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野見山暁治による宇佐見英治追悼のことば[2019年03月09日(Sat)]

◆画家・野見山暁治は、『アトリエ日記』を初め、多くの随想でも知られる。
文章で描かれる人々は絵の世界の人ばかりでない。実にたくさんのさまざまなジャンルの人たちが登場する。多くは長い交友を重ねてきた人々で、自然、追悼文を書く機会も少なくない。

「宇佐見さんの子犬」は詩人で仏文学者の宇佐見英治(1918-2002)を追悼したもの。

◆西武沿線に住んでいた宇佐見が、沿線の各駅くまなくコーヒーを飲みあるいた、と心許なく語るのを聞いたエピソードから、宇佐見本人の述懐に移る。

〈詩人と呼ばれるのは嬉しいが、まさか自分から詩人とはいえません、大学に勤めているが教師は本職ではない。モノ書きでもないし、美術評論家といわれるのは嫌だし……。〉

こう語る宇佐見の表情とその人生を次のようにスケッチする。

どこにも所属していない、心許ない顔なんだ。

そしてすぐ次のように続ける――

宇佐見さんは死んだ。風が攫(さら)っていったのか。宇佐見さんの身辺にいつも舞っていた風、なま身をさらしていたようなあの強靭な風貌は、どういうわけか姿を消して、酸素ボンベのカートを引きずって歩いていた姿だけが、やけに浮ぶ。
犬を連れてるみたいだと言ったら、いや犬に連れられて歩いているのです、と言い、ふと寄る辺ない表情になった。なにか優しげにも映った。
犬を引きずりながら、ぼくの個展会場にもやってくる。そうして、犬をうしろに待たせては、一点一点立ちどまり、地下の展示室に降りようとして、さすがに階段で足ぶみし、犬に目をやり、しばらくのあいだ、ためらう。


野見山と宇佐見の最初の出会いは若き日のパリ郊外の丘の上だったそうだが、訃報に接して浮かんだ光景は、酸素ボンベを子犬のように連れて野見山の個展にやって来た宇佐見の晩年の姿だ。

記憶に残るあまたのシーンの中で、なぜその映像を鮮明に思い浮かべたのか訝しく思いながら、野見山は次のように言葉を継ぐ。

宇佐見さんが生きているときには、こんな光景は浮ばなかった。ひとは消えると、どうしてひとつの映像になって棲みつくのか。肉をそぎおとし、この世から消えるものの姿をしてみせて、控えめに時空の中に踏みこんでゆく。

◆「ひとは…どうして〜」とは、人間が死ぬということへの感懐だ。人間一般の話に向かうのは、師友、肉親ら多くの死に接して来て、自分もその列にいずれ連なることに心が傾くからだ。

だが、個々の人間が一様な姿に還元されるはずもない。
野見山は宇佐見英治という一人の人間像をもう一度目の前に結び直す。

いやこれは晩年のことではなく、ぼくがずっと抱いていた宇佐見像だ。しかし、これも本人が消えてからの、こじつけかもしれん。
よくはわからない。わかっていることは、ぼくの絵をこれほどまでに喜んで観てくれた人はそういないということ。

その人はいなくなった。本当にいなくなることがあるんだと、ようやく今ごろになって知った。
(後略)

◆悼むことば自体も肉をそぎ落とし、不在を驚き悲しむ心そのものが手向けられている。
そのことに深く心を揺さぶられた。

野見山暁治「うつろうかたち」.jpg
野見山暁治『うつろうかたち』(平凡社、2003年)



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