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母語が瘠せているのに英語教育[2018年02月01日(Thu)]

DSCN5416.JPG
北山禎介中教審会長(左。1月31日、中教審総会-第115回-にて)

◆昨日の中教審総会、第3期教育振興基本計画の答申素案が議題の一つだった。年度内の3月には確定し閣議決定に付される予定のもの。

英語力重視の方針は変わらない。
目標(7)に掲げる「グローバルに活躍する人材の育成」の項で、英語力の指標としてCEFR(セファール:ヨーロッパ言語参照枠。2001年に欧州評議会が発表した外国語習得状況のガイドライン)を用い、中学卒業段階でA1(英検3級)以上、高校卒業段階でA2以上(英検準2級)を達成した中高生を50%以上にする、などの測定指標を掲げている。
(ただし「50%」という数字自体は第2期の基本計画でも同じ数字だったようだ。これを引き上げることが実際には困難であるという実状が図らずも露呈しているように見える)

各都道府県に引き続き求める「英語教育改善プラン」策定に当たっても、こうした数字を目標とするよう尻をたたくことになるのだろう。

◆これに対し、日比谷潤子委員(国際基督教大学学長)から根本的な疑義が出された。
「すでに英語教育には膨大なエネルギーを費やしている。にもかかわらず上がらないのはなぜなのか?」
少なからぬ人がこの発言に震撼としたのではと、委員諸氏、文科省スタッフの様子を見回したが、さすが大人達の会議、表情に変化なし、日比谷発言を直接受けた他氏の発言は残念ながらなかった。

◆しかし、内田樹氏のブログで、ちょうどこの問い掛けに対する解答の一つと言って良い重要な視点が示されていた。『街場の文体論』の韓国語版に付した序文の一節である。

内田氏は、韓国・日本とも、「母語が痩せ細る」言語上の危機に直面している、という認識から、次のように述べている。*太字は原文。


母語が痩せ細っているというのは、現実的には英語が支配的な言語になりつつあるということです。すでに各種の学会ではそうなりつつあります。自然科学系の学会ではしばしば日本人だけの集まりでも発表や質疑は英語で行われます。研究者たちは英語で論文を読んで、英語で論文を書いて、英語で議論する。韓国でも事情は同じだと聞いています。どちらも英語での大学の授業数が増えています。「留学生数」や「海外提携校数」や「英語で開講されている授業数」や「外国人教員数」が多い学校に助成金がたくさん分配される。だから、どの大学も必死になって英語に教育資源を集中的に分配するようになっています。日本では中学高校で英語の授業は英語で行うことが定められました。
こういう流れを「国際化」とか「グローバル化」といって肯定的に語る人がたくさんいます。でも、それはそんなに喜ばしいことなんでしょうか。とりあえず日本において統計的に一つだけわかっていることは、母語の教育を疎かにして、限られた教育資源を英語に集中するようになってから英語力が低下したということです。
この現実に慌てた政府は日本人が英語ができないのは学習開始年齢が遅いからだという根拠のない解釈に飛びついて、英語教育の開始年齢をさらに引き下げて、小学校3年生からの英語教育開始を決めました。結果はまだ出ていませんが、英語力を含めてすべての学力が低下することになるだろうと僕は予測しています。
なぜそんなことが起きるのか。それは言語政策を起案している日本の政治家や官僚や学者たちが「言葉を使う」という営みの複雑さを知らないからです。
彼らは言語というものを自転車や計算機のような「道具」だと思っている。こちらに道具を操作する主体がいて、あちらに道具がある。性能のよい道具を手に入れ、操作技術に習熟すれば仕事が捗る。そう思っている。でも、それは違います。言葉は道具じゃない。僕たちが言葉を使うというより、僕たち自身が言葉で作られているのです。僕たちが言葉を支配しているのではなく、むしろ僕たちが言葉によって支配されているのです。言葉は僕たちの血であり、肉であり、骨であり、皮膚である。それがどのような質のものか、どのようなかたちのものか、どのような特性を持ったものかによって、僕たち自身のものの考え方も、感じ方も、生き方もすべてが影響を受ける。



◆内田氏の予測が当たるかどうかは10年〜20年先でないと分からない、と思う向きは、記事全体を是非読んで欲しいが、それは面倒という人のために、その先も引用しておこう。

知的なイノベーションは(ほとんどの場合)母語による思考から生まれてくるからです。母語が痩せ細っていれば、知的なイノベーションは始まらない。


『街場の文体論』韓国語版序文の全文は下から(「内田樹の研究室」に飛びます)。
http://blog.tatsuru.com/2018/01/31_1426.php


内田樹街場の文体論.jpg
内田樹『街場の文体論』ミシマ社、2012年



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