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〈在られる〉われわれ[2018年11月20日(Tue)]

◆昨日の記事で引いた11/16講演での辺見庸の言葉――

皆さんは(=我々は)「在る」んじゃなくて、「在られる」んじゃないか?

この〈在られる〉を、小説『月』では以下の文脈において用いている。

『月』9、きーちゃんのモノローグだ。

のっぺらぼうみたいに顔のないものどもが、みなドブンドブンと海になげこまれ、藻屑になることになっているといっても、まだだれも夜の海になげこまれてはいない。まだ殺されてもいない。これまでのところは。まだ。すなわち未然である。いわば。ミゼン。まだそうならないこと。起きそうなことが、まだ起こらないこと。未然にふせぐ、というのはウソだね。まだそうなってはいないが、早晩そうなることの途上に、そうなるとうすうす感じつつも、そうなることをさっぱりふせごうとしないまま、あたしやおれやわたし(たち)はいる。森のフクロテナガザルのような声をだしながら。あたしやわたし(たち)は、在ることを未然にふせがれなかったけっかとして、たしかに在る。在りはする。そのような在りかたは、在るというのではなくてですね、どうでしょうか、在られるということではないのかしらん。あたしはといえば、じぶんが在られないこと、在られなくなることを、こころのどこかでまっている。望んでいるのかもしれない。まっていてもまっていなくても、望んでも望まなくても、そうなることはそうなるのだろうけれども。また声がする。「ああーっ」「あはーっ」「あっちゃっちゃちゃーっ」

  (『月』9 闇はひきつづき未然/木造幽霊船にて/在るじゃなくて在られるじゃないのかな/ヘレナモルフォになりたいな p.81)
*下線部分、原文は傍点。

◆〈あたしやわたし(たち)〉は、在ることを未然に防がれなかった結果として「在る」、そのような在り方。遅かれ早かれ夜の海に投げ込まれ、殺されることがすでに決まっている在り方、ということだ。

小説がやまゆり園の事件を契機としていることは事実だが、小説はすでに起きたことをなぞっているわけでは全くない。
作者自身、講演で「作品としての『月』は事件と本質的には関係ない」と、念を押した。
また、「小説『月』の本文においては〈障がい者〉ということばは使わなかった」(「帯」の文を除く)、と言った。
また、「人間を〈健常〉と〈障がい〉の2項で考えることはとんでもない、と思っている」ということも述べた。

それらをふまえて〈皆さんは(=我々は)「在る」んじゃなくて、「在られる」んじゃないか?〉という氏の問いかけを反芻するなら、「ドブンドブンと/夜の海に/なげこまれる」ことを「うすうす感じつつも、そうなることをさっぱりふせごうとしないまま/いる」のは我々自身ではないのか? 
辺見氏の問いは、そんな我々の姿を闇の中から月明かりの下に出して見せたことになる。

*******

◆11月16日の辺見庸講演から

中島敦の文章を校友会誌に載ったものまで繰り返しすみからすみまで読んだ。すごい作家だと思った。中島敦には存在論がある。同時代の流れ、太平洋戦争のうねりに染まらなかった殆ど唯一の人ではなかったか。短い言葉で奈落の口を開けてみる、ということができた人。
『山月記』はえらい難しい。子どもが読むものではない。


さらにもう一人、梶井基次郎を挙げた。

梶井の『檸檬』、あれは俗な言葉で言うとヤバい小説。
人の一生に暗い光源を当てる。
趨暗性(暗いところに赴いていく性向)がある。


◆そうした話のあと、「梶井の時代は自由な言語空間があった。」と述べ、それに比し現代の言語空間は〈シュリンク―shrink〉だと表現した。
荷物やコインをビニールでギュッとくるむことをシュリンクというようだ。全く身動きがとれず、生きものが全身シュリンクされたら窒息死に到るのは必定だろう。

『月』はストレスフルだった。
「辺見さん、この表現でいいんですか?」とナーバスに編集者が言う。「これは”ママ”で通しますか?」と訊かれる(注:人名や表現の仕方を原稿のママで行くか、との確認)
一つには校正者もこの本の成り立ちの中では2年前のあの事件がある、と(意識の中で)思うんでしょう。

空手の組み手のような空しいやりとり、ささやきが僕の中にもある。


*タブーや摩擦など、ハレーションを回避するために表現を差し替えた方が無難ではないか、というやりとりが編集者や校正者だけでなく作者自身にもつきまとった、ということだ。


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