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『面従腹背』――政治と教育[2018年09月16日(Sun)]

2018091512590清川宗翠「なかよし」.jpg
清川宗翠(そうすい。1947〜)作「なかよし」。
高さ40~50cmほどの愛らしい小像だ。横浜市みなとみらい三菱重工ビル前。

*******

前川喜平『面従腹背』の第3章「教育は誰のものか」は政治と教育について述べている。

政治家による教育現場への不当な介入として知られるのが2003年の都立七尾養護学校事件だ。同校の教職員が工夫を重ねた知的障害児への性教育プログラムを土屋敬之都議(当時)が議会で取り上げて非難。当時の石原都知事の同調もあって都教育長は是正を約束する答弁をした。土屋氏らは都議3名が都教委指導主事とともにいきなり七尾養護学校に押しかけて暴言を吐いたばかりか、教材を無理矢理取り上げるなどした。
その後、都教委は校長降格を含め教職員への処分を行った。これに対して、教職員や保護者が提訴、2009年に一審東京地裁は都議らの行動は教育基本法が禁じる「不当な支配」に当たると判示、都教委も都議らの政治介入を放置し、処分も裁量権の濫用にあたるとして損害賠償を命じた。二審の東京高裁も一審判決を支持し、七尾養護学校の性教育が学習指導要領違反だとする都教委の主張に対しては、「その一言一句が拘束力即ち法規としての効力を有するということは困難」として「教育を実践する者の広い裁量」を認めた。最高裁も2013年11月に上告を退けて高裁判決が確定したものである。(別途、校長も処分取り消しを求めて提訴し勝訴している。)

◆前川喜平氏自身も、今年2月に名古屋の市立中学に招かれて行った授業について、文科省から市教委経由で中学校に質問状が届くという形で政治介入の当事者となったことは記憶に新しい。
同省に圧力を加えたのは自民党文部科学部会の赤池誠章部会長と池田佳隆部会長代理であったことが後に判明した。二人ともいわゆる「安倍チルドレン」である由。
文科省は、名古屋市立中学校への質問状送付は赤池・池田両氏からの圧力によるものではない、と説明するが、それは嘘だ、と前川氏は言い切る。
そうして文科省が悪者になることで二人の政治家を庇おうとしたことは「いじめの構図そのままである」と断じている。

◆自民党文部科学部会の強力な権限を背景に行った2議員の行為に対して、文科省は断るべきだったと考える前川氏は、次のように記す。

赤池・池田両氏の行為は、教育基本法16条が禁じる「不当な支配」にあたると考えられる。だから、文科省はその不当な圧力に屈するべきではなかったし、それをなんとかかわす方法はあったと思う。まず、この二人の政治家に対しては、学校現場への口出しは教育基本法違反になるからできないと言うべきだった。それでもやれと言われたら、いったん持ち帰って大臣や副大臣に相談すればよかった。文科省の行為は最終的に大臣の責任になるのだから、大臣にはこのような質問状を出すことが社会的批判を受ける可能性が高いことを説明し、大臣の了解を得た上で赤池・池田両氏に断りの返答をするという方法が取れたはずだ。

だが、そうしなかった。予算配分や国税を力の源泉にできる財務官僚や警察権力をバックにした警察官僚、あるいは補助金の差配を通して政治家と渡り合うことができる国土交通官僚や農水官僚と異なって、政治家に恩を売る手段も睨みを利かせる手段もないために「文部官僚は政治に弱い」のだ、という(本書131ページ)。

目下の文科省において、情報や内部文書をリークする人々が存在することから、世論の後押しを期待する人間が皆無でないことは伺えるものの、不当な支配に抗し切れないまま少数派として崖っぷちに立たされているのではあるまいか?
前川氏の現状認識は――

部官僚が政治に対抗する砦は法令と審議会しかない。法令の砦は、教育基本法の改正によりかなり弱体化された。そして、審議会という砦も安倍政権の下で形骸化が進んでいるのである。
審議会が形骸化する要因は2つある。1つは、政権中枢の内閣官房・内閣府が主導するスーパー審議会の設置(首相官邸主導体制)であり、もう1つは審議会委員の政治的な任命である。

(*そうした審議会の中に、第1次安倍政権の「教育再生会議」第2次安倍政権の「教育再生実行会議」がある)
教育再生会議・教育再生実行会議の委員の人選は、極めて政治的に行われ、政権にとって好ましい会議を持つ人物ばかりが任命されたので、そこから打ち出される改革案も当然政権寄りのものばかりになった。教育再生会議・教育再生実行会議は、首相直属の会議であるゆえに文部科学省に置かれた中央教育審議会(中教審)よりも上位の機関として位置づけられているので、中教審はこれらの会議で打ち出された改革案の具体化方策を検討する下請け機関のようになってしまった。

◆政権寄りの人物を委員として採用する「政治任用」は、中教審など文科省の審議会にも及んでいる」と、前川氏は言い、特に「第2次安倍内閣で文科大臣になった下村博文氏において顕著になった。下村氏は事務方が用意した委員候補者を一人ひとり吟味し、不適格であると認めた人物は排除した。また事務方が候補に入れなかった人物を自らの意向で任命した。その筆頭格とも言うべき存在が櫻井よし子氏である。
と述べている。

◆中教審の各部会やワーキンググループの傍聴を3年近く続けて来て、各委員の専門分野や考え方、期待されている役割なども見えてきたが、メールや文書によって委員各氏が意見を提出することもあれば、とりまとめ役である主査及び事務方との調整で決定して行く部分も少なくないことが分かって来た。
学習指導要領や教科書検定基準改訂で行った意見募集(パブリックコメント)に寄せられた意見をどう検討したか、など国民が期待する形でオープンにはなっていないことも問題である。中学・高校の保健体育で「銃剣道」が政治力によって無理矢理明記されたことが典型例だ。

◆政治的な介入が頻々と起こる現状は、まさに「教育行政の私物化」の姿にほかならない。
しかも、教基法「改正」の究極の狙いが憲法改正にあり(臨教審(1984年)を置いた中曾根総理の考えの根底にあった意図だ)、紆余曲折ありつつも、その地ならしを済ませたのが2006年の教育基本法改悪であったことを考えれば、「教育行政の私物化」は「憲法の私物化」=「国家および国民の私物化」と言って良い。

教育基本法「改正」を「文部官僚としてやりたくなかった仕事の最大のもの」と内側にいた前川氏は言う。

外側にいた者からすれば、以後12年(臨教審設置からだと3分の1世紀)、それでも何とか持ちこたえて来た、というべきか。


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