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長田弘と吉川幸次郎(2)[2018年01月02日(Tue)]

箱根駅伝1日目往路

DSCN5082.JPG

◆横浜市戸塚区影取付近を走る関東学生連合チームのランナー。
戸塚の中継所でタスキを受けてから2~3キロの辺りである。

今年も快晴で富士がくっきりと見えた。

DSCN5101-A.jpg

*******

長田弘と吉川幸次郎(承前)

◆長田弘『幼年の色、人生の色』は詩人が生前に自ら編んでいた随想集である。
その中で、「市井ニテ珠玉ヲ懐クモノ」は吉川幸次郎の訃に接して綴ったもので、本を通して吉川から教えられたこと、とりわけ詩人・長田弘の背中をどう押してくれたか述べていることに感銘を覚える。文章の後半をそのまま引く。

吉川さんは一九八〇年になくなられたのですが、わたしは、吉川さんについて、とりわけ宋詩の魅力というものをおしえられたのだったと思っています。小川環樹さんとともに編集された中国詩人選集第二集は、わたしには手ばなせない本ですが、その一巻をなす吉川さんの宋詩概説によって、わたしは宋詩の世界に誘われ、深くとらえられた。宋詩と親身に出会うことがなかったら、わたしはのちに、『言葉殺人事件』のような詩集を書くなんてきっとできなかっただろうと思います。
宋詩はそれまでの詩にたいして新しい人生の見かたをつくりだした。人生は悲哀にのみは満たないとする態度ですね。吉川さんによれば、それまでの詩が人生は悲哀に満ちるとし、悲哀を詩の重要な主題としてきた久しい習慣からの離脱が、宋詩をつくったのです。すなわち、絶望への誘惑にたやすく駆られない。人生をながい持続とみ、静かな抵抗とみる。
宋詩の底にながれるそうした考え方を生みだした詩人たちのライフスタイルというか、姿勢に、わたしは惹かれます。宋詩には、と吉川さんは言います。ながい人生にたいする多角な顧慮がある。巨視がある。目は、詩の生まれる瞬間ばかりに、釘づけにならない。また対象の頂点ばかりをみつめない。陳師道は、鉄石のごとき腸をもって、環境に抵抗しよう、と言った。詩は悲哀じゃない。悲哀の止揚なのです。
宋詩につらぬかれたのは、選民であることをあくまで拒み、市民の一人として生きるという態度でした。宋詩といえばまず蘇軾ですけれども、蘇軾がわたしは好きですが、つよく共感をおぼえたのは、黄庭堅です。

但ダ観ヨ百歳ノ後
伝ワル者ハ公侯二非ズ

百年たったのちにもつたえられるのは、いまの権勢を私しているような輩の名なんかじゃない。人びとが日々につちかう無名の生き方が、百年の日々をつたわってゆくだけだ。黄庭堅という人は、詩とは情熱の表現であるという予想をあっさりとしりぞけて、いかにも吉川さんらしい言いまわしで言うと、情熱の情熱としての表現をスッパリ忌避した。その一コの生き方は、およそ気どりがなかった。黄庭堅のような詩人にとって、詩というのはあくまで「市井ニテ珠玉ヲ懐クモノ」の言葉だったのです。
詩について、いまも胸にのこっているのは、六〇年代の半ば、ちょうど宋詩概説をまとめられてすぐあとのころの、桑原武夫さんとの会話のなかにのこされた、吉川さんの言葉のいくつかです。
……日常性の文学。路上の経験ということ。もっとだれでもが持ちうる経験、だれでもが持ちうる経験だけれども、そこに詩人でなければ感じえない意味を発掘する。そこのところに文学が成り立つ。……ただ花がきれいだというだけでは、これは詩になりません。日常の素材が、高邁な懐慨の志がふくらまねばならない。あるいは高邁な志があればこそ、いっそう日常を見つめるわけです。ただ懐慨の志がマンネリズムになると、詩に退屈さを生む。それはありますが、全人生といいますか、あるいは人間だけではなしに、世界全体の秘密は、もっとわれわれの身辺にあるのじゃないか。毎日の経験するものの中にも、それを掘り下げていったらあるのじゃないか。……思索を経たのちの詩でなければ詩でない。思索がすぐ詩の内容になるというのではない。思索しつづけている姿勢が、詩を作る。もはやそういう時期になっているのではないかな。好むと好まざるとにかかわらず、そうなってきているのじゃないか。……
そのときわたしは、初めての詩集を『われら新鮮な旅人』としてだそうとしていたのですけれども、そのわたしにとってとりわけ印象深かったのは、吉川さんにとっての詩の魅力というのが何だったかを何より端的に語っていると思える、次の話でした。
……中国のいなかを旅行しておりましたとき、本がないでしょう。土地の本屋へ行くと、売っているのは、名前を聞いたこともないその土地の詩人の詩集なんです。しかしそれを宿屋のランプの下でひろげていると、一晩はとにかく楽しい。……


*陳師道(ちんしどう 1053-1101)蘇軾に師事。号は後山居士。
*蘇軾(そしょく 1036-1101)唐宋八家の一人。詩文にひいでた。「赤壁賦」など。 
*黄庭堅(こうていけん 1045-1105)蘇軾とともに蘇黄と併称された。山谷と号した。

「人生をながい持続とみ、静かな抵抗とみる」「鉄石のごとき腸をもって、環境に抵抗しよう」「詩は悲哀じゃない。悲哀の止揚なのです。」「市民の一人として生きる」「人びとが日々につちかう無名の生き方が、百年の日々をつたわってゆくだけだ。」
……どのことばも行き悩んだときのしるべとなるにちがいない。

*「市井ニテ珠玉ヲ懐クモノ」は『詩人の紙碑』(朝日選書、1996年)にも収録されている。その巻頭にある「『角田柳作先生』のこと」は、長田の母校福島高校の前身・旧制福島中学の草創期に英語教師だった角田柳作についての文章で興味深いものだが、それについては他日。
*(つのだりゅうさく。1931~64の長きにわたってコロンビア大学で教鞭をとり、ドナルド・キーンらを育てた。1877-1964)

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