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藤田嗣治の戦争画[2018年10月13日(Sat)]

◆没後50年を期して開かれた「藤田嗣治展」を観てきた。
考えをいくつも改めた。

◆戦前の作品群の中にいくつもの発見があった。
1914年のキュビスムによる作品(「トランプ占いの女」)から例の独特な「乳白色」の女性像へと進む変化もその一つだが、欧米だけでない多様な世界にずんずん進んで行くそのたびに絵もずいぶん異なる風貌を備えることになるのが面白い。

例えば中南米を訪ねて描いた作品群。
黒人の母や子ども達を描いた「リオの人々」(1932年)や「ラマと四人の人物」(1933年。下図。本展の図録より)など。水彩で描いたためもあろうか、暮らしが鍛え上げた陰影のある顔貌が印象的だ。

藤田ラマと四人の人物1933−A.jpg

◆日本が国際的に孤立してゆく時期、1933年の11月に帰国した藤田は新潟、秋田、沖縄などを精力的に訪れ、土地の人々を描く。
以前見た「秋田の行事」という大作は、そのころの作品(1937年。今回は展示なし)で、それを見た時は思いがけないテーマに驚いた記憶がある。

◆ポーラ美術館で子どもたちを描いた小品たちを見た時にも意外の感じはあった。
しかし、今回の展覧会で中南米や日本各地への旅から生まれた家族像を目の当たりにすると、藤田嗣治という画家の戦前〜戦後にわたる制作の営みとして大きく貫かれたものがあることに納得せざるを得ない。

◆家族や子どもたちを人物群として描く、という点では、対象への向かい方において乳白色の裸婦群像と違いがあるわけではない。
当然のことのようだが、戦争画もその例外とはならない、と言って良い。
そのことを確認したのが東京都美術館での今回の展覧会だった(10月8日で終了)。

今回、「アッツ島玉砕」(1943年)を見るのが目的の一つだったが、発表当時、各地を巡回して人々に強い印象を与えた、という大作に自分は何を感じるだろう、ということを漠然と考えていた。

「国民総力血戦展」で発表され、まさにそうした国家の要請に応じて描いた絵には違いなく、求めに十分応える効果を巡回した先々でもたらしたのは事実なのだろう。

だが、一方、今回の展示でこれを見た若い世代が「戦意昂揚にはならない、と思った」と感想を述べたという話を新聞で読んで、そうだろうな、と納得する気分がある。
時代が違うからでは全くない。この絵を見た75年前の人たちも上の若者と同様に感じた人たちが少なからずいただろう、と思うのである。

◆逆巻く海と茶色い陰影の中にひしめいている兵たち。とどめを刺そうと銃剣の切っ先を鉛直に構え、あるいは銃床でたたきのめそうと銃身を握って振りかぶった兵……。

群像である。それも、勇往、玉砕に突き進んで行く進行形のドラマではない。
あえて言えば、死せる者たちとしてすでにあの世に征ってしまった者たちが、画家によってキャンバスに召還され、ひとつの図像として組み上げられたもの、と言うべきだろうか。

おびただしい死がそこに繰り広げられたはずなのに、ここには鮮血の色は存在しない。
茶や褐色の他には剣や海を描く沈んだ青色があるばかり。
それ以外では呼号する兵士たちの歯の白さが際立つ。

鮮血の色がないのは、流された血がすでに色を変じて軍装と区別するすべもなくなっているからだ。
死者が(冥界から)キャンバスに召還されて、と言ったのは、その意味である。
目にしみるほどの歯の白さもまた、すでに亡き者たちのむくろが見せる歯の白さであること、言うまでもなかろう。



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