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すなどられる[2019年05月02日(Thu)]

DSCN0605.JPG
ハナミズキ

*******

◆珍しいこともあるものだ。ベランダに田螺(たにし)ほどの大きさの巻き貝が一つ転がっていた。
何かの鳥がくわえてきたものの、持て余して置き去りにしたらしい。
蛙が地べたで絶命しているのに時々出くわすが、あれも拉致した鳥が途中でくちばしから離してしまったものだろう。
不憫だが、喰う喰われるの関係が世にある以上、どうにもならない。

相棒が我が家に来て間もない頃、海岸の散歩に連れて行き、人もあまりいないので砂浜を走らせてやろうと思ったら何羽かトンビが現れて旋回を始めた。さらわれないとも限るまいと、リードを短く身構えてしまった。

さらわれるのは小さな生き物だけではない。
鷲にさらわれた子どもの話が各地に伝わっているではないか。

いや、子供だけがそうした運命に見舞われるのではないことを悟らせる詩がある。


すなどる   尾世川正明(おせがわまさあき)

そらから網がふって
だれかが捕らえられるゆめをみた
ゆめのなかで網にはいっただれかが
あっけなくこの世からきえた
ぼくはせかいのどこにも
おなじゆめをみているひとびとがいるのを
はっきりと感じていた
まどのそとには
あおい海とあおい空ばかりがかがやいて
まどのそとをみつめていると
ぼくのこころもからだも海や空にかわってしまいそうで
まどから はなれた
目をつむると
漁師がひとりあわだつ波のうえに 小舟をうかべ
網をうっているのがみえた

すなどる

そのことばがはっきりと
あたまの奥できこえていた
海のなかでうつくしくおよいでいた
ぎんいろの小魚たちが網にかかり
なんにもないせかいへと引き上げられる
なぜなのかかんがえることもなく
海からきえる
ぼくはむなさわぎをおぼえ
となりの部屋への扉をひらいた
部屋の中央の寝台には
はたしてだれもいなかった
シーツのしわは たしかにひとのかたちなのに……

ああ いま 世界のどこかで
網に捕われ
このせかいから引き上げられるひとは
もう二度とここに もどってくることはない



*詩集『海馬に浮かぶ月』 (思潮社、2004年)の一篇。
新・日本現代詩文庫『尾世川正明詩集』(土曜美術社出版販売、2009年)によった。

◆「すなどる」とは「漁をする」こと。
網で「引き上げられる」運命を予感する人間がいる。
大半の人は夢にもそんなことを思ってもいないので、「ぎんいろの小魚」たちほども輝くことはないまま消えてしまう。もう少しましな生き方を心がけるのだった、と思うひまも与えられずに。


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