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黒田三郎「妻の歌える」―草の根からの問い[2019年05月15日(Wed)]

DSCN0671チガヤ.JPG
チガヤ

*******

◆東西冷戦のもとで手にして間もない平和憲法に蟻の一穴を開ける再軍備が進められて行った時代、戦後を支えた世代が何を考えていたか、知っておくことは大事だ。

海軍将校であった父を持つ黒田三郎(1919-80)は戦後NHKに入局、病と闘いながら家族を愛し40代後半まで勤める。
戦後詩を牽引する一人だった黒田の次の詩、「あなた方」に突きつける草の根からの問いは今も有効だ。

二字下げ、四字下げした詩行に耳を傾けたい。
「正義・祖国・平和」という「美しく重々しい」大義名分で進められる「再軍備」の動き。
それに対置される「私の小さな幸福/小さな平和/小さな希望」を胸に失わずにいる一人の妻は同時に、子を持つ母であり、兄たちを戦死させた妹であり、その貧しく無力な境涯から、それでも声を上げずにはいられない、草の根の連帯を信じ、地を響動(とよ)もす力をこめ、「あなた方は いったい何を守るというのですか」と。


妻の歌える  黒田三郎

  1

あなた方は
  正義のために
    と仰言います
あなた方は
  祖国のために
    と仰言います
あなた方は
  平和のために
    と仰言います

私から
この貧しい
ひとりの妻から
ただひとつの願いを奪い去ろうとして
あなた方は
大声疾呼なさいます
あなた方の
  美しい言葉
あなた方の
  重々しい身ぶり
あなた方の
  悲壮な決意

あなた方の大声疾呼する声は
裏通りのよどんだ空気をふるわせ
たてつけの悪い硝子戸をふるわせ
食器棚の上の一輪ざしをかすかにふるわせ
隙間風のように
私の耳を襲います

  再軍備
  再軍備
  再軍備

  2

たてつけの悪い硝子戸のなかで
一日中私のすることは
つくろい物や洗濯、食事の用意
編物の内職です
雨のふる日も風のふく日も
私のすることはまるで同じです
手先がかじかみ
爪先が凍えても
私は不平も申しませんでした
私は愚痴もこぼしませんでした
私は危険思想ももちませんでした
硝子戸のたてつけは悪くても
同じ屋根の下に愛する夫と住み
やがて丈夫な子を産み
微風と太陽とみどりの木立の間で暮したい
という仄かな希望で
私は胸がいっぱいでした
いや いまでも胸がいっぱいです

  3

               だが
あなた方の声は
私の耳の底で
次第に高まって参ります
  正義のために
  祖国のために
  平和のために
(銃をとれる者は銃をとれ!)
(銃をとれる者は銃をとれ!)

あなた方の声に服さない者の悉くが
その反対であるかのように
あなた方の声に服さない者の悉くが
非国民で売国奴であるかのように
あなた方の声は
私の耳の底で
次第に高まって参ります

  4

  私の小さな幸福
  私の小さな平和
  私の小さな希望

出刃包丁をもった泥棒とても
それを盗み出すことはできなかったのです
情け容赦もない税務署員とても
それを差し押えることはできなかったのです
屋根瓦を吹きとばす激しい風や雨さえも
すぎ去ったあとには
きらめく星を残してゆきました

               だが
あなた方は
ほんの
ひとことで
平気で
それを取り上げてしまおうとするのです
  正義のために
  祖国のために
  平和のために

十年前
そうして
私はふたりの兄を失いました

  5

新聞が伝えるように
スターリン首相が邪悪な心をもっているかどうか
私にはよくわかりません
ダレスさんが本当に私達のことを大事に考えて下さったのかどうかも
私にはよくわかりません
毛主席が私の知合の王さんのように義理堅いひとかどうかも
私にはよくわかりません

だが私は感じます
私の身の上に何が起ろうとしているかを
私は感じます
恐しい力が
私から夫を奪い去ろうとしていることを
夫に再び人殺しの鉄砲をもたせようとしていることを

  6

夫はいつも私に申しました
  「自分のことばかり考えるのは
  卑しいことだよ」と
何度も何度もそう申しました
  「自分のことばかり考えるのは
  卑しいことだよ」と
私は自分のことばかり考えているのでしょうか

  7

雑踏する夕暮れの町に
私は見るのです
  ひとりでゆくひとや連れ立ってゆくひと
  買物籠を提げたひとや手ぶらのひと
ゆき交う無数のひとびとのなかに
  遺家族がいます
  未亡人がいます
  今では物乞いになれた白衣のひとがいます
  孤児がいます
  戦災者がいます
ゆき交う無数のひとびとのなかで
私は夫の言葉を思い出すのです
  「自分のことばかり考えるのは
  卑しいことだよ」と

そうです
それは私だけのことではありません
  私と同じように貧しく
  私と同じように無知な
  すべての妻の運命です
そうです
それは私だけのことではありません
  母は子を
  妻は夫を
  妹は兄を
  子は父を
奪われようとしているのです
再び!
そうです
再び奪われようとしているのです

  8

あなた方は
  正義のために
    と仰言います
あなた方は
  祖国のために
    と仰言います
あなた方は
  平和のために
    と仰言います

               だが
あなた方は
今迄何をなさったのですか
夕暮れの町をゆき交う無数のひとびとのなかで
私は考えます
  雨のふる日も風の吹く日も
  つくろい物の洗濯 食事の用意
  編物の内職に追われとおしの私のために
いや私だけではありません
その日暮しのすべての妻や子のために
  私達の小さな幸福と
  私達の小さな平和と
  私達の小さな希望のために
あなた方は今まで何をなさったのですか

今こそ私は申します
  貧しく
  無力な
  妻や母や子や妹のために
すべての貧しく無力なものから
  小さな幸福と
  小さな平和と
  小さな希望を
    取りあげて

それで
あなた方は
いったい何を守るというのですか
  夫や子や父や兄を
    駆りあつめて
それで
いったい何を守るというのですか


『渇いた心』(昭森社、1957年)所収。『黒田三郎著作集T 全詩集』(思潮社、1989年)によった。



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