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ポール・クローデル「繻子の靴」の守護天使と四天王像[2017年11月26日(Sun)]

四天王像(興福寺南円堂)_0001広目天+増長天-B.jpg
四天王立像から広目天(左)と増長天。
ともに三つ叉の矛を手にしている。

四天王像(興福寺南円堂)_0003持国天+多聞天.jpg
持国天(左)と多聞天。
◆興福寺の南円堂に置かれている四天王像。運慶作との見立てもあるが今後の研究で明らかにされるだろう。
今回の運慶展では、北円堂に置かれてあったのではという仮説に立って、昨日の無著・世親像を囲むように展示されていた。そのために極めて演劇的な空間が用意されたという印象。
観覧する我々凡夫が彼らの視線にさらされるわけである。

*******

ポール・クローデル「繻子の靴」の守護天使と四天王像

◆「日本芸術文化振興会ニュース」という国立劇場の公演を紹介する月刊の小冊子がある。
その11月号にフランス文学の渡邊守章氏が《クローデル『繻子の靴』の「三つ又矛」》というエッセイを書いている。その中で、「四天王」像が持つ「三つ叉矛」を観た「衝撃」を書いている(同誌の15p.「1000字エッセイ」)。

クローデル『繻子の靴』の「三つ又矛」  渡邊守章
 
運慶の「四天王」が振り上げる三つ又矛――ああ、これだと思った。上野の国立博物館、「運慶展」での衝撃である。大正年間に、大使として日本に正味五年近く滞在したフランスの劇詩人、ポール・クローデル。彼が劇詩人として、外交官として、更には、その深層に蠢く虚構の影たちの総決算として、五年近くの歳月をかけて完成した一大長編戯曲『繻子の靴』。そこには、当然の事とはいえ、日本滞在中の体験や思索が、様々な変容を受けながら生きている。


◆渡邊氏はクローデルのこの長編戯曲「繻子の靴」を翻訳(岩波文庫上・下の2冊)したばかりか、演出家として上演時間8時間以上に及ぶこの劇の完全上演を昨年12月、京都で実現させた人だ。
題名の「繻子(しゅす)の靴」とは、ドニャ・プルエーズが履いていた絹の靴の片方を脱いで聖母像の両手に載せ誓いの言葉を唱えることによる。「悪へ向かって走る時には、片方の足が萎えておりますように!あなたの作られた垣根、それを飛び越えようとします時には、片方の翼が必ず切れておりますように!」(一日目=第一部の第5場)――この誓いを立てたがために、彼女の恋はすれ違いを繰り返す。

◆渡邊氏は演出家の視点から、この戯曲の三日目について筆を進める。

大航海時代、新旧両世界を舞台にしたこの「世界演劇」の「三日目」、つまり「第三部」には、新大陸の副王となったドン・ロドリツグヘの「禁じられた恋」を、彼の魂の救いのために犠牲にしようというドニャ・プルエーズを中心に、この「世界大演劇」の正念場とも呼ぶべき場面が続く。中でも、北アフリカ、モガドールで、彼女の「守護天使」との「救霊」をめぐる対話は、「臨死体験」の活用と言い、手にした釣り糸に結んだ針で魚を釣る「連理引き」の仕草を軸に展開される劇の表象といい、劇詩人クローデルの力量が遺憾なく発揮されている。
 「連理引き」…歌舞伎の幽霊物で殺された人物が幽霊として登場し、「見えざる糸」で敵を手繰り寄せようとする演技。クローデルの歌舞伎体験がここで生かされているという。

◆「三つ叉矛」が登場するのは三日目の第8場である。ここにも演出家としての想像を働かせる。

演出上の設定としては、プルエーズは、「臨死体験」をして、「地上に自分の抜け殻を見ている」事になっており、これも、二十世紀の十年代後半の話題の一つであったが、それ以上に、演出家の関心を惹くのは、十二神将の出で立ちの守護天使が、プルエーズを脅して叫ぶ台詞に、自分が使えるのは「釣り針」だけではない、「三つ又矛も使えるのだ」という、西洋図像学的に言えば、ギリシアの海神ポセイドーンの振りかざす「三つ又矛」を思い出させる箇所である。
そこで、冒頭に引いた「運慶の四天王」である。クローデルが作者まで承知で書いているとは思えないが、その四天王が「三つ又矛」を振りかざしている姿は、古代ギリシアの牧歌的な「海神」とはおよそ違う。劇詩人がどこまで自覚していたかは分からないが、鎌倉武士の守護霊の姿のほうが、キリスト教的図像より、余程「恐ろしく」かつ「神聖」である。
ただしこれも、劇詩人の想像力の「読み取り方」である。戯曲を読んで想像するのと、実際に舞台に立ち上げるのとでは、やはり二つの異なる作業なのであった。


◆守護天使は一日目の第12場では「円形の襞襟のある同時代(=大航海時代)の衣裳で剣を帯びて」登場すると指定されているが、再登場する三日目第8場では「奈良でみるような暗い甲冑を着けた守護神将の一人の姿」と指定がある。
この場面で、釣り糸が実在するかのように演技で表現されるのと同じく、守護天使が実際に「三つ叉矛」を持ち出す必要もないのではと思える。上演された「繻子の靴」を見ていないので確定的なことは言えないのだけれど。
少なくとも守護天使のイメージが、クローデルが奈良で見た十二神将像や四天王像として造形されているわけで、それを手がかりにして「三つ叉矛」の役割と登場人物との関係について何らかの解決を見出すことが演出家と役者の課題となるということだろう。「三つ叉矛」一つをめぐっても確定しなければならないことがいくつもあるのだと分かる。

◆作者クローデル自身はこの戯曲の序文の中で、「ト書きは、必要な場合には、舞台監督あるいは役者自身によって掲示されたり、読み上げられたりすればよい。」「間違えたりしても大したことはない」。時には背景幕がきちんと広げられてなくて後ろの壁を剥き出しに見せ、その前を劇場の事務方が行ったり来たりするのが見えてしまったとしても「お誂えの効果を生むだろう」と大胆なことまで書いている(前衛的な演劇に無理解な人びとへの皮肉かも知れないが)。
同時に「熱狂の中での即興という印象を与えなければならない」と最も肝心な(従って至難な)注文を付けることを忘れない。
その上で次のような痛烈な一言を放つ。

秩序は理性の楽しみだが、無秩序は想像力の愉悦である。

こうした警句に接すると、秩序・無秩序のどちらか一方に傾いてしまったほうが楽だと思いがちな天の邪鬼は恥じ入らざるを得ない。秩序と無秩序の間を自在に遊行して理性と感情の両方を満足させられるのが人間じゃないか。

*******

「恐ろしく」かつ「神聖な」表情をこの四天王像から選ぶなら増長天だろう。
大変な迫力である。
四天王像(興福寺南円堂)_0002-増長天ーA.jpg

運慶の父・康慶の作である四天王像の、同じく増長天(下の写真)の平板な表情と比べると、相当の違いである。

康慶作「増長天」1189年(興福寺).jpg
康慶作「四天王立像」のうち増長天(興福寺)

*写真はいずれも運慶展図録より。


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