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木山捷平「麦飯」ほか[2018年11月02日(Fri)]

DSCN8907.JPG


木山捷平の数字の詩をもう一つ。

麦飯    木山 捷平

「お母さん、米五合と麦五合とたいた飯は何飯つて言ふの」
「麦飯だよ」
「では、米七合と麦三合とたいたのは」
「それも麦飯だよ」
「まあ、では米九合と麦一合とたいたら」
「それだつて麦飯だよ」
「さう、へんね。随分お米つて気の毒みたいなのね」
 

     (昭・10)

◆このところ、わが家の主食はもち麦を入れてある。
米三合にもち麦一合の割合。上の詩の定義によるまでもなく、麦飯である。
腸に良いとTVでやっていたとかで、試したら、子供の頃の食感が思い出され、以来欠かさない。

自炊生活の学生時代もよく麦飯にした。麦の方がお米よりも安かったからである。
田舎からの荷物にお米が入れてくれてあると、しばらくはお米の割合が多く、次第に麦の割合が増えることになる。

それが1973年のオイルショック後のとある日、麦の値段がお米にまさっているのをスーパーの店頭で目撃して衝撃を受けた。
店の様子と値段を大書した紙とが映像として今も思い出されるほどだ。

以来、「高価な麦」という決定的なイメージが頭に固着し、敬して食卓から遠ざけることが長く続いた。
その高級感に比し、米については――木山の詩とは別な意味でだが――「お米って気の毒みたい」、なのである。

◆農家に生まれた木山の詩に登場するのは牛や馬や虫、それに子どもである。もしくは成人してもまだ子どもみたいな大人たちである。

大根   木山 捷平

友達が土産にくれた大根を
すぐ食ふのもをしいので
何もない部屋をかざつた。

おれの部屋には
それが又とてもよく似合つた。

別な友達がやつて来て
「いいな」「いいな」と言うて帰つた。

     (昭・5)

『木山捷平全詩集』(講談社文芸文庫、1996年)によった。


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