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〈かかわらなければ〉ー塔和子「胸の泉に」[2019年07月13日(Sat)]


DSCN1241.JPG
この時期、本当に色・模様さまざまなダリアに出会う。

◆◇◆◇◆◇

◆元ハンセン病患者・家族による国賠訴訟への熊本地裁判決について、ブログ「アリの一言」の13日の記事に重要な指摘があった。

《ハンセン病家族判決の重大欠陥と沖縄・天皇制》
https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/f5591ec89bd29255805009af067c864b

徳田靖之・弁護団共同代表が、判決が米統治下の沖縄における強制隔離政策は国の責任を負わないとしていることは「この判決の最大の問題点だ」と指摘し、判決確定後の国との協議で「最重要課題として取り組む」と述べたこと(10日付琉球新報)に触れた上で、「アリの一言」は次のように問題を剔抉する。

「米統治下の沖縄」すなわち1945〜72年の「沖縄における強制隔離政策」については国の責任は問わない。これはきわめて重大な沖縄に対する二重三重の差別です。


◆政府は控訴断念を表明しながら、一方で「法的問題点」をあげつらいそれを「政府声明」として出すというチグハグな態度に出た。しかも「問題点」といいながら、米軍統治下の沖縄での強制隔離政策については国の責任は含まない、とする判決を問題点として数えないのは、沖縄無視の態度こそはブレない政府の基本方針であり、新たな差別を沖縄に強いることなど思い至らないからだろう。

いずれにせよ、「政府声明」は、厚相や法相、国会議員等の責任を認めさせないという姿勢が露骨であり、被害の当事者である元ハンセン病患者および家族への気遣いは、つゆほどもないのである。

*******

塔和子に直接取材して書かれた安宅温「命いとおし」によれば、塔自身は「らい予防法廃止運動」に直接関わるよりむしろ「関心ない」と言い放ったという。
しかし、安宅が「らい予防法があってもいいということ?」と挑発的な問いをぶつけると、次のようなことばが返ってきた。

「まさか! 国は私たちを檻に囲い込んでおいて、死に絶えるのを待っているのだから、ガス室行きを病死か老衰死行きに置き換えて待ってるだけやもの。人間として扱っているとは思えない。けしからんことよ。私たちは間引きされたんよ。殺すと殺人罪になるから、死に絶えるまで檻に入れているんよ。殺さず生かさずやね」
「間引きよ、間引き」と繰り返すと、塔はそのまま黙ってしまった。
「私はね、国の罪を許したわけではないけれど、恨みつらみの感情を赤裸々にエネルギーにして、闘いたくはなかったのよ」ぽつんと言った。

◆1983年の詩集『いのちの宴』には、ふるさとでの少女時代を思い出す次のような一節もある。

ああただひとつ
楽しかった時代よ
小さな島の療養所で
もうすぐ三十七年目の夏を迎える
強制収容をした国家
不当な差別をする民衆から
遠くはなれた島の囲いの中で
飼い馴らされた動物のように
ただ静かに暮らして来て

  「静かに」(部分)

◆国家や社会の不当な扱いを生硬な言い回しで言挙げするのでなく、さりとて詠嘆調になずむこともせず、自足して閉じた世界にこもるよりは、ことばによって心を外へと解き放つこと。それが長続きする塔和子の「闘いのかたち」であったということになろうか。
安宅の言葉を借りれば、「詩作を通じて自己の尊厳を証明して見せること」、それが詩人・塔和子の〈無抵抗非暴力運動〉であった、ということなのだろう。


◆2007年、塔和子のふるさと明浜町(現・西予市)に文学碑が建てられたという。
碑は大島青松園がある庵治町の産である庵治石。
そこに刻まれたのは「胸の泉に」という詩である。


胸の泉に 塔和子
 
かかわらなければ
  この愛しさを知るすべはなかった
  この親しさは湧かなかった
  このおおらかな依存の安らいは得られなかった
  この甘い思いや
  さびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
  子は親とかかわり
  親は子とかかわることによって
  恋も友情も
  かかわることから始まって
かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は
人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る
ああ
何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
  私の胸の泉に
枯れ葉いちまいも
落としてはくれない


『未知なる知者よ』(海風社、1988年)所収
安宅温(あたか・はる) 「命いとおし 詩人・塔和子の半生」(ミネルヴァ書房、2009年)に拠った(一部送り仮名を改めた)。

★文学碑の画像は、塔和子を歌う沢知惠の公式サイトにアップされている。沢にはこの詩に曲を付けた「かかわらなければ」をはじめとする8曲を収めたCD「かかわらなければ〜塔和子をうたう」をリリースしている。
ブログには塔和子、大島青松園との多年にわたる交流も綴られていて胸を打つ。

http://www.comoesta.co.jp/hitokoto/index.cgi?p_start=38




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