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〈なくてもよかったろうに……〉辺見庸『月』2より[2018年11月19日(Mon)]

辺見庸『月』 2より

◆きーちゃんのモノローグ

おもう。わたしはなにから生まれてきたのだろう。なにから? 答えはある。なんかいも自問してきたから。以前、さとくんも、ベッドのはしにすわり、わたしをたぶんまっすぐにみおろして、目をそむけずに、問うでもなくつぶやいたものだ。ため息まじりに。「まったくね……あんたは、なんなんだい? いったい、なにから生まれてきたんだい? なんのために? ひとからかい? まさか……」
よい質問だ。さとくんはつづけた。「しんじらんない。あんた、なにしに生まれてきたんだよ……なくてもよかったろうに……」
そのとき、あたしは澄んでいた。なにか、背筋に快感をおぼえた。やった、とおもった。さとくんいがいのだれが、わたしにじかに、こんなことを問うだろう。こんなにもきほんてきなことを。むきだしの、ぶしつけな、きほん。〈あたしはなにか。なにから生まれたか。なんのために。なにをしに生まれてきたか。なぜここにこうして在るのか〉――。


(略)

なにから生まれたか。そんなこと、きかれたのははじめてだった。なくてもよかったろうに。失礼だとはおもわない。でも、ふつう、だれもそんなことをたずねたり、いったりしないものだ。〈なにから生まれたか〉――そのとき、わたしにはちょっとした答えがないわけではなかった。わたしはそれをいおうとした。  

*『月』2
わたしの〈無慾顔貌〉について/〈わたしはなにか。なにから生まれたか。なんのために。なにをしに生まれてきたか。なぜここにこうして在るのか〉よりp.23〜24。

*******

◆11月16日の辺見庸講演より

〈なぜ在るのか。なくてもよかったろうに。〉これを繰り返し考えながら書いていた。
果たしてこれはネガティヴで反社会的であるか、そこまで引き返してみようと思った。

***

「在る」ことには「意味」はない。
「在ってしまう」――口語的に言えば「在っちゃう」のだと。
皆さんは(=我々は)「在る」んじゃなくて、「在られる」んじゃないか?
 



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