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反骨の士 鎌田慧[2018年06月15日(Fri)]

170918代々木公園DSCN3444.jpg
 ルポ・ライター鎌田慧氏(2017/9/18代々木公園「さようなら原発大集会」)

◆朝日新聞朝刊に5月末から載っていた「語る――人生の贈りもの」の鎌田慧篇(聞き手・小泉信一)が最終回を迎えた。
全14回のインタビュー、ことばとの出会いがある。

★(取材とは)
人に会うことによって、その触れ合いの中で自分にはないものが形成されたり新しい視点を教えられたりする。そういうことを積み上げていく過程こそが取材だと考えています。

★(ルポルタージュとは)
批判と変革の意志、同時代を記録しようという歴史意識が大切です。
「エリートコース」という名の高速道路を走っている人には「路傍の石」は目に入りません。本当のルポルタージュとは路傍の石の輝きとこわさを書くことにあるのではないでしょうか。

 (第1回=5月28日掲載。以下掲載日)

★(ギリギリで卒業したという高校時代)
惰眠と懶惰の日を夢み、
惰眠と懶惰の日を送り、
惰眠と懶惰の日を悔む。
過ぎちまつたぞ十八年。

 (高校3年、学校の自治会誌に寄せた詩。第4回=5月31日)

★(イタイイタイ病を追っていた鎌田に鉱山関係者から内部告発の文書が届いた。その手紙は――)
良心がとがめて寝つかれなかった」と言うのです。
良心は眠っていませんでした。

 (第9回=6月7日)

★(ある出稼ぎ労働者からのはがきをきっかけに、1972年秋から豊田市の自動車工場で季節工として働いた)
実際に労働に従事している人たちの本当の「精神的肉体的疲労感」はインタビューだけでは分かりませんよ。無限に繰り返される労働の中に自分を置いてこそ、理解し、表現できるのではないでしょうか。
 (第10回=6月8日)
*私事になるが、この72年から翌年春にかけて、我が父もハガキの主と同様に出稼ぎ農民として、鎌田氏と同じ愛知県内の建設現場で働いていた。父は当時49歳。浪人中の不肖の息子の学資を稼ぐためであった。
不肖の息子は受験の帰りに飯場を訪ねた。
同じ村から集団で働きに来ており、中には夫婦で出稼ぎに来ている人たちもいた。
女性たちの仕事は飯場のまかないである。振る舞われた「飯場のメシ」は、味噌汁、魚、漬け物に至るまで津軽の味であった。

*****

★(50歳過ぎから国境沿いの島々を訪ねて――)
与那国、小笠原……。歴史を調べると、住民は島を起点に国境を越え、互いに行ったり来たりしていたのです。国境の島は辺境ではなく、異文化と触れ合う場所だったのです。

★(脱原発を求める市民と伴走するペンの人として――)
ジャーナリズムも問われていますよ。未来を見通す思想は決して記者クラブにいては獲得できません。
 (どちらも第13回=6月14日)

*折から、永井愛の新作「ザ・空気ver.2」「誰も書いてはならぬ」との副題で記者クラブの問題を描くそうだ。永井は言う「公正と中立が、日本では並列で語られる。でも中立はどっちにもつかないこと。公正は悪いものを悪いと言うこと。ジャーナリズムは公正の立場によるべきなのではないでしょうか」
 (朝日新聞6月14日夕刊のインタビュー)

*****

★(反骨のルポライターという世評に対して鎌田慧自身は「抵抗がある」と言う――)
そもそも反骨精神が希薄な人をジャーナリストと呼べるのでしょうか。ジャーナリズムは「権力の監視役」。世界のジャーナリストが長い歴史と生命をかけて築き上げてきたのです。なのでわざわざ「反骨」を冠する必要はないと思うのです。
 (第14回=6月15日)
*かつて鎌田氏は『週刊金曜日』で「痛憤の現場を歩く」という連載を執筆していた。
もう一つ私事を記すと、2004年夏に東京・青山通りの国連大学前に2家族のクルド人難民が座り込み行動を敢行して難民問題がクローズアップされた。針の穴以下の日本政府による難民政策に問題提起を行ったものの、目に見える改善はなされぬまま、入国管理所に収容された人々への人権無視の処遇も続いている。
あの国連大前広場を「痛憤の現場」として鎌田氏に取材してもらえたら、と夢想していたことがある。
実現はしなかったが、その時に難民支援に関わった人たちは、その後もそれぞれの「痛憤」を原動力として取り組みを続けている。
「DAYS JAPAN」6月号に載った特集「日本に暮らすクルド人」、織田朝日執筆の「壮絶な入管収容所での日々」はその一つだ。)

「個人の生活を犠牲にし、素知らぬ顔で成立している国家の構造を解明したい」(著書『死刑台からの生還』より)と言う鎌田氏の信念は6月10日の国会前スピーチでも揺るぎなかった。
ペンの人・鎌田慧の奮戦はまだまだ続くはずだ。

「反逆老人」として書くべきテーマはまだたくさんあるんです。
 (第14回=6月15日)

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