CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2017年12月 | Main | 2018年02月 »
<< 2018年01月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
安保法制違憲訴訟かながわ第5回口頭弁論[2018年01月10日(Wed)]

「安保法制違憲訴訟かながわ」
第5回口頭弁論傍聴のお願い


司法を動かし支えるのはわたしたち平和への思いをこめた市民の声です。
それをじかに裁判官たちに伝える貴重な機会にあなたも当事者のお一人としてご参加ください。

★明日1月11日(木)16時開廷
横浜地方裁判所101号法廷
  (日本大通駅歩1分。関内駅から15分)
15:15 集合(日本大通がわの地裁入口)
15:30 傍聴抽選
16:00 開廷


★報告集会があります。
傍聴抽選にもれた場合も下記のホールにご参集下さいますよう。

16:45〜18:00
横浜情報文化センター・ホール

(横浜地裁より徒歩3分)
  *日本新聞博物館(ニュースパーク)や放送ライブラリーのある建物です。

 「安保法制違憲訴訟かながわの会」のホームページは
https://www.anpoikenkanagawa.com/

170111神奈川違憲訴訟#5-A.jpg

長田弘「おやすみなさい」[2018年01月10日(Wed)]

長田弘が自ら編んでいたという最後のエッセイ集『幼年の色、人生の色』(みすず書房、2016年)は、1989年から2013年までの折々の随想を、詩集を編むようにして配列構成した本だ。

おしまいの3編、題名を順に並べると
1.「遠い日の友人の死」
2.「人生の特別な一人に宛てて」
3.「福島、冬ざれの街で」
4.「じゃあね」
 となっている。

◆それぞれの内容は、
1.遠い幼年の友の顔を街の人込みの中にみとめた話。
2.大学で同じ講義を受けたはずの人物から35年ほどして届いた手紙で、長田の新刊が出ると街の本屋で買って読むようにして来たが、いまは病気で倒れ本屋へゆくことができない、そのかわり漱石の千円札二枚をおくる、という、最初で最後の手紙を受け取った話。
4.「じゃあね」は、小学校中学校と一緒だった幼なじみの友と久しぶりに会った最後に彼女が言った一言の記憶。

◆人生のある時期に接したゆかりはそれぞれにあるが、その生涯のあらかたを承知しているというわけではなく、2.の手紙の主のように名前の記憶と静かだったという印象以外、何も知らない人すらいる。
だが人生の夕暮れ時を迎えた著者の記憶の中に、明るく光を放って浮かび上がった人たちだ。
そうして詩人がこれらの文章を書いた時点では、すでにこの世にいない人たちばかりである。

だが、これらの文章は挽歌ではない。哀傷や追悼ではない。悼むことはしばしば忘れる結果になってしまうことがあるが、これらの文章は逆だ。ただし忘れないようにする、ということではない。
むしろ、生き生きとよみがえらせることだ。それが可能になるのは、彼ら一人ひとりに直接宛てて詩人が差し出すことばによってである。
そのようにして詩人は、ことばを返して来ることはないはずの人々との「対話」を行っているのである。

◆これらのうち最もあとに書かれた3.の「福島、冬ざれの街で」も同じことが試みられている。
長田が詩を書き、同じく福島県(郡山)出身の湯浅譲二が曲を付けた「おやすみなさい」の演奏を福島市音楽堂で聴いた帰り、隅から隅まで知っているはずの産土の地で味わった名状しがたい体験を書いている。

◆「おやすみなさい」という言葉を幼子に語りかける時は、語りかけに対する返答を必要としない。
親は幼子の安らかな寝顔というよき報いを受け取るからである。
わが子の成長につれて親が受け取るものもまた、それが返って来ることを本質的には期待しているわけではない。
いわゆる無償の愛情がそこに注がれているわけである。

◆ふるさとに対する語りかけも同様であろう。しかしそこに愛する者の見飽きることのない寝顔が見出せない場合、語りかける相手を失った私たちのことばは誰に向ければよいのか。

*******

福島、冬ざれの街で

鋭い切っ先をもつ冬の風が、顔に切りかかるように吹きつけてくるので、顔を上げて歩けない。夕刻近く、零下の街を区切ってゆく灰色の凍りついた道には、人のすがたもなく、街中の残り雪の凍りついた道には、車も入ってこない。風のまにまに、棒のように街をつらぬく大きな広い通りを、車の走り去ってゆく音が遠くひびく。

福島市。周囲すべてが低い山竝に囲まれてい、西には、山頂を灰色の雲が覆っている吾妻連峰の寒々とした裾野がひろがる。めずらしいことに、福島市は市街の真ん中に、信夫山という隆起した丘のような山をもつ街だ。深い盆地に市街が沈んでいる。

そんなこの街のほぼ真ん中に生まれ育って、家ともどもこの街を離れ、いつのまにか半世紀を経たけれども、どこをどう歩こうと、市街の道を間違えることはないと思っていた。ところが、無造作に道の角を曲がって、ずっと先までも見通せるような道に入って、風を避けるようにして歩いてゆくうちに、じぶんがいま、どこにいるのか、まるでわからなくなっていることに気がついた。冬ざれの街の通りの家々は、どうしてなのか、暗くなってきているのに、どの家にも灯影がない。住所表示にある街の通りの名さえ、記憶に全然ない。街中の道を吹き抜けてゆく夕刻の風は、冷酷なまでに冷たくなってきた。

わたしが生まれて育った旧くからの市街は、いまでは区画整理がすすんで、いくつもの広く整然とした大きな通りができ、いくつもの高い建物が視野を遮って、街の景色は全然違う街に変わっている。この国のどこの街でも、たぶんそうだ。現在の街の光景のおおくは、あたかもそれが歴史だというかのように、それぞれがその風景の子どもとして育った、かつての日常の光景の記憶を、なつかしい時間の記憶を、ほとんどもっていない。

その日は、わたしが詩を書き、湯浅譲二さんが作曲したメゾソプラノによる歌曲が、福島市音楽堂で初演される前日の、リハーサルの日だった。
わたしが書いたのはセレナードのための詩だ。一枚の調べとされるセレナードは、もともとは、愛しいものの住む家の窓の外でうたわれる歌だった。だが、いま、閉ざされた冬の街の家並みはまるで無人の家並みのようで、道々の日陰になる側は残り雪が底光りする氷の塊になっていて、出歩いている人は一人もいない。そうでなくとも福島市もまた、3・11以後、福島第一原発事故の影響に、四季曝されてきた。

愛しいものの住む家というような考え方、感じ方が難しくなっているいまであればこそ、安らぎのない眠れない夜に、なによりもとめられるべきよき眠りのための言葉が、セレナードである歌が、なくてはならないという思いがつよくあって、その思いにうながされるようにして、「おやすみなさい」というストレートな言葉が二十回続くだけの、「おやすみなさい」というセレナードのための詩を書いた。

おやすみなさい森の木々
おやすみなさい青い闇
おやすみなさいたましいたち
おやすみなさい沼の水
おやすみなさいアカガエル
おやすみなさい向日葵の花
おやすみなさい欅の木
おやすみなさいキャベツ畑
おやすみなさい遠くつづく山竝(やまなみ)
おやすみなさいフクロウが啼いている
おやすみなさい悲しみを知る人
おやすみなさい子どもたち
おやすみなさい猫と犬
おやすみなさい羊を数えて
おやすみなさい希望を数えて
おやすみなさい桃畑
おやすみなさいカシオペア
おやすみなさい天つ風
おやすみなさい私たちは一人ではない
おやすみなさい朝(あした)まで


作曲にたいへん難しい思いをしたと言われたが、湯浅さんが作曲された「おやすみなさい」はとてもうつくしい歌だった。リハーサルのその日に、わたしは初めてその歌を聴いた。二十回繰りかえす「おやすみなさい」は、全部微妙に異なる旋律をもちながら、音楽的に一貫していて、メゾソプラノの歌と複雑なピアノの響きが、かさなっては離れ、離れてはかさなって、呼び交わすようにつづく。リハーサルに立ち会って、音楽堂の外にでると、放射性物質を除染するクレーン付きの作業車が二台、黙々と作業していた。
音楽堂から歩いてホテルに戻れば、途中、少年の日を過ごした界隈を通って戻れる。そう思ったのが間違いだった。よく知っていた街は、もう全然知らない街だった。ここはどこなのか? 立ちどまると、そのまま凍えてしまいそうなほど、芯まで冷えてきた。


*長田弘『幼年の色、人生の色』(みすず書房、2016年)。
 初出は「群像」講談社、2013年4月号

★合唱による「おやすみなさい」がYouTubeにアップされている。
(1) 2017年2月3日、西川竜太・指揮、合唱・暁
https://www.youtube.com/watch?v=GPSgXubB5u4

(2)湯浅譲二(1929〜)の母校である安積高校合唱部の演奏も聴くことができる。
湯浅の文化功労者受賞を記念した祝賀会での演奏。
中ほどのソプラノのソロがすばらしい。指揮は鈴木和明さん。
https://www.youtube.com/watch?v=tcwj-049n60



| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
根来珠青
銃剣道 歴史に目をふさぐおぞましさ (03/29) 当ブログ管理人
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/26) 3億円で買える銃と弾
ジャーナリスト・安田純平さん解放との報【追記】 (10/25) マキシミリアナ・マリア・コルベ
コルベ神父のこと その2 (06/23)
若き音楽家リュカ・ドウバルグ (06/09)
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml