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「ホントの事を云って下さい」[2018年05月23日(Wed)]

DSCN7158ナヨクサフジ-A.jpg
ナヨクサフジ。マメ科だ。川べりに咲いている。

*******

心の底では  永瀬清子

みんな心の底では思っている
「ホントの事を云って下さい」
「ホントの胸を聴いて下さい」
けれど世の中はちがっているので
その願望は花の芯のように隠し抱いているのです

きのう心からのお慶びに行ったら
受取をくれた
受取がなければ損をする人ばかり
証明がなければ安心ならぬ人ばかり

街にはあんなにお中元が山のように
でもあれらは義理と思惑が咲いているのだ
いまありあまるすごい金額が
右手から左手へのようにたやすく移っても
心だけは十分の一も届かない
魚をくれと云えば蛇を
笛をおくれば骨
蓮が咲いたと見にいけば破れ靴が浮いている
ホントの心を送っても
途中のトンネルでみな燃えてしまうのです


『(続) 永瀬清子詩集』(思潮社、1982年)より


宮崎進《自分は何をする存在なのか》[2018年05月23日(Wed)]

DSCN7241クレマチス.JPG
クレマチス(横浜美術館からの帰路、横浜みなとみらい地区で)

◆2002年「宮崎進 展」に寄せた宮崎進(1922.2.15ー2018.5.16)のことば

物心つく頃から日本は戦争だった。中国で敗戦、シベリア抑留と極限を生きた私には、埋められない喪失感や心に広がる寂寥をどうしようもなく、ただただ夢中で絵を描いた。そこには、「自分は何をする存在なのか」問い続け、そうしないではおれない何かが私を今日まで駆り立て仕事をさせてきたように思う。
作品は私そのものである。これまで生きてきたすべてから映し出されたものとして、私自身の存在を示すものでありたい。
何もかもが大きく変わろうとしている今、作品を陳べて多くの人の目に触れる感慨は特別である。揺れ動いたこの時代を生きて求め続けたものは一体何だったのか。あらためてものを創ることの可能性と無限な未来、そのよろこびやあり方について考えられればと思うものである。
*「宮崎進 展 よろこびの歌を唄いたい」図録より(横浜美術館、2002年)

宮崎進ラーゲリの壁(1988).jpg
宮崎進「ラーゲリの壁(コムソモリスク第3分所)」
 1988年(182×229cm) *ラーゲリ…強制収容所

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