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「結果的に」を使うのはやめよ[2018年07月17日(Tue)]

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◆炎天下の校外学習、熱中症で小学校1年生が亡くなった。
愛知県豊田市の小学校である。

校長の会見での言葉に「結果的に大事な子どもの命がなくなってしまい判断が甘かったと痛感している」という言い方があった。
結果的に」――ほんらい責任を拡散させ、追及の矛先を鈍らせるための言い逃れでしかない。
政治家や役人が責任回避する際の、ドブ泥の臭いがプンプンする常套句。
手垢にまみれたギョーカイ用語に等しい弁解の辞を、子どもたちの命を預かる立場の者が苦し紛れに用い、しかも私たちのあらかたがそれを怪しまなくなっている。
国会や役所の悪癖が世に蔓延して末期的である。

◆「これまで校外学習では大きな問題は起きておらず、気温は高かったが中止するという判断はできなかった。」という言葉も伝えられている。
校長の言葉尻をとらえて叩くつもりはないが、「これまで大きな問題は起きて」いなかった、という経験にあぐらをかいたことが悲劇を生んだのであって、幾つかあったであろう「小さな問題」や考慮すべき条件を無視して惰性で実施に踏み切ったことを「判断」と呼ぶことはできない。

*******

あいつらが倒れるとき
下敷きになるのは幼年時代
幼年時代は無防備だから
つぶされるのはいつも幼年時代


ジャック・プレヴェール(1900-77)「幼年時代」より
『プレヴェール詩集』(小笠原豊樹訳。岩波文庫)

◆詩では「あいつら」とは「煤の色をした老人たち」のことで、老人のくしゃみが地球の回転を止め、草の芽吹きを拒む、と記す。
要するに、旧態依然の大人たちのために、無防備な幼い者たちは息をつまらせ、地球全体が危殆に瀕しているのだ。


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