・青葉区荏田北)に厚木基地から飛来した米軍のジェット戦闘機が墜落した。明日で40年となる。
この事故については2年前に当ブログに書いたことがある。
★「愛の母子像―1977年9月27日」
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/188


大和市米軍機墜落事故

◆さらにさかのぼる1964年の9月8日には大和市舘野鉄工所に米戦闘機が墜落、5名が死亡、3人が重軽傷を負う事故があった。
厚木基地問題に関するサイトで知ってはいたが、半世紀以上を経て風化しつつあるのでは、と危ぶんでいたところ、今朝の東京新聞が取り上げていた。
この9月24日に、事故を語り継ぐ「市民の集い」が行われたのだ。
ところが驚くべきことに、これまで後援して来た大和市が、集会の後援を見送ったというのである。

★【東京新聞 神奈川版】
大和米軍機墜落 市、追悼集会の後援見送り
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201709/CK2017092602000164.html

◆後援見送りの理由は「事故には多様な意見がある」というもの。
「異論があるから止める」という後ろ向きの姿勢が解せない。
記事によれば、事故跡地を慰霊の広場にと求めた陳情をめぐる市議会の議論が原因のようだ。
「事故を忘れたい人もいる」と述べた議員もいたという。遺族や被害者の心情を配慮して、という言い方がこうした場合に出てくる。
だが、当事者の苦悩に寄り添うと見せかけて実際は「臭いものにフタ」で無かったことにしたいのではないか。「忘れたいのは(当事者でなく)あなたご自身では?」と当の議員に訊いてみたい。

◆77年の横浜の墜落事件の場合も、遺族の土志田勇さんが「愛の母子像」建立にようやくこぎつけたものの、当初、事故の説明板は設置しないよう条件が付けられたため、像を見て怪訝な顔をする人が後を絶たなかった。
米軍への気兼ね・忖度が強く働いたわけだ。


1964年には

◆大和市に墜落した直前(同じ9月8日午前)には、相模川に米機F105が墜落し乗員2名が亡くなっている。
この64年は、4月に町田市原町田にもF8U-2が墜落して市民4名が犠牲になり、30名余の重軽傷者を出している。復帰前の沖縄・嘉手納基地から厚木基地に飛んで来たものだった。
★【タウンレポート(2009年4月2日タウンニュース】記事参照
〈45年前の大惨事 米軍機墜落〉
http://archive.is/sWvSK

また、この64年は神奈川県内だけで8件もの米軍機墜落事故が起きている。
第18回オリンピック東京開催(1964.10.10)を目前に控えて大変な受難が続いた年だったわけだ。

◆基地ある限り、事故に見舞われる恐怖は消えない。
かつてない極東の緊張状態に直面している現在はなおさらだ。

危険をゼロにする努力をワキに置いて、慰霊・追悼に制約を加えるのはどうみても逆立ちしている。(と入力し終えたところで、深夜の空をまたぞろ飛行機が飛んで行った。)


『私たちは戦争を許さない』―原告の声(5):若い主権者たちのまなざし[2017年09月25日(Mon)]

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横浜市泉区天王森泉公園前のかかしコンクール、最優秀はプロ志望を表明した清宮幸太郎選手(早実)。

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◆首相は「加計隠し解散」とも言われる「賭け」に打って出た。
そこに「欠け」ているのは立憲主義であり主権者に正面から向き合う政治家として最低限の姿勢だ。
あちこちのTVに顔は出すが、真実味の「かけら」もない言葉が電波を空費した。

*******

◆『私たちは戦争を許さない』(岩波書店、2017年)から若い主権者たちの真摯な声を二つ抄録する。

◆小学生の時に平和資料館で戦時下の学校生活を知って以来、折に触れ平和や憲法について家族と話題にしてきた大学生は、目先のことより恒久平和に一歩でも近づく道を志向してやまない。

戦争は経験したくありません 大学生 M・Y

――安倍政権は独自の解釈や口実作り、パフォーマンス等をして、いかにして進めるかということしか考えていません。集団的自衛権は今までの政府見解をひっくり返しました。憲法によって守られていると思われた平和主義が壊されると、これから先どうなるのかと不安に思い、国会前のデモや集会に参加しました。
ところが、多くの反対意見を無視して、国会は衆議院でも参議院でも強行採決に踏み切り、新法制を成立させてしまいました。このことに失望と怒りを感じました。

軍隊がないからこそできる国際平和への貢献のやり方があると思うのですが、新法制では自らそれを放棄してしまいました。しかも、憲法を守らなければならない立場の国会議員によって、違憲である新法制が可決されてしまったのです。納得のいく説明、答弁がないまま、都合の良い解釈を作ったりしていますが、まともに憲法を読めば、新法制の中身を認めるようなことは憲法に書かれていません。戦争をするようなことにはならないと政府は言っていますが、新法制の中身を読むと戦争するようにしか思えません。
このように、問題点しかないような新法制がそのまま成立、施行されたことで、この先、日本がどうなってしまうのか不安でなりません。新法制によって、参加しなくても良い戦争に巻き込まれたり、それによって相手国や犠牲者の遺族から恨まれたりして、テロが起きる可能性があります。また、参考人の憲法学者が違憲だと明言したのに、そのまま新法制が成立されたことに、憲法を根本からひっくり返すような政治家がいつ出てきてもおかしくないと感じました。私は、今回の新法制が成立するまでの過程で、憲法が今まで私たち国民をどれだけ守ってきたかということを改めて感じ、今回それが崩されたと感じました。私たちは、安心して日々の生活を送れなくなってしまいます。平和資料館で感じた恐怖が現実のものになってしまったらどうしようという不安でいっぱいです。いや、実際に戦争が起こってしまえば、そこで感じた以上の恐怖があるのでしょう。そう考えると生きた心地がしません。また、戦争になれば家族や友人などが一気に死んでしまうこともあります。そうなってしまう怖さもあります。そして、今まで世界が平和になっていくために日本がとった非武装という手段で世界が平和になっていく歩みを、徐々に武装を重装備化していくことで、また日本が戦争という道へ歩み始めているのではないか、いつになったら本当の世界の平和が訪れるのか、世界が平和になる日がまた遠ざかったのではないかという悶々とした日々を送っています。
新法制は廃止にし、軍隊のない日本だからこそできる国際貢献をしていくべきだと考えます。今だけの日本や世界の安定。平和ではありません。50年、100年、その先のことをもっと考えてほしいです。道のりは長いかもしれないですが、世界から軍事力が無くなれば戦争やテロが起こらなくなり、私も含めみんなが安心して日々を過ごすことができると考えます。

    〈第U章 戦争体験と平和の祈り〉より


◆福島原発事故により横浜から西日本に自主避難せざるを得なかった高校生は、日本が戦争加害者になる事態や、原発がテロ攻撃を受けて深刻な状況に陥ることに現実的な不安と恐怖を隠さない。

若者も感じる現実的不安 高校生 A・A

新安保法制法が制定されることで一番不安に思うのは、私自身を含む日本国民がテロの標的になることです。なぜなら新安保法制法は、アメリカが助けてくれと言えば、他国のために日本が戦争へ参加することになる法律です。相手国から見れば日本も戦争加害者です。日本国民がテロの標的になることは、普通に起こりうることだと思います。
また将来私が結婚して、子どもが産まれた時、結婚相手や子どもが戦地に行くかもしれないという不安もあります。私が結婚する相手や愛する子どもが戦争被害者だけではなく加害者にもなるというのは大きな恐怖です。安倍首相は日本国憲法には第一八条があるから、徴兵制の復活などあり得ないと答弁しています。しかし、これまで集団的自衛権は憲法上認められないとしていた政府見解を、何の手続も取らずに変更した人の言うことは信用出来ません。また自民党の有力者も、将来徴兵制があり得ないことではない、と話をしているとも聞いています。私の不安は漠然としたものではありません。将来あり得ることだと思います。
さらに、私は福島原発事故からの避難者です。仮に日本が集団的自衛権を行使したせいで、相手国から攻撃を受けるとすると、原発大国である日本は、市民への直接的なテロ攻撃ではなく、原発を狙って攻撃される危険は高いと思います。もし、伊方原発や島根原発が攻撃されれば、私たちはどうなるのでしょうか。岡山も福島のように、放射能の影響による健康被害や、突然死で亡くなる方も急増するかもしれません。それどころか、広島や長崎のように、多くの人へ重篤な被害が発生するかもしれないのです。そのようなことを考えるだけでも精神的な苦痛を伴います。
広島や長崎、そして福島の過去を繰り返してはいけません。そのような危険を助長する新安保法制法は廃止すべきだと思います。
私は日本は、第二次世界大戦の反省や世界で唯一の戦争被爆国として、戦争を放棄し平和主義を貫く憲法を制定したと学びました。国民の大部分が日本国憲法に誇りを持っています。日本は戦争をする国になるのではなく、平和主義・専守防衛を堅持する国となるべきです。日本が果たすべき役割は、他の国のために戦争をすることではありません。二度と戦争はせず、戦争になるような外交はしないで、国家間でのもめ事は対話で解決するよう努力し、世界の見本となるべきなのです。
そのために、私たち若い世代が、新安保法制法などに関心を持ち、政治へ参加していくべきであると思いますし、終戦から70年が過ぎ戦争経験者の方がだんだんと少なくなる中でも、過去を忘れず未来を想って平和を維持することこそ、平和な時代に生まれた私たち若い世代の使命だと想います。
    〈第V章 脅かされる平和と市民生活〉より

〈戦争をする国になるのではなく、平和主義・専守防衛を堅持する国となるべきです。〉
こう語る若き主権者に応える資格、ありやなしや。
そのことを首相に問う。

『私たちは戦争を許さない』―原告の声(4)[2017年09月24日(Sun)]

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 ススキの穂が輝く季節(六会日大前駅のうら)

*******

◆「難民は射殺ですか」と語る麻生太郎発言を動画で見た。改めてこの人物が手口を「ナチスに学んだ」としても、それがもたらした惨禍には何も学んでいないのだということがよく分かった。
難民対策の必要を述べたのだと擁護する声があるが、この発言は難民への恐怖をかき立て、危険分子とみなして敵視し、暴力的に排除する気分をあおる効果しか持たない。
与野党関係なく、こうした暴言を批判・指弾しないならば、これを容認する者だと言わざるを得まい。それは関東大震災の混乱のさ中、国内に暮らす朝鮮の人々や中国人を謀略分子とみなしてその命を奪った狂気に重なる。
まさか、と思う向きは『私たちは戦争を許さない』に寄せた在日3世原告の声に向き合ってみて欲しい。抄録する。


もうこの国に住めなくなるかもしれない
       ピアニスト 崔善愛(チェ・ソンエ)

私は在日コリアン三世(韓国籍の特別永住者)で、ピアニストとして活動しています。
私たち外国籍者も日本国憲法=平和憲法によって安全に守られてきましたが、今回の安保法制の制定により、もはや安全が保障されなくなった、私たちやアジアはこれからどうなるのかという強い不安を感じています。
安保法制の制定・施行によって、日本が米国と共に武器を持つ姿がアジアの人々に与える心理的衝撃は計り知れません。日本が武器を持つことはアジアの平和を脅かし、世界を戦争へと導きます。70年前まで日本軍によって国を奪われ、家族を殺され、苦しめられたアジアの人々の戦争の記憶がよびさまされてゆきます。戦後様々な人が築き上げた近隣諸国との友好の絆が一挙に冷え、再びあの戦争の時代に戻る、安保法制がその引き金になるのではないでしょうか。
考えたくもありませんが、領土問題などで緊張が強まる中、朝鮮半島や中国と武力衝突するような事態になれば、国内在住の外国人はどうなるでしょう。「あの人は日本の味方なのか敵なのか」「どこの国のパスポートを持っているのか」、さらに、親や自分の思想・宗教などを調査されたり、外国人は犯罪を犯すかもしれないという日で警察や町内会などが自分を見るようになるのではないかと、私は恐れています。

◆2015年、さるシンポジウムで上映されたヘイトスピーチの映像に言葉を失ったと言う崔さんは、この時に感じた恐怖を次のように綴る――

「過去を学ぶ」とか「多文化共生」などという言葉はヘイトスピーチの罵声の前に、もはや無力なものであるとさえ感じました。その夜、私は日本刀で刺される夢にうなされ、翌朝熱を出して寝込みました。

◆暴虐の歴史は終わっていない。「団結や和」を無条件の善として賛美する気分は、異分子をあぶり出し(しばしば意図的にでっち上げさえして)吊し上げにする敵意と表裏一体のものだ。
自覚的であるためには「それが私であったら」と想像するちからが必要だ。
その想像力は当事者のことばに学ぶところからしか生まれない。


私たち日本に住むコリアンや中国、台湾などアジア出身の人は、自分を育てた日本を故郷と感じ、愛し、ここに住む人を友達だと想いながら暮らしています。にも拘わらず、今後日本が米軍と共に武力を行使すれば、自分のルーツである朝鮮半島や中国が日本にとっての敵国となれば、私たちの友情はどうなるのでしょうか。
米国が第二次大戦中、日系人に対して行った強制収容は有名ですが、翻って日本で「有事」となったとき、在日コリアン他外国人300万人以上が、「日本人ではない」というだけで敵視され、収容されたり、それぞれの国籍国に「強制送還」されたりしないだろうか。もし、朝鮮半島あるいは中国との「有事」となれば、在日コリアンに対して「北か南か」など、親の思想やルーツを調査されるかもしれません。冷戦はいまも在日コリアンを分断しています。どんなにこの土地に愛着を持っていようと、「反日」か「親日」かとレッテルを貼られることがあります。

(略)
いまも体戦状態にある朝鮮半島。朝鮮戦争のための兵器を日本は製造し、戦時による「特需」は5年間で総額16億1900万ドルに達し、この国は焼け野原から「復興」したのです。隣の国の戦争の犠牲によって「復興」したことを、「特需」という言葉でくくってよいものでしょうか。その歴史認識の延長線上に今回の安保法制があるのではないでしようか。冷戦構造によって一つの国が二つに分断されたことは、この国とは関わりのないことなのでしょうか。

この国で他民族憎悪が拡がっています。いつかこの国から自分の判断で逃げ出さなければならない日が来るかもしれないと考えずにはいられません。日本人ではないことで敵国人のように扱われ、強制収容されたり、殺されるかもしれない。既に朝鮮学校のこどもたちは、まるで『アンネの日記』のように、この国で隠れ、息をころし、朝鮮語を外で話さないように努めているという現実があります。近い将来、私たちはこの土地と人々とのつながりを捨て亡命すべきなのでしょうか。手遅れになる前に。
アメリカでは「白人専用」「White Only」のバスやトイレがありました。いま日本ではサッカー場で「Japanese Only」、銭湯には「外国人お断り」があり、人種差別が強まっています。「日本人のこころ」を強調する政治家と連動しているかのようです。

他民族憎悪が拡がるのは戦争の前兆であることは歴史が教えています。そして私たちが戦争ヘの怒りを忘れたとき、再び戦争が起こるのではないでしようか。
「永遠に戦争を放棄する」という日本国憲法の思想は人類が幾多の戦争を経てようやく手にしたものです。この言葉からは戦争の愚かさへの反省と謝罪が聞こえてきます。戦争放棄こそ未来を担うこどもたちに残すことができる遺産なのです。
私たちの憲法がうたう「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」すること、それがいまアジアを戦争に導かないための唯一の道だと信じます。

 『私たちは戦争を許さない』(岩波書店、2017年)より。*漢数字は算用数字に改めた。

*******

◆崔善愛さんについて、梓澤和幸弁護士がエッセイを綴っている。ぜひ一読を。
梓澤和幸「崔善愛(チェソンエ)さんのこと」

http://www.azusawa.jp/break/essay/20150621-2.html


麻生副総理がトンデモ発言[2017年09月23日(Sat)]

「異物」は除く、それが現政権の本音だ

麻生太郎副総理がとんでもない暴言を放った。
罷免相当。

★【朝日新聞デジタル 2017.9.23、21:09配信】
麻生副総理「警察か防衛出動か射殺か」 北朝鮮難民対策

麻生太郎副総理は23日、宇都宮市内での講演で、朝鮮半島から大量の難民が日本に押し寄せる可能性に触れたうえで、「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」と語った。

麻生氏はシリアやイラクの難民の事例を挙げ、「向こうから日本に難民が押し寄せてくる。動力のないボートだって潮流に乗って間違いなく漂着する。10万人単位をどこに収容するのか」と指摘。さらに「向こうは武装しているかもしれない」としたうえで「防衛出動」に言及した。

防衛出動は、日本が直接攻撃を受けるか、その明白な危険が切迫している「武力攻撃事態」などの際に認められており、難民対応は想定していない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170923-00000051-asahi-pol

*******

◆難民への人道的配慮などカケラもない。
「ナチスに学べ」発言をはじめとして言いたい放題をおとがめなしで来た結果がこれだ。
海の向こうからやって来るのはすべて邪悪な異類・異物であるから命を奪って当然というヘイトクライムそのものだ。撤回・謝罪では済むまい。

◆オバマ前大統領が先日引用したマンデラ氏のことば「人は憎むことを学ぶのだ。そして、憎むことを学べるのならば、愛することも学べるだろう」は世界の共感を呼んだ。
しかしこの国の副総理にして元首相は「憎むことを学んだ」ために「射殺」を口にするのではないように見える。学ぶことがない御仁だから無法者のごとき暴言を何度でも連発するのだろう。

◆アベ首相の北朝鮮をめぐる国連演説での「必要なのは対話ではない」発言、河野太郎外相の「北朝鮮とは国交断絶を」と世界に求めた米コロンビア大での発言。
すべては「問答無用」というメッセージだ。実は他の回路を用意できない政権全体の無能と人間味の不在を示しているのだろう。
政府こぞって「邪魔者は消せ」とばかりに「ならず者」ガンマンを気取ってどうするのだ。

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 2017.9.19国会正門前で。

『私たちは戦争を許さない』―原告の声(3)[2017年09月22日(Fri)]

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横浜市天王森泉公園恒例のかかしコンクールに参加のトランプ氏。

*******

空と海から平和を見つめてきた人々

◆引き続き『私たちは戦争法を許さない』(岩波書店、2017年)の〈第I章 安保法制 いま何が起きているのか〉に載った原告陳述書から、空と海の仕事を担って来た方たちの声を抄録する。
*漢数字は算用数字に改めた。 安保法制違憲訴訟の広がりを示すように、各界で活躍中の方たちが原告に加わっており、陳述書はすべて署名記述だが、ここではイニシャル表記にする。

◆もと国際線の機長だったY・Hさん――
「民間航空は平和であってこそ存在できる産業」であるゆえに、航空労働者は戦争に巻き込まれることに一貫して反対してきたこと、また日本の航空法には日本国籍機の軍需品輸送の規定がなかったこと、それは憲法九条があり、軍需品の輸送を想定していないからだ、ということばには、空の旅の安全を最大の使命として生きて来た人の使命感と自負が込められている。
しかし1999年5月の周辺事態法を契機に、自衛隊の民間機利用が目立つなど、取り巻く環境が悪化、政府は「民間機による武器・弾薬の輸送も排除されない」と航空法の解釈を変えた。2000年8月に、アメリカ国防総省から当時の防衛施設庁を通して、国内航空各社に対して米軍の輸送資格を取得するよう申し入れがあった。労組の強い反対もあり、航空会社は受け入れていないが、要請は現在でも続いている、という。2003年のイラク戦争は「戦争反対」の声が高まり、自衛隊派遣では日本の民間機を使用しなかったものの、2006年のイラクからの撤退、2009年のジブチヘのPKO「派遣」では、日航は民生支援を理由に自衛隊輸送を受け入れた。そして戦争法成立後――

民間機も標的に 元国際線機長 Y・H

2016年11月20日、日航機がチャーターされ、南スーダンヘ119名の自衛隊員が輸送されました。これは「集団的自衛権行使」を容認する安保法制の成立後の閣議決定で、「駆け付け警護」などの任務が付与され、武力行使も前提とした自衛隊員の輸送でした。
今日まで、日本の民間機は「報復テロ」の標的にはされませんでした。しかし安保法制の成立で、他国の戦争の助太刀をする自衛隊員の輸送は、これまでの輸送とは根本的に異なります。輸送そのものが相手国から敵視され攻撃されるだけでなく、報復テロの対象が日本国民。国内へと広がるからです。
かつて世界一の航空会社であったパンアメリカン航空は、80年代にパレスチナやリビアなどのテロ集団から相次いで攻撃され、多くの犠牲者を出した結果、信頼を失い、旅客が離れ、倒産に追い込まれました。パンナムがテロの標的とされた理由は軍需輸送を行っていただけではありません。「戦争する国・アメリカ」の象徴であったからです。

(中略)
安倍政権は、安保法制の制定で日本を「戦争のできる国」に変貌させました。これによって、日本の民間機が、テロ集団の標的にされる可能性は極度に高まりました。飛行機の旅客や乗務する仲間、後輩が犠牲となることが現実味を帯びてきています。私は、憲法を蹂躙し、国民の命を軽んじる政権に対して、いたたまれない気持でいると同時に、止めることのできない口惜しさと憤りを感じています。
裁判所には、大統領令を違憲と判断したアメリカ連邦裁判所のように、法の番人として、三権分立の範を示す判断を下されますよう切望いたします。


◆司法がその働きを示さないならば一国の転落はとどまるところを知らないだろう。
2014年の集団的自衛権の行使容認閣議決定にあたり、その論拠として、1959年の「砂川事件」判決を持ち出したことがこじつけであることを含め、ウソにまみれた「食言内閣」に法理を諭す責任が裁判所に求められている。

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◆一等航海士としてイラン・イラク戦争の際にも原油タンカーでペルシャ湾を何度も航海してきたH・Tさんは、日本船が一隻も攻撃されることがなかったのは、憲法九条を持つ平和国家であることが海外に認知されていたからであることは明らかだ、と説く。しかし――

後方支援で生じる船舶の危険  元船員 H・T

周辺事態法では、「後方支援」の民間協力を求めています。そこでは、船員を予備自衛官として、武器等の輸送に用いることが想定されています。実際に、防衛省と船舶会社との間で、既に、二隻のチャーター契約を結んでいます。10年で合計250億円という金額です。これは、普段は船舶を通常利用してもよいが、有事の際には、防衛省の命令によって、これらの船舶を自衛隊がチャーターできるというものです。
船舶を運航するのは自衛官となっていますが、これらの船舶は、現役の自衛官では操作が無理ですから、船員を予備自衛官として、自衛官の身分で、船舶を航行させることになります。国内の船舶会社は小規模な会社が多いため、船のチャーター契約は、船舶会社としては、黙ってもお金が入ってくる非常においしい取引であるわけですが、現場の船員にとっては、「後方支援」の名の下、いつ攻撃されるか分からない状況に置かれる危険性が高い取引となってしまっています。
今は、これらの船舶会社に就職する際に、予備自衛官になることを条件としているようです。これを拒否することは当然できますが、そうすると、採用されなくなってしまうため、実質的には、拒否できないでしょう。現役の船員にとっても、業務命令とされてしまえば、それを拒否することは現実的になかなか難しいと思います。
船での輸送は、単に船員だけでなく、港湾労働者等、船舶に関わる業務に従事している人たちは多数に上ります。有事になれば、これら船員だけではなく、港湾労働者なども協力させられることになります。


◆政府は、「後方支援」という言い方で安全であるかのような説明をしているが、「後方支援」というのは実際のところ、前線部隊に食糧、武器弾薬、医療物資等を運ぶ兵站活動であり、船舶は、まさにこの兵站活動を担うもの。
輸送船は反撃の手段を持っていないために、前線より危険であり、そのことは、第二次世界大戦中に日本の民間の船舶が輸送船として徴用され、魚雷の攻撃対象になって多くの犠牲が出たことが物語っているとHさんは指摘する。

◆安全神話がもはや通用しなくなった例として、Hさんは昨年バングラデシュで起きた傷ましい事件を挙げる。
まだ1年ほどしか立たないのに、私たちはもう過去のことのように犠牲者とその家族の苦悩を置き去りにしていないだろうか?

集団的自衛権の行使容認を政府が決めてから、日本の船舶が安全ということは全くなくなりました。先日のダッカでの日本人襲撃(2016年7月に親日国のバングラデシュで、武装集団が日本人を含む人質を取ってレストランに立てこもり銃撃戦となった。日本人の人質は「日本人だから助けてほしい」という意味のことを犯人に伝えたが射殺されてしまった。日本人は安全との神話は崩れた)でも明らかなように、むしろ日本が攻撃対象として扱われる事態になっており、海運業界を初めとする運送に関わる業界にその影響がもろに出てくるのではないかと非常に恐れています。
現役の船員は、これらの動きに対し不安があっても、なかなか声を上げることが出来ません。
私は、元船員として、実際に自分が現役だとしたら、今回の安保法制によって、武器弾薬を輸送する任務に就いたとき、戦闘に巻き込まれ、輸送船が攻撃される事態に遭遇すると考えただけで、本当に不安になります。後輩の船員のことも考えると、自分のことのように心が痛みます。
正規の憲法改正の手続をとらず、専門家を初め多くの人たちが違憲であると言っている安保法制を強行採決し、海運業界がまた、再び戦争への協力をさせられる途がひらかれてしまったことに対し、海運業界にいた者として、これほどの苦痛はありません。


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DSCN3341.JPG
境川沿いの田んぼの上で旋回しながら厚木基地に向かった飛行機。
機影を手がかりにネットに当たってみるとC17という輸送機のようだ。
ズームを使わなくてもハッキリ写った。


『私たちは戦争を許さない』―原告の声(2)[2017年09月21日(Thu)]

DSCN3476.JPG
先日の台風で倒れた稲。ゴジラの足跡のような凹みに雀がたくさん群れていた。

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安保法制違憲訴訟の会編の『私たちは戦争を許さない』(岩波書店、2017年8月)から神奈川県在住の原告の声をもう一つ。

厚木基地の近くに住む元鉄道運転士の方である。
*原文の漢数字を算用数字に改めたほか、見出しを引用者で付した。


爆音被害と墜落の心配   Y・M

 
爆音の苦痛

厚木基地は、米海軍の航空施設でありまた海上自衛隊の航空基地として、日米共同使用の軍用飛行場となっています。米海軍の航空母艦(現在はロナルド・レーガン)が横須賀基地を母港としており、年間200日前後入港していることが多く、厚木基地はその艦載機(70〜80機)の整備、訓練等の根拠地とされています。海上自衛隊の航空機は日常的に飛行しますが、米軍の航空母艦が横須賀港に入港しているときは、その艦載機は厚木基地に常駐し、そこから毎日のように訓練飛行に飛び立ちまた帰還します。基地の周辺を旋回することも多いです。
基地は南北に滑走路が走っているので、基地のほぼ真北にある我が家は滑走路の延長線上にあたり、軍用機が真上を通過して行くことになります。
航空機の離発着は、風上に向かって離陸するので基地の南側・北側は、住居の上を離陸のために通過する場合と、着陸のために通過する場合がありますが、航空機は着陸時の方が低空を飛び、地上に接近するので、手の届きそうなところを大きな機体が速度を落として通り過ぎていくことになります。厚木基地は海風(南風)が多いので、私の家は着陸機の爆音にさらされる方が多いことになります。
空母艦載機のうち、FAl8ホーネットなどの約50機のジェット機の爆音が特に大きいのですが、これらのジェット機の典型的な飛行パターンとしては、通常2〜4機が編隊になり、海上や内陸の訓練空域で訓練するため、午前9時頃から3〜4時間を1クールとして午前、午後と出入りをします。したがって、周辺住民は、午前、昼前・後、夕方と爆音にさらされるのです。飛行時間は、日米の騒音規制により午後10時から午前6時までは原則として飛行しないこととなっているのですが、例外も多く行われています。例えば、空母艦載機は夜でも短い甲板で正確に離着陸する必要から、ナイト・ランデイング・プラクティス(NLP)といって、暗いところで離着陸訓練をする必要があり、現在は硫黄島に訓練施設が作られているのですが、硫黄島でNLPをやってから厚木基地へ戻るのは当然夜おそくなります。その爆音で目が覚めてしまうと、そのあとは寝られません。爆音でテレビや電話が聞こえなかったり、集中を妨げられると、そのあと不愉快な時間が続きますが、睡眠妨害も含めて、爆音は音のするときだけの被害ではすまないのです。
今後、安保法制の実施により、自衛隊に紛争国への軍事協力が求められた場合、厚木基地での訓練等の離着陸が激しくなり、さらには厚木基地から戦闘機が飛び立つでしょうし、軍事物資の輸送が始まるでしょう。そうなれば、これまで以上の爆音被害が発生することになるでしょう。私たち基地周辺住民の生活の安全、生活の静穏はさらに害されることになります。

厚木基地に関わる墜落事故
この先も続く恐怖

航空基地の近くに住んでいると、墜落等の事故もとても心配です。大きな事故としては、昭和39(1964)年に町田市原町田に米軍ジェット機が墜落した事故(住民4人死亡、32人負傷)、同じ年に大和市にも米軍ジェット機が墜落した事故(住民5人死亡、2人負傷)、昭和52(1977)年に横浜市緑区にファントムが墜落して幼い子ども2人が死亡し、その母親も4年余の闘病生活後に死亡した事故などがあります。最近でも、平成25(2013)年12月に、空母艦載のヘリコプターが三浦市に墜落しています。また、航空機からの落下物の事故は頻繁に起こっており、小さな部品でも上空から落下すれば大惨事になります。軍用機は、民間機に比べて事故率がたいヘん高いのです。飛行が頻繁になれば、事故の危険と不安もまた、大きくなります。

軍事輸送再開を懸念

私は、相模鉄道という私鉄で、運転士として働いてきました。相模鉄道では、厚木基地への引き込み線があり、かつてジエット燃料を輸送していました。私自身は貨物列車の運転は担当しなかったのですが、鉄道と鉄道労働者はこのような形で軍事輸送にかかわることになります。厚木基地へのジェット燃料輸送は、1998年11月以降は道路輸送になって中止されていますが、一旦有事になった場合、それが再開されないとも限りません。軍事物資等の輸送は、有事には攻撃の対象にもなりうる危険な仕事になります。


基地が攻撃されれば住民も巻き添え
恐怖はつねに我が背中に

◆この原告の方は障害をもつ甥その親である妹夫婦とともに暮らしているだけにいざというときの心配は募るばかりだ。

厚木基地がアメリカ軍の訓練の根拠地であり、日本の自衛隊も利用していることから、今後日本がアメリカと一緒になって集団的自衛権で戦う場合には、まず攻撃対象にされることは間違いありません。テロのターゲットとなることも十分考えられます。私の住居は当然その被害を受けることになります。その場合に、車椅子の甥は迅速に逃げることは不可能ですし、何かが起これば逃げられない甥とそれを助けようとする妹夫婦や私らは、厚木基地と運命をともにする程の危険を背負っていることになるのです。
巨大な機体を目の当たりにし、爆音被害にさらされている私は、戦争と背中合わせに暮らし、戦闘機の存在を常日頃感じ、その規模の大きさを知っています。例えば乗用車がぶつかるとか、失火で家が燃えるとかいった日常起こりうる災害とは、全く規模の違う大きな被害が想定できるだけに、政府のとった安保法制によって受ける恐れの増した被害の恐怖は、一般人の想像を絶するようなものです。簡単に転居できない経済状態もあり、不安から目をそらして生活するしかありませんが、恐怖はいつも背中にあることを一時も忘れることはできません。 


「私たちは戦争を許さない」第V章 〈脅かされる平和と市民生活〉より

1977年9月27日に、当時の横浜市緑区荏田町(現・青葉区荏田北)に厚木基地から飛来した米ジェット機が墜落し母子3名が犠牲となったほか6名が負傷した事故。

*当ブログ2015/9/26の記事「愛の母子像」参照。
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/188



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