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制服のボタンが真鍮から木に[2018年08月22日(Wed)]

◆詩によって原発災害に警鐘を鳴らしてきた詩人・若松丈太郎(福島県南相馬市在住)の近作『十歳の夏まで戦争だった』に出会った。昨年夏に出たものだ。
その中に、戦時下の金属供出を描いたものがあったので全行を写しておく。

制服のボタンが真鍮から木に  若松丈太郎

一九四一年に「金属類回収令」が施行され
一九四二年に「資源特別回収実施要項」が定められた
隣組などを介して「供出」という名目で
なかば強制的な金属類の回収がおこなわれた
鉄瓶など日用品までも供出させられた

火箸 五徳 十能 自在鉤(かぎ)
燭台 花器
火鉢 薬缶(やかん) 鍋 鉄釜
五右衛門風呂

(こて) 焚斗(のし) アイロン
  
(すき) 鍬(くわ) 唐鍬 鎌
箪笥(たんす)の取っ手 蚊帳の釣り手
灰皿 煙管(きせる) バックル
鉄柵 店の看板
(かね) 鐘(かね) 梵鐘(ぼんしょう)
銅像

金偏のものはなんでも
銅板葺きの屋根板を供出した家もあった
小さいときゴム長靴にベルトで固定して滑ったスケートも
ブリキのおもちゃも供出だ
最悪事態を想定しないで戦争をはじめたせいだ

抜いた釘を叩いてまっすぐ伸ばして使った
鉄釜が土釜になった
鉄の竃(かま)が土竃になった
五右衛門風呂が木風呂になった
マンホールの蓋が鉄製からコンクリート製に
金偏のものはなんでも
学校の制服のボタンまで真鍮(しんちゅう)から木になった
校庭の二宮金次郎が銅像から石像になった
鉄道の複線区間のレールが外されて
単線になった路線が各地にあったという
寺の梵鐘がなくなったかわりに
昼も夜もなくサイレンが鳴り響くようになった
「警戒警報発令」のサイレンだ
「空襲警報発令」のサイレンだ
本土空襲や艦砲射撃がはじまると
第一の標的は八幡製鉄所や釜石製鉄所などだった
そして軍需関連工場は操業不能な被害を受けた
精製しなければ航空機燃料にならなかった松根油と同様に
回収した金属類は国内の工場がほぼ壊滅してしまって
集積された梵鐘の山は戦後も野ざらしにされていた
戦争は資源浪費の最たるものだ
金属の巨大なかたまりを海底深くに沈めたりして


若松丈太郎「十歳の夏まで戦争だった」.jpg
若松丈太郎(1935〜)『十歳の夏まで戦争だった』(コールサック社、2017年)

*******

金属供出(2)_0003.jpg
東京府庁の鉄製門扉も撤去、回収された(1941年6月23日)


金属供出(朝日「戦争と庶民2」)_0006.jpg
古銅集貨協会に運び込まれたナベ、カマなど銅製品の山。
大阪市住吉区安立町で(1942年3月4日)


梵鐘供出.jpg
1942年11月21日、東京・駒込の蓮光寺に集められた本郷区内62寺の梵鐘、半鐘。
*梵鐘を運んで来たねじり鉢巻きの男性が無念の思いで梵鐘に手を添えてうつむいている。
詩の終わりにあるように、戦後も虚しく野ざらしにされたままのものもあったとは……。
詩の最終行のごとく「金属の巨大なかたまり」として海底深く沈んだままの戦時徴用船が先日TVで映し出されていた。ミクロネシアのトラック島に沈む民間船と遺骨。帝国の連合艦隊によって見棄てられたものたちであった。

*金属供出の写真とキャプションはいずれも朝日歴史写真ライブラリー「戦争と庶民2」(朝日新聞社、1995年)によった。

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