CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2018年03月 | Main | 2018年05月 »
<< 2018年04月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
高畑勲の随想「光と闇」[2018年04月08日(Sun)]

高畑勲『アニメーション、折りにふれて』(岩波書店、2013年)の中に、「闇と光」という文章がある。
光と影の芸術である映画にとって闇が切っても切り離せない、という話に始まって、映画にとっての闇の表現について、実写とアニメの違い、「火垂るの墓」での苦心などが語られる。

◆この文章、実は平成大合併前の岡山県小田郡美星町が編んだ『光と闇との調和をめざして』(2000年)に寄せられたものだ。町の名にちなんで1989年に「星空条例」(星空を守る光害防止条例)を全国に先駆けて定め、天文ファンのために星空観測に便利なロッジを整備するなど取り組んで来た。
同町は吉備高原の南に位置し、概ね300メートルほどの標高が続く一帯で、わが連れ合いと亡父母の生まれ在所でもある。
夏に帰省して盆踊りに出かけ、遅くに帰宅した折りに、流れ星が次々と降るようであったのを目の当たりにしたのは忘れ難い。
また、これは星空条例ができる前だが、ある夕刻、夜11時から停電になる予定が有線放送で告げられ、夜更かしせず早めに布団に入ったが、予告通り停電になったとたん、全くの闇になったことには肝を潰した。
外の星明かりを確かめたい気持ちが一瞬よぎったものの、闇の中で身動きすることの危険を考えるとじっとして目を動かすほかにできることはなく、結局何も見えないのだった。
何かの形をとらえようとする目だけが実在する自分で、それ以外の肉体を一瞬にして失ったような感覚であった。

◆美星町は平成の大合併で2005年に後月(しつき)郡芳井町とともに井原市に編入となったが「美星町」の名は町名として残っている。合併後も星にちなんだイベントが行われているようだ。町おこしはうまく進んでいた印象があるから、井原市役所名の事務連絡等が時々届いても合併して井原市となったという実感は全くなく、今なお狐につままれたような感じが失せない。
芳井町については、3月9日「『シャンハイムーン』余聞」の記事で、魯迅を支えた書店主内山完造の生地であることに触れた。⇒http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/792

◆この一帯は備中神楽が盛んで、これを伝える社中が多く存在する。本来は地域地域の神社で夜っぴて上演されて来たものと聞く。
高畑勲のこの『闇と光』には、そうした伝統をふまえて次のように「神楽」に言及した部分もある。

あの時代(*戦時中)を生きた人々は、敗戦で灯火管制が解かれた夜の、星のように輝く電灯の美しさを語るが、その数年後から急速に蛍光灯が出回りはじめたこともわたしには印象深い。蛍光灯による座敷照明は室内に暗部を作らない。天丼の隅にまで光が届いている。光の色も自く、白熱電灯とちがって、焚き火や囲炉裏以来の夜の暖かみを失った。
なぜ日本ではあれほどすさまじい勢いで蛍光灯が家庭に普及したのだろうか。よほどわたしたちは闇の嫌いな、闇を怖がる民族なのか。闇や暗がりから解放されるとなったら、昼間のようにとことん明るくしないと気が済まなかったのか。
しかしことは戦後に限らない。複雑ないわゆる「演劇的な」照明のなかった昼間興行の伝統を受け継いで、日本古来の芝居は、現在でも基本的にフラットな光の下で行われる。夜間の神楽、薪能、あるいは歌舞伎の黒衣の持つ手燭による役者へのスポットライトなど、光と影のあやなす偶然を取り込んだ照明効果を知らないわけではなかったのに、電灯導入とともにそれを思い切りよく捨て去ったのはなぜなのか。
これらの疑間に対する答えはさまざまにあるはずだが、やはり根本のところでは、わたしたち日本人の「平明な明るさ好き」にあるような気がする。


◆かつて谷崎潤一郎『陰翳礼讃』で書いたような、日常の中で光や色の微妙な変化を大事にしてきたことをさっさと捨て去って、「平板な明るさ」を好むようになったわけは、「陰翳」を貧しさや不自由のあらわれとしか感じなかったためと高畑は言う。
少年時代、家にたった一灯、蛍光灯が初めて点いたときの驚きを思い出せば、確かにその明るさが便利さや豊かさの象徴として感じられていたことは間違いない。
それによって失ったものを回復するには手間暇をかけねばならなくなった。皮肉なことではある。

◆高畑氏自身はこの随筆で、深夜の散歩を夫婦で続けていることを書いている。農地や雑木林の残る練馬のはずれを歩きながら月の満ち欠けや足下の月影、星の運行などにずっと敏感になったという。
微細な感覚を動員して映画を味わうには、テレビで観ていてはだめだ、ということを身体で再確認する時間を夫妻で共有していたとも言えるだろう。
随筆冒頭には次のように書いてあったのだった。

映画とテレビの最も大きなちがいは画面の大きさではなく、暗闇の中で見るかどうかにある。闇は人を外界と遮断し、闇の中に映し出される別世界へと人を誘い込み、閉じ込める。そして映像の中の光と影と闇は、まわりの闇のおかげではじめて真の光や影や闇と感じられるのである。

劇場用アニメも同じということになるだろうか。


| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
根来珠青
銃剣道 歴史に目をふさぐおぞましさ (03/29) 当ブログ管理人
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/26) 3億円で買える銃と弾
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/25) マキシミリアナ・マリア・コルベ
コルベ神父のこと その2 (06/23)
若き音楽家リュカ・ドウバルグ (06/09)
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml