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伊藤勝行「雨の国」[2019年06月11日(Tue)]

DSCN1026.JPG
コバンソウにモンシロチョウ

*******


雨の国  伊藤勝行

雨の中でせんたくをし
雨の中で干しあげようとする
女たち

雨の中で泥をこね
雨の中で壁をつくろう
男たち

拇印をおすようにかぞえた札を
一日の糧にぶすぶすもやし
生きている証しをしらせ合う
夕暮

子どもたちはぐったりつかれ
雨の中で寝小便をする
この国はそんな一枚の地図である


1956年の詩集『卵を抱く眼』(詩宴社)所収。

◆1925年生まれ、15歳で代用教員からスタートし、1946年に復員後、中学校教員として再スタート。教壇に立ちながら詩作を続けて来た詩人。

現代日本の浮華をはぎとれば、上の詩が描いたのと代わり映えしない、同様にみすぼらしい姿が現れて来るように思える。

◆同じ詩集の次の詩も、本質において国の姿は変わっていないことを歌う。
幾たび代替わりしたとしても。


国という字

 1

にほんのくに
くにを漢字で書きますると
国となりまして
中には玉
これはすなわち玉座のことでありまして
これをかこみまする構えは微塵のすきもなく
東西南北
いずれからの侵略もうけつけませぬ
この改正された一字を見ても
日本の象徴は意味深遠であります


*「國」から新字体「国」に改正したことをいう。

★日本現代詩文庫『伊藤勝行詩集』(土曜美術社出版販売、2000年)によった。


溝のかたわらで[2019年06月11日(Tue)]

DSCN1006.JPG
キョウチクトウ(夾竹桃)川崎市麻生区岡上附近で

*******


あかるい陰で  貞久秀紀

こんなことろにも
と思える溝の毀れたつなぎ目から
のびる茎のさきにどのような姿
どのような色でゆれていたのだろう
そこをゆき過ぎても
想い起こすことのできない花が
ひとのものである胸の
ふさぎとはべつにゆれていた
お山とよばれて
牛の背のように尾根をもつ雑木林の
ゆるやかな坂をなすふもとの道ぞいにこの溝がつらなり
かたわらにひとりの来たわたしが
歌いはじめれば声もそこにきこえているように
きのうの雨が山からの清水となって
溝の底をあかるく
流れていることを知らせているところで


貞久秀紀(さだひさ ひでみち) 『具現』(思潮社、2017年)より

◆序詩としてつぎの4行を持つ詩集。

日のあたる時と所に
みえているこの光景が
これと逐一同じべつのものだとしても
だれがちがいを語りうるだろう


◆見ること(もの)と見えていること(もの)は決して同じではないけれど、ふつうはそれは同じだと「みなし」て我々は生きている。
自明のことを当然だとみなすことで余計な波風を避けて生きている、とも言える。

だが、それでは余りにたくさんのことを見落としていないか?ないがしろにして生きていないか?というより、意識で強引にねじ伏せ扼殺していないだろうかと、ポソリつぶやいている言葉たち。

◆歩行中に目にとまった小景が歌われているのだが、むろん、全体が隠喩だと読むことも自由。
たとえば冒頭の詩「あかるい(雑木林の中のとある場所)」や「きのうの雨」は実景であると同時に、「わたし」を取り巻く世情でもある、と言う風に。



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