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神奈川新聞「時代の正体」の気概[2017年10月18日(Wed)]

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刈り入れを終えた田んぼを視察するサギ

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相次ぐ空自の事故

◆昨日17日の夜に浜松沖で航空自衛隊ヘリが消息を断つという事故が起きたばかり(乗員の安否は現時点で不明だ)なのに、今日は百里基地でF4戦闘機が炎をあげたという事故。どうなっているのか。
北朝鮮の脅威を煽られ、万全の整備がなされないまま無理な訓練が強いられているのではないか。浜松のヘリは米機を改装した救難ヘリとのことだが、この時期に暗視訓練を行う必要が本当にあったのか。背景にある誘因を含めて事故原因を突き止めない限り、同型機だけでなく飛行訓練はすべて中止し一斉点検を行うべきだ。旧日本軍ではあるまいし、乗員の安全を二の次にするような組織は御免である。

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神奈川新聞「時代の正体」から

◆10月9日の神奈川新聞『時代の正体』は衆議院選挙にあたって、個人の尊厳守る政治をと求める入魂の記事だった。成田洋樹記者の執筆。
抄録する。

リード文は――
排外や排他の空気が社会に漂う中、強権的な政治が対外的な危機をあおり、人々の不安や憎悪を駆り立てている。障害者の存在を否定し、排斥したあの凄惨な事件は「時代の気分」から生まれたと思えてならない。(略)政治や社会から多様性が失われるとき、まず犠牲になるのは声を上げられない弱い立場の人たちだ。一人一人の尊厳がさらに脅かされる瀬戸際に私たちは立たされている。

◆去年夏の「津久井やまゆり園」の事件が記者の念頭にある。加害男性が今年、同紙の記者に寄せた手紙には、
〈共生社会とは一人ひとりが自立し支え合うことだと考えられますが、今は寄生社会と呼ぶ方が的確と思います〉とあったそうだ。
そこから読み取れる彼の「自立観」は「誰の力も借りずに、自分の能力だけを頼りに生きていくこと」という考え方だ。それを私たちの多くも当然のことと見なしている。

この考え方を違和感なく受け入れる人は少なくないだろう。子どもたちも学校や家庭で「社会の役に立て」「人に迷惑をかけるな」「自分の力だけで頑張りなさい」と教わる。社会人になると職場では「あいつは使える、使えない」という尺度で存在価値を計られることさえある。
つまり、「何かができる、できない」の能力主義に基づき、誰かに助けを求めず独力で何かを成し遂げたり、組織や誰かの役に立ったりして初めて、その人の価値が認められる社会に私たちは生きている。

(略)
私たちは生産性や有用性で人の存在価値が評価される社会のただ中で生きている。そこに排他の空気が吹き荒れたとき、役に立たなないと一方的に見なし、存在自体を排斥するあの事件が起きたのではなかったか。
私たちは一人一人の存在自体を肯定し、尊厳を大切にする社会をまだ手にしていない。憲法13条で「すべて国民は、個人として尊重される」と掲げた理想は未完のままなのだ。


◆その憲法13条を2012年の自民党改憲草案は単に「人」とあらためて、個人を軽んじて見せた。
アベ政権による立憲主義否定は、その根幹にある憲法13条の否定でもあり、個人の尊厳が権力の横暴にさらされている危機であると記者はとらえる。

安倍首相は、私たちの命を脅かしかねない発言にも踏み込んでいる。9月の国連演説で、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮対策について「対話は無に帰した。必要なのは対話ではなく圧力だ」と強調した。「戦争前夜」の物言いに私には聞こえた。
私たちはいつ、対話を否定し、北朝鮮を刺激するような政治を安倍首相に託したか。突然の衆院解散を「国難突破解散」と名付けた安倍政権自体が戦争を招き寄せることにならないか。命を脅かされていると感じるのは、私の杞憂なのか。
トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩委員長を「ロケットマン」などと揶揄して挑発したとき、安倍首相はなぜトランプ氏をいさめなかったのか。長崎の被爆者団体が核禁止条約の交渉にすら参加しない日本政府の姿勢を批判して「あなたはどこの国の総理ですか」と詰め寄ったが、日本の首相として国民の命を守る気が本当にあるのか。
全国各地でこの間、ミサイル対策訓練として、大人から子どもまで地面にはいつくばって頭を抱える訓練が繰り広げられてきた。私たちは無意識のうちに「北朝鮮はとんでもない国だ」と刷り込まれていないか。かの地にも私たちと同じように日常生活を送る市井の人々がいる。政治がつくり出した憎悪は北朝鮮の人々だけでなく、ヘイトデモが繰り返されている川崎をはじめ国内の在日コリアンにも向けられている。

候補者に問うー個人の尊厳を守る意思はあるか

排外の行き着く先は何か。命をなきものにして構わないという戦争に近づいてしまうのではないか。人を人と思わずに障害者19人の命を奪ったやまゆり園事件は、この国が戦争への道を歩んでいる予兆に思えてならない。
私たちは既に、個人の尊厳が脅かされる時代を生きている。排他の矛先が今は自分に向けられていないからといって、頬かむりしていていいのだろうか。やまゆり園事件で問われているのは個人の尊厳を守る社会や政治をいかに築き上げるかであり、それはまさに今回の衆院選の隠された最大の争点ではないか。
多様性を尊重し、個人の尊厳を守る意思があるかどうか、選挙戦で各候補者の主張を見極めたい。それは主権者たる私たちの責務である。


◆大新聞やTVの論点のズレた報道とは一線を画した、ジャーナリズムの気概に直に触れる思いがする。


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