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アゴラ(広場)の夢[2017年12月06日(Wed)]

閉じるな、ゴマ!

◆相撲の世界がおかしなことになっている。
白鵬を矢面にしてモンゴル出身力士全体をバッシングする様相を示し始めている。「モンゴル・チーム」ジャージー着用批判に典型的だが、「角界のしきたり」にそぐわないことを重箱の隅を突っつくように探し出して来てあげつらう。
いかに前人未踏の記録を打ち立てようが、自分たちと違う文化のもとに生まれ育った人たちが群れていることに不穏を感じて良からぬことを企んでいるのでは、と疑念を向け、異物排除に走る。それを島国根性というのではなかったか。

*******

文化は結ぶ

◆今日の朝日新聞夕刊、池澤夏樹のエッセイ「終わりと始まり」は「ヨーロッパ、不安定の中で」と題して、ヨーロッパを結ぶ絆としての文化について書いている。

「ヨーロッパは地理以前にまずもって文化概念である」と書き起こして、その実例を作家たちの講演から紹介している。
一つは11月に東京であった「ヨーロッパ文芸フェスティバル」のオープニング、レイン・ラウドというエストニアの作家の基調講演は、アウグスティヌス(354〜430)の逸話から始まったそうだ。彼に洗礼を授けたのはアンブロシウス(アンブロジウス。339頃〜397)だが、そのきっかけはアンブロシウスが音読ではなく黙読で書を読んでいる姿を見たことだったという(アンブロジウスは《古代》の人間で最初に声を出さない読書を行った人物とされている)。

*(ちなみにカトリック教会では明日12月7日がアンブロシウスの記念日である。彼を司教にと切望する人々の声を拒みきれずアンブロジウスが洗礼を受け、ただちにミラノ司教に叙階された日であることにちなむ。池澤が12月6日の夕刊に載せるエッセイをこの話から始めているのは単なる偶然ではなさそうだ。)

◆池澤はもう一例、ポーランドのリシャルト・カプシチンスキ(1932-2007)というルポルタージュ作家の講演(2003年、ベルリンにて)が「ルプルタージュ文学の開祖はヘロドトスである」と、古代ギリシアの歴史家から話を起こしたことを挙げる。
二人の作家に共通するのは、彼らの意識に厳として存在する「領土と言語と民族を異にしながらも、ギリシャ・ローマに始まってキリスト教に継承された文化によって自分たちは結ばれている」という考え方である。

◆冒頭のレイ・ラウドは小国の集合体であるヨーロッパ各国と全体の関係を古代ギリシャのアゴラ(広場)と重ねて説明したという。
人々は個であることを一旦は家に置いて公共の場であるアゴラに集った。それが現在のヨーロッパというゆるい集合体の基本形であり、文化の面ではそれがそのまま実現している。
そう大づかみにとらえた時に浮かぶ問い――「なぜ東アジアではこのような連帯感が生まれなかったのだろう?」――池澤はこれに一つの見方を示しているものの、素材の提供にとどまり、その見方にも全面的に賛同はしがたい。ただし次の一言には全く同感する。

政治と経済は分断するが文化は結ぶ。
そのためには〈アゴラ(広場)を活性化すること。〉
それは宮沢賢治井上ひさしらが生涯を傾けたことであった。

★【朝日の12月6日夕刊】池澤夏樹(終わりと始まり)
ヨーロッパ、不安定の中で 絆としての文化が結ぶ
http://digital.asahi.com/articles/DA3S13262324.html?rm=150

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