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車内放送[2018年08月10日(Fri)]

DSCN7246横浜駅東口ポルタ入口の陶板壁画-a.jpg
JR横浜駅東口、ポルタ入り口の陶板壁画(部分)

*******

あけがたには   藤井貞和

夜汽車のなかを風が吹いていました
ふしぎな車内放送が風をつたって聞こえます
. . . . . よこはまには、二十三時五十三分
とつかが、零時五分
おおふな、零時十二分
ふじさわは、零時十七分
つじどうに、零時二十一分
ちがさきへ、零時二十五分
ひらつかで、零時三十一分
おおいそを、零時三十五分
にのみやでは、零時四十一分
こうずちゃく、零時四十五分
かものみやが、零時四十九分
おだわらを、零時五十三分
………
ああ、この乗務車掌さんはわたしだ、日本語を
苦しんでいる、いや、日本語で苦しんでいる
日本語が、苦しんでいる
わたくしは眼を抑えてちいさくなっていました
あけがたには、なごやにつきます


小池昌代/林浩平/吉田文憲 編著『やさしい現代詩』より(三省堂、2009年)

◆横浜から東海道線の夜行列車の旅である。
途中駅の名前と到着時間をアナウンスする乗務員の声に耳が吸い寄せられた「わたし」。
駅名のあとに付ける助詞「てにをは」を付け替えたり、付けなかったりして、同じ言い方は何としても避けようと奮闘している車掌さんの声に、「わたし」は、ひとりの人間を感じている。
マニュアル通りの言い方や、紋切り型で済ませることがどうしてもできない人間とは、言葉が話し手の気持ちを内にくるみ持ったり背負ったりしているものであることを意識から追いやることができない人間だ。
誰かが代筆した原稿を読み上げたり、同工異曲のことばを使い回す人間は、それとは対極にいる輩だから、苦しみとは無縁だろう。

◆逆に同音を繰り返すアナウンスで愉快この上ない思い出を書き留めておく。
高校時代の通学列車の放送だ。

五能線、朝6時5*分に板柳駅から汽車(未だSLが引っ張っていた)が動き出し、りんご畑が続く中を走るころ、車掌さんの声が流れる――「……このさき、はやしざき、ふじさき、かわべ、ないじょうし、終点ひろさきには7時4*分到着となります。

箸が転がっても可笑しい年頃の女子だけではない。男子もこのアナウンスを待ち受けて笑いをこぼす。「さき」の4連発が今日も無事アナウンスされることに、一日の始まりを確かめていたように思う。

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★藤井貞和の他の詩を紹介した過去の記事
【2017年の〆[2017年12月31日]】
http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/726


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http://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/951
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