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青年・金子光晴のマニフェスト「反対」[2018年10月05日(Fri)]

◆アンソロジーで読者を未知の作品に出会わせることは編者の詩人への愛情あって可能になる。
清岡卓行の編んだ「金子光晴詩集」(岩波文庫、1991年)でその恵沢にあずかった。
「拾遺詩篇」の一つとして収められた「反対」という詩である。

反対    金子光晴

僕は少年の頃
学校に反対だつた。
僕は、いままた
働くことに反対だ。

僕は第一、健康とか
正義とかが大きらひなのだ
健康で正しいほど
人間を無情にするものはない。

むろん、やまと魂は反対だ。
義理人情もへどが出る。
いつの政府にも反対であり、
文壇画壇にも尻をむけてゐる。

なにしに生れてきたと問はるれば、
躊躇なく答へよう。反対しにと。
僕は、東にゐるときは、西にゆきたいと思ひ、

きものは左前、靴は右左、
袴はうしろ前、馬には尻をむいて乗る。
人のいやがるものこそ、僕の好物。
とりわけ嫌ひは、気の揃ふといふことだ。

僕は信じる。反対こそ、人生で
唯一つ立派なことだと。
反対こそ、生きてることだ。
反対こそ、じぶんをつかむことだ。


◆1917年ごろの作品だというから、1895年生まれの金子が22歳のころだ。
11歳で渡米を企て、中学時代に学校に反発して留年。以後いくつもの学校で中退を繰り返す波乱と反骨の生き方が、このマニフェストの詩となった。

◆1915年春に東京美術学校の日本画科に入学するが夏には退学してしまう。一箇所に留まることを肯んじない生き方は、のたうつようなエネルギーの氾濫に他ならないが、同時に「すべて、腐爛(くさ)らないものはない!」(「大腐爛頌」)こと、あらゆるものが消え、汚れ、蝕まれてやすいことに心が焦れることを「しりぬいているのだ。それでもしかたがないのだ。」(同)と吐きだすように記す。それらの只中に身を転がして生きること以外にどのような生き方が彼にあり得ただろう。

◆文庫詩集のカバーに金子光晴自身の絵(ヒンズー教寺院の図)をあしらったことも編者の手柄に帰する。

清岡卓行編「金子光晴詩集」.jpg


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