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無言館―野見山暁治「アトリエ日記」より[2019年03月07日(Thu)]

野見山暁治のインタビュー連載(朝日新聞朝刊)が13回目になった。記事を読むのと並行して『アトリエ日記』や随想を拾い読みしている。

野見山が窪島誠一郎とともに各地を回って戦没画学生の作品を集めて1997年に上出市に開いた無言館について、『アトリエ日記』から――

2005年6月19日
無言館の、戦歿者の名を刻んだ慰霊碑に、誰かが赤いペンキをぶっかけたのだ。
今朝の新聞を見て驚いた。
さっそくにも現地にいる窪島さんに電話。鉄道の枕木に石を置いたりする奴もいるんですから、と彼、あきらめたような声を出す。憤りをおさえているのだろう。
何度でも言いたい。無言館は戦争をテーマにしてはいない。反対とか賛成とか、とは違う。卒業までの兵役延期、いわば執行猶予をうけた画学生たちのそれぞれの証言、残された日まで、どのように生きたか、どのような絵を描いたかということ。赤いペンキも、その後の、心もとない人間の行為として残しておくか。


◆ペンキ事件は当方も記憶にある。
その前年の夏だったか、無言館を訪ね、あわせて信濃デッサン館で村山槐多のほとばしるように赤い絵を見たばかりだったので、いかなペンキをぶちまけたところで、本物の絵が持つ鮮烈さには敵うはずがない、と思った記憶がある。

その翌週の「アトリエ日記」には――

6月25日
午後二時から七時すぎまで、がっちりとビデオ撮り。終戦六十年というので、嫌というほど、かつての日々の証言者みたいに引きずり出される。又しても無言館が看板にせられて、今まで何度も受けた質問、ぼくは繰り返し同じことを答える、何度も答える。
学生時代、親交のあった戦歿画学生の、当時のありよう、想い出。過去は時が経つほどセピア色にぼけていって、やがて消滅するのが順当だ。こうもたびたび掘りおこされてゆくと、そのたび色は鮮明に再成されて、ぼくは過去からいつまでも逃れられん。

  *野見山暁治『アトリエ日記』(清流出版、2007年)より

◆記憶は何度も掘り起こされてゆくと褪色することなく、むしろ鮮やかによみがえってくる。画学生たちが遺した作品もまた、人間がその前に立つことによって、画布表面のくすんだ色の下から鮮やかに立ち上がってくるものがある。
見る者は絵の前で絵筆を手にした若者の息づかいに耳を澄ませ、若者が見つめる対象物及び彼らを包む空気と時間への想像力を試されるのだ。


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