CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2019年03月 | Main | 2019年05月 »
<< 2019年04月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
金子文子、13歳の回心(えしん)[2019年04月14日(Sun)]

DSCN0450ウキツリボク(チロリアンランプ).JPG
ウキツリボク(浮釣木)。チロリアンランプともいうそうだ。
ホオズキのように膨らんだ赤い部分は萼だそうで、そこから黄色い花が顔をのぞかせている。

*******

金子文子を思いとどまらせたもの

金子文子「何が私をこうさせたか」は自分の生い立ちを包むことなく綴っている。
朝鮮の叔母宅で祖母や叔母の虐待に耐えかねた少女は、13歳の夏、自殺の衝迫に襲われ、叔母の家からも見える鉄道の線路に向かう。

叔母の家の東の高台から見られぬよう、私は、踏切り近くの土手の陰に隠れて着物を着替えた。前の着物はくるくると捲いて風呂敷の中に包み、土手脇の草叢の中に突込んで置いた。
土手の陰に蹲(うずくま)って私は汽車を待った。だがいつまで経っても汽車は来なかった。やっと私は汽車がもう通過した後だということを知った。
それを知ると、私は、今にも誰かに追跡せられ、捕えられるように思って気が気でなかった。
「どうしようか……。どうすればいいのか……」


澄み切った頭の働きは敏速だった。私はじきに今一つの途(みち)を見出した。
「白川ヘ! 白川へ! あの底知れぬ蒼(あお)い川底へ……」
私は踏切りを突っ切って駆け出した。土手や並木や高梁畑の陰を伝わって、裏道から十四、五町の道程を、白川の淵のある旧市場の方へと息もつかずに走った。
淵のあたりには幸い誰も人はいなかった。私はほっと一息ついて砂利の上に殪(たお)れた。焼けつく熱さにも私は何の感じもしなかった。
心臓の鼓動がおさまると私は起き上った、砂利を袂の中に入れ始めた。袂はかなり重くなったけれど、ややともすればそれが滑り出そうであったので、赤いメリンスの腰巻を外して、それを地上に展(ひろ)げて、石をその中に入れた。それからそれをくるくると捲いて帯のように胴腹に縛りつけた。
用意は出来た。そこで私は、岸の柳の木に摑まって、淵の中をそおっと覗いて見た。淵の水は蒼黒く油のようにおっとりとしていた。小波(さざなみ)一つ立っていなかった。じっと瞶(みつ)めていると、伝説にある龍がその底にいて、落ちて来る私を待ち構えているように思われた。
私は何だか気味がわるかった。足がわなわなと、微かに慄えた。突然、頭の上でじいじいと油蟬(あぶらぜみ)が鳴き出した。
 

私は今一度あたりを見まわした。何と美しい自然であろう。私は今一度耳をすました。
何という平和な静かさだろう。
「ああ、もうお別れだ! 山にも、木にも、石にも、花にも、動物にも、この蟬の声にも、一切のものに……」
そう思った刹那、急に私は悲しくなった。
祖母や叔母の無情や冷酷からは脱(のが)れられる。けれど、けれど、世にはまだ愛すべきものが無数にある。美しいものが無数にある。私の住む世界も祖母や叔母の家ばかりとは限らない。世界は広い。母のこと、父のこと、妹のこと、弟のこと、故郷の友のこと、今までの経歴の一切がひろげられたそれらも懐しい。
私はもう死ぬのがいやになって、柳の木によりかかりながら静かに考え込んだ。私がもしここで死んだならば、祖母たちは私を何と言うだろう。母や世間の人々に、私が何のために死んだと言うだろう。どんな嘘を言われても私はもう、「そうではありません」と言いひらきをすることはできない。
そう思うと私はもう、「死んではならぬ」とさえ考えるようになった。そうだ、私と同じように苦しめられている人々と一緒に苦しめている人々に復讐をしてやらねばならぬ。そうだ、死んではならない。
私は再び川原の砂利の上に降りた。そして袂や腰巻から、石ころを一つ二つと投げ出してしまった。

  「何が私をこうさせたか」〈朝鮮での少女時代 その15〉p.170〜173

◆命短い油蟬の、ここを先途と鳴く声が、この世の愛すべきものたちに耳目を開かせる。
回心(えしん)とも言うべき大転換の瞬間である。

年端も行かぬ哀れな少女が死を決して死に損ねた。若草のように伸び上がるべきそうした年齢の頃に救いを死に求めるということさえ恐ろしい不自然なのに、復讐をただ一つの希望として生き永(ながら)えたとは何という恐ろしい、また、悲しいことであろう。
私は死の国の閾(しきい)に片足踏み込んで急に踵(きびす)を返した。そしてこの世の地獄である私の叔母の家へと帰った。帰って来た私には一つの希望の光が――憂鬱な黒い光が――輝いていた。そして今は、もうどんな苦痛にも耐え得る力をもっているのだった。
私はもう子供ではなかった。うちに棘(とげ)をもった小さな悪魔のようなものであった。知識慾が猛然として私のうちに湧き上ってきた。一切の知識をだ。世の中の人はどういう風に生きているのか。世の中には一体、どんなことが行われているのか。ただ人間の世の中のことばかりではない。虫や獣物(けだもの)の世界に、草や木の世界に、星や月の世界に、一口に言えばこの大きな大自然の中に、どんなことが行われているのか。そういった学校の教科書で教えられるようなそんなけちな知識ではない。
   (同書P.173)

こうしたことが人間には起こる。


| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
根来珠青
銃剣道 歴史に目をふさぐおぞましさ (03/29) 当ブログ管理人
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/26) 3億円で買える銃と弾
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/25) マキシミリアナ・マリア・コルベ
コルベ神父のこと その2 (06/23)
若き音楽家リュカ・ドウバルグ (06/09)
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml