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大人のための絵本「ロスチャイルドのバイオリン」[2018年02月09日(Fri)]

チェーホフの短編とイリーナ・ザトゥロフスカヤの墨絵による『ロスチャイルドのバイオリン』という絵本がある。
貧しい棺桶屋でバイオリンを弾くヤーコフが、妻を失い人生の意味を考え始める物語。

◆病気持ちの警察署長が、この町でなく治療のために出かけた県庁所在地で亡くなってしまったために、手に入るはずだった棺桶代の十ルーブルを手に入れ損なったヤーコフ。
彼の手帖にはそんな「手に入るはずだったものたち」が書き連ねられて来た。
損失ばかりが書き留められた、いわばルサンチマン手帖。

不運にも妻のマルファがはやり病に罹ってしまう。
医者に満足な手当をしてもらえず二人は帰宅。
ヤーコフは妻のための棺桶を作らねばと、妻の寸法を測り始めた。
仕事を終えて例の手帖に書き込む――《マルファ・イワーノヴナのための棺桶 二ルーブル四十カペイカ》と。これもまた損失として書き留められることが哀しすぎる。

◆臨終の床で妻マルファは幼くして逝ってしまった我が娘のことを口にする。しかしヤーコフはそれすら思い出せないありさまだ。

◆妻を埋葬して帰る道、ヤーコフを救いがたい憂愁が襲う。
あてどなくうろうろして町外れの川に出ると、そこに大きな柳の木が枝を広げていた。
ようやく、金色の巻き毛のわが子の姿、妻とこの木を眺めながら歌をうたった若い日々を思い出す。
大きな川の流れを見ながら、ヤーコフは初めて別な人生がありえたことに気づく。
魚を獲って売上を銀行に預けたり、バイオリンを弾いてお屋敷を回って稼いだり、ガチョウを飼って肉や羽を売って儲けることだってできたかもしれないのだ――

しかし、こうしたこと一切は夢の中でさえ、何もなされなかった。人生はむなしく、何の満足も得られないまま過ぎてしまった。
一つまみのかぎタバコほどの値打ちもなく無駄に終わってしまった。この先は何もなく、振り返ってみても、ぞっとするほど恐ろしい損失の外には何もないのだ。
どうして人間は損したり、何か大事なものをなくしたりせずに、生きていけないのだろうか?


◆いやはや、まったくである。
身につまされるどころではない。
ヤーコフとともに私たちはブツブツ自らに問うことになる――

なぜ人々は、必要とされないことをいつもわざわざ行うのだろうか?
なぜヤーコフは一生、悪態をつき、がみがみ怒鳴り、拳骨を振り上げて飛びかかり、妻を蔑んだのだろうか?
何の必要があって、つい今しがたもユダヤ人を脅し、いやというほど辱めたのだろうか?
人々は、なぜ、
互いに生きる邪魔ばかりし合うのだろうか?
そのためにどれだけ損をすることだろうか!
それはどんなに虚しく恐ろしい人生の損失であることか!
もし憎しみや悪意がなかったなら、
互いにむつみ合えるし、大きな利益を得るだろうに。




チェホフロスチャイルドのVn.jpg
 アントン・P・チェーホフ「ロスチャイルドのバイオリン」
 イリーナ・ザトゥロフスカヤ 絵、児島宏子 訳(未知谷、2005年)
本文も絵もクラフト紙に刷られていてぜいたくな造り。

チェホフロスチャイルドのVn2.jpg
「あとがき」に続く絵。
ヤーコフのバイオリンに耳を傾け、滂沱のなみだを流すロスチャイルド(右)。

絵本を読み返すたびに違う音色を味わうことができる。



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