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浜田知明の版画(3)[2018年04月18日(Wed)]

◆1951年に始まる浜田知明(ちめい)の従軍体験をめぐる連作のうち、最も衝撃であったのは1952年の「少年兵哀歌(風景)」である。
荒野に放置された局部に棒が突き刺さった女性の死体。
黄河に向けて行軍する途中に目撃したという。
はるか地平線の彼方に遠ざかる隊列が見え、時間の経過を表現している。
戦争と人間の蛮行を全き沈黙の中に描く。
静寂なのではない。
観る者は言葉を呑み込み息を止めるしかなくなるのである。
昏倒するのでなければ足早にその場から逃げるしかない。

だが木陰も草むらも見えず、どこまでも遮るものがない荒野を行く間、目に焼き付いたままだ。

★この「少年兵哀歌(風景)」を含め、長く浜田の人と作品に接してきた白鳥正夫氏のブログが代表作を紹介している(2015年熊本での「浜田知明のすべて展」を中心に記述)
【ADC文化通信】
http://adcculture.com/journalist/shiratori-4/


◆人間であったそれを浜田は繰り返し描いた。

「黄土地帯(A)」では死体の足もとを銃を担いだ兵士や馬が行進して行く。
死者は巨人な物体として仰向けに横たわる。向こうには蛙の胴と後ろ脚だけのような黒ずんだ死体も見える。

浜田知明作品集より_0006.jpg
「黄土地帯(A)」(1954年)

◆1953年から54年にかけての「風景」「假標識」などでは見せしめのように串刺しにされたものたちが繰り返し描かれる。「絞首台」(1954年)はムッソリーニの処刑が念頭にあったとされるが、他は名も無き人々だ。

浜田知明風景1954.jpg

◆一方で兵たちは、いや一兵卒としての浜田自身は……

浜田知明作品集より_0002.jpg

「初年兵哀歌(歩哨)」(1954年)は自画像だと言われる。
銃口をのどに当て、引き金に足指をかけているやせこけた一人の歩哨。
あごを突き出し、ぽっかり開いた眼窩から涙がこぼれる。

生きる意味を求める孤独な魂を前にして、私たちは足もとからはい上がる冷気のために凍り付いていく。


*作品は「浜田知明作品集〈コンプリート 1993〉」(撮影:高山宏。求龍堂、1993年)によった。



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