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牟礼慶子の詩(2)[2018年02月27日(Tue)]

庭の中   牟礼慶子

天は高いところへ
ひばりの秘密をのぞきに行って
そのままおりてこない
雷と一しょにいて
いたましい声をたてることもある
途方もなく大きな庭だけが残って
来る日も来る日も持ち主をまっている

決して私のせいではない
いつまでも実らない草
年老いて片腕折られた梅もどき
それらの身がわりのようにして
私の人生ははじまった
人間と植物とのきってもきれないえにしは
だまって従ったまでのこと

知らぬまに行きついて
せまい門をくぐったとたんに道にまよった
故郷の村は日ごとに遠くなり
私が何もしたいわけではないのに
つらい目にばかりあわされる
かつて夢想した
運命の華麗さなどどこにも見あたらない

この荒れた庭に
果して春がめぐってくるのであろうか
粘土で作った
男の首などまたいで徘徊すると
記憶はぐんぐん崖の方に傾いて行き
これもはかりごとの一つにちがいない
私の髪にはもうまっ白に霜がおりている

 *詩集「来歴」(世代社、1960年)所収。
  テキストは現代詩文庫「牟礼慶子詩集」(思潮社、1995年)に拠った。

◆「ひばりの秘密」をのぞきに行ったままおりてこないのは「天」であって、それが実在するものであることは「私」にははっきり分かっているのだが、「私」はそこまで昇っていくことができない。「廃園」とともに持ち主を待つばかりだ。
この荒れ果てた庭に「春がめぐってくるのであろうか」といぶかるほどに、青春を謳歌する以前にすでに作者は、生きることに疲れたような懈怠の中に沈み込んでいるようだ。
詩の最終行「私の髪にはもうまっ白に霜がおりている」理由は、彼女の生きた時代にある。

女学校入学が昭和16年、戦争が始まって若い先生たちが次々応召して行った時代に青春期を過ごした詩人は次のようにふりかえる。

父方の従兄・母方の叔父が戦死。本所の大伯母の一家は東京大空襲で戦災死、死体も見つからなかった。短歌会の中で母とは妹のように親しかった真佐子さんは、終戦の数日後、未婚のまま日本の前途に絶望して利根川に自ら投じて亡くなった。幸運にも私は生き残ってしまった。年が若かったから。女だったから。たまたま郊外に住んでいたから。
  (「『流動』の時代」より)

◆「私が何もしたわけではない」のに「はかりごと」のように一方的に負債を押しつけられたような戦後。しかしそれを跳ね返す力がむくむく湧き出してくるようでもある。
道に迷って狭い門をくぐって行き着いたところは「戦後」という荒れ果てた庭で、いくら待っても実を味わうことはできそうにない。
だが、成算は不明でも、うろうろ動き出すしかない。

〈粘土で作った/男の首などまたいで徘徊する〉

豪胆不敵な詩句が我々を驚かす。
作者には、はっきりわかっていることがあるからだ。

 魂は手や足をはなれて 
 あんなに空に近い 
 木の枝に存在することもあるのだということを
  
   「魂の領分」より最終3行(詩集『魂の領分』1965年)

◆我々は一般に肉体という器の中に「魂」が収まっている、少なくとも生きている間は、と考える。
しかし、作者は、不自由な肉体からはしばしば離れて木の芽や、にこ毛の葉むれに「魂」は存在すると確信しているのだ。


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