「I CARE ABOUT YOU」を武器に[2017年06月12日(Mon)]
アレチハナガサにとまったアゲハ(境川べりで)
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◆高橋源一郎「非常時のことば」は3.11以後の文章教室というべき本だ。
まえがきに次のようなことばがある。
誰もが、実は心の底で、「非常時」はいつ来るかもしれない、いや、平穏に見える現在のどこかに「非常時」が、こっそりまぎれこんでいる、と感じていたのだ。
◆この感覚は不安と覚悟という、向かう方向を異にする二つの気持ちの併存を表現している。
来て欲しくないが、来ることは避けがたいだろうという予感。
矛盾しているように見えるが、人知を超えた天変地異に対する心組みとしては自然だろう。
間違えてならないのは、非常時に臨んで諦めることではない、ということだ。
前に進むことも後ろに下がることも可能なように、余計な力を抜いた即応態勢を用意するということだ。
そうした柔軟な心構えは、天災でない人災ーとりわけ専制の横暴がもたらすそれーに対しても十分に有効だろう。
◆この本では2011年に書かれたことばとしてナオミ・クラインの「ウォール街を占拠せよ――世界で今一番重要なこと」(幾島幸子訳「世界」2011年12月号)が引用されている。
それは、「共謀罪」を企み「憲法改悪」を目論む2017年の日本においても通用するようだ。
《私が確信をもって言えること、それは、世の中の1%の人は危機を望んでいるということです。人々がパニックや絶望に陥り、どうしたらいいか誰にもわからない、その時こそ、彼らにとっては自分たちの望む企業優先の政策を強行するまさに絶好のチャンスとなります。教育や社会保障の民営化、公共サービスの削減、企業権力に対する最後の規制の撤廃。これが経済危機のただ中にある今、世界中で起きていることなのです。
この企みを阻止できるものがひとつだけあります。幸いなことに、それはとても大きなもの ― 99%の人びとです。》
《私がここで気に入ったプラカードは、『I CARE ABOUT YOU(あなたのことを気遣っています)』というものです。互いの視線を避けることを教える文化、『あいつらなんか死んじまえ』と平気で言うような文化にあって、このスローガンは真の意味でラディカルなものです。》
◆共謀罪は監視・密告社会をもたらすと言われる。気遣いを忘れ、包摂よりは断絶や疎外を当然視する社会。「I CARE ABOUT YOU」はそれを無力化する人間的なメッセージとして有効だ。
そう考えるナオミ・クラインは次の3箇条を重要なこととして挙げる。
平易にして強力な抵抗の武器である。
・勇気をもつこと
・道徳的基準をもつこと
・お互いをどう受けとめ、どう接するか
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高橋源一郎「非常時のことば 震災の後で」朝日文庫、2016年(原著は2012年)