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ヨネ・ノグチが眠る常光寺[2018年09月19日(Wed)]

その後のヨネ・ノグチ――美術評論

◆帰国後のヨネ・ノグチは日本語による詩を発表する傍ら美術評論も手がけ、浮世絵などの日本美術を海外に広める活動も行った。
大正8(1919)年発行の『六大浮世絵師』には歌麿・広重・写楽・北斎らへの論考のほか、西洋の詩人が浮世絵からどんな印象を得たか、米国・イマジズムの詩人ジョン・グールド・フレッチャー(John Gould Fretcher 1886‐1950) の一連の詩群「浮世絵に題す」によって紹介している。
次の詩などを霧のテムズ河の印象と並べてみるのも一興かも知れない。

隅田河畔  ジョン・G・フレッチャー

秋の風吹く夕、
灰青い渦巻く河の辺、
人は鎖で縛られ窮屈そうな小舟のように
じっと休憩して居る。

あるものは気楽な風のように
優優と動いて居る。

遠方の村は、藍茶褐色、鈍い青色、
河の土手に漂うて眠って居る、――
水は陰気らしく撃ち眩く。
通行人の喋舌は
灰色な不安な空の下で鈍って居る。

   
   *新字体、現代仮名遣いに改めた

野口米次郎六大浮世絵師.jpg
野口米次郎『六大浮世絵師』(岩波書店、1919年。写真は2001年の復刻版の函)

*******

ヨネ・ノグチの眠る常光寺(藤沢市)

◆戦時中に戦争翼賛の詩を発表したこともあって、1947年の没後、忘れられた詩人となっていたヨネ・ノグチではあるが、彫刻家イサム・ノグチの父として、またその母レオニー・ギルモアの映画「レオニー」(松井久子、2010年)が作られたこともあって、ヨネ・ノグチ再評価の機運がある。

◆ヨネ・ノグチは藤沢市の常光寺に眠る。彼の実兄が同寺の住職であったことによる。
墓は公開されていないが、本堂左手に「野口米次郎辞世の碑」がある。

DSCF0021.JPG
常光寺の山門(藤沢市本町4丁目)。浄土宗。鎌倉・光明寺の末寺であった由。

DSCF0028-A.jpg
野口米次郎・辞世の碑
上部に「Yone Noguchi」の署名、台座部分に「辞世の詞」として次のように刻まれている。

DSCF0027-A.jpg

鐘が鳴る
かねがなる
これを即ち
警鐘と言うのです
これが鳴ると皆
ねます さあみんな
ねむりましょう

野口米次郎臨終に際しての詞
昭和二十二年七月十三日


碑の裏面、「Yone Noguchi」の裏には次のように刻まれている。

DSCF0030-A.jpg

野口米次郎

明治八年十二月愛知縣津
島町ニ生ル 十九歳米国ニ渡
リ米英ニ遊学十三年 帰
朝後英詩人文藝評論
家トシテ立チ 傍ラ慶應大學
教授タリ 招カレテ英米佛
印度等各地デ日本文藝ニ
ツキ講演スルコト数度
昭和廿十二年七月十三日茨城県
豊岡村ニ永眠仝月廿十八日此地
ニ安葬 行年七十三歳

天籟院澄譽奎文無窮居士
松籟院清譽和光慈操大姉

昭和三十年三月九日
  野口満つ
  行年六十七


*野口米次郎の妻・まつの没後に建立したもののようで、まつの戒名と行年が一緒に刻まれている。
*なお米次郎の戒名を、Wikipediaでは「・・文」と「杢(もく)」の字で記しているが、上の写真からも読み取れるように「奎(けい)」の誤記であろう。
学問・文芸を意味する「奎文(けいぶん)」を戒名に込めて、その無窮であることを願ったものと思う。


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