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古井戸に耳傾ける[2018年07月27日(Fri)]

古 井 戸   岡崎純

むかし この井戸の底から
ぼくの国の
裏側の国
君の国の女の
塩売りの声が
聞こえたという
それほどに 深い井戸だったというのであろうが
ぼくの国の
ぼくの部落の百姓たちは
野良仕事に疲れると
山裾の
この井戸水を飲みに来て
君の国の女の
その涼しげな塩売りの声に
耳傾けたという
何という親しい話だろう
何と近しい話だろう
ありようもない
むかし むかしの話だが
君の国が黄昏れば
ぼくの国も黄昏れるような話ではないか


◆地球に深い井戸を掘れば地球の裏側に出る、と我々は丸い地球儀を頭の中に置いて考えがちだ。
こっちが昼なら裏側は夜、こっちが朝なら向こうは夕方だと、今では小学校入りたての子どもさえ知っていそうだ。
だが、ほんとうにそうか?
朝である「今・ここ」から裏側の国へ瞬時に行って、確かにたそがれ時かどうか、誰もじかに確かめられないのに、そう決め込んでいいのかい?と詩人は我々の「常識」に揺さぶりをかけたいみたいだ。すると――

――何を言ってるんだ。直接行って確かめなくたってネットや電話で居ながらにして分かる時代じゃないか、と子どもから大人まで一斉に口をとんがらせそうだ。

すると詩人はもう一回だけ問うだろう――もし相手がウソをついてたら?それらしい写真をバックに映しといて「見ての通りこっちは夕方だよ」とごまかすことだって簡単じゃないの?

こう言われた方の口はますますとんがって、問い返すだろう――
――向こうが言ってるのを信じちゃいけないってわけ?

◆ここまで反駁できる人は「君の国が黄昏れば/ぼくの国も黄昏れるような話ではないか」という最後の2行がすんなり呑み込めるだろう。
裏側の国の人の声を信じることがすべての始まり。声に耳を傾ければ裏側の国は何とも近く親しい世界なのであって、「こっちは黄昏よ」と言われれば、その声を聞いたこちらの世界もたちまち黄昏いろに染め上げられてゆくと感じないわけにはいかない。

地球の裏側同士だってそうなのだから、海を隔てた、と言うより水によって直に接しているような隣の国同士ではなおのこと――と、詩人は言いたいようだ――
古井戸を大事にして置けば非常の時に助かるというどころの話ではない、と。


岡崎純(1930-2017)は福井県生まれの詩人。
小海永二・編「精選日本現代詩全集」(ぎょうせい、1982年)に拠った。


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