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ユーラシアで多文化時代を生きる[2017年10月06日(Fri)]

多文化を生きる

カズオ・イシグロのノーベル賞の報を受けて市の総合図書館に早速コーナーが用意されていた。
映画「日の名残り」でしかその世界を知らない。映画の世界は主人公の執事が仕える屋敷が中心だが、第1次世界大戦後からナチスドイツが台頭しイギリスに対する働きかけ、それをめぐるイギリス国内の動きが、屋敷に集まった要人らの会話から浮かび上がる。かれらが交わす政治・外交の表と裏、辛辣な人物評が印象に残る。

*******

図書館で出会った本

◆カズオ・イシグロのコーナーの横、新着図書のワゴンに「私たちの星で」という本が並んでいた。

『西の魔女が死んだ』の作家・梨木香歩と、NHKのアラビア語講座などで知られる師岡(もろおか)カリーマ・エルサムニーの往復書簡である(岩波書店、2017年9月)。
もとは岩波の『図書』に2016年1月号から今年2017年の8月号まで載った計20通の書簡。
この間の社会、政治、世界のあれこれが取り上げられている。
安保法制から共謀罪にいたる日本の国会と声をあげる市民たち、EU離脱の国民投票を行ったイギリスのようす、師岡のルーツの一つエジプトのカイロや、そこに逃れてきたシリア難民の話……。
現在進行中の出来事を五感全体で受けとめ、考え、手紙の形で問い、受けとめ、問い返すやりとり。

ユーラシア大陸の真ん中に自分の「ルーツ」が


◆その中で、師岡が自らの「ルーツ」の一つ、と言うカザン(ロシア連邦タタルスタン自治共和国の首都)に行ってきた話が興味深い。
エジプト人の父と日本人の母をもつ師岡が、別に血縁者がいるわけでもないカザンを「ルーツ」と考えている理由が面白い。

カザンは、かつてイスラームを国教とし、16世紀にイワン雷帝によってロシアに併合、現在はスラヴ系キリスト教徒とタタール系イスラーム教徒がそれぞれ人口のおよそ半分ずつを占めるという。

ここを師岡が「ルーツ」とみなすのは、「アブケイ」と呼ぶ、一人のタタール人女性が関わっている。
ロシア革命で日本に亡命したタタール人の一人に、現在、代々木上原にあるモスクを建てた人物がおり、その夫人「アブケイ」と家族ぐるみの付き合いがあったのだという。
ロイ・ジェームスという日本人におなじみのタレントがいたが、師岡の父はこのロイと親しかったそうだ。ロイの両親もタタール人で、ロイの葬儀でクルアーン=コーランを朗唱したのは師岡の父であったという。)

モスクを建てた彼女の夫は戦後シベリアに抑留されたまま戻らなかったが、夫人のほうは94歳の長命を保ち、孫たちに「アブケイ」と呼ばれていた。タタールのことばで「おばあさん」を意味するようで、師岡も彼女を「アブケイ」と呼んだ。

このアブケイが作るタタールの料理はやがて師岡の母に伝授され、師岡にとっての「おふくろの味」になった、というのである。
料理のいただき方、食後にクルアーンを詠み神に感謝する仕草…最初に心に刻まれた、ムスリムの形にこだわらない安らぎと精神性の記憶が自分にとっての宗教的原風景であり、そのアブケイの故郷を訪ねて自分のルーツの一つを確かめたかったのだ。

では、念願のカザンを訪れた師岡が見たもの、そしてそこで味わった、母なるタタール料理の味は――

雪のカザンで橋の上から凍った河を見つめていたら、散歩中の老人に話しかけられました。ロイさんのお父さんにそっくりです。民俗博物館に展示されているのは、アブケイの夫が写真で着ていた服です。そして何より、アブケイと母の台所でしか食べられなかったタタール料理が、ここではスーパーで売られている。初めてなのに懐かしい街。しかし私は、ここでもっと素敵な発見をしました。「タタール国民料理」という看板を掲げた有名店の中央アジア的な味は、アブケイの味と少し違う。アブケイの味付けはもっと……ハッとしました。ロシア的だったのです。そういえばアブケイの得意料理の半分はピロシキやブリヌイ(クレープ)などのロシア料理だったし、食器もロシアのものだったけれど、さらに彼女はタタール料理もロシア風にアレンジしていたのです。酒を飲まず礼拝も欠かさない敬虔なアブケイは同時に、征服者ロシアの文化も自分のルーツとして大切にしていた。ロシアもまた周辺民族との摩擦を通して西欧とは異なる文化を築いたのだから、実は当たり前のことかもしれないけれども、革命や亡命や戦争を生き抜いたひとりの女性によってそれが体現されているのを見ると、厳かな気持ちになります。
文化はそれ自体が重層的に融合した異文化の結晶であり、個人はその多彩さを映す鏡であると同時に、それぞれ尖ったり曲がったり濁ったりして、どこかに新しい色をもたらす要素となればいい。たとえはみ出しても、地球からも人類からも零(こぼ)れ落ちることはできないのだから……。
もちろん、所詮そこでも私は異邦人です。でも私のパズルの最後のピースは、期待通りにユーラシア大陸の真ん中でみつかりました。


師岡カリーマ・エルサムニー「人類、みなマルチカルチャー」より(下線は引用者)

梨木師岡私たちの星で-A.jpg
梨木香歩+師岡カリーマ・エルサムニー「私たちの星で」(岩波書店、2017年)

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