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「個と地球の欠如」した道徳教育(前川喜平)[2018年09月17日(Mon)]

2018091513190ヴェナンツォ・クロチェッティ「平和の若い騎手」横美前.jpg
ヴェナンツォ・クロチェッティ(1913-2003) 「平和の若い騎手」
横浜美術館にて。

*******

国家が個人や家庭の内側にまで手を突っ込んでくる時

◆文部官僚として、憲法および(1947年)教育基本法を基本原理として働いてきた氏にとって、それらが反故同然に扱われていく様をどのように見ていたのか。前川喜平『面従腹背』(毎日新聞出版)より耳傾けるべきことをあと2つ。
一つは家庭教育までが狙われていることへの警告だ――


私は個人としては教育基本法の改正には反対だった。「国を愛する態度」を教育に掲げることは個人の内心の自由を侵すものだと考えた。心と態度は表裏の関係にあるのだから、「態度を養う」と書けば心には影響がないなどとは言えない。「国を愛さない」内心の自由は保障されなければならない。教育行政条項は、法律に根拠を設けさえすれば学校教育のみならず、家庭教育も含めた教育への政治介入がやりたい放題になる危険があると思った。新10条の家庭教育条項は「父母その他の保護者」の子の教育への「第一義的責任」とし、生活習慣を身に付けさせることなどに、「努めるものとする」として、保護者に義務を課す規定ぶりになっている。この条項を手掛かりにして、家庭教育に国が介入する(たとえば「家庭教育要領」の制定)危険性も否定できない。


◆2006年の教育基本法改悪への教育界からの反対の取り組みにおいて、国家が家庭教育にまで手を突っ込んでくる危険は強く共有されていたとは言い難い。
しかし、3回目の策定を迎える国の「教育振興基本計画」とそれを受けて自治体が定める教育振興基本計画において、前川氏の懸念は現実のものとなりつつある。

政治によって個と国家のせめぎ合いが現実のものになるとき、しわ寄せは何よりも子どもたちや家庭に向かう。
それも、外からの強権的な政治力という形でなく、クラス・学校や地域など、属する社会からの有形無形の同調圧力や、和を乱してはまずい、と自ら規制する形で、すなわち消極的であるか積極的であるかを問わず、「自分の意志」で動くように(うまくいかなかったならそれは自己責任だと思うしかないやり方で)仕向けるかたちで進められる。
そのために機能させられるのが「道徳教育」である。
◆前川氏の警告2つ目として氏の言葉を引いておく。


立憲主義の下、国が教育課程の基準として設定できる道徳的価値は、憲法が立脚する「個人の尊厳」という根本的な価値及びその上に立てられた「基本的人権の尊重」「平和主義」「国民主権」という原則に則ったものでなければならない。「個人の尊厳を重んじ」「日本国憲法の精神に則り」という言葉は、2006年改正後の教育基本法にも残っている。ところが、学習指導要領が設定した道徳的価値の中には「自由」「平等」「平和」など憲法的価値と一致するものもあるが、その扱いは極めて小さい。
一方、「家族」「学校」「郷土」「国」という集団への帰属意識や、「節度」「礼儀」「規則」「公共の精神」など集団を東ねるための規範は、これでもかというほど並べられている。これらの多くは憲法からは導き出せない価値であり、さらには「父母・祖父母への敬愛」「国を愛する心」など、個人の尊厳という憲法的価値に違背する疑いのあるものも含まれている。人間の内面的価値への限度を超えた国家的介入であると考えざるを得ない。
「集団への帰属」の中で最も強調されているのは「国」である。そして「国」を超える集団への帰属意識は出てこない。「集団や社会」の中で「世界の中の日本人としての自覚を持ち、他国を尊重し、国際的視野に立って、世界の平和と人類の発展に寄与すること」(中学校)との記述はある。しかし、あくまでも帰属対象は日本という国であって、「世界」「人類」「地球」への帰属という視点は示されていないのである。
「個人の尊厳」と「地球市民」の視点が欠けている。私はこれを「個と地球の欠如」と呼んでいる。



◆学習指導要領やその「解説」に何が書かれているか、を知ることは重要だが、それと同等に「何が書かれていないか」をも知る必要がある。
それは教育関係者だけでなく、家庭や地域で見守る大人たちにも必要なことだ。
というと、「専門的なものはムズカシクテ……」と敬遠する向きが多いかも知れない。
しかし七面倒なことは何もない。大人の常識を働かせることと、人任せにしないこと、大事なことはそれぐらいだ。分からないと思ったことには「分からない!」と声をあげ、学校に対し教育委員会、文科省に対し(政党の文教部会に)説明を求めれば良い。

前川氏自身、在職中もツイッターでは次のように自由につぶやいていた(『面従腹背』巻末の「腹背発言集」)。

2013年2月21日
《高校無償化制度から朝鮮高校生を排除。羅李問題や核実験を理由に?生徒には関係ない!江戸の仇を長崎どころか火星で討つようなもの。露骨な民族差別だ。情けない。》

2013年5月11日
《人権は憲法によって『与えられた』ものではない。憲法によって『保障された』ものだ。誰からの侵害に対して?国家権力からの侵害に対してだ。》

2016年4月1日
《憲法は核兵器使用を認めているとの政府見解。ついにそこまで言うか!一般市民を大量に虐殺することが、最小限の自衛力の行使に含まれるはずがないではないか!》




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