CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2018年10月 | Main | 2018年12月 »
<< 2018年11月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
壊死している社会[2018年11月25日(Sun)]

DSCN9110.JPG
桜の木にまとわりついたツタ。
ともに葉を落とした姿ながら、ともに次の春への備えをしているのだろう。

*******

辺見庸『月』24より

きーちゃんの母の話/げんじつということが、しょうじきなところ、よくわからない/あたしはまもられるべき生き物だろうか/ともに生きよう!


だれがいったのだっけ。にんげんの共同体の、どうしてもまぬかれがたい無限反復的な法則――暴力の回帰性――戦争―― 日常のなかにこまかに、じつにこまかに断片化し粉末化し、ついに内面化された、常態的戦争――ありもしない民族的、人種的、階級的、宗教的合一の幻想を求めてしまう集合的な無意識――原始への逆行――あんのじょう、壊死(えし)性の民主主義。変わらないのは暴力の反復と空虚なことばの散逸だけ。
どの局面をとってみても、あたし(たち) はひつようとされてはいない。あたし(たち)という人体の存在とその再生産は、かつてもだが、いまはもっとも求められていない――合法的に、できれば平穏裡に消去されるべき影だ。
それじゃあ、お訊きします。あたしはまもられるべき生き物だろうか。冗談ぬきで、みなが多少の犠牲をはらってでもまもるべきなにかですか? なんどもいいますが、〈絶滅危惧種〉のようにたいせつにされるべきだろうか。イヘヤトカゲモドキやクメトカゲモドキやミヤコカナヘビのように注意をはらわれているでしょうか。あたしはこわれやすい存在だろうか。羽をもがれた小鳥のように。目をえぐられたウサギのように。ひらたくいって、あたしはかわいそうだろうか。よしよしと愛護されるべきものだろうか。あたしは犬以上の存在だろうか。これから殺処分される犬猫以上に涙をさそっているだろうか。あたしは、とりあつかい注意か。あたしは真にまもられるべきなにものか、または、そのように考慮されるにたるなにものかであろうか。ウソをつけ!

   (p.201〜202)

〈暴力の回帰性〉〈常態的戦争〉〈原始への逆行性〉〈壊死性の民主主義〉
…理性の灯で世界を照らし出すのでなしに、無限に繰り返される暴力⇒そうしなければ収まらないとでも言いたいかのように、文明社会でなく原始的蒙昧に逆行しようとする⇒マイクロ・プラスチックか阿片の粉のように体内のすみずみに取り込まれたウィルスが、体のあらゆる組織から滲出して他者を消し去るように駆り立てる。

営々と積み上げてきた世界はすでに壊死に直面しているのに、「すべての人々の生命を大切にする」という薄っぺらいことばの皮膜が真実を覆い隠している。

「すべての生命を大切にする」?――〈ウソをつけ!〉

| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
根来珠青
銃剣道 歴史に目をふさぐおぞましさ (03/29) 当ブログ管理人
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/26) 3億円で買える銃と弾
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/25) マキシミリアナ・マリア・コルベ
コルベ神父のこと その2 (06/23)
若き音楽家リュカ・ドウバルグ (06/09)
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml