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てんで! その覚悟がないんだな、あいつら[2018年04月13日(Fri)]

DSCN6295.JPG
 ハナミズキ(町田市国際版画美術館で)

*******

朝の生活    石垣りん
    築地魚市場

荷揚げ場は海のまないた
ぬれた石だたみの上で
町が食事の用意をする

魚はシッポを握られる
人間は損得の帳尻を握られる
小車は梶棒を握られる
どうにも自由のきかない
まないたの上の朝だ

魚は身をひきしめていう
死んでも腐ったりしないつもり

大事なのは覚悟だ
食われる覚悟
食わせる覚悟
てんで!
その覚悟がないんだな、あいつら
向こうはち巻きで
夜明けの男たちがなげいた

それを聞いて
議事堂の
会社の
応接間の
椅子という椅子が腹をかかえて笑った
まったく
食えないのが多くなったからな
声なきその声は
誰の耳にも届かなかった

位どりのない
青天井の下の台所で
船は白いエプロンをつけて
静かにつぶやいた
「きのうと同じ料理をするわけにはいかないのよ」

石垣りん『夜の太鼓』〈自作について〉より(ちくま文庫,2001年)

◆さまざまに読める詩だが、はっきりしているのは、ここで自分の言葉を持っているのはセリにかけられる「魚」たちであり、議事堂や会社や応接間の「椅子」たちであり、白いエプロンをつけた「船」であり、人間では夜明けの魚河岸で立ち働く向こうはち巻きの男たちであって、議事堂や会社の椅子に座っている人間たちではない、ということだ。

「食われ・食わせる」覚悟で身を引きしめている魚たちに引き換え、あいつら=椅子の上に座っている者たちには「てんで/その覚悟がない」――それが汗みずくで働く庶民の「声なき声」だ。
だがその声は、「声なき声」という言い方で空とぼけた岸信介総理がそうであったように、椅子に乗っかっているエライ人の耳には聞こえない。

◆だが、議事堂の椅子たちには聞こえているのだ。
当然、椅子に座った閣僚・官僚の内心のツブヤきも流す脂汗も椅子たちには分かっている。

教育は金儲けの道具だとソロバンをはじく理事長の椅子も、官邸で応接した側近たちが「首相案件」を口するのを聞いた椅子も、上に座ったのが「まないた」の上に身を横たえる「覚悟」がてんでない、性根の腐った者ばかりであることをしみじみ分かっているだけに、爆笑するのは当然の話だった。

◆さて最終連、「位どりのない青天井の下の台所」とは船が陸揚げしたマグロなど高級魚が供される食卓のことだろう。包丁をさばく者の「昨日と同じお料理をするわけにはいかないのよ」とは、毎日判で押したようにつましいおかずが続く庶民への申し訳なさを言いわけするようで可笑しい。
同時に、寿司や刺身をほおばる「椅子の上の人々」への痛烈な皮肉にもなっている。

◆「辞めるということは、はっきり申し上げておきたい」とは口先だけでその覚悟はツユほどもなく、「その件は回答を控えさせていただく」「仮定の話には答えられない」「手続きは適正だった」等々の言い訳が続くだけでは、主権者に毎日イワシの小骨ばかり食べさせるような話だ。

――明日の国会正門をイメージしたら、そんな深読みをしてしまった。

「Stand for Truth」のサイトで多彩なプラカードを公開している。
https://standfortruth.jp/card.html

むろん手書きのプラカードを手にはせ参じるのも大いに良いでしょう。
同じ料理を毎日食べていても、昨日までとは違う政治を私たちは求める。

石垣りん夜の太鼓.jpg



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